能力開発を目的とした院内研究の再構築を!
臨床看護師に適したスタイルの研究を提案する
インタビュー 前田樹海
2022.09.26 週刊医学界新聞(看護号):第3487号より
看護師は免許取得後も学び続ける必要があるとの認識は広く行き渡っており,能力開発を目的とした院内研究が多くの施設で行われている。研究に必要な技能や知識は,看護師の実践能力を構成する要素を多分に含んでいるためだ。しかし実際に行われる研究は,知識の生産にかかわる狭義の研究であることが多く,院内研究本来の目的に対してはオーバースペックだと前田氏は指摘する。
「研究を行う看護師」「管理者」「対象者」のいずれにとっても利のある院内研究のスタイルを模索してきた氏に,院内研究の望ましい在り方とはどのようなものか,話を聞いた。
研究という学びのパッケージが抱える落とし穴
――看護部が主導する院内研究が多くの施設で行われていますが,それはなぜだとお考えですか。
前田 総合的な学びを得るパッケージとして研究が優れているからだと思います。研究は,先行研究の到達地点を押さえた上で問題を見つけ,解決に向けて研究計画を立て,データを集め,分析して,報告書にまとめる,といった順序で進みますが,そこには看護師の実践能力を構成するさまざまな要素が含まれているわけです(図1)。そのため,例えば文献検討といった要素を個別にこなすよりも,「研究」という1つのパッケージに取り組むほうが総合的に多くを学べるとの思いが,院内研究を勧める管理者の胸の内にあるのではと考えています。
――そう聞くと,研究は優れた学びのツールのように思えます。
前田 そうですね。だからこそ少なくない病院で,若手の看護師が研究に取り組むことになるのでしょう。
しかし,そこには落とし穴があります。第一に,研究はそもそも自発的な疑問を持つことから始まるもので,人から「やりなさい」と言われて取り組むものではありません。出発点で「やらされ感」があると,研究を面白く感じる可能性は低くなるでしょう。第二に,院内研究として現状行われているのは知識の生産にかかわる狭義の研究が多く,臨床看護師の能力開発を目的に行うにはオーバースペックだと言わざるを得ません(図1)。現状でも業務過多と言われる日常業務に加えて負担の大きい研究の遂行を課されれば,研究に対するイメージが悪くなることは想像に難くないでしょう。
――研究に取り組むうちに面白さを発見して興が乗る場合もあるかもしれませんが,少なくとも初めは戸惑うでしょうね。
前田 ええ。研究の初期段階での適切なサポートがないために,うまくいかない例も散見されます。例えばアンケート調査。アンケートを配り終えてから「この質問を入れておけばよかった」と思っても後の祭りですし,回収を終えた段階で誰かに相談しても手遅れでしょう。研究は計画段階が最も大切で,全体のデザインを描いた時点で成否の半分以上が決まると言っても過言ではありません。院内にリソースがあったり,大学教員とのつながりがあったりして,適切なアドバイスを受けられる体制が整っている施設は良いですが,そうでない施設では,途方に暮れる看護師も出てくるはずです。
――そうした状況を受け,院内研究の新たなスタイルについて,日本看護倫理学会年次大会で提案をなさっていますね。
前田 はい。①EBPの実践を研究活動の一環とみなす,②事例報告の拡充により看護の知識ベースを充実させる,③フルスペック型ではなく追試型の研究を行う,という3つを提案しています。研究を行う看護師,管理者,対象者のいずれにとっても利のある院内研究が実現すればとの思いからです。
実践家にしかできない研究アクティビティを大切に
――1つ目の提案「EBPの実践を研究活動の一環とみなす」について,詳しくお教えください。
前田 知識を生産するだけではなく,生産された知識を「きちんと使う」。ここのところも,看護研究の一環だと考えるべきという提案です。
根拠に基づく実践,看護を意味するEBP(evidence-based practice)もしくはEBN(evidence-based nursing)における根拠とは,研究成果を指します。すなわちEBPを行うとは,研究の成果を臨床での実践に生かすことです。EBPに当たっては研究成果だけを重視するわけではなく,第一に患者さんの希望が優先されますが,EBPと研究が密接に結びついていることは確かです。
