子宮頸がんワクチンとメディア報道
思いがけずツイートがバズっておりました。
メディアのやらかしを「全てSNSのせいだった」となすりつける歴史修正の意欲が感じられますね。 https://t.co/mIjXaJ1A1c
— ゆきと (@6yhsdsiswmcd) October 2, 2024
普段ならツイートがバズると多少なりとも嬉しいのですが、今回のは正直かなり恥ずかしいところでありました。子宮頸がんワクチンの接種率が低下したのはメディアが不安を煽ったから、という話は色々な所で見ていたので「どの口が言うのか」というくらいのつもりでポロっと言ってしまったのですが、少なからず粗い発言だったと思いますので。付け加えて言えば、恥ずかしながら私はこの問題についてそこまで詳しく把握していたわけではありませんでした。そこで、今日は子宮頸がんワクチンとメディア報道についての問題を、あらためて確認しておきたいと思います。
HPV、子宮頸がん、HPVワクチン
子宮頸がんワクチン、またはHPVワクチンは、ヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus; HPV)への感染を予防するためのワクチンです。HPVは主に性行為を通じて感染するウイルスであり、子宮頸がんだけでなく、肛門がん、膣がん、尖圭コンジローマなど多くの病気の発生に関与しています。
特に子宮頸がんはHPV感染が主要な原因であることがわかっており、ドイツのウイルス学者ハラルド・ツア・ハウゼン(Harald zur Hausen)らはこの発見により2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
HPVワクチンはこのHPVへの感染リスクを大幅に低減する効果があります。
通常、ワクチン接種は思春期の前、つまり性的接触が始まる前の時期に行うことが推奨されています。日本では上記厚労省のサイトに記載されている通り、小学校6年~高校1年相当の女子を対象に、定期接種が行われています。
日本におけるHPVワクチン接種の歴史
HPVワクチンは子宮頸がんをおこしやすい種類(型)のHPVのうち、一部の感染を防ぐことができます。現在、日本国内で使用できるワクチンには、対応するHPVの種類によって、2価ワクチン(サーバリックス Cervarix)、4価ワクチン(ガーダシル Gardasil)、9価ワクチン(シルガード9 Gardasil 9)の3種類があります。各ワクチンで感染を予防できるHPVの種類は以下の通りです。
以下に一例として4価ワクチンの効果についての資料を示します。HPVワクチンを含むワクチンの接種に関して重要なのは、接種した本人のみならず、その人を介した別の人への感染も予防できるという点です。実際、HPVワクチンの接種が普及した国や地域では、ワクチン未接種者の感染率も低下していることが示されています。
日本においては、2009年に2価ワクチン(サーバリックス)が初めてHPVワクチンとして承認されました。ついで2011年には4価ワクチン(ガーダシル)も承認されています。2013年4月にはHPVワクチンは国の定期接種として導入され、接種の費用が国の負担で行われるようになり、12歳から16歳の女子を対象に3回接種が推奨され、積極的にワクチン接種が推進されるようになりました。
ところが2013年の定期接種としての導入に前後して、日本ではHPVワクチンの副反応の可能性を報じた新聞記事が掲載され、各メディアがそれを取り上げたことで副反応への懸念が一斉に社会に拡散されました。
これを受けて厚労省は、因果関係が明確でないにもかかわらず「安全性の調査が必要」として、ワクチンの「積極的勧奨」を一時中止する方針を発表しました。定期接種として導入されてからわずか2か月後の2013年6月のことです。積極的な接種の推奨は行われなくなった結果、日本におけるHPVワクチンの接種率は急激に低下しました。具体的には2013年には接種率が70%を超えていましたが、その後の接種率は1%未満にまで低下しています。
これは諸外国と比較しても際立って低い数値であり、まさに異常な状況でありました。
厚労省は国の専門家委員会での検討を経て、2021年11月に積極的勧奨を再開することを発表しました。2022年4月には積極的勧奨が正式に再開され、12歳から16歳の女子に対する接種推奨が再び行われるようになりました。
しかしながら、ワクチン接種率が低下した期間が約8年以上続いてしまったことで、子宮頸がんの患者も増加傾向にあります。特に、2000~2003年度生まれの女子は接種率が激減したまま定期接種対象年齢を越えており、計約17,000人の罹患者数増加が確定しています。これは本来防げたはずの患者や死亡者を多く生み出してしまったことになり、非常に残念であります。
日本のメディアにおけるHPVワクチンの報道
2013年当時、あるいはその後、一体どのような報道が行われていたのか?これについては多くの人が気にかけているようで、詳しく調査した論文も出ていました(Tsuda et al. Clin Infect Dis. 2016 63:1634-1638)。
