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2023年12月4日(月)

検証・ジャニーズ性加害 “救済”めぐる壁

検証・ジャニーズ性加害 “救済”めぐる壁

「NHKのトイレで性被害に遭った」という人をはじめ、民放でも被害にあったという証言が次々と出ています。当時、テレビ局側の管理体制はどうなっていたのか。そして今、“救済”の壁となっているのが、事務所への在籍や活動の確認できないといった課題です。意を決して被害を告白したにもかかわらず、自ら困難な証明を求められ、救済に至らないのではと追い詰められる人も。今の補償の進め方に問題はないのか、検証しました。

性被害に関する具体的な証言が含まれます。あらかじめご留意ください。

出演者

  • 上谷 さくらさん (弁護士)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

検証・ジャニーズ性加害 救済めぐる“壁”とは

桑子 真帆キャスター:
ジャニー喜多川氏による性加害問題。その現場は、NHKやテレビ朝日、TBSといったテレビ局にも及んでいるという証言が出てくるなど、全体像はいまだ明らかになっていません。

そうした中、旧ジャニーズ事務所「SMILE-UP.」が現在進めているのが、被害者への補償手続きです。9月に被害者救済委員会を設置し、その受け付けを行う窓口を開設。11月下旬の時点で834人が被害を申請し、そのうち23人に支払いを完了したと明らかにしました。

しかし、被害を訴える人たちが事務所との関わりを証明できず、補償の手続きが進まないケースが相次いでいます。

“在籍証明”できず…

被害を受けたと訴えている55歳の男性です。中学生のときから映画にも出演してきた男性。18歳のとき、ジャニーズ事務所に履歴書を送りました。すると、ジャニー氏本人から「スタジオ見学に来ないか」と自宅に電話がかかってきたといいます。そのまま、すでに活躍していたタレント2人と共に合宿所に誘われたという男性。そしてベッドで寝ていたところ、ジャニー氏から被害を受けたと訴えています。

被害を訴える男性
「夜中だと思うんだけども、体の中心部分に、なんかゴリゴリ違和感を感じて。嫌だ。なんだろう。気持ち悪いとか、怒りと、早く帰りたい」

ショックを受けた男性は、その日以来、事務所と関わりをもたないようにしてきました。しかし、2023年9月、事務所が性加害問題を謝罪し、被害者の救済に乗り出すと発表。

2023年9月 東山紀之氏
「法を超えて、救済・補償は必要」
2023年10月 東山紀之氏
「被害者の方に寄り添う形を、きちんと作っていきたい」

補償の判断をするのは「被害者救済委員会」です。元裁判官の3人の弁護士で構成され、SMILE-UP.からは独立した機関です。

被害を訴える人は、専用のフォームから詳細を申告。それを受けて、救済委員会はSMILE-UP.に在籍の有無を確認します。

在籍が確認されると、被害者へのヒアリングなどを経て、被害の認定や補償額が決まることになっています。

被害を訴える男性
「僕の場合は、文字に表すのがつらかった」

男性は悩んだ末、「被害をなかったことにしたくない」と補償を申請しました。しかし、救済委員会からのメールには「救済委員会ではなく事務所が直接対応する」と書かれていました。

SMILE-UP.から在籍確認が取れないとなった場合、被害を訴える人はSMILE-UP.と直接やりとりをする必要があるというのです。
動揺しながらもSMILE-UP.に電話をした男性。当時の詳細を伝えると「1週間待ってほしい」と言われたといいます。

被害を訴える男性
「1週間たったので、結局待ちきれなくて自分から電話して。『何も決まってない。何もお伝えすることはできない』と言われて。それ以上、僕は何も言えないです」

それから1か月半。何度も電話をかけましたが、返事は変わらず、対応を待ち続けている男性。当時の記憶が何度もよみがえり、体調を崩し、仕事にも支障が出ています。

被害を訴える男性
「思い出すと、ものすごい気分悪くなる。朝起きてから、まずこのことが浮かぶ。寝るまでですよね、晩まで。ただただ待たされるっていうのは、生き地獄」

加害者側のSMILE-UP.と直接やりとりを求められることが負担となり、手続きを進められないという人もいます。

別の50代の男性です。

被害を訴える男性
「『救済窓口では、あなたは扱えません』。そういう内容のメールがきたので。このままで終わらせてしまうのも、すごく悔しい」

男性は高校1年のとき、事務所に履歴書を送付。ジャニー氏から呼び出された、その日に合宿所で被害に遭ったといいます。

被害を訴える男性
「その日は、自分の体を汚されたのが嫌で、ずっと体洗ってました。自分が汚いっていうのが、ずっと今でも残っているんですけど、それは消えないですね」

被害を受けてから人と関わることが怖くなり、その後の人生にも影響が出たという男性。

被害を訴える男性
「人と関わり合わないでいい仕事を選ぶようになりまして、いちばん長く続けたのはトラックドライバー。そういう仕事を選ばないと、自分の中で社会生活、営めなくなった」

