裁判員裁判では裁判官3人と裁判員6人が参加する(東京地裁での模擬裁判)
市民が裁判に参加する裁判員制度が始まって10年を迎えたそうだけど、この制度で何が変わったのかしら。判決に関わるのは大変だし、プレッシャーも感じそう。どんな効果があったのかしら。
裁判員制度が始まった理由や10年間で起きた変化について、海老沢亜希子さん(33)と鈴木恭子さん(53)が坂口祐一編集委員に聞いた。
――裁判員制度はどんな制度ですか?
裁判員制度は2009年5月に始まりました。殺人など重大な刑事事件が対象です。裁判官3人と裁判員6人で有罪か無罪か、有罪の場合はどのような刑かも決めます。
裁判員は20歳以上の有権者から無作為に選ばれます。19年3月までに補充裁判員も含め約9万人の市民が参加しました。以前は私たちが直接司法に関わる機会はほとんどありませんでした。裁判に市民が参加する制度を持たない日本は少数派だったのです。
――市民が裁判に関わることの意義は何ですか?
1990年代に司法改革の動きが盛り上がり、裁判官だけの裁判に批判が高まりました。再審無罪が相次いだことも背景にあります。
それまで刑事裁判は月に数回といったペースで、判決までに時間がかかっていました。また供述調書など膨大な資料をもとに、司法のプロ同士が専門用語でやりとりするような場でした。これでは市民から遠い存在になってしまいます。裁判員制度は専門家だけで完結する司法の「ムラ社会」に風穴を開けました。
――10年間で裁判は変わったと聞きます。
まず判決までの期間が短くなりました。市民を長期間拘束することはできないので、裁判の前に争点を絞る仕組みを導入しました。裁判員裁判の平均日数は2018年では6.4日です。また、市民は法律の素人ですから「わかりやすさ」が重要です。ディスプレーを使い、語りかけるように説明する、などの工夫がされるようになりました。
判決の重さでは、殺人事件などで厳罰化の傾向がみられます。その一方で執行猶予が付く判決も増えています。「介護疲れの果ての事件」などで、被告の事情を市民がくみ取った結果と思われます。ただ裁判員が参加するのは一審だけで、二審で判決が変更されることもあります。裁判員裁判ではこれまでに37人に死刑判決が出ていますが、うち5人は二審で無期懲役となりました。過去の判決の積み重ねと、市民感覚のバランスをいかに取るかということも難しい点です。
――課題もあると聞きます。改善点は何ですか?
一番の課題は辞退率の高さでしょう。病気や介護などを理由にした辞退者の割合は当初の50%台から70%近くにまで増えています。最高裁は国民の年齢構成や職業構成から考えて問題はない、としていますが、参加しない人が多いというのは制度の理念に関わる大きな問題です。
裁判員の休暇制度を整えている会社も増えましたが、中小企業などでは難しい面もあります。雇用主に制度への理解を求める広報活動に力を入れるなどして、裁判員に選ばれた人が参加しやすい環境をつくることが大切です。
裁判員の負担も考える必要があります。一つは長期化です。これまでで最も長かった裁判では207日もかかりました。先ほど18年の平均日数は6.4日といいましたが、制度が始まった当初は3.4日でした。期間が長くなると仕事を持つ人は参加しにくくなってしまいます。その一方で事実解明という面から考えると、短くすればいいというわけではなく、大きな課題といえます。
裁判員を経験した人の約97%は「やってよかった」と感じています。選ばれる前の気持ちから大きく変化しています。経験者の声を広く伝える場をもっと増やすなど、工夫をすれば辞退者の減少にもつながるでしょう。10年経過しましたが、まだ始まったばかりの制度です。よりよい制度に向けて、改善すべき点はためらうことなく変えていけばいいと思います。
■ちょっとウンチク
歴史や文化が土台に
市民だけで有罪か無罪かを決める陪審制度の国である米国の検事に、「市民が裁く意味」を尋ねてみたことがある。苦笑いを浮かべながらの返答は、「理性的と感情的。異なる人種。お金持ちと労働者。様々な人がいるので、陪審裁判はラスベガスに行ってポーカーをするようなものだ」――であった。
それでも制度への信頼は揺るがないのだという。「米国民は選ばれた市民に裁かれる権利がある」「どのようなタイプの市民でも納得させられるのが正しい捜査」。司法は単に制度としてあるのではなく、その国の歴史や文化、思想の上に成り立つものだと感じ入った。
(編集委員 坂口祐一)
[日本経済新聞夕刊 2019年7月1日付]
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