pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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耳を澄ますと潮騒が響き、笑い声が鳴っていた。
ま、私に耳なんてないのだけれど。
だって私はスーツケースだから。
もう正確な音も声も思い出せない。記憶は声からなくなっていくというけれど、それは私にも当てはまるようで、思い出したあの日にこだましていた声はなにも分からない。
けれど、たしかに私の記憶の中で、あの二人の周りの世界すべての音が、無音でよこたわっているのだ。たとえ無音であろうとも、その音には色も温度もある。少なくとも、私だからそれを感じられる。
いつかまたもう一度聴くことができたら、この記憶はどうなるのだろうか。
これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。
「ねえ、羽依里はいつ帰るの?」
「なんだよ帰ってほしいのか?」
「そうじゃないけど、いつ帰るのか気になっただけだよ。好奇心だよ、好奇心。羽依里はネガティブに考えすぎだよー」
「そりゃ、こんなところまで来たんだ。ネガティブに考えるさ。なんか呑気にお前に付き合ってるけど、一応これでも傷心者なんだからな、丁重に扱ってくれ」
「そうは見えないけどね」
「お前がそうさせてる。まったく大したもんだよ」
「んへへ~っ」
「露骨に嬉しそうな顔しやがって……」
「羽依里は、幸せになろうって急ぎすぎなんだよ。もっと目の前の冒険を楽しまないと」
「お前、ほんとよくそのスタンスでいられるよな、もう感心しっぱなしだ」
「チッチッチッ、羽依里は分かってないね」
「何がだ?」
「そしてそして、一生分からないほうがいいし、分かることもないね」
「だから何がだ?」
「私の悲しい気持ちだよ。これは誰にも分からないよ、私以外。だから悲しいことを振りまくのはしないことにしてるの」
「いや、でも……」
「んーん、分かってくれなくていいんだよ。それがいいんだよ。この世界におんなじ悲しみなんてないんだから。でも――」
「でも?」
「楽しいや嬉しいは、共有できるよ。羽依里が今感じてる、冒険チョー楽しい! って気持ちと私の今の気持ちは、きっと……ううん、絶対一緒だよ」
「別に超楽しいなんて思ってないけど……」
「またまた~羽依里はすぐ変な嘘をつく」
「いや、別に嘘ついてるわけじゃないけど……」
「でも、楽しいでしょ?」
「ああ」
「んふふっ、ほらね。ささ、いこいこ~。今すぐ走り出したい気分だよ」
「なら、競争するか。お前スーツケースな。俺走るから」
「ええ!? そこは押していってくれないと。一緒に走るんだよ」
「お前乗ってるだけじゃん」
「お、同じ風は感じられる!」
「疲れるの俺だけじゃん」
「まあまあまあまあ」
「誤魔化しやがって……まあいいや、しっかり掴まっていてくれよ」
「安全運転でね」
「はいよ!」
これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。