2024年9月4日、神戸地方裁判所姫路支部で実施された医療事故の証人尋問がいくつかのメディアで報道され物議を醸しています。これだけ注目されているのは、尋問を受けたのは、兵庫県赤穂市の病院で8件の医療事故(うち3件は死亡事故)に関わったとされ、次に勤務した大阪市の病院で必要な処置をせず患者が死亡したとして遺族に訴えられ、さらにその次に就職した大阪府吹田市の病院での勤務態度がメディアで報道され病院が声明文を出すにいたった、いわば渦中の医師だからです。先日はこの医師によって繰り返された医療事故が、関西テレビのニュース番組でも取り上げられ議論を呼びました。この番組ではこのような医師を避けるための方法として「セカンドオピニオンが有効」とされていました。しかし、臨床医の視点からするとそれでは解決しません。今回は「手術ミスを繰り返す医師」を掘り下げて考え、あなたが犠牲にならないための方策を私見を交えて述べてみたいと思います。
医療ミスを繰り返し、退職するも再就職
まずはくだんのこの医師(ここからはA医師とします)の行動について、報道やニュースサイト「現代ビジネス」の記事などを基に振り返ってみましょう。なお、週刊誌の記事によるとA医師は近年話題になっているウェブ漫画「脳外科医竹田くん」のモデルとされています。
・19年7月 A医師が赤穂市民病院に着任
・19年9月~20年2月、A医師が関わった手術で医療事故が8件あり、3人が死亡。
・20年3月1日、(当時の)院長から「手術禁止」を言い渡され、その後依願退職
・大阪市の医誠会病院(現在は移転し、医誠会国際総合病院)の救急外来で働き始める
・23年1月7日、介護施設に入所していた90歳の男性が新型コロナウイルスに感染し、透析を受けるために同病院の救急外来に搬送され、入院。担当のA医師は透析をせず、男性は入院3日目に病室で心肺停止の状態で見つかり、その後死亡。同院の院長は、男性が心肺停止の状態で見つかるまで「一度も医師の診察はなかった」と認めた
・同病院を退職し、吹田市の吹田徳洲会病院の救急外来で働き始める。
・24年5月7日、「週刊現代」が同院のスタッフからの情報を基に、A医師が同院内で問題行動を起こしているという記事を掲載
・24年5月10日、同病院の病院長が「一部週刊誌に掲載された記事について」というタイトルで、上記記事に抗議する声明文を病院のウェブサイトに掲載
このうち20年1月にA医師が実施した腰椎(ようつい)の手術では、A医師が70代の女性患者の脊髄(せきずい)神経を切断し、女性は重度の後遺症を負いました。患者と家族は、A医師などに損害賠償請求を起こし、今年9月4日、神戸地裁姫路支部でA医師への証人尋問が実施されました。なお、この医療事故をめぐっては、兵庫県警が今年7月、業務上過失傷害の疑いでA医師らを書類送検しています。
医師の言い分
これらの事象からA医師には弁解の余地がなさそうにみえますが、本人の言い分も確認する必要があります。そこで報道から証人尋問の内容を検討してみましょう。
ニュースサイト「現代ビジネス」の記事によると、裁判でA医師は「病院のルールでは主治医(=自分)が執刀することになるが、『(技量に不安があるため)辞退したい』と申し入れたものの、上司から『何とかやれ』と言われ、執刀することになった」と答えています。自分に責任はなく悪いのは上司だ、というのが言い分です。
一方、関西テレビの報道によれば、裁判でA医師は「(亡くなった女性に対し)大変申し訳なかったと思っています」と答えたといいます。しかし、「技量不足ではなかったのか」という問いに対しては、「前の病院で助手も経験しているし、まったく技量不足ではない。上司の医師にせかされた。そのため、よく削れるドリルに変えたことが最大の原因」と返答しています。
技量不足を感じていたのか否か、二つの記事で取り上げられたA医師の発言は矛盾しているようにも見えますが、いずれにせよ「悪いのは上司だ」と言いたいようです。
手術中のビデオを見た上で、関西テレビの取材に答えた外科医は「(A医師は)人で手術をしていい医師なのかと言われると、疑問」とコメントしています。また、赤穂市民病院が依頼した外部の医師の検証でもA医師は「技術不足」を指摘されていることが分かっています。
なぜ技量が乏しい医師が手術をするのか
裁判の行方はまだ分かりませんが、すでにこの時点でA医師の手術を受けたいと思う人はいないでしょう。では、第二のA医師に出会わないようにするにはどうすればいいのでしょうか。その前に、なぜ手術の技量が乏しいのにもかかわらず手術をする医師がいるのかを考えてみましょう。
一連の報道を見聞きして「どうして未熟なのに手術をしようとするのだろう。私なら経験を積んで自信が生まれるまではやらないと思う」と感じる人が多いのではないでしょうか。それはその通りで、外科医のみならずほとんどの医師は、縫合、腰椎穿刺(せんし)、中心静脈カテーテル留置などの侵襲性のある手技を実施するには「壁」があることを自覚しています。上級医が実施する場面を何度も見学し、模型を用いた練習を繰り返し、自身がさせてもらえることになった場合もしばらくの間は何かあればすぐに上級医に代わってもらえるような環境があって、初めてこうした手技を行います。ほとんどの医師は自分の技術の限界と未熟さを意識しながら手技や手術をおこない、無謀なことには手を出しません。
ところが、たまにA医師のような医師がいるのです。A医師が言うように上司の医師が「何とかやれ、とせかした」のは事実かもしれません。そうであったとしても、外部の医師の検証で「技術不足」が指摘されているにもかかわらず、法廷で「前の病院で助手も経験しているし、まったく技量不足ではない」とも答えています。「謙虚さに欠ける」というレベルを超えて「患者を傷つけることを何とも思っていない」と考えざるを得ません。
第二のA医師は登場し得る
では今後「第二のA医師」は登場するのでしょうか。私見を言えば「あり得る」と思います。理由は三つあ…
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谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。