アラブ系が“親イスラエル”トランプ氏に投票?いったい何が?

アラブ系が“親イスラエル”トランプ氏に投票?いったい何が?
「ハリス氏の敗北を確実にするため、トランプ氏に投票する」

11月のアメリカ大統領選挙を前に、アラブ系の有権者の間でいま“ハリス離れ”が広がっています。

「歴代の大統領で最も親イスラエルだ」と自称するトランプ前大統領を支持する動きまで出ています。

ガザ情勢をめぐり、イスラエルを支援するバイデン政権への失望と怒りが高まり続け、その矛先がハリス副大統領にも向けられているのです。

選挙の行方はどうなるのか。
激戦州の1つで、全米最大のアラブ系コミュニティーがある中西部ミシガン州を取材しました。

(ワシントン支局・岡野杏有子)

ハリス氏への“期待”と“反発”

移民に寛容な民主党を支持する傾向が強いアラブ系アメリカ人たち。

ミシガン州にはおよそ20万人が暮らしていて、前回・4年前の大統領選挙では、僅差で制したバイデン大統領の勝利に貢献したとされています。

なかでもアラブ系の住民が多いのが、最大都市デトロイトの郊外の町ディアボーンです。人口の半数以上をアラブ系が占めているといわれています。

そのひとりが、およそ50年前にパレスチナから移住してきたカダー・マスリさんです。菓子職人だった父親の味を引き継ぎ、ふるさとの伝統的な菓子を作って販売しています。
マスリさんは、国のために長年尽くしてきたとしてバイデン大統領を尊敬してきました。しかしガザ地区で多くの人たちが亡くなるなか、停戦を実現できずにいるバイデン大統領に失望したといいます。

そして、今回の大統領選挙では投票そのものを見送ろうと考えるようになりました。
マスリさん
「ガザ地区での問題を解決するか、戦闘を停止させる方法があったはずで、バイデン大統領にはそれを実行できたはずなんです。でも見て見ぬふりをし、わたしは彼への敬意を失いました」
ところが7月下旬、マスリさんの心が大きく動きました。

バイデン大統領が選挙戦から撤退し、ガザ地区への人道支援を重視すべきだという姿勢を示すハリス氏に民主党の候補者が替わったのです。

イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による和平の実現を支持する考えも明らかにしていることから、マスリさんは再び民主党に投票したいと思うようになったといいます。
マスリさん
「ハリス氏が候補者となったことで、前向きな気持ちになりました。テレビ討論会で2国家共存について誰かが訴えたのを聞くのは初めてでした。彼女には言ったからには実現してほしいと思います」
ハリス氏の登場は支持率にも変化をもたらしました。

アラブ系の団体が5月に行った調査では、全米のアラブ系有権者の間でバイデン氏の支持率は7%にとどまっていましたが、7月に行った調査ではハリス氏の支持率は27.5%と4倍近くありました。

支持をさらに広げようとした矢先、アラブ系の人たちの強い反発を招くできごとが起こります。

8月にデトロイトで行われた集会でのことでした。

ガザ地区をめぐって抗議する人たちも集まり、ハリス氏の演説中に即時停戦を訴えて声をあげました。するとハリス氏は演説を一時中断し、こう言いました。

「トランプ氏の勝利を望むならそう言えばいい。そうじゃないなら、いまは私が話をしているのだ」

抗議に耳を傾けるそぶりすら見せなかったと感じ、バイデン大統領の方針からの転換を期待していたアラブ系の人たちは再び失望。結局は「看板が変わっただけだ」という気持ちが広がったのです。

アラブ系の間で広がるトランプ氏支持

こうした人たちの中には、トランプ氏への投票を決めた有権者もいます。

同じくディアボーンで暮らすサムラ・ルクマンさんです。
ルクマンさんはガザ地区での停戦を求めて、バイデン政権に対する抗議デモや集会を主催してきました。

副大統領として政権の一翼を担うハリス氏にも強い不満を抱いています。
ルクマンさん
「もし停戦を実現したいのであれば、実現できるはずです。アメリカがカードを握っているのですから。ハリス氏は政権の一員であり、バイデン大統領のことばを繰り返しています。彼女にはバイデン大統領と同じくらいジェノサイド(集団虐殺)の罪があります」
共和党の候補者に投票するのは初めてだというルクマンさん。

