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なびき
半夏生#6 - なびきの小説 - pixiv
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1,253文字
半夏生#6
夏の二人の短い話
23150
2023年3月4日 22:48

ふと手をのばすと何も触れられなかった。
乾いて埃っぽい空気をつかんで、指の隙間から抜けていく。
ま、手なんてないのだけれど。
だって私はスーツケースだから。
感覚というものを覚えておくことは難しい。このスーツケースの中に入っていた物の手触りと、このスーツケースにかけられていた確かな重さは、果たして本当にそこにあったのかとさえ、忘れてしまったと今は思う。
それでも、なんとなく感じる懐かしい感触が、私をまだあの場所に連れて行ってくれる。


これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。



「今日も今日とて冒険に出ている」

「どうしたの羽依里、急に語りだしちゃって」

「あー、いや……こうして潮風を浴びながらゆっくりスーツケースを押してるとさ、なんで俺こんなことしてんのかなってふと思って」

「青春ってやつだね」

「青春なのか? それは分からないけど」

「それで、なんで冒険してるの? 聞かせてよ」

「そんなすぐに答えないなんて出ないって。急に思っただけだし。もちろん嫌ってわけじゃないぞ。ただなんか、不思議に思えてさ。多分ほんとはもっとやるべき事というか、なにか分かんないけどそういうのがあるはずなのに」

「私もだね」

「鴎? 何を冗談言ってるんだよ、お前は冒険してないと……鴎じゃないだろ?」

「そんな止まったら死んじゃうマグロみたいな!」

「間違いではないじゃん」

「ううん、間違いだね。間違いすぎるよ。別に私だって、冒険は絶対じゃないもの」

「ふーん……意外だ」

「ほら、だって冒険なんかしてるより、するべきことはあるんだよ。知っての通りさ。だけどいつのまにか、生きるのに十分なものだけじゃ、生きられなくなってるの。本当は冒険があってもなくても、私のいきつく場所は変わらないよ。宝物があっても、なくても……」

「そうかな」

「そうだよ。たどり着く場所は一緒。でもどうせなら、その道とその道の景色と、その道を少しでも一緒に歩いてくれる人は選びたいじゃない?」

「……よくわかった気がする。俺がお前に着いていく理由」

「ほんと?」

「ほんとほんと。だって俺も冒険なんか別にしなくてもいいわけだし、なんか謎に連れてかれてるようなだけだし」

「そうやって聞くと、ちょっとイラっとくるね」

「まあでも、お前の言う生きるのに十分なものがあるだけじゃ、生きられないから、俺は多分……お前との冒険を捨てられないんだ」

「ふふ、ようやく分かってくれたね。生きるのって……難しいんだよ」

「まったく、その通りでございます」

「さ、やりたいことはどんどんやっていこうよ。いくよ、羽依里、やりたいことはない?」

「そうだな、今は……ちょっと休憩かな、腕がつかれた」

「む。それはだめだね」

「初っ端から否定された……」

「んふふっ」



これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。







半夏生#6
夏の二人の短い話
23150
2023年3月4日 22:48
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