『天ぷら 元吉』店主元吉和仁もとよしかずひと
- 1975年4月20日生まれ。神奈川県出身。
鮮魚店を営む両親の下に生まれる。母の得意料理が天ぷらだったことから興味を持ち、天ぷら職人を志すようになる。
大阪の調理学校卒業後、1995年大阪の料亭から修行を始め、関西割烹店、東京の天ぷら専門店、和食店を経て2006年南青山に「天ぷら 元吉」を開業。2011年より9年連続ミシュラン一つ星獲得。
天ぷらという調理法を使って、一つの食材でも様々な衣を着せる事で、色々なおいしい表情を引き出している。
また、固定概念にとらわれずに天ぷらを使った料理にも挑戦。
天ぷらの新たな可能性を日々研究し、揚げ続けている。
和菓子
『鎌倉創作和菓子 手毬』代表御園井裕子みそのいゆうこ
- 女流和菓子家
表現は自由ながら、洋のテイストを使わずに伝統の材料・手法にこだわり、「練り切り」と呼ばれる上生菓子を数多く生み出す。
表現できる色は100種類以上、淡い色合いで繊細な和菓子が特徴。
中でも「市松手毬」は和菓子のデザインで初めて意匠登録もされており、手毬の看板商品。
会社員、教員、司会業など様々な仕事を経験した後、和菓子の世界に入り20年以上。現在は見て楽しい、食べて美味しい和菓子のブランド「鎌倉創作和菓子 手毬」を主催。季節の和菓子を発表する作品展や、各地でワークショップを開催。
鎌倉・長谷の工房や各地で行われるワークショップは紫陽花のシーズンには600人以上も参加するほどの人気。
JAPAN EXPO(パリ2013)など、海外での和菓子の普及活動も積極的に行っている。
『菓匠 京山』 主人佐々木 勝ささきまさる
- 1945年8月生まれ
1961年 北海道小樽市の「高山菓子舗」で修行を積み、東京都世田谷区にある「たちばな」を経て、1968年赤坂「塩野」に入社。
神奈川県横浜市の「新月」千葉県市川市の「松月堂」で工場長を歴任。
1976年市川市行徳に「菓匠 京山」、1992年妙典店をオープン。
1999年千葉県技能大会で県知事賞、2004年日本食生活文化財団食生活文化賞で銀賞受賞のほか、2005年千葉県卓越技能「千葉県の名工」に選ばれる。
現在、東京製菓学校、日本菓子専門学校で講師を務め、千葉県菓子共同高等職業訓練校では校長を務めている。
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洋菓子
『モンサンクレール』オーナーシェフ辻口博啓つじぐちひろのぶ
- 1967年生まれ 石川県七尾市出身。
クープ・ド・モンドなどの洋菓子の世界大会に日本代表として出場し、数々の優勝経験を持つパティシエ、ショコラティエ。現在はオーナーパティシエ・ショコラティエとして、モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる13ブランドを展開。2014年には初の海外店舗「モンサンクレール ソウル」をオープン。
今もなおコンクールに挑戦しており、サロン・デュ・ショコラ・パリで発表されるショコラ品評会では、2013年~2018年の6年連続で最高評価を獲得。2015年には「インターナショナルチョコレートアワーズ世界大会」のチョコレートバー部門で金賞を受賞。
スイーツを通した地域振興、企業とのコラボレーションやプロデュース、講演や著書出版など積極的に活動する他、低糖質スイーツの第一人者として数々のロカボスイーツの開発・監修に取り組む。
2015年にはNHK朝の連続テレビ小説「まれ」の製菓指導を務めた。
石川県観光大使。三重県観光大使。金沢大学非常勤講師。産業能率大学客員教授。
『エキリーブル』オーナーパティシエ德永純司とくながじゅんじ
- 1979年生まれ 愛媛県今治市出身
高校卒業後、関西のレストラン、ホテルで料理、パティシエを経験し、2004年からザ・リッツ・カールトン大阪のミシュランレストラン「La Baie」にてシェフパティシエ、2007年よりザ・リッツ・カールトン東京でペストリーシェフ&ショコラティエとして活躍。
2014年「クープ・デュ・モンド」に日本代表として参加し、2015年の世界大会で準優勝およびチョコレートピエス部門で1位など、数々のコンテストで優勝。
2016年4月より、ホテル インターコンチネンタル 東京ベイのエグゼクティブ シェフ パティシエに就任。
2022年3月 独立し品川区・不動前に「エキリーブル」をオープン。
テレビ番組やドラマのスイーツ監修、技術指導などにも携わる。
季節のフルーツや食材をはじめチョコレートや柑橘系を使い、素材の持つ香りを生かし、喉越し・口どけの良さなどバランスにこだわったスイーツは、一つ食べた後でももう一つ食べたいと思っていただけるよう、老若男女誰でも食べやすい味わいを心がけている。
◆受賞歴
2010年 第17回ルクサルド グラン プレミオ 優勝
2010年 ぐるなびシェフ BEST OF MENU 2010 デザート部門 優勝
2015年 クープ・デュ・モンド世界大会 準優勝 チョコレートピエス部門 1位
2019年 チョコレートイノベーションコンテスト2019 第1回ルビーチョコレートヒーロー(総合優勝)
『パティスリータダシヤナギ』オーナーシェフ柳正司やなぎただし
- 1974年
・高崎調理専門学校卒業
1974年〜1983年
・銀座三笠会館、ピュイダムールを経て、
1983年フレンチレストラン「クレッセント」へシェフパティシエとして入社
1989年
・パリの「メゾン デュ ショコラ」、ロワンヌの三ツ星レストラン「トロワグロ」で学ぶ
1996年
・クレッセント専務取締役総料理長 就任
1998年11月15日
・パティスリー タダシヤナギ 開店
2002年4月19日
・マルイファミリー海老名店 開店
2004年〜
・フランス料理アカデミー会員
2005年9月19日
・八雲店 開店
2007年
・クープ ドュ モンド(ワールドカップ)国際審査委員兼日本チーム団長として優勝に導く
2009年
・クープ ドュ モンド(ワールドカップ)国際審査委員兼日本チーム団長
2011年
・クープ ドュ モンド(ワールドカップ)国際審査委員兼日本チーム団長
2013年
・ワールド チョコレート マスターズ国際審査員
『パティスリー・サダハル・アオキ・パリ』オーナーシェフ青木定治あおきさだはる
- パリ在住のシェフ・パティシエ。1968年東京都生まれ
1987年 町田調理師専門学校卒業後、東京・青山「シャンドン」に入社
1989年 単身渡仏し、「ジャン・ミエ」(パリ)、レストラン「ジェラルデ」(スイス)、「ミッシェルクーデール」(パリ)で修行
1998年 パリ7区に初のアトリエを構える
2001年 パリ6区サンジェルマンに初のブティック「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」をオープン。「アトリエでの製造、ブティックでの販売」を実現する
2005年 東京・丸の内に日本初のブティックをオープン
2007年 ルレ・デセール(世界最高峰の菓子職人の組織)のフランスメンバーとなる。フランスを拠点に活躍する日本人パティシエでは初めてのメンバー入り
<主な受賞歴>
1995年 シャルル・プルースト杯 味覚部門1位 総合2位
2005年 ベスト・マカロン・コンクール・パリ クラシック部門2位
2009年 フランスのショコラ愛好家団体「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ(略称 C.C.C.)」主催の品評会において4タブレット(4ツ星)の評価を受ける
2011年 フランス最優秀パティシエ、農林水産省「料理マスターズ」に選出、パリ市より「パリ市庁賞」を受賞
「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ」からアワードと5タブレット(5ツ星)を受賞
2018年 「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ」から日本人パティシエで唯一、5年連続の最高位、8年連続の高評価を受賞
2019年 「クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ」よりトップ オブ トップ アーティザル ショコラ& タブレット 100に選出される
モダンなつくりの中に伝統の味を調和させるスタイルは、パリで高く評価され、なかでもマカロン、パウンドケーキの評価は高い。「和」の素材を取り入れた商品づくりに積極的で、パリでの抹茶ブームの火付け役になるなど、情報発信型の新しいパティスリーをめざす。現在、パリを拠点にフランスと日本で活動している。世界で最も注目される日本人パティシエの一人。(2020年12月現在:パリ5店舗/日本5店舗)
『Scene KAZUTOSHI NARITA』シェフ成田一世なりたかずとし
- 成田の仕事、お菓子作りの始まりは若干18歳。
数々の修行後、32歳でイタリア・フィレンツェの三ッ星「エノテカ・ピンキオーリ」でシェフパティシエを経て2001年パリの名店「ピエール・エルメ」の日本初出店の際に初代シェフ・パティシエ抜擢、2005年にはジョエルロブションNYCのシェフパティシエを歴任。
2017年「BESTASIA50」ベストパティシエ賞を受賞、アジアでNo.1パティシエとなり名だたる名店をシェフとして渡り歩き世界で最も活躍した唯一のパティシエ。
『マルガージェラート』 オーナーシェフ柴野大造しばのたいぞう
- 1975年石川県能登町生まれ。東京農業大学卒業後、家業の酪農に就農。