この研究では、新聞データベース「Nikkei Telecom」を用いて、2011年1月から2015年12月までのHPVワクチンに関する記事を調査しています。結果として、2013年3月以降の記事において、副反応のキーワードを含む割合が増加し、ワクチンの有効性に関するキーワードは有意に減少した、また否定的な内容の記事が増加し、肯定的な記事は減少した、と示されています。この傾向は長期間、少なくともここで調査が行われている2年半にわたって継続しています。
図中に "A sensational newspaper article" とありますが、特にきっかけとなったのは、2013年3月8日の朝日新聞による報道のようで、これに多数のメディアが同調した形になっているようです。
これらのワクチンは、2013年4月から始まった思春期の少女を対象とした定期接種プログラムに含まれていました。しかし、2013年3月、日本有数の権威と影響力を持つ新聞社である朝日新聞が、HPVワクチン接種後に歩行困難と計算障害を訴える中学生の事例を公表しました。同様の事例が、副作用がメディアの注目を集めるにつれ、報告されるようになりましたが、ワクチン接種から発症までの期間は報告事例ごとに異なっていました。
These vaccines were included in the recommended routine vaccination program for adolescent girls starting in April 2013. However, in March 2013, the Asahi Shimbun, one of the most authoritative and influential newspapers in Japan, publicized the case of a junior high school student who suffered from difficulties in walking and mathematical calculation after HPV vaccination. Similar cases were increasingly reported as the adverse events gained media attention, although the time intervals between the receipt of the vaccine and the onset were inconsistent in reported cases.
また、一旦ネガティブな論調が形成されてからは、不十分なエビデンスによってその論調を維持するような動きもあったようです。著者らは、これが国民によるワクチン忌避や、政府による勧奨中止の長期化につながったのではないかと考察しています。
2016年3月の政府会議で、厚生労働省が支援する研究チームが、マウスを用いた基礎研究と小規模な臨床データから得られた未熟な結果を公表し、ワクチン接種後の脳障害とヒト白血球抗原との因果関係を示唆した。この報告は、十分なピアレビュープロセスを経ていないにもかかわらず、マスメディアによって大々的に報道された。このような否定的な報道は、世論に影響を与え、ワクチン接種への信頼を低下させ、日本国民の間にためらいを生じさせる可能性がある。さらに、この報道は、日本政府がHPVワクチン接種を積極的勧奨として再導入することに消極的であることにもつながっている可能性がある。
At a March 2016 government conference, a research team supported by the MHLW publicized immature results of basic research using mice and small-scale clinical data that indicated a causal relationship between brain injury after vaccination and the human leukocyte antigen. The mass media publicized the report extensively despite the fact that it had not undergone an adequate peer-review process. This type of negative media coverage is likely to have influenced public opinion, lessened confidence in vaccination, and led to hesitancy among Japanese citizens. Moreover, this coverage may have contributed to the Japanese government’s reluctance to re-introduce HPV vaccination as an active recommendation.
では具体的にはどのような報道があったのでしょうか?
以下、一例としてNHKハートネットTV「緊急報告 子宮頸がんワクチン接種後の障害」(2014年12月16日放送)より引用します。
番組にメールをくれた夢心さん、高校3年生です。3年前から3回にわたり、子宮頸がんワクチンを接種しました。去年9月ごろから左の手足に、まひが出始め、今は、全く動かすことができない状態です。
