オードリー・タンとの対話#2 民主主義のコンピテンシー
デジタル直接民主主義とユニバーサル・ベーシックインカム
- 翻訳:Art Translators Collective(田村かのこ、山田カイル)
2024年4月、台湾の卓栄泰・次期行政院長(首相)は、5月に発足する新政権の閣僚人事の発表で、唐鳳(オードリー・タン)デジタル発展相が退任することを明らかにした。オードリーの動静は不明だが、今後も台湾や世界のデジタル民主主義・デジタル経済に影響を与えていくことは不変だろう。オランダ各界の識者16人によるオードリー・インタビュー「デジタル直接民主主義とユニバーサル・ベーシック・インカム」第2回は、教育改革、社会保障、プライバシー保護、熟議テクノロジー、ビッグ・テックとの関係について。(全4回のリストはこちら)
ブロードバンドアクセスは人権
ローリー・ピルグリム お聞きしたいのですが、仕事をするなかで、どういうふうにさまざまな人と関わっているのでしょうか? 人によってテクノロジーといろいろな関係があったり、アクセスのしやすさも違うと思います。
オードリー・タン とても良い質問ですね。台湾では、ブロードバンドアクセスは人権です。台湾のどこにいても、たとえ標高4000メートルの玉山[★01]★01でも、月14ユーロで、10Mbpsのブロードバンドを通信容量無制限で使えます。それがユニバーサルアクセスの普及というものです。これなくしては、デジタル民主主義は実現できません。エリート支配のようなものになってしまいます。また、初等教育ではリテラシーよりもコンピテンシーを強調するようにしています。
リテラシーというのは、消費者としての能力をさす言葉です。一方、コンピテンシーは生産者に対して用いる言葉です。たとえば、ArduinoやRaspberry Piを使って空気中の成分を測定している小学生も、大統領選で候補者3人が登壇しているディベートやフォーラムを見ながら発言のファクトチェックをしている中学生も、18歳未満でありながら、社会においてコンピテンシーを発揮しています。18歳になった瞬間、魔法のように知識をもった市民になるわけではありません。若い頃から、ある技術や手法を身につける唯一の方法はコモンズ(共有知)に貢献することだ、と学んで初めて可能になることです。ですので、教育改革が必要になります。標準化された回答を求めることや個人単位の競争から離れて、協働や公益へ向かうのです。これが、社会全体としてのレジリエンスを強化することにもなると思います。
私たちテクノロジーを扱う人間は、異なるやり方を好む人々のために、常にオープンAPIとパブリックコードで設計しなくてはいけません。台湾では20種類の言語が話され、16の原住民族[★02]★02の人々が暮らし、42の方言が用いられています。そのすべてに対応するソリューションを作るというのはとうてい無理な話です。手話も公用語です。市民社会や社会起業家と協力して、私たちが提供するサービスをそれぞれのコミュニティで使いやすいように再編してもらう必要があります。私たちのテクノロジーに適応しろと言うのではなくて、さまざまなローカルなニーズにテクノロジーが適切に対応できているかを問うべきなのです。
つまり大枠を作るのは私たちですが、クラウドファンディングはどうするのか、など、2つか3つの……
(接続が切れる)
ミヒール・ゾンネフェルト レーワルデンではいつでもどこでもブロードバンドアクセス、というわけにはいかないようです。
ラウリン・ウェイヤース また見えるようになりました。
オードリー こちらからはずっと見えていますよ。だいじょうぶ、人権侵害にはなっていません(笑)。
教育カリキュラムの改革
アネット・シャープ(アムステルダム応用科学大学ビジネス・経済学部チームリーダー) こんにちは、オードリーさん。コモンズに貢献するという、まったく別の方法へ教育をシフトするというお話がありましたが、その実現のためにどのような改革が行われてきたか、実例を教えていただけますか?
