解説1 対話の経緯について
「オードリー・タンとの対話 創造力こそが私たちの資本」
ヨーゼフ・ボイスとダライ・ラマの対面を実現させた人、ラウリン・ウェイヤース
本対話は、2023年9月29日の日本時間21時から約1時間半にわたって、オランダのアーティスト兼ライターのラウリン・ウェイヤースを筆頭に有識者13人(会場:レーワルデンのフリース美術館)と台湾のオードリー・タンをつなぎ、クローズドで開催された。
ラウリン・ウェイヤースは、1941年オランダ生まれ。1968年以降、ドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)を継続的にインタビューしてきた(1984年のボイスの来日時にも同行)。1980年にウェイヤースは、ボイスからアンディ・ウォーホルに会うように勧められ、ウォーホルからはダライ・ラマに会うように勧められ、その後ボイスとダライ・ラマの対面を1982年10月に西ドイツ・ボンで実現させている。
私が彼女とコンタクトを取ったのは、1982年。関わっていた『ヨーゼフ・ボイス・マガジン』に彼女の原稿を和訳するためで、実際に会ったのは1984年の来日時である。ボイスの存在を知ったことを契機にアートやメディア、社会をつなぐ活動に至った私は、「人は誰もが芸術家である」「社会彫刻」[★01]★01など彼の言葉の同時代的な可能性を問い続けてきた。[★02]★02
ボイスの没後、ウェイヤースは、1990年9月に5日間のシンポジウム「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy(AmSSE)」を中心となって実現する。[★03]★03(領域を超えて人をつなぐ「メディエーター」としての彼女の生き方から、多くを得ている)。彼女は2012年、長年拠点としたアムステルダムから北部のフリースラントに拠点を移している。[★04]★04
人々のためのテクノロジーを標榜する、オードリー・タン
オードリー・タンは、すでに説明するまでもないが、1981年台北生まれの政治家、プログラマー、自称「ポエティシャン」[★05]★05。2016年10月に蔡英文政権のもと行政院に入閣し無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)となり、デジタルを基盤にした人々を包摂する民主主義を推進[★06]★06、2022年より數位発展部の初代部長を務める。
タンと知り合ったのは2001年末、台湾でオンラインプロジェクト「Kingdom of Piracy(KOP)」[★07]★07を開始した際に、天才的プログラマー兼ハッカー、オートリユス・タン(Autrijus Tang)としてである。彼(当時)はKOPにイリヤ・エリック・リーと連名の 《Pira4all, PiraGene》とそれに基づく《PiraPort》という二つの企画を提案してくれた。それらを実現することはできなかったが、2020年12月にシュー・リー・チェンと共同キュレーションした「Forking PiraGene」[★08]★08は、その19年前の企画を5組のアーティストやハッカーが再解釈しフォーク(分岐・派生)するワークステーション(展示とワークショップの複合形)として実施したものである。今世紀初頭から直面していたデジタルコモンズに加え、バイオコモンズの問題が登場し、コロナ禍が被さる中、タンらのビジョンが新たなアクチュアリティを持ち蘇ったのである。会期中には、タンとのトークが関連イベントとして実現した。[★09]★09
私はタンを、ボイスの理念や活動を「デジタル民主主義」や「共同創造」へと拡張する存在と見なしている。今世紀以降、ビッグテックや政府によるデジタルを介した監視や管理が世界的に強まる中、人々のためのテクノロジーを標榜するタンの存在は、自律的にそこを突破しうる唯一の希望とさえ思われた。
タンとウェイヤースの対話はポジティブなエネルギーに満ちていた
翌年の2021年はボイス生誕100周年であり、記念のフォーラムを二つ企画実施[★10]★10、その一つである「想像力という〈資本〉」は、現代においてAmSSEのような領域を超えた対話を開くことをめざしたもので、タンとウェイヤースに基調講演を依頼した。[★11]★11フォーラムは映像収録だったため、2人が会うことはなかったが、2023年にウェイヤースがタンにインタビューを希望し、5月にオンラインで初対面、そして実現したのが本対話である。
9月29日(台湾では「中秋の名月」の夜)、対話は終始なごやかで、ポジティブなエネルギーに満ちていた。社会的な問題を話すうえで、双方の根底にアートや詩的感性や弱者への理解が共有され、また社会的な実践を伴っているからだろう。タンは、民主主義を「ソーシャル・テクノロジー」とし、デジタル民主主義を「複数性に基づく」ものと述べている。タンは以前、台湾では民主化とインターネットが同時に訪れたと述べているが、その時代に育ち、独学でプログラマーとして突出し、シビックテックの動きに参加、その精神とネットワークを生かしながらデジタルを介した民主主義を推進している。その実践から紡がれるタンの言葉は、明快で力強い。
タンとウェイヤースらとの対話、それを日本語で共有できること、そして読んだ方それぞれが何かを感じていただくこと……これらのプロセスがまさに、可塑的な「社会彫刻」としてあるだろう。
■追記
・本対話とは直接関係がないが、10年前の2014年3月に台湾で学生たちによる「ひまわり学生運動」が起きたことを追記しておく。3月18日に学生や市民が立法院を占拠(4月10日まで)したことに発する社会運動は、同年秋の統一地方選挙で与党・中国国民党の大敗や馬英九国民党主席の辞任を招いたとされる。ひまわり学生運動は「天然独」(生まれながらの独立派)を中心に展開され、アーティストも参加した。2016年の民進党・蔡英文の総統選勝利には、天然独の存在があるとされるが、少し上のタンの世代の民主化への胎動が、その土壌を準備したと言えるだろう。
