そして追い立てる。
「昨晩貴方は何も見ていない。…それもゆめゆめお忘れ無く。」
私だって思い切り彼を蹴り上げたしお互い様だ。
ここは無かったことにする、だから私が料理していたことも口外しないでよ、と。
セドリック第二王子に伝わるように睨みを利かせながら強めに発すれば、彼は何か飲み込むように喉を鳴らし、重々しく頷いた。
エリック副隊長とアラン隊長、そしてアーサーがゆっくりと警戒を解き、剣を鞘に収めた。でも、その眼差しはしっかりとセドリック第二王子を突き刺したまま離れない。
エリック副隊長が声を上げると、近くにいた衛兵と騎士が数人駆けつけ、セドリック第二王子を彼らに任せてくれた。まるで護衛というよりも連行されていく犯人のような表情でセドリック第二王子が連れられていった。そうして彼の背中が視界から完全に消えた直後
「「ッ申し訳ありません‼︎」」
さっきまで凛と佇んでいた筈のエリック副隊長とアラン隊長が一気に私の前へ跪いた。頭を深々と下ろすその姿に、思わず私が呆気に取られてしまう。
「近衛の任務中にこんなっ…!」
「プライド様を危険に晒すなど、騎士としても有るまじき失態だというのに…‼︎」
アラン隊長に続いてエリック副隊長が声を上げる。俯いた顔から表情は見えないけれど、声からだけでも彼らが本気で悔やんでいるのがひしひしと伝わってくる。
話を聞けば騎士団が突然王居内に集まってきたことで、一瞬気が逸れて私がその場を離れたことに気づかなかったようだ。
確かにあの時は人がたくさん右往左往していたし、私一人の気配が動いたところで違和感も感じなかっただろう。大体、もともと周囲が気にならないように気遣って、私達から離れてくれていた二人だ。こちらの姿も見えていなかった筈だし、姿が見えなかったまま大量の屈強な騎士達の気配がひしめき合えば私が少し動いたところで気付くのは難しい。庭園の中にセドリック第二王子が居たのに気づかなかったのも同じ理由だろう。…もともと厳重な警備を施されている王居内で王族を襲う人間がいたこと自体が論外だ。
「いえ!元はと言えば私が勝手にその場を離れたのが悪いので‼︎私こそ本当にごめんなさいっ!」
顔を上げて下さい‼︎と声を上げながら、必死に二人にこちらからも謝る。なんだか今日は謝られたり謝ってばかりだ。なんとか二人が顔を上げてくれて、ひと息ついてから気がつくとその更に背後でジャックまで頭を下げていたからまた忙しかった。
「アーサー、よくやった。」
「流石副隊長。…けどよ、何でお前までここに居るんだ?」
私がジャックとも話終えた頃、今度はアーサーがエリック副隊長とアラン隊長に労われていた。
先輩騎士が頭を下げるところを見ちゃったり、更には褒められたりでアーサーも少し戸惑い気味だった。エリック副隊長に背中を叩かれ、アラン隊長に頭をわしゃりと掴まれ、今は少し照れ臭そうにしている。
「先程、四番隊と八番隊に指令が入って…王居内の王族とセドリック第二王子の護衛と警備に。俺達八番隊は各自判断なので、取り敢えず到着してすぐ散らばったんすけど…そしたら、プライド様の悲鳴が聞こえて。」
「アーサー!」
そうだ、まだアーサーにはお礼を言ってなかった。ジャックからアーサーへと駆け寄れば、私の声にアーサーが目を丸くして振り向いてくれた。
「さっきはありがとう、本当に助かったわ。」
アーサーの手を取り、感謝を込めて握り締めると、アーサーの顔が一気に紅潮して私から慄くように背を逸らせた。「い、いえ…当然のことなんで」と何やら口ごもりながら言ってくれたけど、笑みで返したら照れたように押し黙ってしまった。憧れの隊長達の前で褒められるのはやはり未だアーサーは照れるらしい。
「…あの、プライド様。一つよろしいでしょうか?」
エリック副隊長が静かに私に声を掛けてくれる。アーサーの手を握るのを緩め、離しながらそれに答えるとエリック副隊長が声を潜めて続けた。
「…その、実際はセドリック第二王子と何が…?」
エリック副隊長の言葉にアーサーとアラン隊長も真剣な表情で頷いた。やはり三人共、察しはついた上で私の「口論」発言を黙認してくれたらしい。昨日のこともあるし、言わない訳にはいかない。
