同感です。 私は実体験や相談を経ての間接的経験則ですが、早い段階で気付ける方のきっかけになればいいなと持論を呟いています。 正直なところ、直面してもなお「難解」なのがこの手の被害ですし、猜疑心が少ないというよりも嫌疑を嫌う人ほど気付きにくいばかりかむしろ擁護的発想になります。
同感です。 私は実体験や相談を経ての間接的経験則ですが、早い段階で気付ける方のきっかけになればいいなと持論を呟いています。 正直なところ、直面してもなお「難解」なのがこの手の被害ですし、猜疑心が少ないというよりも嫌疑を嫌う人ほど気付きにくいばかりかむしろ擁護的発想になります。
そして何よりも、周辺関係者の殆どはとても残念ですが味方にならないばかりか「自分は中立だと錯覚した敵」になります。 冷静には難しいかもしれませんがタゲられた場合、被害者になってしまった場合の唯一のメリットは「状況を的確に判断してくれる存在の有無に気付ける」 のみです。
殆どの人が「自意識過剰だ」「考えすぎ」「気にしすぎ」「スルーしなよ」と出来事を棚上げします。やられたことをどんなに説明しても「捉え方が悪い」などまるで被害と捉える事が悪いかのように言われます。 それは第三者は自分が直接不快を感じていないから理解出来ないのと同時に、
「相談を続けてはいけない相手」であり絶対に話に加えてはいけない「味方の顔をして敵になる人」です。 自分が被害や苦痛を感じた時は素直にその苦しみを自分で理解して、解決策として「我慢」や「考え方を変える」事だけを提案する人とは話す事をやめ、物理的に状況を変化させる提案や対処を話せる
そういう人との会話を重ねるようにする事をおすすめします。 とはいえ、どこに打開策があるかはそれぞれの状況次第なので、とにかく物理的な被害に対してや明らかな言動に対しての対処を心のあり方で語る人からは離れないと「心が壊れます」