被害に遭ったことを信じてもらえるのか、自分一人でやり取りすることに大きな不安を感じています。

被害を訴える男性
「送った履歴書さえ残ってれば、それが証拠になると思う。35年前の履歴書なんか残ってないと思いますので。最初から疑われてる目で見られるのをずっと感じてますので、1人でやるのは怖い。お金いらないから時間を返してほしい。被害者の気持ちに寄り添うって言った以上は、もうちょっと人間らしい対応を求めたいです」

在籍確認が取れずにいる人たちから相談を受けている蔵元左近弁護士です。被害者がみずから在籍を証明しないと救済委員会につながらない仕組みを疑問視しています。

蔵元左近 弁護士
「(事務所が)この人は在籍していた、この人は在籍していないという形で切り捨てる形になって、救済委員会の判断のプロセスにのらないことになってしまう。そういう意味では、適正で透明性のある救済のプロセスが破綻してしまう。被害者の心情に寄り添って十分に納得を得る必要がある」

“在籍確認”めぐる問題

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
何をもって在籍確認なのか。事務所は、その詳細を明らかにしていません。例としては、所属時期、活動状況などを裏付ける資料を求めていますが、被害を訴える人の中には、それを証明することが難しい人もいます。

こちらにあるように、テレビや雑誌に出ていれば、それが活動の証明になりますけれども、レッスンに通っていた、オーディションに参加した、それから事務所に出した履歴書をもとに呼び出された人などは事務所との関わりを証明することが難しくなっています。

再発防止特別チームの報告書でも、事務所がジャニーズJr.との契約を結ぶことはなく、そもそも誰がジュニアであるかすら把握できていない、ずさんな管理体制だったと指摘されています。

きょうのゲストは、性被害者の支援を16年にわたって続けてこられた弁護士の上谷さくらさんです。SMILE-UP.側は会見で、立証責任を決して被害者に転嫁しないとしていますが、現在の補償のプロセスをどう評価されていますか。

スタジオゲスト
上谷 さくらさん (弁護士)
性被害者の支援を16年にわたり続ける

上谷さん:
被害者から何らかのヒントがないと、なかなか在籍確認できないのは分かるのですが、例えば、申告フォームに「みずから詳細に文章で書きなさい」ということであったり「救済委員会で対応できないから、事務所と直接話し合ってください」というようなことを被害者の気持ちを聞かずに機械的に流してしまうというようなところは、被害者に寄り添った対応とはとても言えないと思います。

桑子:
どうすれば事務所との関わりというのを証明できるのでしょうか。

上谷さん:
「物証がなければならない」というわけではないと思うんです。まず、被害者本人の記憶。例えば、オーディションだったらどんなオーディションだったのか。時期は、いつごろだったのか、どんな曲が流れていたのか。あとは、またそれを知っている第三者がいるかどうか、というような証言の積み重ねというのは立派な在籍証明になるはずです。

桑子:
証言でも証明になるということですね。先ほどSMILE-UP.は、ホームページ上で在籍確認ができていない人に対しての具体的な手続きを初めて公表しました。この中では、SMILE-UP.側から追加の資料提出や、ヒアリングの協力をお願いすると説明し、救済委員会と相談しながら個別に話を聞くなど、丁寧な対応を行っていくとしています。

今回、私たちが取材した中には、たびたびレッスンに通っていたNHK内で被害を受けたと訴えているにもかかわらず、救済委員会につないでもらえない人もいます。どういう状況にあったのでしょうか。

“NHK内部で被害に” 子どもの管理体制は?