2000年、地元能登町に北陸初の牧場直営ジェラートショップ「マルガージェラート能登本店」をオープン。
ジェラートイリュージョンやジェラートの監修・コンサルで多数のショップを全国にプロデュース。
2009年 イタリア ジェラート世界大会出場。
2012年 小売店全国コンクール・日本経済新聞社社長賞 「匠の店」認定。
2014年 ジェラート世界大会 ピスタチオ部門 10位入賞(北陸勢初)。
2015年 ジェラートマエストロコンテストに優勝し、ジェラート日本チャンピオンに輝く。
2016年 アジア人初の世界ジェラート大使(本部ローマ)に就任。
イタリア最大のジェラートの祭典Sherbeth Festivalにて外国人部門1位、アジア人初の総合4位に入賞。
2017年 Sigep イタリア・ジェラートイリュージョン・Premio Speciale最優秀職人の称号を2年連続授与。
Gelato World Tour2017 Grand Finale(世界大会決勝)に東アジア代表として出場し、一般投票1位、総合4位に入賞。
9月~10月に開催されたSherbeth Festival(パレルモ・イタリア)では初優勝を飾り、アジア人初の世界チャンピオンとなる。
2018年 Coppa del mondo della Gelateria(ジェラートワールドカップ)では日本代表チームキャプテンとして出場。
団体では、日本歴代最高位の総合4位、個人ではグルメジェラート部門1位に輝く。
『ヒルトン東京』エグゼクティブペストリーシェフ播田修はりたおさむ
- ヒルトン東京のエグゼクティブペストリーシェフとして、イチゴのデザートビュッフェで人気の「マーブルラウンジ」をはじめとする、全6つのレストランのデザートを担当する他、2つのペストリーショップのテイクアウトスイーツ、ウエディングなどヒルトン東京の全てのデザートを統括する。
中でも国内で最初にデザートビュッフェを始めたヒルトン東京の「マーブルラウンジ」では、シーズン毎にデザートとデコレーションでエンターテインメント性のあるスイーツの世界を創り出している
1979年生まれ 徳島県出身。
東京製菓学校を卒業後、2005年に渡仏。MOF(フランス国家最高職人賞)シェフ、エリ・カゾウシュスに従事後、06年からはパリの5ツ星ホテル「ル・ムーリス」でミシュラン3ツ星シェフ、ヤニック・アレノ氏のもと様々なデザート部門に携わった後、アシェット・デセールを担当。また、フランスで最も権威のある製菓コンクールの1つである「ルレ デセール シャルル プルースト杯」にて06年入賞、09年には「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」の国内予選ショコラ部門で入賞を果たす。
帰国後は、徳島県にある実家のペストリーショップ「ナッツべリーファーム」にてシェフ・パティシエを務める。
2017年1月よりヒルトン東京のエグゼクティブペストリーシェフに就任。
『クリオロ』パティシエサントス・アントワーヌ
- エコール・クリオロのシェフ、サントス・アントワーヌは、フランス・プロヴァンス出身で、フランス最優秀職人(MOF)の称号を持つフィリップ・スゴン氏のお店、同じくMOFのイヴ・チュリエス氏のお店などの有名店で経験を積み、数々のコンクールで功績を残しました。
その後、コンクールに出す飴細工のバランス感覚を、日本の生け花から学びたいと考え来日。来日後は、有名チョコレートメーカーのヴァローナ・ジャポン社でシェフ・パティシエとして、日本全国のパティシエに、最新技術を指導してきました。
1999年に独立。失敗しないチョコレートの作り方「サントス式乳化法」を独自に考案、世界のパティシエに衝撃を与えました。
そして2000年に菓子学校「エコール・クリオロ」を設立し、2003年には、『パティスリー エコール・クリオロ』をオープン。日本とフランスを融合させたオリジナルスイーツをつくっています。2009年には「世界パティスリー2009」フランス代表として参加し、最優秀味覚賞を受賞しました。
受賞歴
1987年 マルセイユの「コンクール ナショナル・ショコラ」 アプランティ部門 2位
1989年 「コンクール ジャンルイ・ベルテロ・アルパジョン」 ジュニア部門 2位
1990年 「コンクール ジャンルイ・ベルテロ・アルパジョン」 ジュニア部門 優勝
1992年 「コンクール シャルル・プルースト」 シニア部門 優勝
2009年 「世界パティスリー2009」フランスチーム代表 最優秀味覚賞受賞 総合2位
資格
1987年 パティシエ、コンフィズール、ショコラティエ、グラシエの職業適性証明を取得
著書
「お菓子づくりでまよったら」「チョコレートでまよったら」
「サントス・アントワーヌの美しい飴細工 基本と応用」
『ル パティシエ タカギ』オーナーシェフ高木康政たかぎやすまさ
- 1966年 東京生まれ。
1986年~ フランス・リヨンの「ピニョル」で修行後、成城「マルメゾン」、銀座「ホテル西洋銀座」で修行を積む。
1991年~ フランス、ベルギー、ルクセンブルクの店で修行を重ねる。
1992年 ヨーロッパで最も権威のある「ガストロノミックアルパジョン」で優勝(日本人最年少記録)
1993年 「シャルルプルースト」3位入賞
パリの「JCグリュポー」で日本人初のシェフパティシエに就任。
2000年 世田谷区・深沢の駒沢公園通りに自店「ル パティシエ タカギ」オープン。
2004年 社団法人 東京都洋菓子協会理事に就任。
2016年現在、「ル パティシエ タカギ」「ル ショコラティエ タカギ」都内4店舗のオーナーシェフを務める。
小学4年生の時に初めて1人で作ったマドレーヌをきっかけに、洋菓子職人を目指す。フランスでの4年間の修行や経験を生かし、現在は自店「ル パティシエ タカギ」「ル ショコラティエ タカギ」の都内4店舗のオーナーシェフを務める。
素材にこだわり、国内外問わず自ら現地に飛んで厳選したハイクオリティな材料を使用し、見て楽しみ、食べて感動できるタカギオリジナル菓子を作り上げる。チョコレートに関しては、日本人パティシエで唯一、カカオ豆の選別のみならず、調合・焙煎方法まで全てをプロデュースしたタカギオリジナルショコラをいち早く展開。
新聞、雑誌、TV等に多数出演する傍ら、各種講演会やイベント、ホテルでのデザートフェアなど全国各地で開催。他社の様々な商品監修、社会貢献活動などにも積極的に取り組んでいる。
2007年、自然素材やハーブなどの素材に注目し、ブルガリア産の最高級バラとされる「ダマスクローズ」に出合う。当時パティシエとしては唯一、ダマスクローズを取り入れたスイーツを展開。現代社会において、最も必要とされる「健康」「安心安全」「癒し」をテーマに掲げ、更に新しい商品を提案・企画中。
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和食
『鮨なんば』店主難波英史なんばひでふみ
- 1974年生まれ 東京都出身。
20歳より寿司職人を志し、東京の寿司店で修行。
2007年、32歳で独立し、東京・荻窪に「鮨なんば」を開店。
2011年に東京・阿佐ヶ谷に移転、予約困難店となる。
2018年、東京ミッドタウン日比谷に2店舗目となる「鮨なんば」をオープン。
最大のこだわりは「ネタに合う最良の温度で握りを出す」こと。
ひとつひとつのネタとシャリの温度を1℃単位で徹底的にこだわり究極の一貫を目指している。
『青華こばやし』主人小林雄二こばやしゆうじ
- 高校卒業後、調理師専門学校へ。
在学中に店名にもなっている“須田菁華”の器と出会い感銘を受け、器の魅力に目覚め、コレクションを始める。
その後、都内の日本料理店を経て【吉兆】へ。
さらに銀座の割烹では20代の前半からカウンターに立ち、さまざまな客を目の前に腕をふるった。
24歳の時に当時の店の女将から「突き詰め方が甘い」との言葉をもらい、器のコレクションも本格化。
都内の和食店でさらに経験を積み、32歳で独立。
六本木の名店としての地位を築く。
2016年2月に荒木町へ移転した。
「ひとりでは、お客様を満足させられる人数に上限が有る。お客様に喜んでいただくことを優先したい。」との店主の思いから、当店は完全予約制で1日3組限定。
静謐なカウンターで愛でる器と日本料理は、この店でしか楽しむことのできない愉悦といえる。
『銀座 鮨青木』店主青木利勝あおきとしかつ
- 1964年 埼玉生まれ。
1972年 先代の京都・木屋町「なか田」オープンに伴い幼少は京都で育ち、大学より東京に移り柔道に精を出す。
1986年 先代が東京・麹町にて、屋号を「鮨 青木」と改めオープン。
1988年 東京・京橋の名店「与志乃」で修業後、翌年父のもとで修行を始める。
1992年 東京・銀座、西五番街通りに店を移転。
1993年 先代急逝。29歳の若さで「鮨 青木」二代目店主となる。
2016年 改装オープン。屋号を「銀座 鮨青木」と改める。
2020年 本店の並びに「離」オープン。
これまでに「鮨屋のおせち」を生み出す等、伝統をふまえた上で枠にとらわれない新しい江戸前鮨と食の研究を続けている。
『伊勢 すえよし』主人田中佑樹たなかゆうき
- 1988年生まれ、三重県出身。
物心ついたころから日本料理屋を営む父親の元で料理に親しむ。
服部栄養専門学校卒業後、老舗料亭【菊乃井】などで研鑽を積み、24歳から見聞を広げるため世界一周の旅へ。
世界15国以上を巡りながらグアテマラ、ペルー、アルゼンチン、イタリア、トルコなどでは地元の食堂にて郷土料理を学ぶ。