政策では考え方が異なるものの、ハリス氏の勝利を阻止するためなら、みずからを「歴代の大統領で最も親イスラエルだ」と主張するトランプ氏への投票もいとわないといいます。
ルクマンさん
「私の投票はイデオロギーによるものではありません。私にとって国内政策よりもジェノサイド対策が優先で、民主党の敗北を確実にする候補者に投票します。共和党の誰でもいいんです」

切り崩し図るトランプ陣営

トランプ氏もこうした有権者を取り込もうとしています。

イスラエルを強く支持する立場は変わっていませんが、自身が選挙で勝利すれば、戦闘をすぐに終わらせることができると主張し支持を広げようとしているのです。

「私が大統領だった時は戦争はなかった。私は中東地域を守りたいと思っている。人が亡くなるのを見たくない。何も関係のない人たちが、どちら側でも亡くなっている」
さらにトランプ氏の陣営はミシガン州を何度も訪れ、投票に影響を与えるとされる地元のアラブ系の有力者との接触を繰り返しています。

ことし5月に行われた有力者との会合には、トランプ氏の娘ティファニーさんの夫でレバノン出身のマイケル・ボウロスさんも参加しました。

参加者によりますと、トランプ氏に投票することで、アラブ系の人たちの意思を示さなければならないと強調していたといいます。
アラブ系の人たちの間で、けっして人気が高いわけではなかったトランプ氏。

それでも、あるアラブ系の団体が9月に行った世論調査では、ハリス氏に投票すると答えた人が41%、トランプ氏と答えた人が42%と、支持率がきっ抗している結果も出てきているのです。

第3の候補者が脅威に?

情勢を不透明にしている要素はほかにもあります。

第3政党、緑の党から立候補するジル・スタイン氏の存在です。スタイン氏はユダヤ系ですが、ハリス氏やトランプ氏と異なり、イスラエルを強く非難。
2大政党制のアメリカで、第3の候補者が大統領になる可能性はありませんが、ガザ地区の停戦を前面に訴え、不満の受け皿となっているのです。

9月にディアボーンで開かれたイベントでは、熱烈な歓迎を受けました。
スタイン氏
「2大政党はどちらも悪だ。1人は虐殺を行っていて、もう1人は早く仕事を片づけろと言っている。悪のことなど無視して、大義のために戦おう」
これまで民主党を支持してきたソジュード・ハマデさんは、今回、スタイン氏への投票を決めました。

ハマデさんは2006年、14歳の時に両親の母国レバノンを初めて訪れました。その際、イスラエル軍がレバノンに地上作戦を展開し、戦争を目の当たりにしたといいます。
ハマデさん
「ガザ地区で起きていることを見ると、14歳の時の記憶がよみがえります。アメリカ政府は攻撃に加担しています。イスラエルはアメリカの支援なしにこんなことはできないからです。 民主党は多くの有権者を第3政党に奪われていることに気づき、政策を変える必要があります。スタイン氏に投票することは、変化のための投票なんです」
スタイン氏は主にハリス氏から票を奪うとされているうえ、アラブ系の団体による調査の中には、支持率でスタイン氏がハリス氏を上回るものもあることから、ハリス氏にとっては脅威となっています。

揺れる“アラブ票” 判断は?

この1年で4万人以上が犠牲になるガザ地区の状況に揺れるアラブ系の有権者たち。

ガザ地区での戦闘開始以降、これまで4回、ディアボーンで取材し、その心の変化を感じ取ってきました。当初は抗議の声が届き、停戦が実現されると信じる雰囲気もありましたが、今では期待を抱いている人はほとんどいません。

政権に対する怒りとともに、ガザ地区から遠く離れたアメリカで何もできない無力さを感じている人たちが多いように思います。

それだけに今回の選挙では、目の前の生活よりもガザ情勢への対応を最優先に考えて投票し、少しでも変化を生み出そうと、1票に願いを込めようとしていると感じます。

わずかな票差で勝敗が決する激戦州で、アラブ系の人たちの投票行動が結果にどう影響するのか。その選択が注目されます。
ワシントン支局
岡野 杏有子
2010年入局 大阪局、国際部、政治部などを経て2023年7月から現所属
国務省担当 大統領選挙では主に共和党の動きを取材
アラブ系が“親イスラエル”トランプ氏に投票?いったい何が?

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アラブ系が“親イスラエル”トランプ氏に投票?いったい何が?