被害を訴えている30代の男性です。高校生だった2002年の秋、ジャニーズ事務所に履歴書を送りました。すると事務所から通知が届き、NHKでオーディションを行うと書かれていました。

当時、NHKが放送していたのがジャニーズJr.が出演する「ザ少年倶楽部」。局内でリハーサルやレッスンが行われていました。

被害を訴える男性
「憧れていた、そういう舞台といいますか。わくわく、高揚感っていうのは今でも覚えています」

昼ごろ、NHKの西玄関に着いた男性。ほかの少年たちと一緒に会場に向かうよう案内されたといいます。

被害を訴える男性
「部屋に着いてからは、まず長テーブルに名札があったので、それを胸につけて、曲目とダンスの振り付けが始まった感じですね。振り付け師の先生と、あとはジャニーさんがいたのは記憶してます。動きがいい人は、ちょっとずつ前の方に、という感じでした。夢をかなえるチャンスだったので、(ジャニー氏が)本当に近くに来たときは、すごくいい笑顔で踊ってましたね」

男性が語った詳細は、そのころNHKに通っていたジュニアや番組の担当者の証言と多くの点で一致しています。

男性が被害に遭ったというのは休憩時間のことでした。ジャニー氏から、部屋の外に1人だけ呼び出されたといいます。

被害を訴える男性
「トイレに案内されて、個室に入るときにちょっと手で引っぱられて。突然のことだったので声が出せず、もう本当、嫌な気持ちになり、目をつむって、ずっと上を向いていました。これを我慢していかないと夢がかなえられないのかと。ショックも大きかったです」

その後、5回ほど同様の被害に遭ったという男性。数か月後、意を決して拒むと事務所からの連絡が途絶えたといいます。

2023年9月、男性は被害を申告。すると事務所側から「話をしたい」と連絡があり、NHK内部の構造や被害を受けた場所など、およそ1時間にわたって質問されたといいます。

被害を訴える男性
「当時の知り得る限りの情報をお伝えしたんですけども、信じてもらえないっていう状況はすごいつらかったですね。けっこう高圧的な印象を私はもって、萎縮してしまった」

面談の結果、更なる確認が必要だとされました。現在、弁護士にも相談している男性。在籍を証明するため、当時、送り迎えをしてくれた親にも被害を打ち明け、証言を頼むべきか悩んでいます。

被害を訴える男性
「家族全員、応援してくれていたので。(被害を)口が裂けても言えなかったので、それ以外に方法がないんだったら、しかたがない」

番組のレッスンに通っていた当時の状況を詳細に伝えたものの、在籍の証明として認めてもらえていない現状。

一方、当時「ザ少年倶楽部」に関わるNHKの子どもの管理体制はどうなっていたのか。今回、2002年当時の資料は確認できませんでした。

しかし、2010年時点の台本では有名なジュニア以外は「他」として扱われるなど、名前が把握されていない出演者が数多くいました。2002年の番組関係者も、当時からそうした状況があったと証言しました。


「ジュニア」に誰がいるかはわからないし、頻繁に収録があるので、いちいち確認していない

番組関係者(2002年当時)

さらに、番組に関わっていたNHKの元職員や制作会社の元社員は。


少年の名簿などを番組側は持っていない。あくまで「ジュニア」総体としてブッキングしていた

NHKプロデューサー(2000年代)

前身番組から、「誰をいつ集めるか」、(うしろで踊る)出演者の人選はすべて事務所のいいなりだった

制作会社 社員(1990年代~2000年代)

また、被害を訴える男性など、多くの子どもが集められていたオーディション。NHKのリハーサル室が会場になっているにもかかわらず、事務所関係者のみで行われるのが通例だったといいます。


子どもたちが踊り、ジャニー氏が、その周りをグルグルと見て回っていたのを一度だけ目撃したことがある。オーディションにNHKは関わっていなかった

制作会社 社員(2000年代)

番組のためのレッスンの際にも、NHKの関係者が立ち会わない時間が多くあったといいます。


日曜には部屋は1日取っていて、お昼からレッスンをしていた。しかし、午後3時から7時ごろのリハーサルの時間以外はNHKの関係者がいないことが大半だった

制作会社 社員(2000年代)

そんな中、ジャニー氏が少年たちに近づく姿を元ジュニアが目撃していました。


休憩のときにジャニーさんが売店で、ホタテの干物やぬれせんべいとか、お菓子を買ってきてくれた

NHKに通っていた元ジュニア(2002年)

ジャニーさんが小中学生のジュニアをひざに座らせていた。自分も座ったし、よく見る光景だった

NHKに通っていた元ジュニア(2002年)

当時、週刊誌などでは報道されていたジャニー氏の性加害。それでも関係者は、危機感を持つには至らなかったといいます。


性加害の報道をうすうす聞いてはいたが、そんなに大きな問題じゃない、ゴシップくらいにしか思っていなかった

制作会社 社員(2000年代)

ジャニー氏は「男の子が好きだ」ということは聞いていた。でも、「まさかあんなところで」という感覚だ

制作会社 社員(2000年代)