その旅のなかで故郷である伊勢の食文化の魅力を再認識し、帰国後、28歳のときに西麻布に【伊勢 すえよし】をオープン。懐石料理という日本の伝統文化を外国の方にも広めたいという気持ちから英語の解説付きの懐石コースも用意しており、外国人のお客様も多い。また世界最大のトラベルサイトなどでも高い評価を受け、その名声を確固たるものにしている。30年後の未来においしい恵みを残すためSDGsに関係したプロジェクト、レシピ開発に取り組んでいる。
食を通じて生産者と消費者の心をつなぐ「心の流通」を料理のテーマとしている。
『恵比寿 笹岡』主人笹岡隆次ささおかたかつぐ
- 1962年 築地生まれ。
中華の料理人だった叔父達の影響で料理の道へ。
1980年に赤坂の料亭「長谷川」に入店。
1984年より赤坂の料亭「川崎」出身の吉原綾二氏に師事、吉原氏の師匠が北大路魯山人の孫弟子だった事から吉原氏、笹岡と続く魯山人直系弟子となる。
師匠の下、料亭界で腕を磨き魯山人の提唱する「食材の持ち味を活かす料理」を大切にしている
1997年、恵比寿に「日本料理 笹岡」を開業、オーナーシェフとなる。
1998年10月、料理の鉄人に出演。「舞茸対決・和食VSイタリアン」にて勝利。
その後たくさんのお客様に支えられ、2007年、丸の内に「恵比寿 笹岡 新丸ビル店」をオープン。
近年は、江戸千家茶人、宗隆としても活動、お茶の楽しさを伝えている一方、毎年、北海道の羅臼漁協を訪問。
他にも北海道 江別市や山梨県の生産者、宮城、福島、等にも足を運び「生産者の顔の見える食材」を使用し、香り・食感・持ち味といった食材の個性を充分に引き出し組み合わせる、繊細で微妙な日本料理の世界を表現している。
『鮨わたなべ』店主渡邉匡康わたなべまさやす
- 1973年 東京都生まれ
祖父が西洋料理のシェフで、小学校の頃から料理人になることを夢みる。
専門学校では日本料理を専攻、その後、京都の料亭「岡崎 つる家」(京都・岡崎)で2年間日本料理を学ぶ。その後、オーストラリアのシドニーにある日本料理店で勤務。
海外勤務後、25歳から都内の老舗鮨店でおよそ11年間修行し、板長も経験。
魚の扱いや下処理が異なる日本料理と寿司、両者の知識を武器に
40歳になった2014年6月、四谷荒木町に『鮨わたなべ』をオープン。
全国各地を自ら歩き回り提供するネタの数々で、予約殺到の人気の鮨屋として君臨している。
『御料理ほりうち』店主堀内さやかほりうちさやか
- 山梨県出身 高校生の時に板前の道を志し卒業と共に上京、調理師専門学校へ進学。
当時はまだ日本料理界での女性採用はほとんど無く就職に苦戦しながらも粘り強く都内の割烹店、ホテル等で修行を積み2013年神楽坂の料理屋にて料理長を務める。
2018年7月独立し荒木町に「御料理ほりうち」をオープンさせる。
お店の看板メニューの故郷・甲府名物「鳥もつ煮」といった素朴な食材から鱧や河豚等の食材まで幅広く扱う。
「食材に脇役はない」と、気になった食材は生産地まで足をのばし食材とまっすぐに向き合い、心ある料理とサービスを心がけている。
特注のおくどさんを使って炊いた土鍋ご飯も食通たちを唸らせている。
『手打そば 風來蕎』店主吉田多加展よしだたかのぶ
- 1970年生まれ 山口県出身。
大学で芸術学を専攻し、卒業後は大手舞台制作会社に入社。
世界の一流舞台芸術にスタッフとして参加する。
30代になり、蕎麦屋の世界観に惹かれ、八王子の名店「手打そば 車家」の門を叩く。
3年間の修行ののち、2006年横浜市の住宅地「たまプラーザ」に「手打そば風來蕎」を開業。
蕎麦屋でありながら、和洋折衷の創作料理のコースも提供。
地元客を中心に人気となり、
ミシュランガイドにおいて横浜がエリアに含まれる2011~15の5年間すべてで一ツ星を獲得。
『築地青空三代目』総親方前田康衛まえだやすえい
- 1947年4月8日
千葉県浦安市生まれ。
両親が漁師で幼少より魚と触れ合って育つ。
16歳「青空鮨」での修行を経て、21歳で開業。
20年間繁盛させたのち、一流ホテルなどで更に修行を重ね、築地・銀座で出店。
その後地元浦安に戻り、先代から名前を継ぎ
「青空鮨」を出店。
魚問屋の三代目とタッグを組み、「築地青空三代目」の総親方として腕をふるう。
魚の状態を一瞬で見抜き、それに合わせた厚み、味つけ、
握り具合で握りを提供するスペシャリスト。
寡黙に見えて意外と優しい性格。
『空花』店主脇元かな子わきもとかなこ
- 1975年、宮崎県生まれ。
栄養士を経て料理人の道へ進む。
「日本料理 かんだ」神田裕行氏に師事。約7年研鑽を積んだ後、銀座「アメコヤ厨房」の料理長を務める。
2016年 鎌倉の長谷に築90年の古民家を改装した日本料理店「空花」をオープン。
素材の持ち味を最大限に引き出した、繊細な料理が人気となる。
2020年10月 東京・虎ノ門(神谷町)へ移転。
2021年11月 ミシュランガイド東京にて一つ星掲載。
鎌倉の店は「茶房 空花」としてオープン。
フランス料理店でパティシエの修行をしたこともあるという和洋折衷のスイーツにも定評がある。
『御座敷天婦羅 神楽坂 天孝』二代目店主新井 均あらいひとし
- 昭和52年、東京・神楽坂に創業の
御座敷天婦羅「神楽坂 天孝」二代目店主
1968年生まれ
高校卒業後、伊豆のホテルのレストランにて修行ののち、「天孝」入店。
江戸前天ぷらの伝統の技と味を受け継ぎながら、新たな天ぷらの可能性を追求する。
2010年、カリフォルニアで開催された食の国際会議 「ワールド・オブ・フレーバー」に日本代表として選出。
その後もニューヨーク、パリ、ミラノなど海外のイベントにて、江戸や天婦羅の食文化、そして日本の和食の普及に務めている。
『てんぷら近藤』主人近藤文夫こんどうふみお
- 1947年、東京都生まれ 1966年、東京・御茶ノ水にある「山の上ホテル」に就職し、「てんぷらと和食 山の上」で板場に立つ。23歳で料理長に就任。以後21年間、料理長を務める。
1991年 銀座に「てんぷら 近藤」を開店。アスパラガスやサツマイモなど、当時天ぷらとしては珍しかった食材を天種として次々と定番にしていき、絶賛される。ミシュラン東京版では二つ星を獲得。多くの著名人が常連客として通う、日本有数のてんぷら料理店の店主として腕を奮い続けている。
『てのしま』主人林 亮平はやしりょうへい
- 1976年 香川県丸亀市生まれ岡山県玉野市育ち、立命館大学卒業後、株式会社菊の井に入社。
2011年 上海万博にて料亭紫料理長赴任
2011年 菊乃井本店副料理長就任
2015年 菊乃井赤坂店渉外料理長就任
菊乃井主人村田吉弘氏に師事しシンガポールエアライン機内食の開発や、JR西日本瑞風のメニュー開発、国際会議や首相官邸での晩餐会の料理も担当。17カ国以上で和食普及のためのイベントに携わる。
また、日本料理を学びたい外国人のための制度作りに京都府と共に尽力した。日本料理アカデミー正会員。
『銀座小十』『銀座奥田』主人奥田透おくだとおる
- 1969年静岡県生まれ。静岡の割烹旅館にて日本料理の修業を始める。その後京都、徳島の名店「青柳」を経て、1999年独立。
地元静岡にて「春夏秋冬 花見小路」を開店する。
2003年には東京・銀座に「銀座小十」を開店。2007年には「ミシュランガイド東京」に掲載され、以後14年連続で星を獲得し続けている。
2011年「銀座奥田」を開店。
2013年パリ、2017年ニューヨークに、本物の日本料理を提供する「OKUDA」を出店。
農林水産省の「日本食普及の親善大使」に任命され、日本料理だけではなく、日本の食文化・歴史やおもてなし精神などを伝えている。
「東京すし和食調理専門学校」顧問。
著書に「日本料理 銀座小十」「本当においしく作れる和食」(世界文化社)
「三つ星料理人、世界に挑む。」(ポプラ社)など多数。
『鮨屋小野』店主小野淳平おのじゅんぺい
- 1973年 群馬県生まれ。
都内寿司店で約15年修業後、2007年「鮨小野」を恵比寿に開店。
2015年12月に移転し店名を「鮨屋小野」に改め、新規開店。
知る人ぞ知る、隠れ家的な雰囲気で人気を誇る。
過去には、アメリカ・カリフォルニアやフランス・パリ、イタリア・トリノでも腕を振るい、日本だけでなく世界の食通を魅了してきた。
「ただ寿司を握るのではなく、お客様と生産者のハートを握る」が信条。
全国各地、自ら足を運ぶことで、食材の良さだけでなく直接感じた生産者の想いを握りとして表現している。
『銀座 久兵衛』三代目今田景久いまだかげひさ
- 1974年 東京都出身。
獨協大学卒業後、家業の久兵衛に入店。
ホテルオークラ店を経て、2001年から銀座本店に勤務。
銀座 久兵衛は1935年創業。与志乃、奈加田とともに銀座御三家と称された名店。
北大路魯山人、志賀直哉、吉田茂などに愛され、文化人や政財界人を一流の職人技で魅了し続けてきた。
初代の今田壽治は軍艦巻きを考案したことも有名。
ウニやイクラを寿司ネタとして使われるようになるきっかけとなったという。
北大路魯山人との関わりが深く、本店4階には“魯山人ミニギャラリー”も併設されている。
日本料理大江憲一郎おおえけんいちろう
- 1960年 山形県出身。
20歳より、東京・銀座の関西割烹の店を皮切りに、赤坂の加賀懐石「加賀屋」、懐石「四季亭」など数々の日本料理店で懐石料理の修業を積む。
1989年、割烹料理「たち吉」(吉祥寺店)の料理長、
1990年には日本料理「ぎんざ古窯」の料理長を務める。
1994年、パーク ハイアット 東京 開業時から「梢」の料理長に就任。
2020年 パーク ハイアット 東京を定年退職
