ハマス議事録:10.7の計画
今年1月、イスラエル軍がガザ・ハンユニスの地下で押収したハマス最高幹部のPCから、「ハマス会議の議事録」の数々が発見され、その中に、10月7日の攻撃の計画の詳細が論じられていたことが明るみになった。
以下は、米ニューヨークタイムスが閲覧したハマス文書の内容である。
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2021年7月から2023年8月までの会議の議事録には、【10.7】の綿密な準備と、イランとヒズボラにもイスラエル攻撃に参加するよう説得する経緯が詳細に記載されていた。
ハマスは当初、この「大プロジェクト」攻撃を2022年秋に開始する計画を立てていたが、イランとヒズボラの説得に時間を要したために実行を延期した。ハマス指導者らは、2023年のイスラエルの「内部情勢(左翼による反ネタニヤフデモ)」が、イスラエルが分断しているいいチャンスで機が満ちていると判断していた。
議定書はイラン高官がハマスの計画に精通していたことを示している。
これまで、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、10月7日の攻撃へのイランの関与を否定し、「すべての計画、意思決定、指導はイランのハマスの軍事部門によって独占的に行われた」と言い続けてきた。今なお、「捏造文書」だとこれを否定している。
●2022年1月の軍事評議会の議事録によると、ハマスの指導者らは「大きなプロジェクト」に集中するために、小さな紛争に巻き込まれることを避ける必要性について話し合っていたようだ。
会談文書によると、会議は全てシンワル主導で開催され、一部ではベイルートでのイランおよびヒズボラとの秘密会談の特使も務めた代理ハリル・アルヒヤ氏が参加した。また、イスラエルに殺害されたムハマド・ダフとマルワン・イーサも参加していたことが明らかとなった。
●2022年4月、ハマスの指導者らは、イスラム暦の中で最も緊迫した時期であるラマダン月が大きな衝突もなく過ぎたこと、ハマスが「意図を隠し、(我々の)大きな構想を隠すのに役立った」と非常に喜んだ。大きなプロジェクト)」。
●2022年6月の評議会の記録によると、攻撃準備は完了から約1カ月後に判明した。この計画には、ガザ地区の国境沿いとイスラエル国内の46か所を攻撃することが含まれており、その後、イスラエル南部の大規模な空軍基地や諜報基地、都市や町などの追加目標も含まれていた。
ハマスの指導者らは作戦計画が順調だと述べ、ハマスがイスラエルとの大規模な衝突をうまく回避したことで、作戦実行までイスラエルを欺き続けられると確信した。
会議で、シンワルは「大規模攻撃にはおそらく【犠牲】が必要」と語った。
つまり攻撃の結果、パレスチナ民間人がひどい被害を受けることは予想済みであったわけである。ハマスの幹部らは、大プロジェクトの大小として、ガザ地区に大規模な破壊が生じたことを認めているが、これはパレスチナ人が勝つために支払わなければならない「代償」であると述べている。
●2022年9月の会合で、ハマス指導部はユダヤ人の9月の休暇期間中に攻撃を開始するとし、シンワルは攻撃計画を再度見直し、承認した。
文書には攻撃が最終的に延期された理由は明記されていないが、イランとヒズボラに攻撃を支持するよう説得する試みについても同時に言及されている。
●2023年5月の会合でシンワルとその部下は、アル・アクサでの緊張や、イスラエルとイスラム聖戦の対立激化にもかかわらず、イスラエルとの衝突なくラマダンが過ぎたことに改めて喜びを表明した。
ハマスの指導者らは、9月25日のヨム・キプールに攻撃するか、または10月7日のスコット最終日にするかを議論した。
彼らは、それ以前の期間におけるイスラエルとの紛争、つまり攻撃の準備を妨げるような紛争を回避する必要性を繰り返し強調した。 「我々は、我々の偉大なプロジェクトを破壊するような挑発に陥らないように、イスラム聖戦やその他の組織の行動を制御する必要がある」と議定書には記載されている。
●2023年7月、ガザのハマスは高官をレバノンに派遣。イラン革命防衛隊パレスチナ支部の司令官ムハマド・サイード・イザディと会談し、計画された侵攻攻撃の開始時に重要な拠点を攻撃する際の支援を要請した。
文書によると、ハマスはナスララとの会談で攻撃についてさらに詳しく話し合う予定だったが、そのような話し合いが実際に行われたかどうかは明らかではない。
ハマスは、10月7日のサプライズを最大化することを目的として、2021年から始まるイスラエルとの大規模紛争を回避してきた。ハマスの幹部らは、「ハマスがガザの平静を望んでいることを敵に知らせて、計画遂行まで騙し続けなければならない」と述べた。
ガザのハマスの指導者らは、カタールに滞在し、暗殺されるまでハマスの指導者で政治局長を務めていたイスマイル・ハニヤ氏に「大プロジェクト」の実施準備の詳細を伝えたと発表した。
なお、ハニヤは「何も知らなかった」と死ぬまで主張していた。
シンワルの側近は7月にイランの同国側と計画の詳細について話し合い、ナスララにこの計画を持ち出し、その目的はとりわけ危害を与えることであると主張するつもりだった。
最終的にナスララと会談し、計画の詳細を提示したかどうかについての詳細は含まれていない。
●2023年8月の議定書によると、シンワルの側近はその1カ月前に、レバノンに駐留し「コッズ部隊パレスチナ支部長」を務めるイラン革命防衛隊幹部のモハマド・サイード・イザディと会談していた。
8月の会議の概要は、、ハニヤがイラン幹部に対し、攻撃の「最初の1時間」にハマスが敏感な場所を攻撃するのに支援が必要だと語ったことが報じられた。文書によると、イザディは、ヒズボラとイランはこの計画をおおむね歓迎しているが、「環境を整える」にはもっと時間が必要だと述べた。
ハマスは、イランとヒズボラの承認なしに攻撃を開始しなければならない、と結論付けた。
●ハマスは、イランとヒズボラに攻撃に参加するよう促すことはできなかったが、テロは完全に成功した。
●2023年10月7日まで、イスラエル諜報機関はハマスのテロリストの不審な配備を特定したが、それは訓練または防衛のための配備であると信じていた。
同日早朝、テロと虐殺が始まった。
●ヒズボラは、翌日10月8日にハマスの援軍として、イスラエル北部への攻撃を開始した。
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もしも実現していたら、私が住む北部も、南部と同じような虐殺と拉致の大攻撃を受けていたことだろう。