嘘でしょ…
木津川市……
24号線から見えた見事な大和棟(高塀造)の民家、解体している……
木津川市役所から徒歩3分ほどの至近距離にも関わらず、市は何もしなかった(出来なかった)のだろうか…
せめて解体前に実測や撮影など記録とか…
木津川市内の貴重な文化遺産をむざむざ失うなんて。。
こんな状況ですが、奈良から京都への帰りしなに少し時間あるので、かねてより気になっていた家を見ている。
木津川の氾濫に備えた二段構えの石積み。大阪の淀川沿いの段蔵に似ている。主屋は大和棟の一種、長屋門も珍しい漆喰塗り込み。
木津川市はきっと調査もしてないんだろうなぁ。
Apr 8, 2024 · 1:38 PM UTC
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奥に見える数寄屋風の離れ。妻面のアーチ状の束柱?が非常にユニーク。
扁額もあって由緒がありそう。
しかしその由緒すら後世に記録されることなく、きっと数日以内に無惨な姿になるのだろう。
それを予感させる手前の松が痛々しい。
拝啓
木津川市文化財保護課御中
調査(記録)されてますか?
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何度目の絶望か。
数えてはいないだろう。
何度となく無惨な姿に直面し、何度でも悲しみに打ちひしがれる。
しかし、何も感じなくなったら人として終わりだと思うから、何度だって立ち尽くし、絶望する。
絶望のトンネルの先にある希望を信じて。
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リプライで教えていただきました。
blog.goo.ne.jp/pzm4366/e/83d…
南都への物資の集積拠点として栄えた旧木津町で代々庄屋を務めた家柄、土久里(とくり)家住宅。
約300年程前、江戸中期の建築、とのこと。
約300年もの歴史を歩んできた建築がたったの2ヶ月で無になります(解体工事の掲示物より)。
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"土久里邸は、木津の昔からの地主さんで、
旧木津町史にも幾度と登場する旧家です。
おじいさまは木津の町長もされていたとか。
木津川アートは、
そのおじいさまが建てられたお茶室「和千庵」とお庭をお借りします。
決して古くはありませんが、贅を尽くした造り、は噂で聞いていました。
京都のその筋では有名な竹内という宮大工の遺作だそうです。"
kizugawa-art.jugem.jp/?eid=2…
より引用。
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研究者も含めた広域行政でカバーする体制づくり、まさに今後人が足りなくなる地方の文化財行政においてますます必要になっていくでしょうね。
何かあった時に(委員会のような堅苦しい組織だけでなく個人レベルで)気軽に連絡したり相談できる各分野の専門家がいること、そんな行政サイドと専門家サイドの日常的な関係づくりはとても大事だと思います。
結局は"人"なんでしょうけど…
教委の人員だけでは全ての分野をカバーできないので適切に評価できないですよね。
東京青梅市の場合は50年くらい前、市内の民家を調査するにあたっては早稲田の建築学科に依頼して故・渡辺保忠教授(建築史)に顧問してもらっていたようだ。
そういうことは、もう財政的に単独自治体では無理なので、広域行政で対応していった方が良いね。
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ネットで調べた限り、「土久里家文書」は旧木津町史や木津川市史でも取り上げられているようなので、日本史分野の調査や記録はされてきたようだ。きっとそれらの古文書も行政に所蔵されているだろう(ですよね)。
ということは当然、築300年と言われる江戸中期の建築の歴史的価値も、木津川市(旧木津町)としても前々から把握していただろう。
戦後の全国緊急民家調査など悉皆調査もあっただろうし、かつて建築調査も済んでいると信じたい。
所有者さんの意向で未指定だったのだろうけど、意向さえあれば少なくとも府指定くらいの文化財には値する住宅建築だっただろう(国登録も)。
あるいは、木津アートの会場にも使われたようだし、所有者さんと関係のあった地域の有志や地元建築士さんらが解体前に実測調査など動かれたことを願っています。
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投稿が広がると短絡的な反応が湧くXなんてポイズン。
補足も以下にぶら下げておきます。
義務教育レベルの読解力があれば分かると思いますが、所有者さんも解体屋さんも批判していませんし、行政の限界も重々承知している中で、では地域の歴史や文化を繋ぐ為に私たちに何が出来るのか、という話です。
概ねおっしゃる通りかと思います。
ただ、所有者さんも価値を充分に把握しながら積年の苦渋の末の選択の場合もありますので、(当然のことながら)所有者さんを責める意図は全くありません。
また、壊し方からして部材の再利用を想定してない解体なのも残念ですね。
見事な牛梁が泥と雨にまみれて可哀想でした。
しかし当然ながら解体屋さんはただ予算と工期と法令に則って仕事しているだけなので何も悪くありません。
そのような選択肢の担い手が不在だった、それだけの不幸です。
住宅は当然ながら個人の財産ですが、地域にとって公共性と文化的価値の高い物件に関しては、個人に負担を押し付けて突き放すのではなく、行政と(特に地元の)民間が連携して協働しないと守れないと思います。短絡な利益供与でなく。
なかなか難しいと思いますが、自分の身の回りから出来ることを積み重ねていくしかないですね。
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そして当然のことながら、何でもかんでも文化財!保存!だなんて全く思っていませんし、個人的には文化財も保存も残すための手段の一つと思っています。未指定で修繕や改修を重ねながら住み継がれている事例も数多あります。
そして更に当然のことながら、どんなに歴史的にも文化的にも価値があろうとも残せないことも多々あります。
そのような選択の時も、現所有者さん個人を責めるのではなく、その土地で何百年も繋いできた時間の厚みに敬意を表して、せめて記録を残したり、部材をレスキューして新しいものづくりの一部として継承するなど、地域の歴史や文化に応える現代を生きる人間としてのクリエイティビティではないかと考えています。
残すための活用アイデアや経済的な戦略や建築的な技術も含めて、たとえ個人の財産であっても所有者さん個人だけに荷を負わせてしまうのも酷なので、本来であれば行政や地元の民間有志などと共に検討するのが良いと思うんです。
それでも断念となれば、せめて記録や部材のレスキューなど、解体の選択の中でも出来ることは色々あったと思います。
それが300年という地域に流れた時間の厚みへの敬意だと個人的には思っています。
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