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なびき
半夏生#Final - なびきの小説 - pixiv
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2,052文字
半夏生#Final
夏の二人の短い話
読んでいただきありがとうございました
22129
2023年7月9日 23:04

シン――としていた。
世界に一人、取り残されているようだった。
そうして閉じかけた目を、なぜか私はパッと開いた。
ま、私にそんなことはできるわけないけれど。
だっては私はスーツケースだから。
でも、ふと瞳のずっと奥で、あの真っ青な空に雲を積み上げたような景色と、宇宙からの暖かいスポットライトと、この星が生きている証であるようなそんな風を……感じた。
この日が来たのだ。
次は、どんなものを見せてくれるのだろう。
どんな物語を――語るのだろう。


これは少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。



「ただいま」

「……た、ただいま」

男の声と、遅れてか細い女性の声。

「大丈夫か?」

「うん、だいじょうぶだよ」

気遣う男性の声に、力はないがしっかりうなずく女性の声が聞こえる。

「見てもらいたいものがあるんだ」

「うん」

ゆっくりと足音が近づいてくる。
心臓が鳴った。スーツケースの私に、そんなものはないけれど。
それでも近づいてくる足音をかき消すほどの何かが私を包んで、いつのまにか足音は私のすぐ目の前で止まった。

「これだよ、見せたかったもの」

「うん、なんだろう」

僅かな隙間から光が差し込んで、照らされて光る埃に、ここはこんなに汚かったものなのかと少しだけ笑えてきて……そしてその光は増していく。
あの夏を彷彿とさせる眩しさの向こうに、彼女はいた。

「思い出せるか? これ、お前のスーツケースなんだ」

「私の……?」

「ああ、ちょっと埃被っちゃってるけど、一応ずっと俺が持ってたんだ。俺が使うのもなんだか忍びなくてな」

「そう、なんだ」

「ああ」

彼女が私に近づく。
懐かしい、彼女の匂いがする。

「触って、いい?」

「もちろんだ、お前のだぞ」

「そうか、そうだね。ふふ、埃まみれだね、君は」

サッサっとスーツケースの上の埃が払われる。私らは久しぶりに触れ合った。
あの頃、スーツケースの上で暇そうにしていた彼女が、手持ち無沙汰に私を撫でていた懐かしい音がする。

「久しぶり、なのかな。ごめんね、私は覚えてないけど」

大丈夫だよ、と言いたくても、私には彼女に声をかけることはできない。

「大丈夫だって、こいつもそんなに気にしてないよ」

男性がまるで心を読んだかのようにそう答えた。
……分かってるじゃないか。

「でも、これ私が大事にしてたものなんだよね……うん、やっぱりだめだ、思い出せない」

「そうだな、大事にしてたよ」

「その割には、ちょっとボロボロだね」

彼女が笑いながら優しく撫でる。

「色んなところに、どこに行くでも連れていっていたからな。それに、そのスーツケースは元々お前のお父さんのものだ」

「そうなんだ、たくさん……旅をしたんだね」

「お前もだよ、お前も……たくさん旅をしたよ、鴎」

「そっか……それも思い出せないや」

「いいよ。こうしてお前が、ここにいるだけで奇跡だ。たとえ記憶を失ったとしてもだ」

「でも、君は悲しい顔をしている」

「そう見えるか?」

「見えるよ。そして私も――きっと悲しい顔をしている」

「……ごめんな。このスーツケースを見たら、お前のことだから記憶を思い出すかもなんて勝手に、ちょっと勘違いしてた。漫画みたいな出来事が起こるんだって、勘違いしていたよ」

「ううん、そうしてくれたことが嬉しいよ」

「でも、思い出させてあげることはできない。そういう力のない自分と現実に、きっと俺は悲しい顔をしちまったんだ。ごめん、こんな俺で……」

「君は、何も分かっていない」

「え?」

「私は、いつも力になってくれるから、君を好きになったんじゃないよ」

「鴎……思い出したのか?」

「ううん、ごめんね、思い出してない。でも、私は私の大切なものを君を預けてたんだから、きっと私は君を好きだっんだよ。多分、いつも側にいてくれたから、好きになったんだよ」

「なんか、素直だな」

「そう? 君の知ってる私はこんなんじゃない?」

「どうだろうな。言ってもおかしくないし、ちょっと意外でもある」

「ふふ、なにそれ」

「そういうやつなんだよ、お前って。どこか不思議で冒険好きなミステリアスなやつだよ。な、スーちゃん」

私の上に手を乗せたままの彼女の手の、そのまた上に男性が手を重ねる。

「ふーん、ミステリアスかあ。なんか良い女って感じがするね」

「ま、良い女だよお前は」

「ふふーん、惚れちゃった?」

「昔からな」

「そ、そう……」

紺碧の空の下、あの頃の二人の笑う顔が思い浮かぶ。
今、顔を少し赤らめてそれでも見つめあう二人は、少しだけ、少しだけ大人に見えた。
どちらかが言った、「また冒険にいこう」の声とともに、秒針が動き出した気がした。



これは少女と少年の話。
これからは、少女と少年と、そして私のこれからも続く冒険のお話。

半夏生#Final
夏の二人の短い話
読んでいただきありがとうございました
22129
2023年7月9日 23:04
なびき
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