こちらの感想を書いていたのですが
お友達のブログに、私の思ったことのほとんどが書かれていました。
なのでちょっと簡単に。
自己肯定感とは?
大古さんが「どうしておばさんっぽい見た目の写真を載せるんですか?」という質問に答えています。
自分より「トンチンカン」で、「子育ても家事もろくに出来ず」「おばさん体型」な人のブログを読むことで、「自分はこの人より素敵だな」と感じられて自己肯定感が上がる。
ということだそうですが・・・
コメントをされている皆さん、そうなんですか?!
「自分より出来ていない人のブログを読むことで、自己肯定感が上がる人間」と認定されていますが、大丈夫ですか?
※自己肯定感は他人と比べることで高まるものではないそうですよ。
子育てにおいて「自己肯定感」が大切にされている今、私も子どもの自己肯定感を下げないように気をつけていますが、もっとも注意しているのは「他人と比べない」ことです。
自己肯定感は縦軸、つまり「昨日の自分と比べて成長している」ことを実感することで育つものと言われています。
美しく見せることへの執着がない?
「美しく見せることへの執着がない」と書かれていますが、昔の写真に比べて最近アップするお写真はかなり「美」を意識されているように感じられます。
そもそもこの話が始まった要因となったコメントですが、
質問の中心が「おばさんっぽい見た目の写真を載せる」ではなく、「わざわざたまに」の部分にあることは明白です。
普段は綺麗に見える写真を載せている=綺麗にみられたい人
とコメント主さんは思っていて
「たまに」「急に」「綺麗じゃない=ありのままの」写真を載せるのはなぜなのか?
と思い質問し
「ありのままの自分を見て自己肯定感をあげてもらいたい」と答えられたら、
え、普段はありのままではない写真を載せているのに?!
と混乱するばかりではないでしょうか??
と思っていたのですが・・・・
コメントされてる方達が全然混乱されていないことに私が混乱しています
大古さんの「ありのまま」がどういうことなのか考える
そこで、大古さんの言う「ありのまま」について考えてみました。
一般的には「ありのままを見せる」と言われたら、「飾らない」「背伸びしない」「嘘をつかない」なんてことを想像します。
しかし大古さんはこう書いています。
Aも私。Bも私。と書く場合、AとBは対比関係であるべきなので文章がおかしいですが、つまりこう言いたかったのかと予測します。
自分をよく見せたいとあがく大古(A)
綺麗に見える写真をアップしたり、素敵な暮らしを演出する(読者の自己肯定感は気にしない)
コンプレックスを曝け出す大古(B)
おばさん体型や失敗談を投稿(自分を下げて読者の自己肯定感を上げる)
AとBのどちらのバージョンでも記事を書くこと=ありのままの自分
AとBの価値観が真逆のため、記事を書くときの気分の違いで整合性がとれなくなる。
だがどちらも自分であり、AのパターンもBのパターンもブログにするのが自分にとってのありのままであり、楽な発信の仕方。
感想
綺麗に見られたい(A)。ありのままの自分を見せたい(B)。
読者に羨ましがられたい(A)。読者を元気づけたい(B)。
どちらの気持ちがあるのも分かります。
他にも色んなことにおいて、相反する感情を持つことはあります。
けれど、多くの人は「自分はこうしよう」という選択をして生きています。
相反する価値観をどちらも主張すれば、
人からの信用が得られないからです。
今回本当に分からないのは、今回の記事を読んで
「いつもはありのままの写真ではないのに、なぜありのままの自分を見て自己肯定感をあげてほしいと主張できるのか?」
と疑問を持たない人が多くいることです。
それともすんなりと、
「綺麗に見られたい時もあれば、ありのままを見せたくなることもあるよね」
と受け入れられる人たちなのでしょうか。
そして整合性のとれない言動が見られる人が商品をオススメしているとして、それをまるっきり信じられるものなのでしょうか。
私のような頭のかたい人間にはなかなか理解できず
教えてもらいたいです。