オードリー もちろんです。2019年に、初等教育のカリキュラムを抜本的に変えました。私は2016年に行政院に加わる前は、K-12カリキュラム委員会の一員でした。高い透明性を保ちながらカリキュラムを協働で策定できたのが素晴らしかったと思っています。準備段階での会議は、すべて議事録が公開されています。生徒、保護者、教師など、それぞれの代表が参加しました。
この新しいカリキュラムがもっとも特徴的なのは、授業内容を指定していないという点です。核となるコンピテンシーだけが定められていて、それぞれの地域の学校や先生には、カリキュラムを無視してコンピテンシーだけに注力するといった自由があります。物理的なキャンパスを無くしてオンラインの授業のみの高校を作ることもできます。大自然のなかにキャンパスを作ることも可能です。
台湾では、全体の10パーセント程度の学生が、このような標準的なカリキュラムを用いずにコンピテンシーを身につける実験教育を受けられます。そしてこれらのオルタナティブスクールは、こうした実験的な教育手法を取り入れたい公立の学校とも協働して取り組みをシェアしています。ですからあらゆるレベルで、ホームスクーリングに始まり、組織的に実験教育を行う学校、小さなグループで実験的な指導を受けられる場、公立だけれども実験教育の素養を身につけた教師がいる学校まで、さまざまなグラデーションがあるのです。
私自身が好例です。私が公立の学校に通ったのは14歳までで、ドロップアウトした後はホームスクーリングでした。高校にも大学にも通っていませんが、私が専門性を有しているのは明らかでしょう。ですので、台湾ではオルタナティブ教育はもはやオルタナティブというより、実験的な教育というR&D(研究開発)のなかの調査部門、という感じだと思います。
資本主義的な部分と社会主義的な部分の共存
ブリジッタ・スヘープスマ オードリーさん、こんにちは。貧困状態にある人も含め、あらゆる人が関わっていくことは可能なのでしょうか? 可能であるならば、どうやって……というのも、先ほどベーシック・インカムは直線的だとおっしゃっていました。お金のない人の生活を保障するという機能はあるのでしょうか?
オードリー パンデミックの間、なぜ台湾では1日もロックダウンをしないのか、多くの人が不思議に思っていました。3年のあいだ、人は都市の間を行き来していたし、義務化された形での接触追跡プログラムは実施していません。ただ自主的にQRコードをスキャンしたり、連絡先を書いて提出したり、といったことしかしませんでした。それでいて、症状が現れた人は自らその旨を報告し、自己隔離をしました。
健康への影響でいうと、私たちより被害が小さかったのはニュージーランドだけだったと思いますし、経済への影響を最小に止めたという点では、私たちに並ぶ国はなかったでしょう。なぜそれができたのかというと、在住者や市民の誰もが、症状を訴え出てもお金はかからないということを知っていたからです。歯科医療をはじめとして、あらゆる医療を管理するユニバーサルサービスがあって、2003年のSARS以降はデジタルで運用しています。
台湾では、この単一支払者制度(single-payer system)[★03]★03による公的医療保険で、医療にまつわるニーズはすべてカバーされることをみんなわかっているので、公衆衛生のシステムに自主的に協力してくれます。もし自分の症状が新型コロナでなくても、何か他の病気であっても、検査やその後のチェックなど含め、お金はかからないからです。コロナは一例にすぎませんが、台湾では、憲法で非常に明確に、たとえば歯科医療や諸々の公的な医療と、人工的な美容整形の領域にあって保険が適応されないものとが、はっきりと分かれています。資本主義的な部分と社会主義的な部分が、憲法のなかに共存しているのです。
つまり、医療、教育、代表権などを享受するには、まったくコストがかかりません。先ほどおっしゃった貧困や、そういったものからくるプレッシャーを大きく軽減できていると思います。もちろん、われわれも完璧ではありません。特に原住民族や新たな移民、漁船で働いていて海外にいる移民などに対する移行期正義(Transitional Justice)[★04]★04の取り組みという面では、多くの課題があります。しかし、少なくとも物理的に台湾に暮らしている人にとっては、セーフティネットは悪くないと思っています。お金をどれだけ稼いでいるかは関係なく、誰でも同じ医療を受けられるからです。
ゼロ知識テクノロジー
ヒルデ・ラトゥール(ベーシック・インカム世界ネットワーク副議長) ヒルデ・ラトゥールといいます。ベーシック・インカム世界ネットワーク(BIEN)の副議長をしています。定期的に、ビッグ・テック企業から、ベーシック・インカムを実施したいと連絡があります。しかし私たちの経験上、そうした取り組みの背後にはたいてい、支払ったお金でその後何を買うのかを追跡したいというアジェンダが隠れています。どうすればこの「データへの欲望」から人々を守ることができるでしょうか? 行動データ、生体認証データなど、いろいろなことを考える必要があると思いますが。
オードリー 現金であれば追跡はできないのではないでしょうか? それとも、ワールドコイン[★05]★05の話ですか?