2021年9月に山形県に竜湖畔「壹傳」を開店予定
「和の伝統と西洋のモダン」を融合する斬新かつ洗練された感覚と、様々な日本料理店で培った豊富な知識と確かな技術を用いて、日本の伝統的な懐石料理を独自のスタイルに創りあげる。飾らない中にも芸術性あふれる日本料理を提供している。
器に造詣が深く、京都、美濃を中心に全国各地から厳選した約150名もの作家物の器、約10,000点以上を取り揃える。
個性あふれる器に、旬の食材を用いた奥深い味わいの料理という大胆かつ繊細な取り合わせが、世界中から訪れる多くのゲストを魅了し続けている。
伝統的な日本料理に、独創的なエッセンスを加えた料理スタイルには定評があり、海外からの招聘も多い。
『京遊膳 花みやこ』店主西野正巳にしのまさみ
- 1965年 茨城県水戸市生まれ
大阪 辻調理師専門学校卒業後、京都の有職料理を継承する老舗料亭「西陣魚新」で京料理と有職料理を学ぶ。
5年後、副料理長となった後、東京へ。
200年の歴史を持つ東京・柳橋の高級料亭「いな垣」に入店、料理長までつとめる。
1993年、28歳の時 「茨城にある本当に良いものを日本中、世界中に伝えたい」と故郷・茨城県ひたちなか市に「京遊膳 花みやこ」を開店。
東西の一流料亭で培った経験をもとに、全国の厳選食材と茨城県のこだわり食材を融合させた、唯一無二の日本料理を追求している。
料理人として海外での活動のほか、親子で体験する食味学習会を開催するなど、「花みやこ」を基盤として日本の良いもの、文化、食を伝えることに尽力している。
京都料理組合認定調理師
2018年 農林水産省料理人顕彰制度 料理マスターズ受賞
2019年 いばらき食のアンバサダー(茨城大使)就任
『開花亭sou-an』料理長畑地久満はたじひさみつ
- 1973年 福井県鯖江市生まれ
大阪あべの辻専門学校卒業後、大阪・北新地の割烹・料亭で8年の修業。
地元福井にもどり、明治23年(1890年)創業の老舗料亭 開花亭へ入店。
2008年 料亭の割烹店レストラン開花亭のsou-anのオープンと同時に料理長に就任。
2017年 福井県内の日本料理人としては初めて、日本料理界最年少の「現代の名工」に選出
日本料理京都決勝大会の第4回、第6回で銀賞受賞
2020年秋 黄綬褒章を受章 料理人として46歳での受章は異例
~不易流行~を信念に持ち、古きを大事にし、また新しいことも常に取り入れていく料理人。
また昨今、食材が豊富な中で、いかに食材を大切に使うかを考え調理し“喰い切り料理”の思いを大切にしている。
カニを知り尽くした料理人として知られ、福井県の仕事として、蟹のプロモーションを、香港、シンガポール、タイでフェアを取り仕切ったり、マドリッドフュージョンへの参加、ボキューズ・ドールのアジア大会前夜祭への参加など、世界にも発信している。
『鳥よし』オーナーシェフ猪股善人いのまたよしと
- 1950年 長崎県生まれ
六本木の焼き鳥店をはじめ、数々の店で修業。
その後フランス・パリへ行き10年以上焼き鳥をふるまい、飛行機での機内食、パリ公演相撲での食事会などを担当。
焼き鳥に関わる仕事に携わる。
日本食「YAKITORI」をいち早く世界に広めた一人として知られている。
1994年に帰国後、中目黒に「鳥よし」を開店。
現在はお店を西麻布や銀座に出店し、6店舗のオーナーとして活躍している。
焼き鳥を焼き続けて約50年。
頻繁に産地を訪れ、食材につねに関心を持って吟味し、多くの人から愛される
焼き鳥を探求し続けている。
『とんかつ すぎ田』店主佐藤光朗さとうみつお
- 1980年、東京都生まれ。
幼い頃から、とんかつ店を営む父の姿を見て育ち、
学生時代には仕込みを手伝ってから通学することが日課だった。
大学卒業後は家業を継ぐために父親の元で修業し、
2011年、老舗店「とんかつ すぎ田」2代目店主となった。
2015年から、ミシュランのビブグルマン部門を取りつづけている。
「スタンダードのなかのご馳走」が【すぎ田】が目指すとんかつの理想型。
豚肉は国産のフレッシュなものを使い、余分な脂を削ぎ、丁寧に筋切りし、下ごしらえ。
衣は肉との間に隙間が出ぬよう薄めにみっちりと。
油はオランダ産ラードを使い、香りとコクを引き出します。
さらに、油は低温と高温の鍋を使い分けて巧みに火入れ。
薄めにカットしながらも、肉の旨みと品のある味わいは、丁寧な手仕事の賜物である。
店内は白木のカウンターも店主の仕事ぶりを物語るかのように潔白で
下町の名店の味を楽しむのにぴったりの雰囲気といえる。
『馬場乃町はやし』亭主大竹林太郎おおたけりんたろう
- 1973年、山形県米沢生まれ
大学卒業後、福島県いわき市の寿司割烹店で修行を始める。
30歳で上京し西麻布の「分とく山」に入店、
野崎洋光氏のもとで日本料理を学ぶ。
六本木の支店「分とく山 飯倉片町店」の料理長を務めたのち、40歳で帰郷。
山形県米沢市に日本料理店「馬場乃町はやし」を開店する。
『かんだ』料理長神田裕行かんだひろゆき
- 1963年徳島県徳島市出身。
日本料理を営む店に生まれる。
高校卒業後、大阪で日本料理の修行の道へ。
1986年、23歳で渡仏。
パリの日本料理店「TOMO」で5年間料理長を
務める。
1991年帰国し、徳島の老舗料亭の「青柳」へ。
「青柳」の支店、東京・赤坂「basara」の料理長を経て、2004年独立。
東京・元麻布に「かんだ」を開店する。
2007年『ミシュランガイド東京』で三つ星を獲得。
以来、日本料理店では唯一の12年連続で三つ星という記録を作っている。
著書に「日本料理の贅沢」(講談社)
日本橋とよだ 五代目主人橋本 亨はしもととおる
- 株式会社 日本橋とよだ 代表取締役社長
1962年7月4日 東京日本橋 生まれ。
「浅草田圃 草津亭」にて江戸料理の名人と謳われた 故宮澤退助氏に師事。
宮中で行われる公式行事の調理奉仕にも従事。
1993年 駐独日本大使公邸料理長として渡欧。欧州各国の食文化にふれる。
帰国後、「割烹とよだ」の五代目として包丁を握る傍ら、料理教室などの講師を務め日本料理文化の伝承に取り組んでいる。
ヨーロッパでの体験を活かし、江戸料理とワインの融合にも積極的で新たな江戸料理の世界を構築している。
こなから 主人中田利雄なかたとしお
- 1939年鹿児島県生まれ、福岡育ち。
15歳で和食の道へ。
関西の料亭、旅館などで修業、修業時代から”だし”にこだわり続け、研究を重ねる。
38歳の時に板橋区で自分の店を開業。
51歳の時に御茶ノ水にて「こなから」創業。
現在、「こなから」は都内に3店舗営業中。
『江戸蕎麦 ほそ川』主人細川貴志ほそかわたかし
- 細川さんがつくり出す蕎麦は、蕎麦好きの人はもちろん、料理評論家からも愛され、
蕎麦店として『ミシュランガイド』に掲載される数少ない存在。
そば店として9年連続で星を取り続けている名店。(2017年現在)
寿司屋や割烹料理屋などを経て、30代後半に蕎麦職人として自分の店を持つ。
蕎麦はもちろん、天ぷらや蕎麦前(おつまみ)にも妥協がない。
いい素材を探し求めて、その素材の良さを生かした方法で、「うまい」ものをつくるのが信条。
蕎麦職人のみならず、フレンチやイタリアン、和食の料理人からの尊敬と憧れを一身に集める。
『懐石 つる幸』主人河田康雄かわだやすお
- 1966年、金沢生まれ 52歳
金沢の日本料理を全国に知らしめた料亭「つる幸」の二代目主人。
高校卒業後、大阪の料亭「味吉兆」にて7年間修行。
25歳の時、「つる幸」入店。
33歳で父の後を継いで料理長に就任する。
地元の食材を生かす日本料理で金沢の四季を表現し、金沢の料亭文化の伝統を守る。その一方でトリュフやフォアグラなど西洋食材を積極的に取り入れ、常に新しい味を追求している。
ミシュランガイド富山・石川(金沢)2016年特別版で、二つ星を獲得。
懐石「つる幸」は1965年創業。
先代の創業者・河田三朗は京都の有名料亭の店主をはじめ、名料理人を育てたとして、関西料理界では有名な存在。
『京料理 たん熊北店』三代目主人栗栖正博くりすまさひろ
- 「たん熊北店 京都本店」主人
1957年、京都生まれ
板前割烹の草分け的な存在として知られる
「たん熊北店」の三代目主人。
立命館大学在学中より、二代目の父・正一氏に料理を学び、卒業後、「たん熊北店」へ入店。
1988年、三代目となる。
伝統を守るだけではなく、独自の美学に基づく和食の世界を作り上げる。
また、たん熊北店の味を伝えるべく多くの料理人を育て、多店舗を展開。
海外への和食(日本料理)の普及事業や外国人料理人の研修も積極的に行い、国内外で和食の普及に尽力している。
長年にわたり小学生へ食育活動を行なっており、その結果「食育授業」の知名度をあげることにも貢献。
日本料理アカデミー 副理事長
京都府文化賞功労賞受賞
2017年、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」ブロンズ賞受賞
著書に「たん熊北店の全技法 よくわかる板前割烹の仕事」(柴田書店)
「たん熊の茶懐石 風趣あふれる京料理から」(淡交社)など
『天茂』主人高畑粧由里たかばたけさゆり
- 1963年生まれ
銀座の「天一」で修行した先代の父・倉茂(くらしげ)富夫が昭和39年に創業した「天茂」の二代目主人。作家・向田邦子など、各界の著名人も愛した名店。
元は高校の教師をしていたが、父が病に倒れ一人娘ということもあり店を継ぐことを決意。教師の傍ら二年半の父の厳しい修行を受け、1996年から1人で厨房(ちゅうぼう)に立つ。