NHKでのレッスンに息子を通わせていた母親です。息子が被害を受けたかどうかは分からないといいますが、問題が発覚した今、後悔が募っています。

息子をNHKに通わせていた母親
「NHKでレッスンしているので安心というのもありましたし、ひとりで行かせていたというのが、それが申し訳ないです。(性加害の)記事が出るたびに、もしかしたら息子がそういう目に遭っていたかもしれないとか、『そういえばね』と、いま言われても乗り越えられないような気がして、聞くのが怖いです」

あるべき救済の進め方は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
NHKで被害に遭ったという男性の訴えを受けてNHK内部で聞き取りをしましたが、局内での性被害を見聞きしたという関係者はいませんでした。しかし、当時の状況についてNHKは


放送センター内で深刻な性被害を受けたという男性の証言を重く受け止めています。2002年ごろ、この番組では選曲や主な出演者の決定、それに番組の構成などはNHKが行っていました。番組内で紹介する主要なジュニアのメンバーについてはNHKで人数や名前を把握していましたが、それ以外、誰が後ろで踊るかなどは曲ごとの振り付けに関わることなのでジャニーズ事務所側に任せており、NHKでは名前などを把握していませんでした
今から20年以上前で、当時の詳しい資料などは残っておらず、不明な点もありますが、番組内で紹介する主要なメンバー以外の方々への局内での対応はジャニーズ事務所の複数のマネージャーが担当し、こうした役割についてNHKは関与していなかったと認識しています。被害を受けたという男性の証言は、番組の制作責任を持つNHKとして看過できない問題であり、今後、出演者の安全や人権を守る取り組みをさらに進めてまいります

NHK

としています。

上谷さん、子どもたちが性被害を受けないようにしていかなくてはいけないわけですが、どういう管理のあり方というのが求められるでしょうか。

上谷さん:
やはり、1人の大人に任せないということだと思いますね。複数の大人で対応するということ。それから、特に子どもは性暴力の意味が分からないというところがあります。ですから、もしかしてそういうことをする人がいるかもしれない。もしそういう目に遭ったら逃げていいし、大声出していい、嫌だと言っていい、ということを伝える。それから、そういう目に遭っても「あなたは悪くない」「全然悪くないから信頼できる他の大人に、そういうことがあったことを教えてね」ということを丁寧に教えるということが大事だと思います。

桑子:
自分を責めないでということですね。そして、窓口の設置から2か月たちましたが、補償を申請している人は800人以上に上ります。

そうした中で10月中旬、元所属タレントの男性が亡くなりました。男性は、その5か月前から被害を訴えていて、自殺したと見られています。

男性が亡くなる前に家族にあてた手紙があります。家族の了承を得られた一部を読ませていただきます。


この社会悪を淘汰(とうた)するには被害者の声が一人でも多く必要と考え、(こどもの名前)が少しでも暮らしやすい社会に変えられるんじゃないかとの思いで声をあげました。ただ最近思い出せなかった当時の記憶がどんどん蘇り(よみがえり)、平常心を保つのが難しくなってきました。本当に最期まで迷惑かけてごめんね

10月に亡くなった男性の手紙(※家族から了承を得られた一部を抜粋)

とあります。今も救済を待っている人たちがいるわけですが、今後どういった姿勢で向き合うことが求められるでしょうか。

上谷さん:
やはりまず、被害者の声を否定せずに真摯(しんし)に受け止めてほしいということですね。まず、被害者の人はどうしゃべっていいかもよく分からないということもあるんですけれども、どういうふうに回復していくかというのは被害者それぞれなんです。ですから、まず被害者の言い分をよく聞くと。過去の被害で、その被害にふたをしてしまっているところもありますので、丁寧に聞き取りをすることで思い出してくるところもあるという面もありますから、とにかく真摯(しんし)に向き合うということが大事です。

桑子:
そして今回の問題というのは子どもが誰からも守られることがなかったという重要な問題なわけですけれども、今後どういう考え方、枠組みなどが求められるでしょうか。

上谷さん:
今回の事件は芸能界で起きた特殊な事件ではないんですね。いつでもどこでも起き得る、今も起きているかもしれない。今後も起きる可能性のある性暴力の問題です。ですから今回、事務所をたたけばいいということで終わっては絶対ならないと。これを教訓にしなければ、今後も被害は増え続けると思います。

桑子:
枠組みとして、どういうものが求められるでしょうか。

上谷さん:
やはり、年齢に応じた適切な性教育が重要です。そうでなければ子どもは自分で気付けません。自分で被害に気付けないので。それから被害救済の制度ですね。国がどういうふうに、そういった被害に遭って救われない人を見ていくのかという枠組みが必要です。