私は、目を覚ました後にセドリック第二王子を見つけて私から声を掛けたこと。セドリック第二王子と実際口論になったこと。…そして激怒したセドリック第二王子に押さえつけられてしまったことも話した。
最後の部分で一気に三人の眼の色が変わり、口を一文字に引き結んだまま若干瞳孔まで開き始めていた。流石に危険な香りがしたので慌てて「でも、アーサーがナイフで助けてくれて!私も蹴ってそのまま皆が間に入ってくれたお陰で何事もなかったから‼︎」と大きめに声を上げてフォローした。まずい、どんどん自業自得とはいえセドリック第二王子の評価が地の底に‼︎
すると、私の言葉を聞いて少し息をついてくれたエリック副隊長やアラン隊長と違い、アーサーが少し考えるように眉間に皺を寄せて首を捻った。
「俺、ナイフは使ってませんが…。」
え。
アーサーの何気ない爆弾発言に私だけでなくエリック副隊長とアラン隊長まで凄い勢いでアーサーの方を振り返った。でも、私が拘束された木を指差せば確かにそこには小ぶりのナイフが四本突き刺さったままだった。
「俺がプライド様の悲鳴で駆けつけた時にはもうセドリック第二王子がプライド様に突き飛ばされた後でした。そっから飛び上がって二人の間に…。」
確かに思い出せば、アーサーが現れた時の方向とは正反対からナイフは飛んできた。なら、方向的にはアーサーよりアラン隊長達の方が可能性がある。でも二人の反応から見るとそれも違うらしい。
「まさか侵入者がすでに…?」
自分で言っておきながら、その言葉に思わずぞっとする。もし、本当に既に我が国に外から何者かが侵入していたとしたら。
「いえ、そうとも限らないと思います。アーサー同様、いま王居内には八番隊が散らばっていますから。その内の誰かがプライド様の窮地に助力した可能性もあると思います。」
エリック副隊長の落ち着いた言葉にほっとする。確かに、ナイフは全て私達に当たらなかったというよりも敢えてギリギリで外されたようだった。侵入者なら確実にそこで傷の一つは負わされていただろう。
「八番隊にナイフ使う奴ってどんくらい居たっけか?アーサー。」
「半数近くは居たと思います。入隊してからハリソン隊長を見習って始める人も多いんで。」
「ナイフにも他の武器のようにフリージア王国騎士団の紋章が入っていれば、少なくともこのナイフの持ち主が外部か内部か判断がついたのですが…騎士団の演習項目にナイフ投げはありませんからね。」
話によると、ナイフなどの騎士団演習項目外の武器に関しても実践で使う分は所持や使用も許されているらしい。ただし、国からその武器自体が支給される訳ではないので、各自で所有している物をそのまま使用するらしい。
「ナイフなんてどいつも使い捨てて適当に買ってるだろうしなぁ。同じナイフを持っていても本当にそいつかどうか…。」
アラン隊長も困ったように頭を掻いている。確かにこのナイフ自体、本当に何の変哲もないシンプルなデザインだ。市場に行って探せばどこにでも売っているだろう。
「でも、私を助けてくれたのだとしたら何故この場に出て来ないのかしら…?何も言わずに居なくなるなんて…。」
サーシス王国の第二王子に刃を向けたことに、気後れしたとかだろうか?いや、近衛騎士でなくてもあの状態の第一王女である私を助ける為に威嚇でナイフを放つのは当然の処置だ。その上私もセドリック第二王子も無事だし、誰に咎められる訳もない。なら、名乗り出ない理由など無いはずだ。が…
「あー……。」
「……。…八番隊…ですから、ね。」
「すんません、覚えのある人しかいないっす…。」
アラン隊長、エリック副隊長が苦笑いしたまま言葉を濁し、アーサーが額に手を当てて俯いた。まさかの八番隊全員容疑者だ。
「八番隊は、基本的に個人主義の者や他者と関わるのを避ける傾向のある者も多いので。任務さえこなせば後は其れ迄、という者も…。」
「ハリソンが隊長になってから特にそういうヤツ増えたよな?アーサーがちょっと八番隊では特殊なだけで。」