「女性店主だから、女性店主ならではの」といったことを無理に意識して、変化を付けるのではなく、父の時代から変わらないものを、そのまま召し上がっていただくことを心掛けている。また、お客様とのコミュニケーションも大切にしている。
父の味を継承している本格的な江戸前天ぷらと、創業時から継ぎ足しているタレが自慢のかき揚げ丼は、多くの客をうならせている。
つきぢ田村 三代目田村 隆たむらたかし
- 昭和32(1957)年11月30日、「つきぢ田村」の長男として誕生。
昭和55年、大阪の名門料亭「高麗橋吉兆」に入門。
3年間の修業の後、つきぢ田村へ。
調理場の最前線で腕をふるう一方、数々のテレビ番組や料理学校の講師、また料理本等の出版など、一般に向けた食の伝承にも力を注ぐ。
平成22年「現代の名工」厚生労働大臣賞受賞。
趣味は中学1年生から続く、鉄道模型。
菊乃井主人村田吉弘むらたよしひろ
- 京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。
立命館大学在学中、フランス料理修行のため渡仏。
大学卒業後、名古屋の料亭「加茂免」で修行を積む。
1976年実家に戻り、「菊乃井木屋町店」を開店。
1993年株式会社菊の井代表取締役に就任。
自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。
また「機内食」(シンガポールエアライン)や「食育活動」(医療機関や学校訪問・講師活動)を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動も行っています。
2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。
現在NPO法人日本料理アカデミー理事長。
「浅草おでん 大多福」五代目店主舩大工栄ふなだいくさかえ
- 1967年 東京生まれ 51歳
大正4(1915)年創業の老舗「浅草おでん 大多福」五代目店主。
中学生の時から店を手伝い、高校卒業後、服部栄養専門学校を経て、20歳で入店。
49歳で父の後を継いで五代目店主となる。
100年以上続く伝統の味を守りながら、新しい味・具材を探求し続けている。
食文化と郷土史に造詣が深い。
「大多福」は明治の中頃、大阪・法善寺の境内のおでん屋が始まりとされ、その後東京へ移り、浅草で創業。関西風・関東風という料理の区別が一般的になる前から、そのどちらでもない、関西と関東のおでんの折衷が「大多福」のおでんの味。
昆布とかつお節のだしに白醤油をベースにしたつゆは戦後からつぎ足し、つぎ足しで使われている。
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洋食
『レストラン大宮』オーナーシェフ大宮勝雄おおみやかつお
- 東京・浅草の仲見世通りの近くで30年以上、
人気の洋食「レストラン大宮」日本を代表する
洋食のシェフとして、テレビや雑誌でも活躍
1950年東京浅草生まれ。
18歳で叔父の影響により料理人を目指し、フランス料理店で修行を始める。
26歳でニュージーランドにてホテル内レストランのスーシェフを勤める。
28歳の時にヨーロッパを車で周遊。イギリス、フランス、ギリシャ、モロッコにて地方料理を学ぶ。
帰国後フランス料理店「ラ・テール」にて南フランスの『ロアジス(L’Oasis)』
ラ・ナプール出身のシェフであるジェラール ジョルダン氏のもと師事。
そして1982年32歳で現在の「レストラン大宮」を地元の浅草にて開店。洋菓子店は閉店したものの、57歳にして東京・新丸の内ビルディングに2店舗目を出店。
目指しているのは、新しいスタンダード「平成の洋食」
昔懐かしい洋食に、フランス料理の味わいを加え、
常に進化して、時代に合う洋食を作り続けている。
『洋食ビストロTŌYAMA』エグゼクティブ・シェフ遠山忠芳とおやまただよし
- 1971年熊本県生まれ。専門学校卒業後、福岡県で洋食と出逢いシェフとしてのキャリアをスタート。
その後熊本に戻り、ホテルにてフランス料理の経験を重ね、料理長に昇格。
業界最大手ブライダル会社でシェフを歴任後、京都へ拠点を移す。
「ビストロセプト」「洋食おがた」でシェフを務め、現在の洋食のベースを築く。
2017年9月、「上野洋食遠山」エグゼクティブ・シェフに就任。
2020年11月、「洋食ビストロTŌYAMA」エグゼクティブ・シェフに就任。
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フレンチ
『GAMINグループ』オーナーシェフ木下威征きのしたたけまさ
- 1972年生まれ東京都出身。
辻調理師専門学校を首席で卒業し(フランス、イタリアで修行)
三ツ星レストラン等で研鑚を積み帰国後、レストラン業界で話題となった「AUXBACCHANALS / オーバカナル」オープニングメンバーとして招集され5年、その後9年白金「MAURESQUE / モレスク」で料理長を経て2008年に独立。
「AU GAMIN DE TOKIO / オー・ギャマン・ド・トキオ」を開店。
「GAMIN / いたずら小僧」の名のように枠に捕らわれずフランス料理店の常識を覆す鉄板を導入また対面オープンキッチンでライブ感溢れる中でのお客様との距離感、お客様へのおもてなしの心に重きを置き、【一食入魂】の想いを胸に日々厨房にて腕を振い、料理人としてだけでなくサービス他全般を経験の中で養う。
有言実行の精神と「やり続けること」それが特別になっていくポリシーを持ち活動を続けていく中、1店舗ずつ業績を積み順調に店を増やし、都内に4つのレストランと物販店、2020年沖縄宮古島にプライベートヴィラを展開、経営者としての才も狙っている。
2008年白金に「AU GAMIN DE TOKIO」を開店。2015年1月に恵比寿に移転。
2011年に2号店白金本店地下1Fに「HANARE」、翌2012年中目黒に「BLOCKS」
2013年白金本店1Fにイタリアン「STRADA」
2014年には恵比寿ビストロカフェ「MODE Cafe'GAMIN」をオープン。
3年半後、トラットリア「TRATTORIA MODE」に店名改めリニューアルオープン。2016年三軒茶屋に生菓子・焼菓子の物販店「Base」を、
また白金「HANARE」も、恵比寿本店と同ビル地下1階、和食店「深夜食堂GAMIN」として
2022年2月にリニューアル。
『ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ』 オーナーシェフ神谷英生かみやひでお
- 1967年、新潟県に生まれる。
高校卒業後、86年新潟「マプペイーヴル」、91年六本木「住友迎賓館」、97年から東宝グループの総料理長として数々のパーティを指揮し、一方でヨーロッパ、アジアなど各地で料理修業を積む。04年、ソムリエの山﨑武指とともに中目黒に「トロワピエロ」開店。09年現在の名前「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」に名称変更、11年池尻大橋に「フレンチデリカテッセンカミヤ」オープン。
自らも猟に出て仕留め、国産食材にこだわり、最高の肉を仕入れるシェフ。
熟成させうま味成分であるアミノ酸が凝縮した料理は今まで出会ったことのない体験をさせてくれ、プロの料理人たちも勉強のために訪れるという、熟成肉の匠。
帝国ホテル 東京『パークサイドダイナー』シェフ鎌田英基かまたひでき
- 1978年生まれ 専門学校卒業後、1997年に帝国ホテルへ入社。
入社後はホテル内のラウンジ、メインダイニング、宴会部門、海外ホテルなど様々な部門で経験を積むほか、国内・外の料理コンクールでも功績を残す。
2019年より帝国ホテル 東京のレストラン「パークサイドダイナー」のシェフに就任。
帝国ホテル伝統の味を受け継ぎ、常に食材と真剣に向き合う鎌田は、洗練された料理で日々多くのお客様を魅了し続けている。
受賞歴
2011年 第45回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポン 優勝
2013年 第47回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポン 優勝
2013年 第47回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・インターナショナル(パリ) 3位
2016年 第50回<ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール・ジャポン 2位
『メゾン タテル ヨシノ』プロデューサー/ANAクラウンプラザホテル大阪𠮷野 建よしのたてる
- 「テロワ(大地)の料理」をコンセプトに、フランス料理の伝統と素材本来の美味しさを大切にしたフランス料理を創作。フランスで直に学び培った確かな味で世界の美食家を魅了している。
1979年に渡仏し「アルケストラート」「トロアグロ」「ジャマン」などの名だたるレストランで修行。
1989年小田原に「ステラ マリス」をオープンしたがフランス料理への情熱から再度渡仏。
1997年パリにレストラン「ステラ マリス」を開店。2013年の閉店まで16年間オーナーシェフを務めた。
1998年 エスコフィエのレシピを元に「テット・ド・ヴォー 海ガメ風」を再現、仏誌『ル・モンド』に取り上げられ、フランス全土で評判となる。
2000年 優れた野ウサギ料理に与えられる「リエーブル・ア・ラ・ロワイヤル」最優秀賞を獲得。
