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193.非道王女は報告を受ける。


「いよォ、主。随分と遅かったじゃねぇか。」


客間に入ると、ヴァルが床に暇そうに転がっていた。城の衛兵の話では、私達が城に戻るより少し前にここに来ていたらしい。一応客間までは衛兵と侍女達が案内してくれていたから良かったけれど…。


「こんにちは主。」

「今日もお仕事お疲れ様です!」

セフェクとケメトが備え付けの椅子からわざわざ立ち上がって挨拶してくれる。二人に挨拶を返し、次に床に転がるヴァルを取り敢えず窘める。


「主が遅いから待ち侘びてね。」

ニマリと笑いながら、明らかに待たせたお前が悪いと言わんばかりに返され、悔しくて口をへの字に曲げてみせる。


「そんなに長くは待たせていないでしょう⁈」

「主に会えねぇ時間は千年より永く感じる。なんて言やァ、女は満足か?」


ああ言えばこう言う‼こう言えばああ言う!

ケラケラと笑いながら私をからかうヴァルに思わず鼻の穴を膨らませる。その様子に更にヴァルの楽しそうな悪い笑みが引き上がった。

最近はレオンの影響か時折こういう詩的な言葉まで交えておちょくってくる。せめてレオンにはヴァルの性格が影響しなければ良いのだけれど。


「とにかく!今日の分の書状です、宜しくお願いしますね。」

専属侍女のマリーとロッテが私の部屋から取って来てくれた書状を三枚ヴァルに渡す。ヴァルは書状を指先で挟むようにして受け取ると懐に仕舞い、のんびりとした動きで床に座りなおした。


「そういやぁ主、例の料理はマトモにできたのか?」


んぐ!

ついでのように言われたヴァルの言葉にセドリック第二王子のことを思い出し、思わず喉を詰まらせたままプルプルと拳を震わせてしまう。

この場にアーサーが居なくて良かった。八番隊任務の為に城前で別れていなかったら、再びあの腹立たしい出来事を話さないといけなくなっていたのだから。

私の様子に違和感を抱いたのか、ヴァルが片眉を上げて「なんだ?」と返してきた。


「お、お姉様のお料理はちゃんと上手くいきました!ただっ…、…食べられてしまって。」

「ハァ?」


言葉を押し殺す私に代わり説明してくれるティアラにヴァルが間の抜けた声で聞き返す。そのまま「誰に」と意味がわからないといった様子で問う彼に、今度はティアラが言うべきか言葉を詰まらせた。エリック副隊長とアラン隊長も気を遣うように私に目配せしてくれている。


「……セドリック第二王子に。」

耐え切れず、私自ら目を逸らしながら言葉を返してしまう。すると今度はヴァルの一際大きな「ハァ⁈」とケメトの「えぇ⁈」とセフェクの「王子様が⁇」の三人の声が重なった。


「ごめんなさい…折角わざわざ届けて貰ったのに。」

なんとか絞り出すように言って謝ると、凄い勢いでセフェクとケメトが、そんなことないです!元気出してください!と慰めてくれる。ヴァルが訝しむように眉間に皺を寄せて「食材なんざはどうでも良いが」と言いながら私とティアラを見比べた。