「ハリス氏の敗北を確実にするため、トランプ氏に投票する」

11月のアメリカ大統領選挙を前に、アラブ系の有権者の間でいま“ハリス離れ”が広がっています。

「歴代の大統領で最も親イスラエルだ」と自称するトランプ前大統領を支持する動きまで出ています。

ガザ情勢をめぐり、イスラエルを支援するバイデン政権への失望と怒りが高まり続け、その矛先がハリス副大統領にも向けられているのです。

選挙の行方はどうなるのか。
激戦州の1つで、全米最大のアラブ系コミュニティーがある中西部ミシガン州を取材しました。

(ワシントン支局・岡野杏有子)

ハリス氏への“期待”と“反発”

移民に寛容な民主党を支持する傾向が強いアラブ系アメリカ人たち。

ミシガン州にはおよそ20万人が暮らしていて、前回・4年前の大統領選挙では、僅差で制したバイデン大統領の勝利に貢献したとされています。

なかでもアラブ系の住民が多いのが、最大都市デトロイトの郊外の町ディアボーンです。人口の半数以上をアラブ系が占めているといわれています。

そのひとりが、およそ50年前にパレスチナから移住してきたカダー・マスリさんです。菓子職人だった父親の味を引き継ぎ、ふるさとの伝統的な菓子を作って販売しています。
菓子店を営む カダー・マスリさん
マスリさんは、国のために長年尽くしてきたとしてバイデン大統領を尊敬してきました。しかしガザ地区で多くの人たちが亡くなるなか、停戦を実現できずにいるバイデン大統領に失望したといいます。

そして、今回の大統領選挙では投票そのものを見送ろうと考えるようになりました。
マスリさん
「ガザ地区での問題を解決するか、戦闘を停止させる方法があったはずで、バイデン大統領にはそれを実行できたはずなんです。でも見て見ぬふりをし、わたしは彼への敬意を失いました」
ところが7月下旬、マスリさんの心が大きく動きました。

バイデン大統領が選挙戦から撤退し、ガザ地区への人道支援を重視すべきだという姿勢を示すハリス氏に民主党の候補者が替わったのです。

イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による和平の実現を支持する考えも明らかにしていることから、マスリさんは再び民主党に投票したいと思うようになったといいます。
マスリさん
「ハリス氏が候補者となったことで、前向きな気持ちになりました。テレビ討論会で2国家共存について誰かが訴えたのを聞くのは初めてでした。彼女には言ったからには実現してほしいと思います」
ハリス氏の登場は支持率にも変化をもたらしました。

アラブ系の団体が5月に行った調査では、全米のアラブ系有権者の間でバイデン氏の支持率は7%にとどまっていましたが、7月に行った調査ではハリス氏の支持率は27.5%と4倍近くありました。

支持をさらに広げようとした矢先、アラブ系の人たちの強い反発を招くできごとが起こります。

8月にデトロイトで行われた集会でのことでした。

ガザ地区をめぐって抗議する人たちも集まり、ハリス氏の演説中に即時停戦を訴えて声をあげました。するとハリス氏は演説を一時中断し、こう言いました。

「トランプ氏の勝利を望むならそう言えばいい。そうじゃないなら、いまは私が話をしているのだ」

抗議に耳を傾けるそぶりすら見せなかったと感じ、バイデン大統領の方針からの転換を期待していたアラブ系の人たちは再び失望。結局は「看板が変わっただけだ」という気持ちが広がったのです。
デトロイトでの集会で発言するハリス氏(2024年8月)

アラブ系の間で広がるトランプ氏支持

こうした人たちの中には、トランプ氏への投票を決めた有権者もいます。

同じくディアボーンで暮らすサムラ・ルクマンさんです。
サムラ・ルクマンさん
ルクマンさんはガザ地区での停戦を求めて、バイデン政権に対する抗議デモや集会を主催してきました。

副大統領として政権の一翼を担うハリス氏にも強い不満を抱いています。
ルクマンさん
「もし停戦を実現したいのであれば、実現できるはずです。アメリカがカードを握っているのですから。ハリス氏は政権の一員であり、バイデン大統領のことばを繰り返しています。彼女にはバイデン大統領と同じくらいジェノサイド(集団虐殺)の罪があります」
共和党の候補者に投票するのは初めてだというルクマンさん。