桑子:
ありがとうございました。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2023年11月29日(水)

シリーズ#働き方を考える 医師の働き方改革 医療サービスはどうなる

シリーズ#働き方を考える 医師の働き方改革 医療サービスはどうなる

今、全国で一部の医療サービスが縮小しています。原因の1つが、2024年4月から始まる「医師の働き方改革」です。従来、医師の労働時間は、実質“青天井”とされてきました。しかし、今回、年間の時間外労働が原則960時間に制限されます。全国の勤務医の約2割がこの基準を超えているとされ、喫緊の課題となっています。既に一部の医療機関では、救急搬送の受け入れ制限や診療時間の短縮を始めています。どうすれば、医療を守れるのか考えました。

出演者

  • 高橋 泰さん (国際医療福祉大学大学院教授)
  • 井上 二郎 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

医師の働き方改革 医療サービス どうなる?

井上 二郎キャスター:

企業などで働く人の多くは、残業時間が法律により制限されています。一方で医師は、これまで働く時間が実質“青天井”とされてきましたが、2024年の4月から改正労働基準法が適用されて、病院などに勤務する医師の時間外労働が原則、年間960時間に制限されます。医師の業務の見直しは待ったなしという状況の中で、働き方改革が喫緊の課題となっています。制度施行まで半年を切る中で、医療現場では試行錯誤が始まっています。まずは私たちの医療サービスにどんな影響があるのか、ご覧ください。

健康不安を抱える患者

医師の命と健康を守る取り組みが進む中、不安を募らせる人がいます。岩手県の沿岸部の町に暮らす、まゆみさん(仮名・65)です。30代の頃に脳卒中で倒れ、今も3か月に1度の通院が欠かせません。ところが…

まゆみさん(仮名)
「(通院する)久慈病院の救急がなくなっているので」

2023年4月、病院が突如、脳卒中患者の救急受け入れを原則、廃止。まゆみさんは今後、発作が起きた場合、自宅から50キロ離れた青森県の病院に頼らざるを得なくなりました。

まゆみさん
「久慈病院があるから何かあっても安心だなという感覚があります。緊急がなくなることになれば、(脳卒中は)時間で症状も変わることもある」

まゆみさんが通う県立久慈病院は、これまで大学病院から2人の常勤医師が派遣されてきましたが、1名に削減され、脳卒中に対応する救急の廃止に踏み切りました。

では、なぜ派遣される医師が減ったのか。

久慈病院のような、もともと医師が足りない地域の病院の運営には大学病院からの派遣が欠かせません。しかし、派遣元の大学病院で働き方改革が進み、派遣を前提にした地域の医療体制を見直さざるを得なくなったのです。その結果、地域の病院に通う患者の診療に影響が出ているのです。

久慈病院の院長の遠野千尋さんは、診療体制の縮小は、やむを得ない対応だったと考えています。

岩手県立久慈病院 遠野千尋 院長
「(地域病院に)常勤の大学の先生を多くは維持できないので、(大学病院が)各病院に派遣するのはちょっと厳しい人数になった」

そこで久慈病院では、隣の県の病院と患者の症状を情報共有するなど連携を図り、医療サービスの維持に取り組んでいます。

遠野千尋 院長
「患者さんの不利益にならないように、すぐに専門的治療をするところにいかに迅速に搬送できるか、仕組みづくりが久慈病院の役目」

密着 医療現場の実態

久慈病院に医師を派遣してきた、岩手医科大学附属病院です。

循環器内科では医師の派遣をやめたこともあり、医師の数が4人増えました。しかし、1人の医師にかかる負担は今なお、重いといいます。

夜10時。夜勤を行う医師の那須崇人さんです。この日の勤務の開始は朝7時半。病棟や外来患者の対応に加え、救急患者の処置など、すでに14時間が経過していました。業務量が根本的に多く、医師が増えても忙しさはほとんど変わらないといいます。

那須さんは、この日も宿直勤務。15時間ぶりの食事です。

取材班
「ご家族は」
循環器内科 医師 那須崇人さん
「妻さまと娘さまが。平日は申し訳ないですけど、ほぼかえりみていないです」

(電話の呼び出し音)

取材班
「呼び出しですか」
那須崇人さん
「そうですね」

この日は患者の容態が急変。那須さんは対応に追われました。

勤務開始から24時間。那須さんは着替えるまもなく次の仕事に向かいます。

2時間後、到着したのは地域の病院。毎日70人以上がやってくる診療科に週に1度の応援に行っています。地域の病院では、那須さんのような大学病院からの応援がなくなれば、立ちゆかなくなるといいます。

