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なびき
半夏生#4 - なびきの小説 - pixiv
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1,549文字
半夏生#4
夏の二人の短い話
34150
2022年12月11日 19:24

いくつかの壁や扉を突き抜けて、遠くからこどもたちの声がうっすらと聞こえる。
光は届かないこの場所だけれど、暗く、感覚の澄んだこの場所でなら、楽しげなキャッキャとした声は僅かでも伝わるんだなあ、なんて私は思った。
ま、実際の光だって声だって、本当は聞こえるなんてことはないけれど。
だって私は、スーツケースだから。
それでも、声というのは不思議だ。
私がもし喋れるなら何を話しただろうか。なんでも話せたはずだ。話したいことはたくさんある。
だけどもし魔法が使えて話せるようになると言われても、私はきっとその魔法は別のことに使ったと思う。


これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。



「は~い~り~!」

「…………」

「羽依里でしょー!? やっほー! 聞こえてるー?」

「聞こえてるから! 大きい声で呼ばないでくれ!」

「やあやあ、羽依里。奇遇だね」

「ああ、奇遇かもしれんが、遠くから大声で呼ぶのはやめてくれ。恥ずかしい……」

「でもここは港だよ? 賑わってたら羽依里に聞こえないじゃない」

「なら近くまできてくれよ」

「ええ、めんどくさいよ」

「めんどくさがるな」

「ところで羽依里はなんで港にきてるの? もしかして……セリ?」

「そんなわけあるか。いやまあ、ちょっと猫に導かれた気がしてついていったら港だったんだ。まんまと煮干しを買わされたよ」

「誰に?」

「猫に」

「あはははは! 羽依里は猫に弱みかなにか握られてるのかにゃ?」

「握られてない。あと変な語尾になるな。それで、鴎の方こそ俺に何か用があるんだろ? あんた遠くから大声で呼ぶくらいだからな。なにか緊急か?」

「ううん、羽依里を見つけたから呼んだだけだよ。強いて言えば、冒険にいかないかなって」

「はいはい、いつものやつね。俺も用は済んだし、付き合うよ」

「んふふっ、やったね! それじゃスーツケース押して」

「あいよ」



「ここまでくると静かだね~」

「ここなら大声で呼ぶ必要もないな」

「そうだね。でも私は呼ぶよ」

「嫌がらせか? もしかしてお前も煮干し欲しかったのか?」

「ちがうよ! ほら、私はずっとこの声で羽依里と話してきたじゃない?」

「ん? まあそうだな」

「だからだよ」

「……なにが?」

「だから、この声だから、いいんだよ」

「よく分からないけど……」

「この声は私だけのでしょ? 私みたいに冒険にでたい女の子は世界にいっぱいいると思うんだけど、もしも声が全員同じだとして、そういう子がズラッと並んで冒険に行こうって羽依里を誘ったら、羽依里は私を選んでくれないかもしれないじゃない」

「世界にいっぱいはいないと思うぞ。お前しか見たことないし……後そんな状況いつくるんだよ……」

「あるかもしれないでしょ?」

「あったとしても、もっと容姿とか立ち振舞いとか、そういうところで……」

「だってそういうのは、遠くからじゃ……わからないでしょ?」

「え――」

「んふふっ」

「……まあ、そうかもな」

「ほら、だから羽依里にはちゃんとこの声を覚えておいてもらわないとね。気づいてもらえなかったら困るし悲しいし。この声なら、羽依里になら届くかなって。だからいま呼ぶんだよ」

「そうか。うん、届くよ。多分、いや絶対お前だって分かるよ。何回お前に誘われてることか」

「んへへ。さ、点呼も終わったことだし冒険にいくよ羽依里!」

「ああ」

「それじゃ……っすぅ~~~~……しゅっぱーーーつ!!!」

「うわ、うるせ!」



これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。

半夏生#4
夏の二人の短い話
34150
2022年12月11日 19:24
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