2006年には『ミシュランガイドフランス2006年度版』で1つ星を獲得。(2012年度版まで継続して星を保持)
日本では2003年「レストラン タテル ヨシノ 芝」、「レストラン タテル ヨシノ 汐留」を、2008年には「レストラン タテル ヨシノ 銀座」を開店し、それぞれ『ミシュランガイド東京』で星を獲得。
現在は、東京・銀座「レストラン タテル ヨシノ銀座」、東京・汐留「タテル ヨシノ ビズ」を中心に、で精力的に多数の店舗をプロデュース。
和歌山「オテル・ド・ヨシノ」
香川・直島「テラスレストラン海の星Etoile de la mer」
東京・広尾「ラ トルチュ」
大阪・ANAクラウンプラザホテル内「メゾン タテル ヨシノ」
2010年フランス農事功労章(シュヴァリエ)を叙勲。
2016年フランス農事功労賞受賞者協会(MOMAJI)の理事に就任。
『恵比寿 マッシュルーム』オーナーシェフ山岡昌治やまおかしょうじ
- 1956年11月9日愛媛県松山市出身
フランスに憧れ、料理の世界へ。
東京での修行後 渡仏し、ジュリウス、ロワイヤルグレイ、ラシェットシャンプノアーズ、ケデゾルム、ゴイヤン、トゥールダルジャン、ムーランドマルクーズ等で約5年修行し帰国。
横浜ルヴァンを経て麻布文明楼、銀座モンセニョール、自由が丘フレールジャック各料理長を勤め、1993年4月恵比寿マッシュルームをオープン。自由な発想、独創性をモットーに、他には無い独自の美食ワールドを展開。
フランス滞在中に感銘を受けた自然の偉大さ、特に未知のキノコワールドに魅せられ、休日は日本の山野を歩き回る。素材をその原点から知ること、魅力を最大限に引き出し、昇華させ、心を打つ料理に仕上げることを心がけている。
多様なキノコルートから集まる100種を超す天然キノコ、栽培キノコを駆使し、旬の素材とのマリアージュ、キノコの可能性を日々、探求中。雑誌、テレビ等マスコミ登場多数。さまざまな媒体でキノコ料理を紹介している。
著書:中央公論新社 シェフシリーズ69号 フランス茸料理 同 シェフシリーズ74号 自然派フランス料理 雄鶏社 山岡シェフのキノコ料理
『ラ・ロシェル』総料理長工藤敏之くどうとしゆき
- 1957年 12月19日 北海道瀬棚郡今金町に生まれる
1976年 函館の調理師学校を卒業後、上京。『森永レストラン』を経て
1977年 『東京エアポートレストラン』に入社
1985年 『フランス料理店 ラ・ロシェル』に入社
1989年 10月、渋谷に移転、同時に料理長に就任
1996年 9月、取締役総料理長に就任
現在、『ラ・ロシェル南青山』『ラ・ロシェル山王』『ラ・ロシェル福岡』『ビストロイル・ド・レ』など4店舗の総料理長としてまた、オーナーである坂井の海外イベント同行、監修している婚礼式場、ゴルフ場などの調理指導を行い、多忙な毎日を過ごしている。
『カンテサンス』オーナーシェフ岸田周三きしだしゅうぞう
- 生年月日:1974年8月8日
出身地 愛知県
1993年、三重県、志摩観光ホテル「ラ・メール」入社
1996年、東京都渋谷区のレストラン「カーエム」入社
2000年、カーエムを退社し、渡仏。フランス各地で、ブラッスリーから始まり、ミシュラン一ツ星から三ツ星まで数軒のレストランで修業
2003年、パリ16区の「アストランス」で、シェフのパスカル・バルボに師事
2004年「アストランス」にてシェフに次ぐポジションのスーシェフ(副料理長)に就任
2005年11月、スペインのサン・セバスチャンで開かれた、料理界でもっとも権威のあるガルシア・サントス主催の学会<LoMejor de la Gastronomia>に招かれ、パスカル・バルボシェフと共にデモンストレーションを披露。その後「アストランス」を退社して、帰国
2006年5月、「レストラン カンテサンス」を立ち上げる
2007年11月「ミシュランガイド東京 2008」で三つ星を獲得
以降、2019年度版に至るまでの12年間連続で三つ星を獲得
2011年4月、運営会社の株式会社グラナダから独立し、オーナーシェフとなる。
2013年8月、品川区北品川へ移転
『エディション・コウジ シモムラ』オーナーシェフ下村浩司しもむらこうじ
- 1967年茨城県出身。22歳でフランスに渡り、「ラ・コート・ドール」、「トロワグロ」、「ギイ・サボワ」などの三ツ星レストランを中心に8年間研鑽を重ね1998年に帰国。東京・乃木坂の「レストラン FEU」のシェフに就任、世界的に権威のある料理大会「ウェッジ・ウッド・アワード」で日本代表9人にノミネートされる。また、フランス大使公邸で催されたアラン・デュカス氏のレセプションで料理を担当、その後も数度にわたり大使公邸のパーティーで総指揮を執る。
2007年に六本木「エディション・コウジ シモムラ」をオープン。2013年よりJALの国際線ファーストクラスの機内食やJR九州クルーズトレイン「ななつ星」のデザートを担当。オリジナル食器のデザインも手掛け独自ブランド「シモン」を立ち上げた。また、シンガポール、タイでのイベントの実施やデンマークにおける食のシンポジウムでの講演等、活躍の場を世界へと広げている。「エディション・コウジ シモムラ」は、ミシュランガイド東京版二ツ星。茨城県大使、茨城県常陸太田大使任命。
オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ三國清三みくにきよみ
- 1954年 北海道増毛町に生まれる。
札幌グランドホテル、帝国ホテルで修業後、駐スイス日本大使館料理長。
大使館勤務の傍ら、フレディ・ジラルデ氏に師事する。
その後も、トロワグロ、オーベルジュ・ドュ・リル、ロアジス、アラン・シャペル等の三つ星レストランにて修業を重ね、1983年に帰国。
ビストロ・サカナザのシェフを経て、1985年東京・四ツ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープンする。
世界各地でミクニフェスティバルを開催するなど、国際的にも活躍。
2000年には九州沖縄サミット・福岡蔵相会合の総料理長を務める。
2004年10月 『ニューズウィーク日本版』2004年10月20日号「世界が尊敬する日本人100 Japanese」の1人に選出。
2007年10月 厚生労働省より、卓越した技能を持つ『現代の名工』を受章。
2010年2月外食産業記者会より「第6回外食アワード特別賞」を受賞。
2012年4月 農林水産省より「食と地域の『絆』づくり」選定委員に任命される。
2013年6月 総理大臣官邸にて行われた、オランド・フランス共和国大統領と安倍総理大臣による「日仏ワーキングランチ」の総料理長を務める。
2014年9月公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問会議の顧問に就任。
2015年 9月 フランス共和国よりレジオン・ドヌール勲章シュバリエを受勲。
この勲章はナポレオン・ボナパルトにより1802年に創設されたフランスの最高勲章で、日本の料理人へは初めての授与。
現在、子供の食育活動や、復興支援活動「子どもたちに笑顔を!」笑顔プロジェクトを継続している。
今後、料理界の文化発展に力を注ぐとともに、プロがプロを育てる学校の設立を計画中。
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イタリアン
『ピッツェリア エ トラットリア ダ イーサ』オーナーシェフ山本尚徳やまもとひさのり
- 1977年 静岡県静岡市(現・清水区)に生まれる。
ナポリの名店『イル ピッツァイオーロ デル プレジデンテ』で修業し、2007、2008年と、ナポリで行われる世界ピッツァ選手権で2年連続優勝。
翌2009年も入賞し、大会史上初3年連続入賞を果たす。
確かな腕と人柄で、各方面の注目を集める若手No.1ピッツァ職人。
著名人、芸能人との交流も多い。
2010年、待望の自らの店をオープン。
明るく、親しみやすい人柄そのままに、リーズナブルで、誰もが気軽にくつろげる暖かいお店は、まるでナポリの下町にあるピッツェリアそのもの。
『西麻布 アルポルト』オーナーシェフ片岡 護かたおかまもる
- 1948年9月15日生まれ 東京都出身。
'68年 イタリア総領事付き料理人としてミラノに同行。
5年間、イタリア国内にて総領事付きのコックとして修行を重ねる。
暇を見つけては足繁く数え切れないほどのレストランに通う。
'73年 帰国後、代官山「小川軒」を経て「マリーエ」調理長を務める。
'83年 4月 東京西麻布に、リストランテ「アルポルト」を開店。
オーナーシェフとして現在に至り、少食な日本人向けに開発した「懐石風イタリアンコース」のコンセプトが多くのお客様に支持され、TV番組や著書も多く、本場イタリア料理を日本に広めた立役者の一人として有名で多忙な現在でも、本店でお客様をお出迎えして、お客様と「会話」する中で嗜好の変化や環境の変化を敏感に捉えて、新しい料理の発想に繋げ、老舗イタリアン「アルポルト」のブランドを高め続けている。
『SALONE2007』料理長弓削啓太ゆげけいた
- 1985年11月3日 佐賀県鳥栖市生まれ
高校時代はサードを守る甲子園球児。
卒業後、英語を学ぶためワーキングホリデーでカナダを訪れた際、料理の世界に出会う。
帰国後、東京京橋の老舗フレンチで下積みを経た後、渡仏。
パリの三ツ星レストラン「ギ・サヴォワ」で修行。
再度帰国後、サローネグループに入社、フレンチからイタリアンの世界に飛び込む。現在サローネグループ本店である、横浜サローネ2007の料理長を務める
