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219.義弟は押し通す。


「…では、これで同盟締結ですね。四日後には必ず我が騎士団が援軍として駆けつけます。どうぞ今後とも宜しくお願い致します。」


母上の言葉にセドリック王子は頷き、強く握手を交わした。

…無事、フリージア王国とサーシス王国は同盟を組んだ。

明日には騎士団が我が国を発ち、俺も姉君やティアラと共にこの国へ訪れることになるだろう。


「感謝致します…‼︎」

セドリック王子が頭を下げると同時に周囲にいる摂政達の誰もが母上に深々と頭を下げた。

…この国の人間の礼儀作法は何もおかしくない。つまり、あの時のセドリック王子の無礼は全て本人の責任ということになる。

鼻息だけで静かに溜息を吐きながら、セドリック王子を見る。握手の為に腕を上げれば腕の装飾品が鳴り、頭を下げれば耳や首の装飾品がジャラリと音を立てた。この、のどかな街並みに一人その煌びやかさは一体何なのか。

だが、代理として調印すると決心した時や、母上との調印する時の姿はどう見ても誇り高き王族のそれだった。


「では、我々はこれで失礼致します。貴方方の武運を心より祈っております。」


国王陛下の回復も、と続けながら母上が挨拶を交わす。宰相と摂政にもヴェスト叔父様からの説明が終わり、後はまた帰るだけだ。騎士団長も宰相達への挨拶が終わり、副団長と共に踵を返した。

来た時と同じように、一人二人と順々に手を取り、瞬間移動させていく。

最後に三番隊の騎士達に次々と触れ、瞬間移動させる中、敢えてカラム隊長を含めて最後の五人のところで一度止める。


「そういえば…申し訳ありません、セドリック第二王子殿下。少しお話を宜しいでしょうか。」

時間は取らせませんので。と笑みを作って言えば、セドリック王子は少し首を傾げながらも了承した。

騎士へ少しセドリック第二王子と話してから戻ると母上に託けを任せ、護衛の為にカラム隊長のみ残して残りの騎士達を瞬間移動させる。


「申し訳ありません、カラム隊長。少しお付き合い願います。」

畏まりました、とカラム隊長から躊躇いなく返事が返って来た。流石騎士団随一優秀な騎士。突飛な行動にもすぐ対応してくれる。

彼に礼を伝え、真っ直ぐとセドリック王子へ向き直る。


「セドリック第二王子殿下。……今すぐ、国王の部屋まで我々を御案内下さい。」

「なっ⁈」


最後は声を潜めたが、直後にセドリック王子が声をあげてしまう。まぁ、当然の反応だろう。病床の国王の元に連れて行けなど、しかも案内させる相手は第二王子。それこそ今度は俺が常識を疑われても仕方がない。


「単なる確認です。案内して頂いたらすぐに失礼しますので。」

「確認…?」


怪訝な表情をするセドリック王子に、とうとう周りの家臣達も訝しみ始めた。仕方なく、手早く済ませる為にそっとセドリック王子へ耳打ちする。


「プライド第一王女の為、どうしても病床にいる国王の真偽をこの目で確かめたいのです。」


無礼とは承知の上ですが、と続ける俺の言葉に、セドリック王子の目が見開かれた。俺の方に身体を向けて、一歩引く。驚愕、といった言葉が相応しく何か言いたげに小さく口を開き、固く閉ざした。そして一瞬俯かせた眼差しをすぐに上げた。


「…こちらです。」

セドリック王子が家臣達へ心配を掛けないように声を掛ける。その後すぐ、俺達に背中を向けた。ジャラリ、とまた身体を翻す拍子に装飾品が音を立てた。


…やはり、プライドの名ならば動くか。


プライドの名を勝手に使ったのは気を咎めたが、結論を言えば嘘でもない。何となく、この男はプライドの名を出せば動く気がした。

三日間のプライドへの無礼の後ろめたさゆえか、それとも無礼を犯したにも関わらず後ろ盾となって母上の元まで通された時の恩ゆえか。…それは、俺にもわからないが。

衛兵や侍女達の視線を受けながら、セドリック王子の後ろを付いて歩く。何度か視線が刺さる気もしたが、敢えていつもの笑みで受け流せば問題も無い。

調印の部屋から国王の部屋はそう遠くなかった。城自体もフリージア王国と比べて小規模なせいもあるだろう。殆ど使われていない古い南棟、そして中央と北棟の三棟に別れているとセドリック王子が短く説明をしてくれた。調印から更に北側に進み、部屋前の衛兵にセドリック王子が口を利かせ、扉を開けさせる。