・本対話は、ウェイヤースらとタンと間のものであり、私は聴講的な立場で参加した。
オードリーとの対話【全4回】/解説 四方幸子
#1 対話の経緯について
#2 デジタル民主主義の新たな地平へ
#3 オードリーの軌跡と「PLURALITY」の未来
#4 〈ダイバース・デモクラシー〉の可能性
★01 ドイツ語ではPlastik。ボイスが作品で熱やエネルギーにより変化する素材を使用したように、社会も「可塑的であり、変容しうるもの」と見なされている。 ★02 ボイスやウェイヤースとの関係は、以下に掲載:「HILLS LIFE Daily」連載 エコゾフィック・フューチャー04「社会彫刻、精神彫刻、エコゾフィー|ヨーゼフ・ボイス生誕100年、ラウリン・ウェイヤース、そして私たちの未来」(2021年6月15日公開)https://hillslife.jp/series/ecosophic-future/04_joseph-beuys/ ★03 「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy(AmSSE)」(会場:アムステルダム市立美術館他)は、展覧会とシンポジウムで構成、シンポジウムは1990年9月10-14日にアムステルダム市立美術館にて開催、アート(ジョン・ケージ、ロバート・ラウシェンバーグら)、科学(イリヤ・プリゴジン、フランシスコ・ヴァレラら)、宗教(ダライ・ラマら)、経済(スタニスラフ・メンシコフら)と各分野から1人が登壇し5日間の対話が繰り広げられた。 ★04 モンドリアン財団が、彼女の名前を冠した作家滞在施設Gueststudio Louwrien Wijersをフリースラントに設立したのを機に転居。執筆や作品制作に加え、2018年には、ボイスに関わった様々な人々との100日間の対話プロジェクト「100 Day Beuys」をフリースラントで開催、また食に関するプロジェクトなど精力的に活動している。 ★05 政治家(Politician)と詩人(Poet)の合成語。 ★06 コロナ禍では、マスクが入手できる場所を表示するマップの公開など、迅速な対応が世界的に話題となった。 ★07 「Kingdom of Piracy」2002-2006。シュー・リー・チェンとアルミン・メドッシュとの共同キュレーションによるデジタルコモンズやパイラシー(海賊行為・著作権侵害)を検討するプロジェクト。リンツ、ロッテルダム、リバプール、東京、サンフランシスコなどで新たな作品やインスタレーションなどを加え展開された。http://yukikoshikata.com/kingdom-of-piracy/ ★08 シュー・リー・チェンが台北C-Labで企画&監修をしたプロジェクト「Lab Kill Lab」(会場:台北C-Lab)で展開された5つのラボのうちの一つ。 ★09 「Ilya…存在者」(2020年12月16日@台北C-Lab オードリー・タン、四方幸子、モデレーション:シュー・リー・チェン)。 タンと四方とのトーク全編は、以下に所収(和訳:田村かの子) 「HILLS LIFE Daily」連載 エコゾフィック・フューチャー01「オードリー・タンとの対話——11のキーワードで紐解くデジタル・テクノロジー・社会|前編」(2021年2月20日公開) https://hillslife.jp/series/ecosophic-future/dialogue-with-audrey-tang-1/ エコゾフィック・フューチャー02「オードリー・タンとの対話——11のキーワードで紐解くデジタル・テクノロジー・社会|後編」(2021年3月3日公開) https://hillslife.jp/series/ecosophic-future/dialogue-with-audrey-tang-2/ ★10 2021年6月 京都府域展開アートフェスティバル ALTERNATIVE KYOTO -もうひとつの京都- 2021 公開フォーラム「想像力という〈資本〉」(コロナ禍のため映像配信)アーカイブ:https://vimeo.com/563943550 |2021年11月6日 『対話と創造の森』誕生記念/ヨーゼフ・ボイス生誕100年記念フォーラム「精神というエネルギー|石・水・森・人」(長野県茅野市の「光の対話場」よりライブ配信) アーカイブ:https://www.youtube.com/watch?v=kONXFEkamlc ★11 タンは、「〈テクノロジー〉という形の民主主義」と題し、人々のためのテクノロジー、そしてアートが社会に開く役割や共同創造の重要について語った。ウェイヤースは、「人は誰もがアーティストである - Everybody is an artist-」と題し、AmSSEでの登壇者の言葉を紹介しつつ彼女のビジョンを述べた。
- 四方幸子しかた・ゆきこ
- キュレーター・批評家。美術評論家連盟会長。「対話と創造の森」アーティスティックディレクター。多摩美術大学・東京造形大学客員教授、武蔵野美術大学・情報科学芸術大学院大学(IAMAS)・京都芸術大学非常勤講師。「情報フロー」というアプローチから諸領域を横断する活動を展開。1980年代よりアートについて執筆を開始、1990年代よりキヤノン・アートラボ、森美術館、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員を歴任。並行し、インディペンデントで先進的な展覧会やプロジェクトを多く実現。近年のプロジェクトにトークシリーズ「諏訪・八ヶ岳を掘り下げる」(2023)、大小島真木、辻陽介映像作品『千鹿頭 CHIKATO』(2023)、「エナジー・イン・ルーラル(EIR)」(リミナリア+国際芸術センター青森、2021-2023)など。国内外の審査員を歴任。著書『エコゾフィック・アート——自然・精神・社会をつなぐアート論』(2023、フィルムアート社)。共著多数。写真:新津保建秀