pixivは2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
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カタカタと僅かな隙間で揺れる扉の音がする。
建物全体が微細な振動をしているのをこの静かな場所からは感じることができるから、今日は風が吹いているんだなあなんて私は思った。
いつだったかあの日も、やけに潮風が強く吹いていて、肌をピリリと突き刺すようなものがあった……と思う。
だって私はスーツケースだから。
そんなものを感じることなんてないのだ。
けれどあの風は――何かを運んでいたようにしか思えない。
これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。
「ひゃっ、今日は風が強いねえ」
「見てないぞ」
「……私、まだ何も言ってないよ?」
「言うだろ、どうせ。パンツ見ないでねとか、なんとかそういうお決まりのくだらない、つまらないやつ」
「い、言わないよぉ~~?? 言うわけないよ、そ、そんなくだらなくて、つまらないやつ……」
「あ、いやごめんて、こういう言い方したのはワザとだからそんな悲しむなよ。心が痛い」
「私は傷ついた!」
「悪かったって。でも、傷ついたっていうなら言うつもりではあったんだな」
「はっ!? 羽依里、策士というやつだね。戦があったら勝てるだろうね」
「戦はないから安心してくれ。それで? 今日はこんな風が強いんだ、そろそろ帰ったほうがよくないか? 明日は天気が荒れるみたいだし」
「うん、でももうちょっといいじゃない。風が強いだけだし。それにこういう天気の日もたのしいでしょ?」
「否定はしないけど、いくら明日から天気が荒れるからといって今この瞬間から天気は悪化してるんだから、気をつけないとな」
「おお、羽依里、さすが!」
「お前は冒険だ冒険だと、今を考えてなさすぎだ。もう少し先のことを考えてくれ」
「例えばどんな?」
「スーツケースを押す俺の腕の疲労度とかな」
「ふふっ、ごめんあそばせ。でも羽依里、今があって未来があるんだよ?」
「急にまともな事を言うな。びっくりして思わずスーツケースごと鴎を海に落とすところだったぞ」
「びっくりしすぎだよ……」
「でもなあ、後先考えないってのは少し怖くないか? もちろん今が大切だけどさ、ちゃんと先を考えないと、まあ俺みたいになるっていうかなんというか」
「うーん、でも私は今しかないから」
「――っ」
「私は……今が楽しかったらいいよ。能天気かもだけどね。今のことだけ考えて……それで少し先の時間でどうにかなっちゃっても、私は別にいいんだよ」
「そうか」
「羽依里がいるからねっ」
「ん? 俺?」
「そうそう。羽依里と見る怖い未来なら、羽依里がいない希望なんかよりもずっとずっといい景色だと思うな、私」
「それ、俺も絶望を見なきゃいけないのかよ」
「ふふっ、そうだよ。なんたって羽依里はベストパートナー! 海賊団の一員だからねっ」
「……ははっ、そうかよ。そりゃなによりだ。でもそうだな、俺もなんとなくそっちの方はいい気がするよ」
「でしょでしょ!」
「ああ。んじゃ、もう少し行くか。鴎、今はちょうど追い風だ」
「ふむふむ」
「飛ばずぜ、しっかり掴まっておけよ。スーツケースから落ちても知らないからな」
「っ! ふふーん、そんなことで落ちないよ。羽依里っ、飛ばして!」
「おーけー!」
これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。