国王の部屋と言うだけあって我が国と同様に広々とした空間と多くの宝物、そしてやはり特に金の装飾をあしらった調度品で飾り立てられていた。だが、部屋全体のカーテンが締め切られているせいか今はその輝きも鈍って見える。


そして、その奥。侍女や衛兵に囲まれたベッドに、この国の国王が眠らされていた。


部屋にセドリック王子が入った途端、侍女達や衛兵が彼に頭を下げた。そのまま彼が手を振るうと流れるように人払いが済まされていく。…その背中から、先程の姿がまた嘘のように覇気が薄れていく。

この男の変貌ぶりは一体何なのか。

少なくとも俺の目には演じているようにも、取り繕っているようにも見えない。アーサーからもこの男が取り繕っているなどとは一度も聞かなかった。どちらも本当の姿というのなら、何故こうも二分されているのか。

俺達に向ける、その背中に引かれるままに国王のベッドの傍らまで近づく。セドリック王子からは国王は〝急病〟と聞いていた。が、…


「これは…。」


思わず、言葉が漏れた。

俺の背後にいるカラム隊長も言葉にならないらしく、手で小さく口元を隠す動作をした。俺もあまりの惨状に一歩身を逸らす。


これは、本当に単なる急病なのか?


目が強く見開かれているが視点は合っていない。息も酷く荒く、まるで今まさに首を絞められているかのように喉を逸らせて呻き、侍女に先程まで拭われていた筈の額や首筋からは止めどなく汗が溢れ、流れていた。ベッドの中だというのに、ビクビクと身体が酷く痙攣するように震えている。見ているこちらが苦しくなるほどの姿だ。ゼェゼェと息を荒げながら「やめろ」「だめだ」と他にも何かを譫言のように掠れた声で漏らしているが、息の荒さで殆ど聞き取れない。何よりも身体の衰弱も酷い。元が筋肉質な身体だったのか藻搔くように振り乱された手が歪に窶れ、頬がこけ始めている。

パタン、と最後の一人が部屋から出て行った。扉を閉められ、俺達三人だけになると重々しくセドリック王子が口を開いた。


「十三日程前から…この状態らしい。」


目を開けていても他は全く変わらないそうだ、と。ポツリと呟くように語るセドリック王子は静かに侍女が置いていった布で兄の額を拭った。


「水や食事もなるべく与えてはいるらしいが、やはり…足りんな。」

無駄に図体がでかいからこうなる。と憎まれ口を叩くセドリック王子は、いつのまにか俺への言葉からも敬語が消えていた。力無く笑うその瞳の焔は、哀しげに揺れていた。

ふと、今の力なき姿が最初に国王の様子を見に行ってきた直後の姿と重なった。兄のこんな姿を目の当たりにすれば動揺を隠せないのは当然だ。むしろ、変わり果てたこの惨状を初めて目の当たりにして、その直後にこの男は…あんなも強い目ができたというのか。

初めて我が国に来た時は単なる愚者かとも思ったが、…やはりそれだけでもないらしい。


「…申し訳ありませんでした。」


気がつけば、謝罪をしていた。

本当はこの部屋に入ったらすぐに断って帰国するつもりだった。だが、国王不在の理由が本当なのか確認したいとも思ってしまった。人の傷口にフォークを突き立てるような真似をすることになるぐらい考えられた筈なのに。

セドリック王子は俺へ静かに首を振った。


「こちらこそお見苦しい姿を見せて申し訳ない。…貴方には感謝をしております、ステイル第一王子殿下。」

お陰でこんなに早く兄の元へ駆けつけられました、と告げるその声は全くの抑揚も感じられなかった。…当然だ。身内のこんな姿は見せたくなかったに決まっている。それでも、プライドの名を出した途端に彼はそれを受けてくれた。…それならば