政策では考え方が異なるものの、ハリス氏の勝利を阻止するためなら、みずからを「歴代の大統領で最も親イスラエルだ」と主張するトランプ氏への投票もいとわないといいます。
ルクマンさん
「私の投票はイデオロギーによるものではありません。私にとって国内政策よりもジェノサイド対策が優先で、民主党の敗北を確実にする候補者に投票します。共和党の誰でもいいんです」

切り崩し図るトランプ陣営

トランプ氏もこうした有権者を取り込もうとしています。

イスラエルを強く支持する立場は変わっていませんが、自身が選挙で勝利すれば、戦闘をすぐに終わらせることができると主張し支持を広げようとしているのです。

「私が大統領だった時は戦争はなかった。私は中東地域を守りたいと思っている。人が亡くなるのを見たくない。何も関係のない人たちが、どちら側でも亡くなっている」
演説するトランプ氏(デトロイト 2024年10月)
さらにトランプ氏の陣営はミシガン州を何度も訪れ、投票に影響を与えるとされる地元のアラブ系の有力者との接触を繰り返しています。

ことし5月に行われた有力者との会合には、トランプ氏の娘ティファニーさんの夫でレバノン出身のマイケル・ボウロスさんも参加しました。

参加者によりますと、トランプ氏に投票することで、アラブ系の人たちの意思を示さなければならないと強調していたといいます。
ミシガン州での会合に参加した トランプ氏の娘の夫 マイケル・ボウロス氏(左)
アラブ系の人たちの間で、けっして人気が高いわけではなかったトランプ氏。

それでも、あるアラブ系の団体が9月に行った世論調査では、ハリス氏に投票すると答えた人が41%、トランプ氏と答えた人が42%と、支持率がきっ抗している結果も出てきているのです。

第3の候補者が脅威に?

情勢を不透明にしている要素はほかにもあります。

第3政党、緑の党から立候補するジル・スタイン氏の存在です。スタイン氏はユダヤ系ですが、ハリス氏やトランプ氏と異なり、イスラエルを強く非難。
第3政党「緑の党」から立候補する ジル・スタイン氏
2大政党制のアメリカで、第3の候補者が大統領になる可能性はありませんが、ガザ地区の停戦を前面に訴え、不満の受け皿となっているのです。

9月にディアボーンで開かれたイベントでは、熱烈な歓迎を受けました。
スタイン氏
「2大政党はどちらも悪だ。1人は虐殺を行っていて、もう1人は早く仕事を片づけろと言っている。悪のことなど無視して、大義のために戦おう」
これまで民主党を支持してきたソジュード・ハマデさんは、今回、スタイン氏への投票を決めました。

ハマデさんは2006年、14歳の時に両親の母国レバノンを初めて訪れました。その際、イスラエル軍がレバノンに地上作戦を展開し、戦争を目の当たりにしたといいます。
スタイン氏への投票を決めたソジュード・ハマデさん
ハマデさん
「ガザ地区で起きていることを見ると、14歳の時の記憶がよみがえります。アメリカ政府は攻撃に加担しています。イスラエルはアメリカの支援なしにこんなことはできないからです。 民主党は多くの有権者を第3政党に奪われていることに気づき、政策を変える必要があります。スタイン氏に投票することは、変化のための投票なんです」
スタイン氏は主にハリス氏から票を奪うとされているうえ、アラブ系の団体による調査の中には、支持率でスタイン氏がハリス氏を上回るものもあることから、ハリス氏にとっては脅威となっています。

揺れる“アラブ票” 判断は?

この1年で4万人以上が犠牲になるガザ地区の状況に揺れるアラブ系の有権者たち。

ガザ地区での戦闘開始以降、これまで4回、ディアボーンで取材し、その心の変化を感じ取ってきました。当初は抗議の声が届き、停戦が実現されると信じる雰囲気もありましたが、今では期待を抱いている人はほとんどいません。

政権に対する怒りとともに、ガザ地区から遠く離れたアメリカで何もできない無力さを感じている人たちが多いように思います。

それだけに今回の選挙では、目の前の生活よりもガザ情勢への対応を最優先に考えて投票し、少しでも変化を生み出そうと、1票に願いを込めようとしていると感じます。

わずかな票差で勝敗が決する激戦州で、アラブ系の人たちの投票行動が結果にどう影響するのか。その選択が注目されます。
揺れる“アラブ票” 判断は?
ワシントン支局
岡野 杏有子
2010年入局 大阪局、国際部、政治部などを経て2023年7月から現所属
国務省担当 大統領選挙では主に共和党の動きを取材

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