「んで?また主がその王子を餌付けて仲良しこよしってことか?」

「違います。」


一体私を何だと思っているのか。

ヴァルの言葉に若干食い気味に私が返す。返答が意外だったのかヴァルの目が少し丸くなった。


「むしろ先程も口論に火がついたばかりです。」

一応全て他言はしないように、とヴァル達に念を押しながら言う私にケメトとセフェクが頷いた。そのまま溜息を吐く私にヴァルが少し面白そうにまた口を開く。

「へぇ〜、じゃあ今回こそは主の片思いってことか。珍しい事もあるもん」


「大ッッ嫌いです‼︎」


片思いって言葉自体も色々突っ込みたかったけれど、兎にも角にも今は色々な事で導火線に火がついてしまった。

ヴァルの言葉を上から叩き落とすように声を荒げると、次の瞬間には部屋中が一気に静まり返っていた。

セフェクとケメトも口をあんぐり開けていたし、私をからかっていたヴァル本人ですら口をポカンと開けたまま目を皿のようにして何度も瞬きをしていた。

頬を膨らませて怒りを露わにする私をティアラと専属侍女のロッテとマリーが頭や背中をさすって宥めてくれる。

一度深く深呼吸して落ち着こうとする私に、ヴァルが呆気に取られたような表情のまま「それは俺か?その王子サマか?」と尋ねてきた。


「……セドリック第二王子のことです。」

大声を上げてすみませんでした、と謝りながら再び溜息をついてしまう。だめだ、早くまた頭を纏めないと。なんだかこんなに腹が立ってしまうと、歳をとってどんどんラスボス女王プライドのように心が狭くなっているんじゃないかと自分でも心配になる。


「……主相手にそこまで言わせるとはなぁ…。」

すげぇなその馬鹿王子、とヴァルが半ば感心したかのように腕を組んで私の顔をまじまじと眺めてきた。

セフェクとケメトも同調するように、二人でヴァルの腕にピッタリ掴まりながら何度も頷いていた。…どうしよう、二人に怖がられてしまっただろうか。

そのままヴァルが、何をすればそこまで怒らせられるんだとティアラに聞いてきたけど、そこは「まぁ色々と…」と苦笑気味にティアラが言葉を濁らせてくれた。本当にありがたい。


セドリック第二王子…。

まさか、本当にゲームのティアラに放った言葉の通り三日で私を惚れさせるつもりだったなんて。

彼はゲームの中でも、三日間でティアラを恋に落とすつもりだった。一年後の性格がある程度改善した後でも彼の自分の容姿への自信は絶対だったからだ。


そして今回、彼はそれを私に使おうとしてきた。

私が彼に惚れれば、本来の目的を伝えても第一王女の後押しで同盟はすんなり通るだろうと。だから初日ではまだ本来の目的を言わなかった。きっと同盟締結前に私を虜にでもして、それから言うつもりだったのだろう。


本当に大馬鹿にも程がある。


女王になっていれば別かもだけど、第一王女の私の一存で同盟が決まったりするほど母上達は甘くない。しかも、逆に不敬に無礼に盗み食に暴行…‼︎逆に怒らせてどうする⁉︎


『俺が、兄貴が、どれほど必死だと‼︎この同盟にどれ程のものが掛かっていると‼︎兄さんがどれだけ追い詰められていると思っている⁈』


「……。」

…彼が、必死なのはわかる。その理由も、事情も全て。

でも、矜持に囚われている時点で必死も何も無いだろう。


…何故、こうなったのか。


ゲームの彼はもっと必死で切実に、切迫した姿で同盟を訴えかけていたのに。

それとも、セドリックのあの姿は交渉相手が極悪非道で恐怖の女王プライドだったからこそのものだったのだろうか。

状況が同じでも相手が違うだけでこうも態度が違うと少し幻滅してしまう。ゲームでは普通に好きなキャラではあったのに。


「…そういやぁ、来た時に騎士がウジャウジャ居たが、ありゃあ何の騒ぎだ。」


私が何も言わないからか、ヴァルが舌打ち混じりに別の話題を振ってきた。はっ、となって顔を上げるとめんどくさそうに私の方を睨んでいる。


「確か…王族とセドリック第二王子の護衛と警護、でしたね。」

アーサーの言葉を思い出しながらエリック副隊長に確認するように視線を向ける。すると「はい、そのようにアーサーは言っていました」と頷いてくれた。


「守る価値あんのか?その馬鹿王子。」


ヴァルの失礼極まりない発言に全員が否定をできずに押し黙る。

私が代表として「これから同盟を結ぶ相手ですから」と返すと、納得いかないと言わんばかりに首をゴキゴキと捻られた。


きっと、セドリック第二王子は騎士達が大量に配備されたことで慌てたのだろう。自分の本来の目的がバレたと。

でも、バレたとしてタイミングが最悪だ。私を惚れさせるどころか怒らせて、更には「大嫌い」と子供じみた暴言まで吐かれたのだから。だから彼は私を見つけた途端、殊勝に謝り始めたのだ。マイナスの状況をゼロに戻す為に。