ヒルデ ええ。ワールドコインはまさに好例ですね。おっしゃるように、消費エンドでの自由を守るためにはキャッシュがあります。しかし、世界がますますデジタルに移行するなかで、デジタルな貨幣を用いながら、データ盗用から人々を守る方法はあるのでしょうか?
オードリー 「デジタルな現金(digital cash)」というものもあります。私たちが「ゼロ知識保護(zero knowledge protection)」[★06]★06と呼んでいる技術がありまして、たとえば私が何歳かは言わずに、18歳以上であることを証明できる、というような技術です。銀行の預金残高は明かさずに、一定金額が入っているということを証明する。あるいは、どのように満たしているのかは明かさずに、ある契約を締結するための条件を満たしていることを証明する、などです。「指定検証者(designated verifier)」[★07]★07のようなテクノロジーもあって、双方が信用する媒介者の仲裁があれば、ある契約を締結したという事実を公にする必要がなくなる、といったことも可能です。
プライバシー強化技術、通称PETs (Privacy-Enhancing Technologies)と呼ばれる一連のテクノロジーがあり、まさにデジタル領域で現金の匿名性を再現しようということに取り組んでいます。ですから、ゼロ知識テクノロジーをフル活用している企業や社会起業家にのみ投資するべきだ、というのが私の提案です。こうしたテクノロジーは非常に成熟したもので、もはや研究段階ではありません。しかし、まさに先ほどおっしゃった理由から、本来得られるべき規模の投資が得られていないのです。「顧客」に、本当は要らないものをたくさん売りつけたほうが利益になるからです。監視資本主義的に利益をあげようという動機が世にあるからこそ、ゼロ知識テクノロジーやPETsは別の資金調達方法を必要としています。ビットコインであったり、私の公的インフラプロジェクトIndia Stackや、国際電気通信連合(ITU)のGovStackもそうです。
私のようにデジタルな公的インフラに関わっている人間の多くが、こういう技術に注力しています。オランダも、その動きに参加していると思います。YIVIというウォレットがあります。以前はIRMAという名前でしたね。これは、ある種のゼロ知識ウォレットです。こうした、プライバシーに関するテクノロジーを扱う人々と話してみるべきだと思います。
ウーズ・ヴェスターホフ(アムステルダム・パクハウス社会イノベーション&創造臨時ディレクター) しかし、ゼロ知識貨幣というのは少しニッチです。この先広く使われるようになると思いますか?
オードリー ええ、もちろんです。というのも、身分を偽ってどこか他の国の人間のフリをするということが、ほとんど無料でできるようになりましたから。昨年までは、そういうふうに詐欺をはたらくのは大変なことでした。相手の文化を実際に知って、会話をして、ということが必要だったからです。しかし、「生成AI」という新たなテクノロジーが誕生したことで、3秒ほどの音声があれば、誰でもPC一つでタダ同然の値段で、説得力のあるディープフェイクを作ることができるようになったのです。それはつまり、デジタルな来歴や認証がついていないデータ、あるいはいまご説明したようなゼロ知識認証を経ていないデータは、何の価値も持たないということです。
何せ誰でも、好きな人を好きなシナリオで登場させる動画を作ってフォトショして世に出せるのですから、昔ならスクープとして売れた情報も、信用してもらえないかもしれません。ですので、こうしたコミュニティ志向でデジタル認証可能なコミュニケーションというのは、数年後には非常に価値の高い、もしかすると唯一価値のある情報交換の方法になっているかもしれません。大衆向けの監視資本主義的なソースは、生成AIで汚染されてしまうでしょうから。
ウーズ 興味深いですね。ありがとうございます。
ニュアンスを失わずに意見を集約する
ラウリン もう一つお聞きしても良いでしょうか? デジタル直接民主主義が解決する主な問題というのは、何なのでしょう?
