218.非道王女は残る。
「…だから、ずるいと思うんですよ母上。」
小声で、周囲には絶対聞こえない音量で私は話す。
ステイルとセドリックがカラム隊長達と瞬間移動してしまった今、私とティアラは改めて母上の向かい合わせの位置から客人を迎える為の所定の位置に移動していた。母上の斜め後ろ、そこからこそこそと母上に囁きかける。今この場にいるのは王族とジルベール宰相、近衛騎士と騎士団長、副団長だけだ。さっきの文句を言うなら、ステイルが母上を迎えに戻ってくるまでの今しかないと思った。
母上の横に付きながら、口元だけ動かしてコソコソ話に勤しむ。私の傍にいるティアラに聞こえないように、なるべく極小の音量に気を遣う私に合わせるように母上も口元だけを動かして私に答えてくれた。
「私だってか弱いティアラを連れて行かせたくないけど、か弱いプライドを許したのにティアラだけ断る訳にはいかないじゃない。」
「だからって私にあの場で丸投げするのはずるいです。」
大体、王位継承者を二人も戦争に出すなんて。と私から母上に呆れながら溜息混じりに言葉を返す。更に母上だって私がティアラに弱いの知ってるくせに。とさっき言いたかった言葉をそのまま伝えると、母上が小さく唇を尖らせた。
「あそこで私が了承しても貴方から苦情が来るし、却下したらティアラから苦情がくるもの。どちらかだけ贔屓する訳にはいかないでしょ。」
そんな子どもみたいな‼︎
思わずがっつり母上の方を振り向いてしまう。母上はそんな私の方を見て、少し楽しそうに笑ってみせた。絶対これわざと言ってる‼︎
母上は一年前から、素を出してくれるようになった。…のは良いのだけれど、その結果予想外に子どもっぽいことが判明した。まさにオンオフの切り替えというのだろうか。オンが入っている時は凄く格好良くて女王としても完璧な母上なのだけれど、オフになっていると凄く子どもっぽいし幼い。
父上曰く「昔からだ」そうだけれど、それにしてもギャップがあり過ぎる。今までの荘厳なイメージが音を立てて崩れてしまった程だ。
「…それにいっそ…の方が、安全……れないし。」
「?…何か仰いましたか。」
突然独り言のようにポツリと呟く母上に首を捻る。すると母上は「いいえ?」と言ったままそっぽを小さく向いてしまった。一瞬、安全という言葉が聞こえた気がするけど、それを考えるなら余計にティアラだけでも城に残すべきだ。私に万が一のことがあればっ…。…あれ。何か違和感が。何だろう、虫の知らせとかならやはりティアラを連れて行くのは今からでも撤回した方が良いだろうか。
そうヤキモキとしている間にも母上と私のバトルが静かに淡々と続いていく。
「それに、貴方だって結局は許可したじゃない。それとも本当にティアラに弱かっただけかしら?」
「…ティアラは第二王女として優秀な子です。確かに経験としても必要なものと判断しただけです。」
「なら問題ないでしょう。」
「でも、危険です。…私は、あまりあの子に危険な目には遭って欲しくないんです。それに、母上が最初に女王としてあの場で危険と判断してティアラの提言を断ってくれれば…。」
「私だって自分の子ども達に危険な目に遭って欲しくはありません。ステイルも、ティアラにも、………プライド。貴方にもです。」
「ティアラはまだ成人もしてないんですよ?」
「お姉様がそれを言うのはずるいです。」
…突然、間に張本人が入ってきた。
私と母上との会話が極小の声で話していた筈なのに、気がつけば話に熱が入って普通の小声くらいの音量で話してしまっていた。当然、傍にいるティアラにも聞こえてしまったらしい。
むぅ…と少し眉を顰めたティアラが、悲しそうに私のドレスの裾を握って物申してくる。話が聞かれてしまったことに動揺を隠せない私に、可愛らしい声で反論が投げられる。
「確かに私はまだ成人してはいません。けど…。」
ティアラは私を盾にして、母上には見えないように顔を下げると目線だけである一点を指した。そのまま続けられる台詞に私は言い返す言葉を無くす。
「私は十一歳のお姉様よりも年上ですし、十六歳のお姉様とも殆ど変わりません。」
んぐっ⁈と、思わず唇を強く絞ってしまう。ティアラの目線の先を見れば、私達の小声を聞き取っていた騎士団長と副団長が母上や私達に跪いた姿勢のまま肩を震わせている。思い切り俯かされた顔が笑いを堪えているであろうことは私でも察しがつく。