夢心:左手が、もう動かなくなってって。本当に動かなくなったときは、朝起きて、手がなくなったかと思った。感覚がなくて、動かないし。そしたら足も動かなくなってて、っていう感じ。
高校ではバスケットボール部に所属し、日々、練習に打ち込んでいた夢心さん。徐々に体のまひが悪化し、コートに立つことも難しくなってしまいました。いくつもの病院を回り検査を受けましたが、原因は分かりませんでした。
夢心:病院行っても、難病とか言われて、いろんな検査をするんだけど、結局何もなくて。で、まあ年頃だから、精神科とか心療内科とかいくけど、行ってもかわんないし。
症状が悪化する中、夢心さんはインターネットでワクチン接種後の症状に関する情報を見つけます。その後、受診した大学病院でワクチン接種後の障害が疑われると診断されました。
夢心:打ってすぐなわけじゃないし。1年、2年、普通に過ぎてたから、何もなくて。びっくりしたっていうか。
治療やリハビリを続けていますが、左手足のまひに加え、頭痛や全身の痛みなど、次々に出る症状に悩まされているといいます。
夢心:知らない人から見たら、ただ車いす乗ってるだけとか、そういう風にしか、見えないと思うけど、こうなってるっていうことを、もっと知って欲しいなとは思う。
子宮頸がんワクチンの接種後、原因不明の症状に悩まされているという女性が都内の医療機関にも相次いで訪れています。
(中略)
難病の研究に携わる、西岡久寿樹医師です。この一年あまりで、こうした患者50人以上を診察してきました。
西岡:15歳から20歳くらいの、その子どもたちっていうか、まあそういう少女たちが、まあ全身の痛みを訴えている。これはおかしいなっていうとこで、「一体何が引き金になったんですか?」って聞いたら、「あの、子宮頸がんのワクチンを打ってからです。」と。
診察の結果、時間を追っていくつもの症状が出てくることが分かってきたといいます。
西岡:自律神経系の障害っていうのは結構ありますね。痙攣だとか、関節障害のある人もいる。頭の先から、体の隅々まで様々な症状が出てくる。正直言って見たことないですね。新しい、その、まあその、疾患概念として明確に位置づけて、その病態解明、治療っていうものを早急にこれ、やらなくちゃいけないと思ってますね。
西岡さんが診察した患者の一人、吉川佳里さん、中学3年生です。おととしから去年にかけて3回、ワクチンを接種。その後、全身の脱力体の痛みなどまざまな症状に苦しんでいます。
佳里:いつも、皮膚、全身の皮膚は痛くて、やっぱり。で、それに関節痛とかも毎日あって、それに、頭痛とかも。
両親と妹、弟と暮らす佳里さん。体調が安定しないためほとんど学校に通えず、一日の大半を自宅で過ごしています。幼いころから活発で、歌やダンスが大好きだった佳里さん。これまで大きな病気や、けがはしたことがありませんでした。そんな佳里さんに異変が起きたのは、去年9月。体育祭の練習中、突然、手が震え体に力が入らなくなり、病院に運ばれました。検査を受けましたが、原因は不明。退院したものの、佳里さんの体にはさまざまな症状が表れるようになりました。呼吸困難を訴え救急車で運ばれたり、体が自分の意思と関係なく動いてしまう、不随意運動もたびたび起こるようになりました。症状は、今も増え続けています。
(中略)
日々、変化する佳里さんの症状。家族の生活にも大きな影響が出ています。母親の智美さんは毎日、佳里さんの体調やのんだ薬の副作用などを記録。片ときも目が離せません。これまでに診察を受けたのは、精神科、小児科、神経内科など15か所以上。父親の勝好さんが仕事を休むことも、しばしばです。
父:良いと思えばすぐ連れて行かないと、っていう考えもありましたんで。
ひどいときは、週に2回くらいしか(会社に)いけないとか。
経済的な負担も、のしかかります。治療費や交通費車いすの購入費など、この一年でかかった費用は400万円以上。しかし、医療費の支援など救済制度は受けられていません。
父:一番下の子、幼稚園通ってるんですけども、あまりにもちょっと出費が、病院の方でかかるもんですから。申し訳ないけど、幼稚園辞めさせようかと。もう後、何ヶ月もないんですけど、二人でそう話したこともありました。きちんとした医療体制をとっていかないと、娘とともに、家族もみんな精神的においやられて、崩壊してしまう。
佳里さんと家族をさらに苦しめている症状、それは、記憶障害です。数字や、ひらがな、漢字の読み書きもできなくなりました。2か月ほど前からは両親のことも、認識できない状態が続いています。
父:ここのおうちが自分のおうちだっていうことは、ちゃんと分かるんだよね?
佳里:はい。
母:うーん、だから、知らないおじさんとおばさん、なんでずっとここにいるの?
父:って感じ?
(中略)
こうした事態を受け、先週、日本医師会と医学会は専門家を招いてシンポジウムを開きました。症状とワクチンとの因果関係については意見が分かれており、結論は出ていません。しかし、因果関係や症状に関係なく、治療を必要とする患者に対する医学的なガイドラインを今年度中にもまとめたいとしています。
日本医師会:すべての医療機関が、そういった方々に適切な、医学的な、対応をとれるための、マニュアルといったようなものを今後作って参りたいという風に考えております。
(VTR終了。スタジオでのトーク)
山田:ワクチンを接種したあとに障害が表れていたんですが、これは、ワクチンによるものなんでしょうか?