EBPで行うことは,途中まで研究と同じです(図2)。最初に臨床上の疑問が生じ,文献を探してそれを読みます。そこで納得すれば実践に移行すればいい。でも,どれだけ探しても疑問への答えを示す論文がない場合,自分で研究するしかありません。そこに実践と研究の分岐点があります。
このように実践と研究は密接に結びついていて共通項も多いですから,能力開発のプロセスの1つとして研究が好まれるのだと思います。
――そうした意味で,EBPの実践を研究活動の一環とみなしてはどうか,とおっしゃっているわけですね。
前田 ええ。実践家にしかできない研究アクティビティであるEBPを,もっと大切にしてほしいです。
――これなら初学者でも取り組めそうですね。
前田 ただし,EBPを行うには厳しい目が必要です。文献を読みこなす力が必要な上,研究成果を目の前の患者さんに適用していいのかの判断もしなければなりません。文献を読み誤ると事故が起きる可能性があるので,ある意味研究者より真剣に文献を読み込む必要があると思います。
実践の結果を共有することで臨床も研究も活発になる
前田 加えて言うと,研究成果を実践してみた結果どうなったのかを共有できると,なお良いですね。現場の看護師にしかできない研究への貢献です。
――研究成果を現場に適用した結果の共有は,今のところ一般的ではないのでしょうか。
前田 そうですね。この話題は,そのまま2つ目の提案「事例報告の拡充により看護の知識ベースを充実させる」につながります。
研究で一定の知見が得られたからといって,その知見が絶対的に正しいと考える研究者はまずいません。現場で妥当性が検証されて初めて真に有効なのかが明確になります。現状は,生産された研究成果は現場でほとんど使われず,それ故に実際に適用した結果もわからないので,研究は研究,実践は実践,と乖離している。院内の看護研究も実践の延長線上にはなく,知識の生産という狭義の研究をするわけです。それで現場の看護師が大変な思いをして研究に負のイメージを抱いてしまうと,実践と研究はますます離れてしまいます。実践と研究のリンクを強固にして,なおかつ両者の循環を促すことが,今後看護学が発展していくためには重要です。
――実践と研究の乖離を解消するために,実践結果の報告が重要だと。
前田 はい。さらに言うと,EBPの実践例だけではなく,日々の看護の中で「いつも行っているケアが効かなかった」事例など,エビデンスの見つからない臨床上の疑問の報告も推奨したいです。知識の生産も大事ですが,知識の生産の基になるものが必要なのです。研究の種と言えるかもしれません。そうした種はそこここに転がっていますが,実践の中で培われた経験知から生まれる種は,1つの大きなグループを成すでしょう。
例えばある病気で重症化した人には一定の特徴がある,という経験知を持つ看護師は,次に同じ病気の患者に対応する際に,同じ特徴を持つ可能性を考えながら実践をする。「その経験則は正しいのか」がまず研究の種になります。加えて,経験則が当てはまらない患者に出会った時には「今までは当てはまったのに,今回はなぜ違うのか」がテーマになり得る。そこまでいかなくても,自身の経験則を文章化して共有するだけでも有益です。
――情報交換を通じて看護学が発展していくと良いですね。
前田 しかし実際のところ院内研究に関しては,院内で共有されるけれども他の病院,地域の看護師とは共有されません。すると,同内容の報告・研究が全国の至る所でなされることになる。労力の無駄ですし,人を対象とする研究の場合は倫理的な問題も生じます。そのため2つ目の提案は,EBPの成果の共有はもちろん,学会発表や投稿を通じて文献データベースに登録するなど,普段の実践の成果を共有する仕組み,道筋を作りましょうという提案でもあるわけです。
事例報告も,看護師の能力開発パッケージとして十二分に機能します。普段の業務の延長線上にある活動であり,院内研究と称しても何の問題もないのです。
――事例報告が活発になると,研究者にとっても良い影響がありそうですね。
前田 そう思います。研究者と実践者は視点が異なることが多いです。臨床からの事例報告は,研究者にとっては研究の余地を見つけるための有益な情報源になり得ます。現場の看護師,自己研鑽を促したい管理職,研究者,対象者のいずれにとってもプラスに働くはずです。
