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なびき
半夏生#5 - なびきの小説 - pixiv
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1,226文字
半夏生#5
夏の二人の短い話
34189
2023年1月28日 13:34

耳を澄ますと潮騒が響き、笑い声が鳴っていた。
ま、私に耳なんてないのだけれど。
だって私はスーツケースだから。
もう正確な音も声も思い出せない。記憶は声からなくなっていくというけれど、それは私にも当てはまるようで、思い出したあの日にこだましていた声はなにも分からない。
けれど、たしかに私の記憶の中で、あの二人の周りの世界すべての音が、無音でよこたわっているのだ。たとえ無音であろうとも、その音には色も温度もある。少なくとも、私だからそれを感じられる。
いつかまたもう一度聴くことができたら、この記憶はどうなるのだろうか。


これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。



「ねえ、羽依里はいつ帰るの?」

「なんだよ帰ってほしいのか?」

「そうじゃないけど、いつ帰るのか気になっただけだよ。好奇心だよ、好奇心。羽依里はネガティブに考えすぎだよー」

「そりゃ、こんなところまで来たんだ。ネガティブに考えるさ。なんか呑気にお前に付き合ってるけど、一応これでも傷心者なんだからな、丁重に扱ってくれ」

「そうは見えないけどね」

「お前がそうさせてる。まったく大したもんだよ」

「んへへ~っ」

「露骨に嬉しそうな顔しやがって……」

「羽依里は、幸せになろうって急ぎすぎなんだよ。もっと目の前の冒険を楽しまないと」

「お前、ほんとよくそのスタンスでいられるよな、もう感心しっぱなしだ」

「チッチッチッ、羽依里は分かってないね」

「何がだ?」

「そしてそして、一生分からないほうがいいし、分かることもないね」

「だから何がだ?」

「私の悲しい気持ちだよ。これは誰にも分からないよ、私以外。だから悲しいことを振りまくのはしないことにしてるの」

「いや、でも……」

「んーん、分かってくれなくていいんだよ。それがいいんだよ。この世界におんなじ悲しみなんてないんだから。でも――」

「でも?」

「楽しいや嬉しいは、共有できるよ。羽依里が今感じてる、冒険チョー楽しい! って気持ちと私の今の気持ちは、きっと……ううん、絶対一緒だよ」

「別に超楽しいなんて思ってないけど……」

「またまた~羽依里はすぐ変な嘘をつく」

「いや、別に嘘ついてるわけじゃないけど……」

「でも、楽しいでしょ?」

「ああ」

「んふふっ、ほらね。ささ、いこいこ~。今すぐ走り出したい気分だよ」

「なら、競争するか。お前スーツケースな。俺走るから」

「ええ!? そこは押していってくれないと。一緒に走るんだよ」

「お前乗ってるだけじゃん」

「お、同じ風は感じられる!」

「疲れるの俺だけじゃん」

「まあまあまあまあ」

「誤魔化しやがって……まあいいや、しっかり掴まっていてくれよ」

「安全運転でね」

「はいよ!」



これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。

半夏生#5
夏の二人の短い話
34189
2023年1月28日 13:34
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