野辺:因果関係についてはまだ分かっていません。ワクチンの接種後、まれに副反応が出るということについては一般的にも知られています。今回も頭痛や発熱ですとか関節の痛みなどについては予想されていました。ただ、しかし今回、取材した2人のように接種後しばらく時間がたってから症状が出たりですとか、記憶障害や長期にわたる運動障害など予想していなかった症状を訴える人が出てきています。このことが今回議論になっているんです。専門家の中でも意見が非常に分かれていて、詳しい原因についても解明されていません。同じような症状がワクチンを打たなくても出ていたかということも分かっていないんです。
山田:まだまだ分からないことが多いわけですよね。
野辺:ただ、子宮頸がんワクチンを接種してから発症しているということは皆さん、共通しています。
山田:ワクチンを接種したあとに症状が出ているということが共通だということですが、では、今、一体どのくらいの人がこの症状に苦しんでいるんでしょうか。
野辺:厚生労働省に副反応ではないかとして報告されている事例がことしの3月までの段階で、およそ2500件あります。この中には発熱や接種した場所への痛みだとか因果関係が明確でないものというのも含まれています。その後、専門家の間で検討がなされた結果、ワクチンとの因果関係が否定できない広い範囲の痛みですとか運動障害を中心としたさまざまな症状というのが176例あるとされています。しかし、ですね今回、取材したお二人なんですけれども、この報告の数の中にはまだ含まれていません。
山田:176例には入っていないということですね。
野辺:このような状況からも、副反応と疑われる人の数というのはもっと多いのではないかと考えている人もいます。
山田:そして先ほどの映像の最後の部分にもありました、家族の皆さんの精神的、そして、経済的な負担も本当、深刻だと思うんですよね。
野辺:原因が分からない中で、多くの家族が病院を転々としている状況のようです。目の前で苦しんでいる娘さんに対してどうすることもできないつらさは想像を絶しますし、家族自身が疲れてしまうというケースもあるようです。親のほうがまいってしまっている方というのも実際にいらっしゃいます。
山田:こうした事態に国はどのような対応をとっているのか取材しました。
2件の個別事例を紹介し「ワクチンの副反応の問題」を議論していますが、問題なのは因果関係などに関する科学的・医学的検証や検討についての内容がほとんど含まれておらず、そうした根拠なしに視聴者の「恐怖心・同情心・義憤」を煽るような構成になっている点です。
ワクチンとはどのような物質で、どのように効果を発揮するものなのか?どういう臨床試験や検討を経て承認されたのか?一般にワクチン接種ではどのような副反応が生じるものなのか?紹介事例で接種したワクチンでは具体的にどのような副反応が報告されていたか?海外での事例はどうか?診察した医師のワクチンとの関連性についての見解はどうなのか?なぜこの事例ではここまでの症状が出ているのに「副反応」と認定されていないのか?
そうした内容が一切触れられることなく「かわいそうな女の子とその家族」という点ばかりがクローズアップされ、理性的な判断を抜きにしてワクチンに対する恐怖や忌避感を与える構成になっています。こうした非科学的な態度は、報道機関として極めて好ましくないと考えられます。
HPVワクチンの安全性について
それでは、実際のところ、このワクチンの安全性についてはどうなっているのでしょうか?当然でありますが、承認および定期接種としての導入の前の段階で、安全性は検証されています。複数の臨床試験の結果を統合した以下のレビュー論文(Schiller et al. Vaccine. 2012 30 Suppl 5:F123-38.)では、計約26,000名以上の被験者のデータをもとに、ワクチン接種群と未接種群の間に重篤な症状の発生率に顕著な差異が無いことを示しています。
サーバリックス®およびガーダシル®の両方において、ワクチン接種群と対照群で重篤な有害事象(SAE)の発生率は同程度であった(表8)。
For both Cervarix® and Gardasil®, vaccine and control groups experienced similar rates of serious adverse events (SAEs) (Table 8).
注意しなければならないのは、偽薬の接種でも「重篤な有害事象」が観察されている点です。つまり、ワクチン接種後に何らかの重篤な症状が現れても、それはワクチンによりもたらされたものとは断言できず、上記のような個人の事例から「ワクチンは危険だ」とは言えないわけです。
なお現在においては、厚労省が日本を含む世界各国で行われた様々な臨床試験の結果をまとめた資料を公開しており、いずれにおいてもHPVワクチンの高い安全性が示唆されています。以下、当該資料からの引用です。
もちろん副反応に注意を払うことは重要ですが、十分な臨床試験を経て承認され、諸外国でも使用されていたワクチンを、個別の事例や不十分な知見をことさらに騒ぎ立てて不安を煽り、接種の中止やその長期化に至らしめていたとすれば、メディアにはやはり重大な責任があると言わざるを得ません。これについては、当時の記事や記録を保存している個々のメディアが、どういう経緯でワクチン否定の記事を出すに至ったのか、その論調は問題となった事象に照らして妥当なものだったのか、今後同じような過ちを繰り返さないためにはどうすれば良いか、といったことを反省し、総括を行った上でそれを発信すべきではないかと思います。やはり「なかったこと」にしてはいけません。
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コメント
1HPVワクチンが接種を再開していたことをこの記事で初めて知ったというくらい、
マスコミは過ちを繰り返す気まんまんなようです。