オードリー 150人以上で集まって知識や価値を共有してあらゆることに決断を下すこと、でしょうね。この人数がポイントです。人間は、150人以上の集団でお互いの頭のなかを把握しながら長期的に議論を進めることができません[★08]★08。ですので、陪審員などがそうですが、少ない人数を選出するわけです。ひとつの部屋に1000人いては、コンセンサスが取れませんから。一方、少ない人数から始めて、徐々に人数を増やしながら議論を繰り返すことで、コンセンサスの集約を試みる熟議の方法、あるいはファシリテーションの技術もあります。
問題は、どんなに優れたファシリテーターであっても、そこで行われた議論を要約しようとすれば、それぞれの熟議のラウンドのなかで個別の参加者が持っていた細かなニュアンスは失われてしまうということです。集約するたびにある程度のニュアンスが失われる。しかし複雑な問題、つまり、多くのステークホルダーが関わるような問題の解決策は、そうした細かいニュアンスを反映したものである必要があります。
Uberに関する議論でも、たとえば既存のタクシーメーターより低い価格設定を出さないという解決策は、それぞれの地域が自分たちの土地の道路計画の策定に自己決定権を持っていないと機能しないなど、いろいろな問題があるわけです。解決策を出すうえで、40くらいの側面を考慮する必要がある。
しかし伝統的な熟議では、こうしたコンセンサスを構築するのは困難です。特に、ランダムに選定した市民の声を反映したい場合は。一方、PolisやAll Our Ideas、Talk To The CItyなどを使うことで、ニュアンスを失わずに意見を集約することができます。集約するたびに、新しいものがただ付加されていくのです。そして、ニュアンスを検証したければ、ChatGPTよろしく、そこに構成された集合意志の背後にある数的モデルと直接対話すれば良い、というわけです。
そうすれば150人以上の集団で、あたかも一つの部屋に50人、あるいは5人で集まって話しているかのように対話することが可能になります。細かなニュアンスを残す余地を拡大し、150人以上の集合知がないと解決策に辿り着くことができないような、難しい問題に取り組むことができるようになるのです。
ラウリン 素晴らしいですね。
デジタル革命と民主主義の行方
ヤン・アツェ・ニコライ(ベーシック・インカム・シンクタンクの理事長/政治と医療分野の専門家) 地元でベーシック・インカムにまつわる活動をしています、ニコライと申します。緊急性ということに関してお聞きしたいのですが。西洋では、民主主義が衰退しているように思います。民主主義は、デジタル直接民主主義なくして存在しうるでしょうか? デジタルを用いない民主主義も可能なのか、それとも、デジタルが唯一の解決策なのでしょうか。
オードリー もちろん、たとえば職場やアートの同好会、労働組合などで、100人や200人くらいの人で継続的に民主主義を実践するうえでは、デジタルなツールは不要でしょう。人間の脳は、小さなコミュニティで決定を下すことは全然問題なくできますから、その場合デジタルの有用性というのはせいぜい議事録をとるといったことでしょう。
一方、国家単位の民主主義では、デジタルは必須の支援ツールだと思います。デジタルを用いないと、非対称性が非常に大きくなってしまいますから。
4年に1度、8人の候補者から1人を選ぶという仕組みでは、4年間ごとにわずか3ビットしか新たな情報がアップロードされません。5つの政策提言に対して国民投票を行っても、わずか5ビットです。しかしこの数ビットの情報が人々の日常にすぐさま影響を与えるのです。ダウンロードは高速でできるのに、アップロードは非常に制限されている、という状態です。しかし、パンデミックや「インフォデミック」、生成AIを使った詐欺、コンピュータウイルスなど社会レベルでの危機があるときは、現場で毎日、毎時間、何が起こっているのかを把握する必要があります。アップロードの仕組みがなく、4年に一度しか修正ができないのでは、これだけのスケールやスピードで発生する問題に民主主義は対応できません。
ですので、パンデミックに対して有効に対応できなかった国の民主主義指標が落ちているのは、偶然ではありません。コロナ禍でその義務を果たすことのできなかった民主主義政権が、信用を失ってしまったのです。しかし、台湾のようにパンデミックに対応できた国では、民主主義への自信が高まっています。
ビッグ・テックとデジタル経済の再構築
ラウリン なるほど、素晴らしいですね。誰か他に質問のある人はいますか?