県立久慈病院 大﨑拓也 医師
「負担を軽減していただけるのは非常にありがたいですね。(地域病院は)マンパワーが絶対的に足りない。業務が、まず終わらなくなります」

勤務開始から29時間。しかし、那須さんの仕事はまだ終わりません。

大学病院に戻り、手術の手伝いなどを行いました。若手医師のサポートをするためです。

帰宅できたのは夜10時。医師の数が増えてもなお、苦しい状況が続いています。

那須崇人さん
「疲れますけどね、慣れましたね」

那須さんの1週間のスケジュールです。病院にいた時間は90時間に上っていました。全てを労働時間と考えると過労死ラインを上回りかねない働き方ですが、那須さんは該当していません。

それは、診察や事務仕事以外に「自己研鑽(さん)」とよばれる時間があるからです。

那須崇人さん
「『虚血』の専門家的には、なしだと思います」
「きょうもありがとうございました。めちゃくちゃ勉強になりました」

那須さんが毎日のように取り組むのは、医師たちの自主的な勉強会や論文の執筆です。こうした自己研鑽(さん)は労働時間にはカウントされないのです。

それでも那須さんは、みずから努力を続けることが患者の命を預かる医師の責任だと考えています。

那須崇人さん
「この人(別の医師)が診ていたら、うまくいったという症例をなくすのが目標。正直しんどいなって思うことありますけど、まだまだ頑張りたいなと思いますね」

迫られる病院の決断

働き方改革の本格化を半年後に控えた10月上旬。那須さんの病院では大きな決断を迫られていました。

幹部たちが話し合っていたのは、地域病院への医師の派遣計画です。

岩手医科大学附属病院 循環器内科 森野禎浩 教授
「(国の働き方改革が本格化すると)沿岸(の病院)の科長が空席になる。その場合、足りなくなるところをどうするかですね」

医師の働く環境をより一層改善するためには、派遣する医師の数を見直す必要があるといいます。半年間の議論の末、地域病院への1人の医師の派遣を中止することに決めました。

森野禎浩 教授
「みんな働き過ぎているので、働き方を改革してもらわなきゃいけない。これを進めなきゃいけないのは事実ですが、今すでに人が不足している地域は、その代替手段がまったくないので、これに対しての対応策がセットでないと自然に崩壊する方向に向かわざるをえない」

現場からの悲痛な声

井上 二郎キャスター:
医師を守ろうと知恵を絞る病院。一方で、やりがいと使命感で働く医師。そのはざまの難しさがありました。私たちの番組では「スクープリンク」で募集をしたところ、現役の医師などからさまざまな声が寄せられました。

大学病院で働く40代の医師から。

40代 医師
「時間外労働の制限の一方、多くの患者の診療を求められる働き方改革は不可能」

そして、20代の医師から。

20代 医師
「『医師を選んだのだから、これくらい働いて当然』という空気がある」

さらに、20代の医師。

20代 医師
「働き方改革の議論をする以前の問題」

という声も届いています。

研修医1年目の女性は、勤める病院では労働時間の管理が適切に行われておらず、働き方改革が進まないのではないかと危惧しています。

20代 研修医
「80時間近く時間外を働いているんですけど、(労働と)認められていないことがすごく悲しい。『地域の人の健康を守れる医者になりたい』と思って入った世界が、こんな世界なのかと思うと絶望する」

問題の根本に何が

<スタジオトーク>

井上 二郎キャスター:
きょうのゲストは、国に医師の働き方や医療政策への提言を行っている国際医療福祉大学大学院教授の高橋泰さんです。

医師の自己犠牲的な精神が医療現場を支えている実態がありましたが、単刀直入にお伺いします。このままで本当に働き方改革は実現できるのでしょうか。

スタジオゲスト
高橋 泰さん (国際医療福祉大学大学院教授)
政府に医師の働き方や医療政策への提言も

高橋さん:
まず最初に申し上げたいことは、今回、取材に出てきた岩手県とか新潟県は、特に医師不足の激しい地域であると。

それから過労死ライン。医師の割合というのが出ていますが、脳神経外科、救急科、産婦人科、3割が過労死ラインを越えているという形ですけど、今のケースというのは脳神経外科で岩手県は大変厳しい地域であるということであります。

