表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
232/1877

192.非道王女は気が付き、



……



「…い。あれ、騎士…じゃ…」

「……ですね。…らくは、……と、…隊でしょうか。」


…ぽつん、ぽつんと声が聞こえる。

この声は、…アラン隊長と…エリック副隊長…だろうか…?

ざわ、ざわと何やら人の声がいくつも聞こえる。そこまで考えて、やっと自分がさっきまで眠っていたことに気がつく。

薄く目を開け、寝返りを打ち、仰向けになると私の方へ顔を俯ける可愛らしいティアラの寝顔が目に入った。どうやら私の後、そのまま眠ってしまったらしい。

段々と目が覚め、瞬きを何度かした後にティアラがこのままだと寝苦しそうなのに気がついた。そっとティアラの膝から頭を上げ、起こさないようにゆっくりとティアラの身体を崩して楽な姿勢にするべく誘導する。

細いティアラだけど、やはり人間一人分の重さなのかそれともドレスのせいかなかなか重かったけど、手が震えて起こさないように必死に力を込めた。貧弱のプライド設定が恨めしい。一度「お姉様…?」と寝ぼけた声がしたけど、またすぐに眠ってしまった。パタリとまるで毒林檎を食べた後みたいに綺麗に倒れてしまう。きっと私の謝り倒しに付き合ってくれたせいで疲れたのだろう。

改めて耳を澄ませると、明らかに複数人の声や気配がした。しかも、かなり多い。時折雑踏に紛れて「四番隊はここで配置の確認を」「八番隊は各自判断でー…」と指示のような声も聞こえる。騎士団だろうか。茂み越しにそっと向こうを覗けば、やはりその通りだった。

何やら話し合ったり指示を飛ばし合いながら散らばっている。何かあったのか聞いてみようかと思った、その時だった。


「…まさかっ…何故…⁈」


騎士団の姿が見える方とは全く違う方向から、知った声がする。まさか、と思い振り返り、そ〜…っと木々の間から覗くと、木々と木々の間に埋もれるようにしてセドリック第二王子が佇んでいた。明らかに騎士団の方を見て動揺している。腹を片腕で抱え、首を丸め、遠目から見ても明らかなほど血の気が引いていた。思わずといった様子で呟いたそのあとは、何か考えを巡らせるように目を一人泳がせていた。


「セドリック第二王子殿下…?」


一体どうしたのだろう。

私の声に気づいたセドリック第二王子が、はっと顔を上げた。そのまま紅い瞳を揺らめかせながら「プライド第一王女殿下…!」と私を捉え、急ぎ足で近づいてきた。

若干警戒する私の目の前寸前で立ち止まり、口を開いたがすぐにまた閉じた。何か言いたいのに言葉が見つからないように何度も口を開けては閉ざし、答えを求めるようにまた視線を泳がせた。


「…あ、…貴方を、…その、先日のお詫びをっ…。俺、…私は本当に申し訳なく…。」

…どうやら、謝ろうとしてくれているらしい。それにしても辿々しい。大体、何故さっきまで逃げまくっていたのに突然謝ろうとしてくれたのだろう。もしかして私一人になるのを待っていた?いや、私が一人になるなんて普通あり得ない。今がちょっと特例なだけだ。

「ですから、…是非とも今後も懇意にして頂ければと、…思います。同盟をどうか、是非とも前向きに…」


ええい、焦れったい。


…駄目だ。昨日のせいで未だにセドリック第二王子への苛々が消えていない。改めてこうして相対するとまた昨日の食べ物の恨みが湧き上がってくる。

私が内なるムカつきと戦っている間もセドリック第二王子は辿々しく言葉を続ける。よく見ると彼の言葉は私に向けられているけど、視線は未だ泳ぎ、誰かに見つからないか心配しているのか、私の周囲をちらちらと見回し続けている。謝る時くらい相手を見なさいと鳩尾に一発入れたくなる。……本当私大人げない。一体どうしてしまったのだろう、今までこんな風に思ったことなんてなかったのに。

彼は何を気にしているのだろう。騎士団が来たからといって何の問題がー…、…。


…まさか。


ふと、一つの予感が私の脳裏を過ぎ去った。

もし…彼が我が国に来た本当の目的が、どこかで漏れてしまったのだとしたら。今この王居に騎士団が派遣されたのも頷ける。でもそうなると


騎士団に気づいた彼が突然いま、私に謝った理由は。


ゲームスタート時のセドリック。

彼は、誕生祭でティアラの婚約者として現われる。

そして、最初の三日間。セドリックはティアラの愛を手に入れる為にあの手この手でティアラに猛烈アタックをする。ただ、それはティアラへ本当に恋に落ちたからではない。


フリージア王国の女王、プライドからの命令だったからだ。


プライドが彼に出した命令は二つ。

ティアラを自分へ恋に落とさせること。そして








自分を愛したティアラをその手で殺すこと。








女王プライドにとって、邪魔者のティアラへ何よりも残酷な死を与える為だけに彼は利用された。

たった一人を除き、人を信じる心を失ったセドリックは、プライドからの脅迫もあり、その条件を飲むことになる。罪もない第二王女のティアラを騙し、恋をさせ、…そして殺す為に彼女に近づいた。