プライドの補佐として俺もその誠意に応える義務がある。



「セドリック第二王子殿下。僕はこの場にて失礼致します。」

一礼し、そう告げるとセドリック王子はそれに答えながら「四日後、…どうか宜しくお願いします」と再び俺達に頭を下げた。


「あと、これも僕の特殊能力同様に極秘でお願いしたいのですが。」

そっと、カラム隊長にも聞こえないように再びセドリック王子へ耳打ちをする。今度は彼もすぐに応じ、俺へ耳を自ら傾けてくれた。

彼に、囁く。こんな場面をプライドの名を使って強要してしまった、懺悔の意思を込めて。


「今晩、姉君とこちらに伺います。国王陛下とすぐにお話されたければ、どうぞ人払いをして貴方もこちらに。」


セドリック王子の息が、動きが一瞬止まった。そして次の瞬間には激しく俺の方へ向き直り、訳がわからないといった様子で表情を強張らせた。俺は取り繕う表情を止めて、そのまま彼の反応を受け取める。


「貴方の誠意に答えます。僕も、…姉君も。」

背後手で、カラム隊長に手を伸ばす。彼が俺の手に重ねてくれたことを確認する。そのまま瞬間移動しようとした直前。


「………!……‼︎…!………‼︎」


また、国王が呻いた。譫言だ。干上がった喉から発せられた掠れた声だが、確かにそれは言葉になっていた。

俺も、カラム隊長もそれを聞き取り口をつぐむ。見れば、セドリック王子が目を伏せるようにして「…わかってる」と小さく返事をするかのように国王へ呟いた。

…きっと、今の国王の言葉こそが、彼自身が代理として調印した理由のその全てなのだろう。


「…失礼致します。」


一礼し、今度こそ俺は瞬間移動をした。

その寸前まで、セドリック王子から俺は目を一瞬も離さなかった。


未だ何か言いたげに揺れた、その燃える瞳を。


……


視界が変わり、俺が見つめ続けていた場所にはセドリック王子の代わりにプライドとティアラが立っていた。


「おかえりなさい、ステイル!」


ほっとしたような表情でプライドが迎えてくれる。ティアラが続くように「お疲れ様、兄様!」と笑ってくれた。

二人の表情にほっとしながら、母上へ向き直る。


「大変お待たせ致しました、母上。セドリック第二王子殿下にどうしてもご挨拶をしておきたかったので。」

そう言って笑みを返せば、母上も了承してくれる。視界の隅でジルベールが怪しげに笑っていた。恐らく俺が何らかをしていたことに勘付いているのだろう。人の事を窺っている場合かと言ってやりたくなる。

そのままカラム隊長の方を振り返れば、複雑そうなその表情とその目が妙実に物語っていた。口にせずともわかる。カラム隊長もまた、理解しているのだろう。


…アレは、どうみても発狂だと。


コペランディ王国の侵攻か、弟の不在か、ラジヤ帝国への恐怖か。要因はいくらでもある。いずれにせよ完全に気が触れ、病みきってしまった人間だった。そして、セドリック王子はそれを隠す素振りもなく俺達に見せた。母上には急病と偽ったにも関わらず。

恐らく、プライドはこれを知っている。

だからこそプライドの名を出した俺に包み隠さず全てを晒してくれた。


そして、俺は静かに先程の国王の譫言を思い出す。魘されながら、狂いながらも必死に紡いだその言葉は。


〝ハナズオを〟〝チャイネンシスを〟

〝守る〟〝守る〟〝ヨアン〟


連合王国の名と、隣国の名。そして隣国の国王の名だった。

彼の国とその王と、民同士の絆は強く固い。

そして、セドリック王子もまたその一人だ。


俺はカラム隊長に頷きながらも、自分の口元に人差し指を当て、無言で口止めをした。国王の発狂など、知られた暁にはまた一波乱を招きかねない。

あれは、きっとこの場で話してはいけない。



そして、話す必要もない。

何故なら今晩で彼は、正気に戻るのだから。

この場に唯一居ない近衛騎士の姿を思い出し、俺は静かに目を瞑る。






出番だ、アーサー。






病を癒す特殊能力者。

病とついてアイツに癒せぬものなど、この世にありはしないのだから。


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