2019年10月、パリで開催された、イタリア最大手のパスタメーカー「バリラ」が主催する国際パスタ競技大会である「パスタ・ワールドチャンピオンシップ」にて見事優勝。パスタの世界一位に輝く。
『レガーロ』オーナーシェフ小倉知巳おぐらともみ
- レガーロ オーナシェフ
イタリア、ミラノ郊外のベルガモにてスタージュの後、各店アロマフレスカ系列の西新宿・カッフェアロマティカにて生涯の師・坂内正宏氏と出会う。
同氏がオーナーシェフを務める幡ヶ谷・DIRITTOにて修行を積み、2008年9月に富ヶ谷にてREGALO dal DIRITTOを開店させる。
2010年2月新たに「REGALO」として再スタート。
2016年ミシュラン一つ星を獲得。
『ラ・ブリアンツァ』オーナーシェフ奥野義幸おくのよしゆき
- 米国の大学を卒業後、ホワイトカラーを経て飲食業界へ。
東京のイタリア料理店数店を経て渡伊。
ピエモンテ州「アルロドデンドロ」1つ星、
リグーリア州「サンジョルジョ」1つ星、
ロンバルディア州「アル・ベルサリエレ」2つ星などイタリア全土計8店舗で修行後帰国。
料亭に生まれ育ち、子供のころから料亭や料理旅館へ家族で行き和食に精通するようになる。米国の大学卒業後、企業に勤めるものの飲食への思いがあり、当時流行っていたイタリア料理の世界に興味を持つ。都内のイタリア料理店を経てイタリアへ料理留学。イタリア全州にて各地の料理を学び、1つ星・2つ星を取得している8店舗にても経験を積む。特にピエモンテ州、リグーリア州の料理を得意とする。現在オーナーシェフを勤めるラ・ブリアンツァではピエモンテ州の特徴を組み込んだトリュフのオーブン焼きに定評がある。
オーナーシェフとしてイタリアンを基本とした奥野スタイルの料理を展開する他に都内と韓国に数々の店舗向けに経営コンサルティング及びレシピを提供している。
『アクアパッツァ』オーナーシェフ日髙良実ひだかよしみ
- 1957年10月4日神戸生まれ。てんびん座。O型。
調理師学校を卒業後、フランス料理の道に入り、神戸ポートピアホテル「アラン シャペル」へ入る。しかし、言葉の壁にぶつかり、自分の進む料理の道を模索する。
そんな時、高校時代に毎日通った喫茶店のスパゲティやアルバイトをしていた「ドンナロイヤ」のまかないで食べたカルボナーラ(あまりのおいしさに毎日食べ続けた)の味を思い出し、イタリア料理への転向を決意、東京へ。
銀座のイタリア料理店「リストランテ ハナダ」でイタリアンの魅力を一層感じ、本場イタリアへ渡る。
3年間で、「エノテカ・ピンキオーリ(Enoteca Pinchiorri)」、「グアルティエーロ・マルケージ(Gualtiero Marchesi)」、「ダル・ペスカトーレ(Dal Pescatore)」といった名店も含め、イタリアの北から南まで計14軒で修行し、“イタリア料理の魅力は郷土料理にあり”と実感する。
1990年 独自のイタリアンのスタイルを構築すべく、最も感銘を受けた料理の名前をつけた、「ACQUAPAZZA」(西麻布)をオープン。
2018年4月 ACQUAPAZZAの本店を現在の外苑前に移す。
現在は、外苑前の本店を拠点として、日本の食材を活かした独自の料理を提案し続けている。
『イル ギオットーネ』オーナーシェフ笹島保弘ささじまやすひろ
- 1964年大阪生まれ。
高校卒業後、サービスの仕事に魅せられ、レストランの世界へ。
その後、料理の面白さに目覚め、料理人に転向し、関西のイタリアン数店で修業。
1988年 ラトゥール(大阪・箕面市)のシェフに。
1991年 ラヴィータ宝ヶ池(京都・左京区)のシェフに。
1996年 イル・パッパラルド(京都 東山区)へ。
フジテレビ「料理の鉄人」では、初の東西イタリアン対決も経験。
2002年 「もしイタリアに京都という州があったら、こんな料理があったかも」をコンセプトに京都発信のイタリアンを目指し、オーナーシェフとして「イル・ギオットーネ」開店。
2005年 「イル・ギオットーネ 丸の内店」開店。
2007年 イタリアのミラノで開催された料理サミット「イデンティタ・ゴローゼ」に日本人として初参加。
ジョルジオ・アルマーニ氏主宰のチャリティーディナーに料理人として参加。
2008年 京都鴨川沿いに、「イル・ギオットーネ クチネリーア」開店。
2010年 京都・四条烏丸に、「トラットリア バール イル・ギオットーネ」開店。
2013年 大阪・グランフロント大阪に、「コードクルック+イル・ギオットーネ」開店。
現在、TV、雑誌などのメディアでも活躍中。
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スペイン
『アノカド(anocado restaurante+)』オーナーシェフ結城優ゆうきまさる
- 1978年生まれ 静岡県富士市出身。
2017年「国際パエリアコンクール」日本予選を勝ち抜き、
続く、本場スペインで行われた「第57回スエカ市国際パエリアコンクール」において、国際部門にて日本人チームとして初めて優勝した“世界一のパエリア職人”
古典のスペイン料理を愛しながらも、枠にとらわれず、自分の感性と各分野の料理の技法を取り入れた複雑かつ繊細な一皿を得意とする。
技術系大学を卒業、エンジニアなどを経て、スペイン料理の道へ。
2009年、高円寺でスペイン料理の店「その角曲がる」を運営。
2012年、わざわざ訪ねて欲しいという想いから"最寄らない店"をテーマに、どの駅からも遠い場所へ移転し「スペイン料理とワイン アノカド(anocado restaurante+)」をオープンする。
2019年 主催者不在になり開催が危ぶまれた「国際パエリアコンクール日本予選」存続の為、出場は引退し「国際パエリアコンクール日本代表選考大会」を主宰。
日本での活動が認められ「国際パエリアコンクール公式 パエリア大使」に就任。
現在ではパエリアを通した地域振興、被災地への炊き出し、ご当地食材を使用したパエリアの開発を行う他、メディアにも積極的に出演してパエリアの魅力を全国に伝え続けている。
2020年【NPO法人全日本パエリア連盟】を発足し、「パエリア検定™」講師として、プロアマ問わず本物のパエリアを作れるパエリア職人の育成に取り組んでいる。
『銀座エスペロ』総料理長葉山馨一はやまけいいち
- 1956年 東京都出身。
料理人の家に生まれ、子供の頃から厨房に入る。
当初はイタリアンのシェフを目指していたが、スペインの地方によって味や素材が全く異なる料理に感銘を受け、スペイン料理の道へ。
毎年スペインに通い、修行や研究を重ね、1990年頃、日本のスペイン料理レストランの草分け、赤坂「ロス プラトス」に入る。
1995年 銀座エスペロ 総料理長となる。
スペイン各地方の本格料理を提供しながら、バレンシア地方名物パエリアを探求し、本場の味やバリエーションにもこだわり続ける。
スペインで開催されるパエリア国際大会に毎年出場し、1996年「肉のパエリア」で日本人初めての優勝。その後も優勝や入賞を重ね、2015年には審査員として招聘された。
2002年 日本にてパエリア(バレンシア米)を広めた功績が認められ、バレンシア州政府から勲章を授与される。
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中華
『MASA'S KITCHEN』オーナーシェフ鯰江真仁なまずえまさひと
- 1967年、岐阜県出身。
高校在学中から中国料理店で働き始め、料理の楽しさに魅了され、そのまま中国料理の世界へ。
高校卒業後、岐阜「賓宴楼」にて河田正功シェフの下で研鑽を重ねる。名古屋の中国料理店や東京・神泉「文琳」を経て、2008年に「MASA'S KITCHEN」をオープン。
2011年には「ミシュランガイド東京」に掲載され、9年連続で星を獲得。
四川料理をはじめ伝統の技法を駆使し、洋のエッセンスを取り入れつつ、枠にとらわれない自在な中華の世界を表現。洗練された中華料理をコンセプトに、旬の素材の持ち味を最大限に引き出し、優しく繊細な味わい、時には大胆な味わいを一皿、一皿、心を込めて提供している。
『中華香彩 JASMINE』 総料理長鯨井勇一くじらいゆういち
中国手打拉麺『馬賊』日暮里店店主森 光隆もりみつたか
- 1986年生まれ
日暮里で40年続く、手打ち麺で有名な「馬賊」の2代目。麺を打ち続けて17年。
父親の創業当時から馬賊では、打ちたての麺を茹でて提供しており、そのため1日中麺を打つ音が途絶えない。店頭でその様子が見ることができ、町の名物となっている。
夏季限定・馬賊の冷やし中華は、東京の冷やし中華特集では、常に取り上げられるほどの人気。もちもちの平打ちの太麺と、馬賊・五目・韓国風とタレと具材が違う3種類が楽しめる。
『蜀郷香』オーナーシェフ菊島弘従きくしまひろつぐ
- 20歳の時に四川料理界の巨匠「趙楊」に師事、新橋趙楊では調理場を2人で切り盛りする。
銀座交詢ビルに移転後は、日本で初となる、金牛国賓宴席(一名300,000円コース)をスーシェフとして調理に参加する。
2006年、六本木メビウス400 料理長
2009年、銀座趙楊 料理長
四川の伝統宴席料理を得意とする。
日本では珍しい乾物の調理や、野菜のみで作る精進料理などを10年間に渡り、趙楊の元で習得する。
京王プラザホテル 中国料理『南園』李 国超り こくちょう
- 1952年2月横浜中華街に生まれる。
1971年京王プラザホテル入社
以後<南園>一筋で中国料理人としての道を歩む。