ヒルデ はい、もう一つお聞きしたいことがあります。ビッグ・テックはさまざまなアルゴリズムやロボットを用いて、ごく少数の人のためにお金を稼いでいます。こうしたアルゴリズムをコモンズに持ち込み、これらの機械でベーシック・インカムを生み出すのはとても難しい。それが私の夢なのです。人々のために価値を生み出すには、どこから始めるべきなのでしょう? たとえば、Uberタクシーのソフトウェアみたいなことでしょうか。まず着手すべき簡単な課題はなんだと思いますか?
オードリー まずはお互いにTwitterでDMを送り合うのではなくて、Signal[★09]★09を使おう、ということですね。冗談ではなくて、Signalやその他のエンドツーエンド暗号化テクノロジーというのは、プライバシー強化技術のなかでも最も基本的なものです。Signal Foundationのメレディス・ウィテカー社長は、あなたが合計何人とメッセージのやり取りをしているかすら把握していません。メタデータまで暗号化されているのです。ですので、話の内容や話し方を盗み聞きして利益を得る方法がありません。それゆえに、コミュニティのために何かするということにインセンティブを見出すようになります。
一方、仲介者がメッセージの内容を把握している場合、現時点でそれを収益化したり、教師あり学習させたモデルを使ってあなたに広告をクリックさせたりするつもりがなかったとしても、株主や理事会から必ず、プレッシャーをかけられるようになるでしょう。これだけのダイレクトメッセージのデータがあるのだから、なぜ収益化しないのか、という具合です。ですので、まず優れたプライバシー技術を使うという習慣をつけていくだけで、ビッグ・テックが精密な説得機械を作るための素材を手に入れるのを防ぐ第一歩になります。
ウーズ それは非常に面白い観点ですね。そうすることで、経済的にはどのような影響があるでしょうか? そういうモデルに基づいた消費主義というのは、どういうふうに発達すると思いますか?
オードリー まず、ローカルな通信事業者がそれぞれのコミュニティに貢献する自由度が増すと思います。たしか、EUでは現在、通信事業者が負うコストの半分以上が、少数のビッグ・テック企業が運営するプラットフォームの通信にかかる費用です。そういう状況下では、各地域の通信事業者がローカルなニーズを反映してサービスを作ることに注力するのは不可能です。誰もが同じ3つのプラットフォームのストリーミングを見ていて、ダウンロードが多く、アップロードが少ない状態です。ですので、台湾では、誰もが自分のコミュニティのローカルな通信事業者になれるという取り組みを行っています。
もちろんNetflixは見られませんが、たとえば野外で行われるアートの展示会場で、あるいは会議室やサミットの場で、同時通訳を提供することはできます。あるいはXRやVR空間を作って、複数の都市を融合させた巨大な空間を作る、といったこともできます。高いお金を払ってライセンスを取らなくても、通信事業者と同じ5Gの機材が使えます。もちろん、YouTubeやNetflixを流すための要件を満たす必要もありません。
こうしたコミュニティ規模のテクノロジーによって、各地域の人々がクラウドに接続しつつ、自らのニーズを考えながらテクノロジーの計画を立てることが可能になります。クラウドは、オフロード処理をするための場所として用いつつ依存しない、ということが必要だと思います。GoogleやFacebookに依存するようになると、地域コミュニティが自分たちのニーズに合わせて利益を再投資することができなくなってしまいます。
ウーズ つまり、ローカルな経済圏や、地域的な経済圏を発展させたい場合、独立したローカルなネットワークに投資すべき、ということですか?
