解説2 デジタル民主主義の新たな地平へ
オードリーの〈これから〉と複数性の未来
デジタル民主主義のテクノロジーと施策
連載1回目では、オードリーから民主主義をソーシャル・テクノロジーと見なす視点が提示され、担当する省と役職を指す「數位」が「デジタル」と「複数の」という意味を持つことから、デジタル担当大臣である自身を複数性を担う存在として位置づけた。そのうえでデジタル民主主義を協働可能な複数性に基づく民主主義であるとし、事例としてPolis、クアドラティック・ボーティング(二次の投票)やクアドラティック・ファンディング(二次の資金調達)が挙げられた。
今回は、台湾政府によるデジタル民主主義の実施例として、ブロードバンドアクセス、コンピテンス重視の教育、また社会基盤となる福祉の充実に言及したうえで、デジタルの貨幣を用いながら監視資本主義を逃れるシステム(通称PETs、ビットコインやオードリーの公的インフラプロジェクトIndia Stack、国際電気通信連合(ITU)のGovStackなど)が紹介された。またデジタル直接民主主義が機能する規模を150人以上とし、国家単位ではデジタルでないと非対称性が増大すると述べている。
プライバシーの保護については、エンドツーエンド暗号化テクノロジー(Signal他)を推奨するとともに、台湾では人々がコミュニティ規模のテクノロジーを使えるインフラを整備中で、それによってローカルなネットワーク経由で地域経済の活性化が可能になるという。民主主義が社会的なものであり、デジタルを介して多様な人々が自主的に参加すること、監視資本主義を逃れて「コモンズ」そして地域振興をめざす取り組みが、オードリーの尽力もあり進行していることが伝えられた。
オードリーの新たな章:『PLURALITY(複数性)』
ところで連載第1回目が公開された4月16日というまさにその日に、オードリーが台湾のデジタル発展部長を退任するニュースが流れた。4日後にオードリーに状況確認とコメント依頼のメールを送ると、以下から引用してもらえれば、という迅速なレスポンスが届いた。[★01]★01
そこには4月18日付で「私は、今後も過去数年間のデジタルベースの仕事を海外の友人と共有し続け、新しい本も出版する予定です」というメッセージがあり、本への賛辞をダライ・ラマ、オビアゲリ・エゼクウェシリ(トランスペアレンシー・インターナショナル創設者)、ダロン・アセモグル(経済学者)、柄谷行人(哲学者)らからいただいたと記されていた[★02]★02。
本は、オードリーとともにRadicalXchange を設立した存在でもあるグレン・ワイル[★03]★03とcommunity(プルーラリティ・コミュニティ)との共著で、タイトルは『PLURALITY - The Future of Collaborative Technology and Democracy(複数性——コラボレーティブなテクノロジーと民主主義の未来)』。ラウリンらとの対話でも頻繁に登場するオードリーの根幹的な概念そして実践である。本書はオードリーとグレンに加え、世界中のcommunityの人々との共同作業によって作られたものだという。
7つのセクション(序文、イントロダクション、複数性、自由、民主主義、インパクト、今後)で構成された400ページを超える大著は、オープンソースで無料のオンライン版としてすでに公開されており(https://www.plurality.net/)[★04]★04、 communityにより本の中で説明されている原則に従い進化し続けるという[★05]★05。この本の成り立ちや公開、また今後の進化も含め、まさに「複数性」そして「コモンズ」に基づく民主主義の実践といえる。
複数性とコモンズの実践
『PLURALITY』の序文、「複数性を見ること」の冒頭に引用されているのが、ダライ・ラマの言葉である。
「ポジティブな行動を成し遂げる人はポジティブなビジョンを発達させる必要がある。熾烈な逆境においてこそ、自身そして他者に対して良い行いをする最大限の可能性がある」
——ダライ・ラマ14世
前回記したが、ダライ・ラマは、ラウリンがヨーゼフ・ボイスとの面会を1982年に実現させた人物である。それから40年以上経過した現在、オードリーらもダライ・ラマと親交を結んでいる事実を知り、オードリーとラウリンをつなげたことの意味をあらためて感じている。
オードリーは、2016年からの台湾政府における活動を経て(その経験から得たものも多いだろう)、あらためて彼女のホームグラウンドであるシビックテックの世界から、国を超え、「複数性」や「コモンズ」を人々とともに実践し始めている。オードリーが培ってきた詩的なマインド、そして道教をはじめとするアジアの教えや欧米の哲学や敬愛する柄谷行人の思想を基盤に、より自由な個人の立場から羽ばたいていく今後の動きに注目している。
オードリーとの対話【全4回】/解説 四方幸子
#1 対話の経緯について
#2 デジタル民主主義の新たな地平へ
#3 オードリーの軌跡と「PLURALITY」の未来
#4 〈ダイバース・デモクラシー〉の可能性
★01 https://www.threads.net/@digitalminister/post/C56AjSurCCQ ★02 Endorsements! https://www.plurality.net/endorsements/ ★03 米国の経済学者。RadicalXchange、マイクロソフト・リサーチのPlural Technology CollaboratoryおよびPlurality Instituteの設立者、共著にRadical Markets, 2018(邦訳『ラディカル・マーケット』東洋経済新報社、2020)がある。 ★04 https://www.hpcwire.jp/archives/46071 ★05 紙の本としても出版される予定。 ★06 本の冒頭部分に明記。
- 四方幸子しかた・ゆきこ
- キュレーター・批評家。美術評論家連盟会長。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、武蔵野美術大学・情報科学芸術大学院大学(IAMAS)・京都芸術大学非常勤講師。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1980年代よりアートについて執筆を開始、1990年代よりキヤノン・アートラボ、森美術館、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員を歴任。並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。近年のプロジェクトにトークシリーズ「諏訪・八ヶ岳を掘り下げる」(2023)、大小島真木、辻陽介映像作品『千鹿頭 CHIKATO』(2023)、「エナジー・イン・ルーラル(EIR)」(リミナリア+国際芸術センター青森、2021-2023)など。国内外の審査員を歴任。著書『エコゾフィック・アート——自然・精神・社会をつなぐアート論』(2023、フィルムアート社)。共著多数。 写真:新津保建秀