ということで、大変厳しいところが出てくる可能性はありますけれども、医療界全体の話が、こういう厳しい話ではないということも確認しておく必要があると思います。

井上:
ただ、命に関わる診療科、こういった実態があるので今まさに働き方改革を進めなければならないという現状はありますよね。

高橋さん:
はい。

井上:
こういった状況を生み出しているのが「医師の偏在」ということなのですが、こちらご覧いただきたいと思います。

そもそも国は、この20年で医師の数を3割、8万人近く増やしてきたという現状があるんです。

一方で診療科別に見てみますと、外科の医師の数、これは減少している。産婦人科、そして脳神経外科を見ても、ほぼ横ばいという現状。医師の数を増やしても、診療科別ではこういう状況である。これはなぜ起きているのでしょうか。

高橋さん:
われわれの世代は内科や外科に行くお医者さんが非常に多かったのですが、時代の変遷で長時間労働を嫌う若い人が多くなってきて徐々にというか、ある時点から極端に外科、あるいは救急、あるいは産科でお産をやってるようなところに行くお医者さんが減ったということが原因と思われます。

井上:
そして外科も、この減り方というのは顕著ですよね。このままの状況が続くとかなり厳しい状況になるのではないかと思うのですが。

高橋さん:
今まであまりこの問題が顕在化してこなかったのは、われわれの世代が非常に多かった。55歳以上のお医者さんが非常に多くて頑張っていたから支えられていたのですが、今後10年間、この世代が極端に減る、リタイアして減る可能性が高いんです。これに今の働き方改革、ただでさえ人手不足で長時間労働になっているところ、さらに時間を短くしろという問題が発生しているということです。

井上:
この先に不安が待っているかもしれないということですよね。そうしますと私たち患者の立場、具体的には、この先どんな影響が出てくるかということですが、こちらをご用意しました。

まず1つ。「救急医療を受けにくい」。これはどういうことなんですか。

高橋さん:
まず、大学から病院に派遣をして夜間の診療をしているところが多いのですが、その派遣が難しくなっていて、夜に今まで診てくれてた病院が働き方改革を機に診れなくなるという可能性があるのが非常に大きな問題です。それから診療科の引き揚げがありまして、人的にも診れなくなって縮小するというような形で救急が小さくなるということです。

井上:
そして「待機時間の長期化」。

高橋さん:
外科の先生の数が減りますと、例えば1週間に3回手術をしていた先生の手術回数が2回に減ると。そうするとどんどん手術の待ち時間が長くなっていくという形で、今までは1か月以内にがんになっても切ってもらえていたのが、2か月待ち、3か月待ちになるという現象が起きる可能性が決して低くないということです。

井上:
そして「地域で子どもが産みにくい」などの影響が考えられるということですが、これは具体的にどんな場所で起こり得ると考えていますか。

高橋さん:
これは過疎地などで2人体制でやっていたのが、1人のお医者さんが診られなくなるという形。それからもう一つ、都市の周辺部が結構危ないのではないかなと。それは、大学からバイトで行っているお医者さんが多い地域なんです。地域によっては大学からかなりの引き揚げがあると救急などが支えきれなくなるという形で、そういう地域も決して安心できないということだと思います。

井上:
私たちも向き合わなければならない医師の働き方改革。今、実際に変革に取り組む医療現場があります。

“逆紹介”で患者を地域へ

新潟市の地域医療の要、新潟市民病院。さまざまな改革を進める中で最も力を入れたのが“逆紹介”という取り組みです。

そもそも紹介制度は、地域のクリニックなどから患者の紹介を受けることです。

それとは逆に、地域の医療機関に患者を紹介する仕組みを強化しました。

改革の前(2016年度)は、年間6,000台の救急搬送と27万人の外来患者を受け入れるなど、患者への手厚い医療体制を整えてきた、この病院。改革に乗り出したきっかけは、7年前に研修医が亡くなったことです。この医師の月の残業時間は160時間を超え、その後、過労死と認定されました。病院側は医療体制や医師の働き方の見直しを迫られました。そして取り組んだ対策のひとつが逆紹介でした。

当初、毎年、病院に寄せられる200件あまりの意見の中には逆紹介についての批判が目立ったといいます。

「逆紹介するのは困る」「長期間市民病院にかかっているのに納得できない」

病院の医師たちは患者たちの声に向き合い、丁寧に説明していきました。

新潟市民病院 大谷哲也 院長
「『私たちの病院が、すぐに診療をやめるという訳ではありません』と。具合が悪くなったり状態が変わった場合、『(地域のクリニックの)紹介状を持ってくれば、すぐに診ますから』と返事をしていました」