この後の同盟についての会談で母上に本来の目的を指摘されても、せめて怒った私が同盟を反対したり邪魔をしないように。


…本ッ当に失礼極まりない。


はぁぁあぁぁあと長い溜息を吐きながら頭を押さえる私に、ティアラが椅子を勧めてくれた。お言葉に甘えて侍女が私の傍まで運んで来てくれた椅子に腰掛ける。

もう昨日から何度も何度も私の内なるプライドが「ガツンと痛い目に合わせてやりたい」「もう放っておいてしまいたい」と愚痴を零している。

でも、そんな訳にはいかない。だって、自国にずっと引きこもっていた彼がわざわざ我が国に訪れたのは…


コンコンッ


突然のノックの音に全員が扉へ目を向けた。すると「姉君、失礼致します」とステイルの声が聞こえ、扉が開くと書類の束を片手にステイルが落ち着いた様子で入ってきた。


「ステイル。どうしたの?ヴェスト叔父様との仕事は?」

今回、ステイルは呼んでいない。ヴァルには書状を渡すだけだし、ステイルにチェックしてもらう必要のあるジルベール宰相への書類も昨日受け取ったばかりだからだ。


「いえ、一応これもヴェスト摂政から仰せつかった仕事です。第一王女と第二王女である姉君とティアラにも関わる内容なので、俺から説明、報告をして欲しいと。」

まぁ部外者も居ますが良いでしょう、とヴァルを軽く見ながらステイルは改めて書類を手に中身を確認した。そのままはっきりとした口調で内容を要約して私達に告げてくれる。


「今、我が城に滞在しているハナズオ連合王国のサーシス王国第二王子、セドリック王子との同盟交渉ですが…。」

ステイルの言葉に少しほっとする。どうやら単なる今日の同盟交渉の話らしい。そうか、恐らく私達もまた同席を







「一時凍結することになりました。」







え。


「〝サーシス王国との同盟交渉〟自体に我が国は改めて審議の必要があると、母上からの判断が下りました。」


ええ?


「なので、セドリック第二王子にはその間に更なる滞在か、または一時帰国かの決断を。今、ジルベールが聞きに行っています。」


ステイルの淡々とした言葉にもの凄く戸惑う。待って、一時凍結ってそれじゃあセドリック第二王子の本来の目的がっ…!


「一体どうしてそんなことに?」

私よりも先にティアラが不思議そうにステイルへ首を傾げながら聞いてくれる。アラン隊長達も驚いたように目を丸くしている。まさか私にさっきやったことがもう母上にバレたんじゃないかと心配になってくる。


「状況が変わった。今、全てを把握しきれないまま同盟を結ぶことは危険だと判断された。例え同盟を結ぶとしても、それは確かな確証を得てからだ。」

ステイルの言葉に凄い嫌な予感がする。私が嘘をついていたわけでもないのに、嫌な冷や汗までかいてくる。そして次に発せられたステイルの言葉に私は一気に気が遠くなった。



「ハナズオ連合王国が同盟を元に、我が国を戦に巻き込もうとしている可能性が出てきた。」



だめだ、完全にバレた。

流石はヴェスト叔父様だ。ああもうだから早く最初の同盟交渉の時に自分から言っておけば良かったのに。でも、その可能性がでてきて母上に同盟交渉を凍結されたということは、母上の意思はどちらにせよ今回は無干渉ということなのだろうか。でも、それは流石に…。

頭の中でこれからどうすべきかと思考をぐるぐると回しながら、うっかり頭を抱えてしまわないよう必死に堪える。取り敢えず今は知らなかった振りをしないと。

ステイルの口が再び開かれ、私は意識的に息を止めた。

いま、ヴェスト叔父様と母上が何処まで現状を把握しているのか。それがわからない限りは私自身もどうしようもない。

いま我が国が掴んでいる情報が少なければ少ないほど、セドリック第二王子が真実を告白して今から巻き返し、母上に改めて交渉する見込みも希望も未だある。

緊張から自分の手を無意識にもう片方の手で強く握り締め、そして





心臓が、酷く脈打った。






「ハナズオ連合王国が我が国フリージア王国を侵略、もしくはフリージア王国に他国侵略の協力をさせる為に同盟締結を目論んだ。…それが今のハナズオ連合王国とセドリック第二王子への嫌疑だ。」



ステイルの、その言葉に。


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