追試結果の蓄積で先行研究の確からしさを高める
――3つ目の提案「フルスペック型ではなく追試型の研究を行う」についても詳しくお聞かせください。
前田 フルスペック型の研究とは,問いの設定を始めとする研究デザインからデータ分析まで,一連の流れを全て自身で行う研究のことを指します。これは非常に骨の折れる作業で,臨床で働きながら自力でこなすのは不可能に近い。常駐の研究指導者がいない現場ではなおのこと厳しいでしょう。フルスペック型の研究を自力で行うことを強いられれば,前向きな気持ちで取り組むことができなくなっても仕方ないと思います。
――そこで追試型の研究を,ということですね。
前田 ええ。研究のデザインといった手間のかかる部分は先行研究に任せて,先行研究の結果を自施設に適用した場合はどうなるのかとの研究疑問をベースに,追試型の研究を行う。追試型であれば,もとの研究との比較ができるようデザインを同じにする必要があるため,先行研究の方法をそっくりそのまま使えばいいのです。院内研究としては,それで十分だと思います。もちろん,研究の手続き上,その研究を自施設で行う理由付けをしたり,人を対象とするなら倫理審査を通したり,やるべきことはいろいろとあります。それでもフルスペック型の研究に比べて随分手間は省けます。
「追試」というと,二番煎じの印象を受けるので忌避する向きもあるかもしれません。しかし,複数の施設での追試型の研究結果が蓄積していけば,先行研究の確からしさが高まっていきます。それも立派な研究への貢献です。
――先行研究の結果を自施設に適用するというのは,1つ目の提案のEBPの実践ともオーバーラップするように思えますが,そこに違いはあるのでしょうか。
前田 確かに似ていますが,EBPの実践とは異なります。EBPの実践や事例報告は厳密には研究ではなくて,通常業務の範疇にあるからです。研究者マインドを持って通常業務に当たるというのが,EBPの実践です。一方の追試型の研究は,誰かが生み出した知見を異なる場所でも適用可能かどうかを検証するという意味で,本筋の研究なのです。人を対象とした研究であれば倫理審査が必要になります。EBPの実践,事例報告は通常業務の一環なので,事前の倫理審査は不要です。「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針ガイダンス」にも,症例報告,症例検討は当該指針における「研究」ではないと明記されています。
*
前田 「研究」には,少しずつ知見が蓄積されて山が積み上がっていくイメージが重ねられがちです。しかし同時に,研究をすればするほど末広がりにもなります。裾野が広がると,今いる研究者だけでは手に負えなくなってきます。広がった研究課題を担うためにはより多くの研究者が必要になるものの,大学等の研究機関の数は決まっていますし,研究者数が突発的に増えることは望めません。そこに臨床看護師が参入してくれることで,裾野をより広げたり,築いた頂上をより高くしたりすることが可能になるのです。
何にでも「お試し」が必要で,最初からフルスペックの研究を「やりなさい」と与えられると抵抗を覚えるものです。まずはEBPの実践や事例報告,追試型の研究といった負担の軽いところから入ってみて,そこで興味を持つ人がいれば,大学院へ進学するなど先へ進んでもらえばいいわけです。興味の芽を摘んだり,マイナスのイメージを与えかねない現在の院内研究の在り方は,看護学全体のことを考えると非常にもったいないと感じます。少しでも多くの臨床看護師に研究の面白さを知ってもらえる,そんな院内研究の在り方を模索したく今回の提案を行いました。より良い方向性を看護界全体で考えていければと願っています。
(了)
前田 樹海(まえだ・じゅかい)氏 東京有明医療大学看護学部看護情報・管理学 教授
1989年東大医学部保健学科卒業後,ソニー株式会社,長野県看護大講師,同大准教授を経て,2009年より現職。04年長野県看護大大学院博士後期課程修了。インターネットジャーナル『看護科学研究』編集委員長。共著に『APAに学ぶ看護系論文執筆のルール』(医学書院)。
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