オードリー そう思います。ローカルな5Gネットワークでもいいし、屋外での通信がそこまで必要でないなら、Wi-Fiの6Eネットワークでも良いでしょう。P2Pネットワークやメッシュネットワークでも良いくらいです。これらはどれも安価なテクノロジーです。というのも、大規模通信事業者を使っている人は、実質的に毎月支払う通信量のうち半額は、NetflixとYouTubeとFacebookに補助金を出しているようなものですから。
オードリーとの対話【全4回】
#1 創造力こそが私たちの資本
#2 民主主義のコンピテンシー
#3 自分自身を「代表」すること
#4 ダイバース・デモクラシー、複数性の民主主義へ
★01 玉山(ぎょくざん、ユイシャン):台湾最高峰。正確な標高は3,952m。台湾島のほぼ中央部に位置する。周辺は台湾自然生態保護区となっており、玉山を中心とした約10万haの範囲が「玉山国家公園」に指定されている。 ★02 原住民族:原語はIndigenous Nations。日本では「先住民族」と訳すことが多いが、台湾では「原住民族」と言う。憲法条文にも規定されている呼称である。 ★03 単一支払者制度(single-payer system):保険料や医療費の支払いを中央の単一の機関が行い、その機関が国民全体の医療費を賄う制度。台湾の「全民健康保険」は、単一支払者制度の典型例である。 ★04 移行期正義(Transitional Justice):民主化や体制変革が起こった後の社会において、過去の人権侵害や政治犯罪に対処するための法的・政治的な取り組み。台湾では「転型正義」という。台湾の転型正義政策は、国民党独裁時代の人権侵害や政治的迫害の真相究明と公正な裁きをめざす取り組みである。 ★05 ワールドコイン(WorldCoin):OpenAIのCEOサム・アルトマンらが共同創業した、虹彩生体認証を用いた仮想通貨プロジェクト。ユニバーサル・ベーシックインカムに応用する可能性も構想として語られている。https://worldcoin.org/ ★06 ゼロ知識保護(zero knowledge protection):何かを証明したい人が、「自分はある事柄を知っている」という事実を、それを確かめたい人にその事実以外の知識を何も与えることなく証明する技術を「ゼロ知識証明」(zero-knowledge proof; ZKP)といい、近年、プライバシー強化技術として注目されている。オードリーが言う「ゼロ知識保護」は、ZKPを応用したプライバシー保護のことだろう。 ★07 指定検証者(designated verifier):指定検証者署名 (Designated Verifier Signature: DVS) を略して言ったと思われる。DVSは署名者が指定した検証者のみが、その署名の正当性を検証できるデジタル署名技術。 ★08 ダンバー数(Dunbar's number)のことを指していると思われる。イギリスの人類学者ロビン・ダンバー(Robin Dunbar, 1947—)は、霊長類の脳の大きさと群れの規模の間に相関関係を見出し、平均的な人間の脳の大きさから、人間が円滑に安定して維持できる関係は150人程度であると提案した。 ★09 Signal:暗号化されたメッセージと通話ができるコミュニケーションアプリ。プライバシー重視をうたう。著名なAI研究者メレディス・ウィテカー(Meredith Whittaker)が代表を務める非営利団体Signal Foundationが運営。https://signalfoundation.org/ja/
- オードリー・タン/唐鳳Audrey Tang
- 台湾の政治家、プログラマー。プログラミングの天才として知られる。2016年、蔡英文政権に入閣し、デジタル担当の政務委員を務める。2022年、新たに設置された數位發展部(デジタル発展省)の初代部長(大臣)に就任。政府の情報公開やデジタル民主化に取り組み、オープンガバメントを推進。ソーシャルメディアやオンラインフォーラムを通じて市民との対話を重視し、デジタル技術を民主化と社会変革のために活用している。
- ラウリン・ウェイヤースLouwrien Wijers
- 1941年オランダ、アールテン生まれ。アーティスト、作家。1964年にパリでフルクサスに遭遇。1968−1986年の18年間、ドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスの仕事に伴走。「書くこと、話すこと、考えること」を「社会彫刻」(ボイス)ととらえて、批評活動に加えてさまざまな分野でキュレーションに関わる。1982年にボイスとダライ・ラマ14世との対話を実現させ、ボイス没後の1990年には、ジョン・ケージ、イリヤ・プリゴジン、 スタニスラフ・メンシコフ、ダライ・ラマ14世などの各界の識者を集めたシンポジウム「Art meets Science and Spirituality in a changing Economy」(アムステルダム市立美術館)を企画している。写真:Marleen Annema
- Art Translators Collective田村かのこ、山田カイル
- Art Translators Collective(アート・トランスレーターズ・コレクティブ)アート専門の日英通訳者・翻訳者チームとして2015年に活動を開始。主に現代美術・舞台芸術の分野を中心に、専門性と創造性を活かした質の高い通訳・翻訳の提供を目指す。近年は言語の変換にとどまらず、個々の創作現場に特化したコミュニケーション環境を整備したり、アートトランスレーションの価値と可能性について普及活動を行ったりと、創造行為としての翻訳を多角的および主体的に実践・発信している。現在、日本国内外を拠点とする13人のメンバーが在籍中。