なんだろう、その隠しキャラ的ポジション。前世のアニメやマンガにでてきた謎の男的なキャラを何人も思い出す。八番隊は殆どがレンジャーで言うブラック的ポジションの集まりなのだろうか。
「一応、ハリソン隊長にも報告して八番隊全員に確認してみますが、……名乗り出てくれるかは…。」
本当に極力関わるの避けたがる方々ばっかなんで…と申し訳なさそうに言うアーサーに今度は私が苦笑いしてしまう。それってもしかしてオブラートに包んではいるけど、若干人嫌いとかコミュ症とかそっちの類の方もいるのでは…。
「お姉様っ!」
突然の声に振り向くと丁度ティアラが茂みから飛び出してきてくれた瞬間だった。そのまま真っ直ぐに私の胸に飛び込み、抱き締めてくれる。
「ごめんなさいっ…私が眠ってしまったばかりにっ…!」
そう言って本気で心配そうに顔を歪めてくれるティアラに凄く申し訳なくなる。そうだ、私がこっそり眠っているティアラを置いて横の茂みに移動してしまったから、彼女からすれば目が覚めたら私が消えてしまっていたことになる。きっと心配してくれたのだろう。
「私こそ心配かけてごめんなさい。貴方を置いて動いた私がいけなかったわ。」
首を左右に振ってぎゅっ、と私を強く抱き締めてくれるティアラを私からも抱き締め返す。
エリック副隊長の話だと私の叫び声に気づいて彼らが飛び出してきてくれた時には、既にティアラは目を覚ましていたらしい。そのまま侍女と衛兵達にティアラを任せて近衛騎士と近衛兵の三人だけが私の元へ駆けつけてくれたそうだ。私が消えていて、更には悲鳴で近衛達が飛び出してきて、衛兵や侍女達に守られていた後にはまさかのセドリック第二王子が茂みの向こうから衛兵達に連れられて現れたのだ。心優しいティアラに心配するなという方が無茶な相談だ。
ティアラの頭を撫でながら、そろそろ城に帰りましょうかと声を掛ける。騎士団が警護に来たという事は私達も城内に居た方が良いだろう。
今頃、城の衛兵が私達を呼びにこちらへ向かっている筈だ。それに、今日はヴァル達が書状を取りに来てくれる約束だしもう戻らないと。
アーサーも城の中まではご一緒します、と言ってくれ、皆で王居へと向かうことにする。私にしがみついてくれるティアラと今度は手を繋ぎ、歩み始める。…その時。
「…あ。」
ふと、思い出したことで声が漏れた。
アーサー達が「どうかしましたか⁈」と凄い勢いで三人同時に声を上げて反応してくれる。さっきのことのせいだろうか、心配してくれたことが嬉しくて思わず苦笑しながら背後の近衛騎士三人と近衛兵のジャックへと振り返る。
「さっきは駆けつけてくれてありがとう。アーサーもアラン隊長もエリック副隊長もジャックも、皆とっても格好良かったわ。」
そのままちゃんと笑いかけ、ティアラとも顔を見合わせて笑い合った。皆がいてくれて良かったと、心から思えたから。
……
プライドが今度こそ前を向き、手を繋いだティアラと共に再び歩み出す。
その様子に近衛兵のジャックは静かに笑みをこぼし、小さく振り返った。先程までは自分と同じくプライドのすぐ背後についていた近衛騎士の三人が今は背後だ。少し歩みが遅れ、自分の一歩背後をよろよろと歩いていた。
三人揃って、顔を淡い赤に染め上げて。
目の行き場に惑うように視線を小さく顔を俯かせ、緩みそうな口元を必死に引き締め、それぞれが手で覆い、噛み締めていた。
…セドリック第二王子も、大変な御方を敵に回したものだ。
寡黙な近衛兵は、心の中だけで静かに思案する。常に城内で幼い頃からプライドの傍にいた彼だからこそ、客観的に今の状況を整理する。
…彼ら近衛騎士、自分を含めての衛兵、侍女、ティアラ様。その多くの不興を一度に買い占めたようなものなのだから。
そして、先程のことが公になれば他の衛兵や侍女、上層部の人間、何より義弟のステイル様、女王と王配、プライド様が雇う配達人達、更にはプライド様をお慕いしているであろう騎士団やジルベール宰相…更に多くの者を敵に回すことになる。
それこそ、過剰に煽られ拗らせれば国同士の諍いにも発展しかねない程に。