仕込みを行う下積みからスタートし、数々の名料理人と厨房を共にする。
1995年中国料理南園料理長就任
2007年平成19年度東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞受賞
2008年京王プラザホテル副総料理長、中国料理南園総料理長に就任
2011年 厚生労働省より卓越した技能者に贈られる「現代の名工」を受章
『広東料理の調理技能に卓越し、さらに上海料理、北京料理などを深く研究し、各流派の調理技法の特長を取り入れ、本場の基本技術を忠実に守りながら独自の新しい中国料理を考案した』こと、また現在『調理技術技能評価試験中央試験委員、講習会講師などを務め、培ってきた調理技能後進に伝承すべく積極的に指導を行っている』ことが評価された。
2014年黄綬褒章受章
中国料理『美虎』オーナーシェフ五十嵐美幸いがらしみゆき
- 1974年 東京都東村山市生まれ
小学生の頃から、生家の中国料理店の厨房に入り、食材や調理に親しむ。
14歳から、調理を始める。
1990年 東京都立農業高校食品製造科に入学する。卒業後、18歳で正式に厨房に入る。
1997年 当時の人気番組「料理の鉄人」(フジテレビ)に最年少挑戦者として出演。
一躍、中国料理界の新星として脚光を浴びる。
2008年9年 満を持して独立、「美虎(みゆ)」を開業しオーナーシェフとなる。
2013年6月 神奈川県・武蔵小杉に、「レストラン・ミュー」をオープン。
現在、数々の雑誌、テレビ番組に出演。
食育活動や震災復興支援活動、企業との料理開発や調理指導、海外(ベトナム、ギリシャ、中国)での料理に関するイベントにも力を注ぐ。
女性ならではの視点から、新しい中国料理を提供・提案している。
「Furuta」古田 等ふるたひとし
- 1956年、岐阜県郡上市生まれ
高校卒業後、岐阜調理専門学校入学
19歳より、柳ヶ瀬にある中国料理店「平和園」にてアルバイト
22歳より、東栄町(岐阜市内)にて「開化亭」オープン
32歳、鷹見町に移転
38歳、住吉町にて「シェフズテーブル」オープン
58歳、東京銀座に「Furuta」オープン
『ヒルトン東京 中国料理 王朝』料理長柳谷雅樹やなぎやまさき
- ヒルトン東京
中国料理 王朝 料理長
1963年生まれ。
ヒルトン東京歴31年。
中華の豪快さに魅了され、この道へ入る。
老舗中華料理店「南国酒家」を経て、ヒルトン東京へ。
ヒルトン東京の開業時から続く中国料理「王朝」にて、
北京、上海、四川、広東を含む中国全土の料理を修得し、
2009年に料理長に就任。
2013年には、東京都知事表彰の優良調理師を受賞。
「王朝」はヒルトン東京で唯一、開業から続くレストラン。
中国などへも赴き、常に新たなメニューやサプライズな演出を提供する。
伝統の味を守りつつ、現代の嗜好も取り入れた料理や、中国の歴代王朝を象徴する人物や物語をモチーフにした独創的なコース料理など、常に進化し続ける、愛され続ける「王朝」の中国料理を目指している。
トゥーランドット臥龍居 オーナーシェフ脇屋友詞わきやゆうじ
- 1958年北海道札幌市生まれ。
'73年15歳で料理の道に入り、都内ホテルでの修行を経て、'85年27歳で都内ホテルの料理長、'92年同ホテル総料理長になる。
'01年東京・赤坂に「Wakiya一笑美茶樓(いちえみちゃろう)」をオープン。11年東京・赤坂「トゥーランドット臥龍居(がりゅうきょ)」をオープン。
現在、東京、横浜で四店舗のオーナーシェフを務める。
脇屋シェフの料理は、上海料理の伝統を軸に旬の素材をふんだんに取り入れた身体に優しい中国料理。こだわりの器に美しく盛りつけた料理は、日本人らしい繊細さとつややかさが表現されていると国内外から高い評価を得ている。
'08年厚生労働大臣表彰(厚生労働大臣)。東京マイスター(東京都知事)受賞。
'10年厚生労働省による卓越した技能者(現代の名工)受賞、'12年農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」ブロンズ賞を受賞。
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その他
『ツオップ』オーナーシェフ伊原靖友いはらやすとも
- 1965年 東京生まれ
1983年 18歳でパン職人になる決意を固め修行に
神奈川県平塚シェーンブルン
(現在は閉店)に就職
1986年 帰郷
家業に入る形で両親と共にパン店を営む
2000年 世代交代を期に、店名をZopf にあらため
リニューアルオープン
その後、カフェをオープンしたりパン教室が行える工房を
併設させるなどするも1店舗主義を貫き、今に至る。
現在は、国内外への技術指導や経営講演会など行う一方
チャリティー活動にも力を入れて活動中。
2004年 All About パン部門で全国人気1位を受賞。
現在は殿堂入り
2015年 農林水産大臣賞受賞
『古家庵』代表アン・チョンエあん・ちょんえ
- 1992年に日本に来日。
当時韓国料理といえば焼肉だったが日本人の舌に合う「母の味」を味わってほしいとの想いで、5年間の修行を経て1997年に東京・赤坂にて「古家庵」(コカアン)を創業。
長きにわたり、本場のおふくろの味を提供し続けている。
『R-S』オーナーシェフ島本 亮しまもとりょう
- 1977年千葉県生まれ
10代の頃からインディアンやアメリカカルチャーに興味を持ち、
vintage古着、雑貨などを買う為渡米し、そんな中で何気なく食べていた
大好きなファストフードのハンバーガーでしたが、
特に田舎の古い「なんかおちつく」レストランで食べる
特別おいしいわけじゃないハンバーガーに感銘を受け、
当時やっていた建築業をやめ、自分のイメージにあった東京のレインボーキッチンでの修行を経て、
2008年に「R-S」をOPEN。
現在ハンバーガーの可能性や難しさを楽しみながら
「なんかいい場所」となる為、
日々なんかいいスタッフと共に奮闘している
『薬研堀 八昌』店主片山義邦かたやまよしくに
- 1968年生まれ。香川県出身。
脱サラの際、会社の早期退職制度を選択して「お好み焼き」で身を立てようと決意。
様々なお好み焼き屋を食べ歩き、一番おいしかった【八昌】に修業に入る。
広島市の中心街に店を構える「薬研堀 八昌」は創業40年を迎える老舗の名店。
厳しかった小川弘喜師匠のもとで修業を積み、ついに引退する師匠からお店を引き継ぐ。
先代から引き継いだ味を変えずに守り続けている。
「もうけるよりもおいしいものをつくる努力を忘れないこと」という教えのもと、たくさん並んでくれるお客様のためにひたすら鉄板に向かう。
『うなぎフレンチ割烹「うなぎ時任」』オーナーシェフ時任恵司ときとうさとし
- 創業200年以上続く鰻の名店「麻布野田岩」で15年間修行。
その後、各店の料理長を努め、鰻屋という日本の文化の枠を越えてフランスを中心にヨーロッパの様々な食や文化を学ぶため、パリへ渡航。
2018年6月時任オープン現在に至る。
『お好み焼 さんて寛』オーナーシェフ戸田亘とだわたる
- 1976年、奈良県生まれ
父親同士が知り合いということもあり、1995年大阪の有名お好み焼き店「きじ」で修業を開始。
2005年に独立し、お好み焼き「きじ」東京丸の内店オープン。
2010年に「きじ」品川フロントビル店。2014年にお好み焼き「さんて寛」六本木アークヒルズサウスタワー店開店。
現在3店舗を経営するオーナーシェフ。
「お好み焼きという食文化を通じて、人と文化をつなぎ心豊かな出会いと絆を深めてまいりたいと願っています。」
『KIHACHI』創業者熊谷喜八くまがいきはち
- 1946年 東京生まれ。
1987年 KIHACHIをオープン。
フランス料理をベースに、からだに安全で美味しいものにこだわった、ジャンルにとらわれない日本発の洋食としてKIHACHI流無国籍料理を生み出す。
レストランだけの世界にとどまらず、カフェやケーキショップも手がけている。
料理人としてお客様の口に入るものには絶対的な責任を持ちたい、という姿勢を変える事なく、"食を通して日本を元気に"全国の産地を訪問し続けている。
現在、株式会社サザビーリーグ アイビーカンパニー 最高顧問。
フランス アルパッジョン料理コンクールにおいて、プロスペールモンターニエ杯を日本人として初受賞
フランス アカデミーキュリネール日本支部正会員となる
レ・ザミ・ドゥ・キュルノンスキージャポン会員
全日本司厨士協会 最高技術顧問
日本フードコーディネーター協会 顧問
全日本洋菓子工業会 理事
日本食生活文化財団「食生活文化賞 銀賞」受賞
厚生労働省「卓越技能章 現代の名工」受章
「黄綬褒章」受章
『レストランよねむら』オーナーシェフ米村昌泰よねむらまさやす
- 1963年京都生まれ
京都の老舗フレンチレストランにて10年間勤務。
1993年に独立し、京都木屋町に「レストランよねむら」をオープン。
2004年、銀座に出店。2015年6月、銀座店を移転。
フランス料理とも日本料理とも称される独創的な料理の数々は「よねむら流」とよばれ、味や温度、ボリュームに緩急をつけ、個性的な器使いとともにドラマのような筋書きで供される。京都、東京ともにフルオープンキッチンスタイルで目の前で調理されるライブ感が訪れるお客様を楽しませている。
毎年カリフォルニアで開催される食の国際会議「ワールド・オブ・フレーバー」に日本代表メンバーとして2010年、2013年に選出。
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