私が十一歳の時の騎士団奇襲事件。更に私が十六歳の時の殲滅戦。ティアラは暗にそれを差しているのだ。確かにそれ言われたらぐうの音もでない。
母上達には気づかれていないようだけど、ジルベール宰相もティアラの言葉に私達から顔を背けて口元を覆っていた。そうだ、彼も殲滅戦にはいた。更に騎士団長と副団長には両方の事件でご迷惑しかかけていない。ふと、妙な予感がして背後を振り向けば近衛騎士のエリック副隊長とアラン隊長も必死に笑いを噛み殺している。…どうしよう、味方がいない。
王族の前でこんなに笑ったら不謹慎だというのに!それでも笑っている人はみんな笑いがまだ治らないらしい。ジルベール宰相だけは気づいた父上に何か小声で咎められていたけれど。
「私だって、お姉様みたいになりたくて頑張っています。」
真っ直ぐな瞳でそう言われ、もう「はい…」としかいえなくなる。確かにティアラは第二王女として勉学や教養、マナーも頑張っているし、ちゃんと優秀だ。
そのまま「だから私もチャイネンシス王国に…」と打診されたけど、そこは断固拒否する。それでもやっぱりティアラを戦場のど真ん中にはいかせたくない。
「御安心下さい、プライド様。」
ふと、声を掛けられて振り向けばジルベール宰相が笑い掛けてくれていた。父上のお陰で笑いは治まったらしく、にこやかな笑みで続けてくれる。
「ティアラ様には私が付いております。更には優秀な騎士達が護衛についているのですから。プライド様もティアラ様もステイル様も必ず彼らが守って下さるでしょう。」
ジルベール宰相に言われると説得力が違う。視線に気がつけば、ジルベール宰相の言葉で笑いが治まった騎士団長と副団長が私に深く頷いてくれていた。本当に心強い。
そのままジルベール宰相が「もし、万が一にも判断を変える時があれば、気軽にいつでもご相談下さい」と締め括ってくれ、上手く話を纏めてくれた。
ありがとう、と御礼を言いながら私自身ほっと胸を撫で下ろす。取り敢えず話が終わって良かった。このままだと確実にティアラに押し切られた気がする。大体、何故そんなに私と同行したいのだろう。ステイルが心配なのか、それとも一緒に行動する王道攻略対象者であるセドリックのことがやはり気になるのか。…いや、流石にそれはないか。どちらにせよ、唇を結んだままのティアラの上目遣いに今にも負けそうなので、私は必死に視線を泳がせた。その時だった。
「お待たせ致しました、母上。」
ステイルの声が響き、声のした方向をみれば瞬間移動で戻ってきたところだった。
「国王はやはり未だ優れないらしく、代理としてセドリック第二王子が調印して下さるとのことです。もう、場は整えられております。」
母上がステイルの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がる。そのまま優雅に玉座からの短い階段を降りだした。父上が手を取り、優雅に足を踏み出す。それに続くようにヴェスト叔父様が歩む。更には母上達の護衛としての騎士団長と副団長も立ち上がる。
ステイルが一人ひとり順々に手を取っては瞬間移動で消していき、ヴェスト叔父様も母上も騎士団長と副団長も一瞬で居なくなってしまった。私の背後にいるアラン隊長とエリック副隊長が敬礼をして皆を見送っていた。
…セドリック。
ふと、人が大分居なくなってしまった空間の中で思う。
彼は、大丈夫だろうか。
正直、ステイルから代理でセドリックが調印すると聞いた時は安心した。変わり果てた兄の姿を見て、また取り乱してしまったらとも考えた。
でも、こうしてちゃんと心を決めてくれた。
改めて彼は、ちゃんとあのセドリック王子なのだなと思う。
二人の兄という支えを失っても尚、自分にできることを考え、一人立ち上がった王子様。
私には、ステイルもアーサーもティアラもジルベール宰相もレオンもヴァル達も騎士達もいる。今回だって、沢山の人達が私達を支えてくれると意思を見せて、そして動いてくれた。
でも、セドリックは今一人だ。
だから、と思う。
もし、彼があのゲームのセドリックのように自分の意思で、兄が居なくても立ち上がること決めてくれたのなら。その時は…
私も全力で彼の力になろう、と。