金がないからバイトをした。写真展の受付で、具体的な仕事はなく、ただ、そこにいるだけでいいと言われた。そこにいるだけならできるかもと思ったが、無理で、そこにいることさえできなかった。雇い主は理解のある方で、散歩したかったら散歩してきてもいいですよと言われたので、名古屋の伏見を出て、地下鉄に乗って、東山動物園まで行って、動物たちの顔を見て、職場に戻った。動物園を歩きながら、ああ、俺はいるだけでもいい仕事もできないんだなと、爽やかに絶望した。

職場に戻ったら、職場という雰囲気がやはり無理で、電話がかかってきたので「ちょっとすみません」と承諾を得て、再び外に出た。電話を終え、職場に戻る必要があったのに、その足で喫茶店に向かって、コーヒーを頼んで、タバコを吸った。仕事をサボる営業マンの気持ちがよくわかった。家に帰りたくない亭主の気持ちもよくわかった。八時間働く必要があったのに、開始早々過労で倒れた。いたたまれなくなって外に出た。そんなことを繰り返して、結局、一時間も働かなかった。

笑っておくれ。クズになった俺を。そんなことを思った。雇い主の女性は、私のことを愛してくれていて、写真展に来るお客さんたちにその都度私を紹介した。だが、愛想笑いができないという社会的に致命的な欠点を抱えている私は、一切の自己紹介を放棄した。雇い主の女性は、一生懸命私のことを来客者たちに説明してくれるのだが、説明するほど怪訝な顔をされた。家がないとか、金がないとか、放浪しているとか、現代の托鉢僧とか、みんなに与えながら生きているとか、いろいろな風に言ってくれるのだが、心理的なミゾは深くなる一方だった。やめてくれと思った。人脈なんか要らないから、俺を社交界に巻き込まないでくれと思った。それでもしっかり金はもらった。

人の集団に行くと、自分の不適合っぷりに笑えてくる。愛想笑いが本当にできない。女のことは嫌いではないが、女の集団は本当に嫌いだ。なぜ、あんなに甲高い声を出すのか。全部、嘘に聞こえる。女の世界は潰し合いだ。恩を着せ合って、恩を担保に人脈を広げる。本当に困った時に助けてくれる人は、恩とは無縁の世界にいる人なのに、この人たちは何をやっているのだろうと思った。友達になりたい人を探したが、友達になりたい人が一人もいなかった。全員下品な妖怪に見えた。男も全員キモかった。懇親会にも呼ばれた。ひたすら浮きまくった。飯と酒を飲んでやれと思い、人数分配られたピザを三切れ食べ、人数分配られたミートボールを五個食べた。全然会話に混ざれなかった。やばいどうしよう全然面白くないと五億回思った。頭の片隅で、今の俺を生配信したら結構な数の人が笑ってくれるだろうなと思った。

過酷な一日であった。労働者の毎日がこんな感じだとしたら、相当なストレスだろうなと思った。俺は一日で無理だ。そこにいるだけでいいという仕事なのに、十五分で過労で倒れた。俺は十五分で過労になって倒れるのだなと、自分を知った。前向きに諦めた。明るく絶望した。はっきりとわかった。無理なものは無理だ。隣では、女たちがお互いの部分を褒め合っていた。部分の肯定は、全体の否定なんだぜと思った。大好きか、それほどでもないか、それだけだ。それほどでもない環境に俺はいれないのだなと思った。好きなことをやる体力は無限にあるが、嫌いなことをやる体力はこれっぽっちもない。簡単に倒れて、簡単に死ぬ。社会復帰をあきらめよう。俺は俺をあきらめた。それは、永遠にそのままで行けと言う魂の声でもあった。前向きな諦め。明るい絶望だった。