すると、少しずつ患者たちの理解も深まっていきました。

実際に新潟市民病院から地域のクリニックに逆紹介をされた、棚橋吉市(「吉」は土吉(つちよし))さん。糖尿病などの治療を近所のクリニックで受ける中で、ある気づきを得ることができました。

医師
「日々、食事と運動療法は、棚橋さんはベテランだから継続してください」

クリニックのメリットは、日常生活の指導や予防策を含め、きめ細かな診察が受けられること。棚橋さんは、医療機関ごとの特長を理解して医療サービスを受けるようになりました。

棚橋吉市さん
「かかりつけの先生の指示のもと、先生がどうしても対処できないのであれば大きい病院を紹介してもらって診察をしてもらい、またかかりつけ医に戻ってくる」

改革を始めて6年。新潟市民病院の外来患者数は年間3万人近く減少。医師の平均時間外労働も月8時間の削減につながりました(2022年度)。

しかし、病院には、まだ過労死ラインを超えている医師がいます。地域の医療機関や住民と、より一層の連携が欠かせないといいます。

大谷哲也 院長
「(長時間労働の医師は)強制的に休んでいただくという対策も現在しております。どう工夫して乗り越えていくかを地域全体で考えたほうがいい」

改革進める医療機関

<スタジオトーク>

井上 二郎キャスター:
働き方改革を実現するための病院の取り組み、今ご紹介した他にもあります。例えば、こちらです。

愛媛県の病院ではデジタル化の改革を行っています。医師などに貸与したスマホから電子カルテを見られるようにしました。今までは出勤して対応しなくてはいけなかったという場合でも、治療の指示が外からできるようになったため、時間外に出勤対応というケースが減ったというんです。

そして、もう一つ、東京都の病院のケース。こちらは「タスクシフト」というものに取り組んでいます。具体的にどういうものかというと、これまでは医師が中心に救急患者の初期対応を行ってきたのですが、新たに雇用した「救急救命士」に任せることにしました。これによって医師の労働時間を抑えながら、より多くの救急患者を受け入れられるようになったということです。

高橋さん、こうした取り組みは日本全体で見るとどれくらい進んでいるものなのでしょうか。

高橋さん:
この2つの取り組みは、医療界でも大変有名な取り組みでありますが、まだ先進事例という域を出ていないというのが実際のところであります。
ただし、この取り組みに対して多くの病院が見学をして、自院にも取り込もうとする動きも非常にたくさん出ておりますので、今後、急速に広がっていくことを期待したいというようなものだと思います。

井上:
医療の提供側、努力を続けているという実態を見ました。とはいえ、自分が医療サービスを受けようとする側になったとき、どうしても自分は充実したサービスを受けたいと思ってしまう。患者側の私たちはどういうふうに、この医療の改革と向き合うべきなのでしょうか。

高橋さん:
先ほどの八戸のケース、気持ちはよく分かるのですが、もっと高機能の病院に直接行った方が、いい結果が出ることも数多くあるわけですね。
ですから、患者さんのほうも病院のほうも、まず地域の状況を考えて、どのようなところが落としどころかというところもお互い歩み寄って考えることが非常に大切であり、患者さんがこういう事態を理解して、例えばコンビニ診察、夜間にコンビニ的に行く診察は是正するというようなことも協力していただく。
それから地域医療のことを考えていただく患者さんが増えるということは、医療界にとっても、とても助かることだと思います。

井上:
医師の働き方改革を進めるうえで、今、医療側と患者側のお話がありました。もう一つ大切なのが国の役割でもあると思うのですが、国の対策について高橋さんからこういった提言をいただいています。

高橋さん:
改革を進めるためには、若いドクターの気持ちになって、今は大変な診療科に勤務してもあまり処遇が変わらないということがあります。ですから脳神経外科、救急外科、産婦人科などの大変な診療科に行ったら、それ相応の処遇が各お医者さんにもされるような取り組みは、ぜひ行われてほしいと思います。

また診療科の偏在という問題は、自分が、がんになったときとか、それから交通事故に遭った時に急に大きな問題として出てくる大変な問題だということで、国民の間でもそういう取り組みに関しての関心が上がることを期待したいと思います。

井上:
医師に対してのインセンティブ、それから国民の側も議論を活発にしていくということが求められるということでしょうか。

高橋さん:
全くそのとおりだと思います。

井上:
ありがとうございました。医療を考えることは、私たちの今と未来を考えることだと感じました。今回の番組は、ある医師から寄せられた1通のメールがきっかけでした。そこには疲弊する医療現場の実態が記されていました。こうした声に私たちは今後も向き合い続けます。ご意見は「スクープリンク」からお寄せください。

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