まさか、今の彼がそんな条件をプライド(わたし)以外の誰かに提示されたとは思えない。けれど、彼がそれと同じように自分の容姿だけで今回のことまで何とかなると思い込んでいるのならば…


「まさか、貴方…。」


驚きとそして呆れが混じり、思わず言葉が先に出た。未だに辿々しく言葉を紡ぐ彼が、私の言葉に口を止め、驚いたようにやっとその瞳が私に向けられた。


「私に気に入られれば〝本当の目的〟を話してもすんなり同盟が通ると本気で思っているの?」


昨日過ぎった考えをストレートに彼にぶつけてしまう。

そこで否定してくれれば何よりだったけれど、明らかに彼の瞳孔が開き、開ききったその口から「何故それを…」と言葉が漏れた。

まさかの確定だ。

呆れから段々と怒りが湧いてくる。

己のキツい目つきをわかった上で、更に鋭く尖らせ彼を睨む。そんな、馬鹿で安易な愚行に私達を巻き込んだのかと怒りを込めて。


「馬鹿じゃないの⁈」


苛々が相まって彼に罵声を浴びせると、今度は彼の表情が驚愕に固まり、そして数拍置いて彼の顔が歪み、紅い瞳が更にメラメラと燃え出した。すると


「ッお前に…何がわかる⁈」


セドリックが怒りで顔を赤くさせ、歯を、感情を剥き出しにして私の肩を掴んだ。

突然のことに驚き、つき飛ばそうと両手を上げると、今度は両手首を掴まれ、そのまま身体ごと傍の木に押し付けられてしまった。抵抗しようにも、プライドの唯一の弱点である非力さでは彼には敵わない。

歯を食いしばり、腕や肩ごと捻って暴れてみるけど全然ビクともしない。そうしてる間も彼は鼻先が触れるほど私に顔を近づけ、声を潜めて私に怒鳴った。


「俺が、兄貴が、どれほど必死だと‼︎この同盟にどれ程のものが掛かっていると‼︎兄さんがどれだけ追い詰められていると思っている⁈」


ギリギリと握り締められた手首が痛い。駄目だ、完全に癇癪だ。燃え滾らせた目を私に向ける彼は、王族としての常軌を逸していた。


「お前達にとっては同盟国を増やしたいが為の打診だろうが俺達には違うッ‼︎これに全てが掛かっている‼︎兄貴の、兄さんの、俺達の全てが‼︎」


抑えられた声色で怒鳴る彼の姿は、その怒りを際立たされた。やめてっ…と声を上げようとしたけれど、手首の痛みで潰れた。

声を上げれば近衛騎士が来てくれると頭ではわかっている。でも、今度こそこんな所を見られたら彼は確実に捕らえられてしまう。彼一人が捕らえられるだけならまだ良い。だけどそれでは同盟も確実に決裂だ。それだけは絶対に駄目だ。私一人でなんとかしないと。

なのに至近距離で目の当たりにした彼の変貌ぶりにどうしても思考が追いつかな




シュシャシャシャッッ‼︎




…突然、風切り音が掠った。

同時にトトトトッ!と何かが突き刺さる音が聞こえ、完全に思考が停止する。私だけじゃない、セドリック第二王子もだ。

音の先を見れば、まるで私を避けるようにしていくつものナイフがセドリック第二王子の身体スレスレに突き刺さっていた。あと一センチでも狂ったら確実にセドリック第二王子の身体はナイフの刃に刺し貫かれていただろう。

身体間近に突き刺さったナイフに、セドリック第二王子が慄いて身を強張らせた。その瞬間に私の手首を掴む手が緩む。セドリックがナイフの刃に目を奪われているその隙に、私は思い切って背後の木に背中ごと体重を乗せ


「ッ離…して‼︎‼︎」


右脚をセドリック第二王子の腹部に突き立て、そのまま思いっきり蹴り飛ばした。

怯んでいた隙の不意打ちと背後の木に体重を預けられたことで、セドリック第二王子の身体がドンッという音と共に小さく跳び、尻餅をついてその場に崩れた。

「何をっ…‼︎」

まだ癇癪が冷め切っていないのか、歯を剥き出しにして私を睨むセドリック第二王子がすぐに立ち上がり、私に歩み寄ってくる。今度は不意をつかれはしない。まずどうやって彼の動きを奪うか考え





「触ンな…‼︎」





まっすぐと断ち切るような声が聞こえた。

その瞬間、頭上から私とセドリック第二王子の間に白い影が走った。

ドガッ‼︎と地の割れる音と振動が響き、目を見開くと見知った背中がそこにあった。突然の登場に、思わず私は声を上げる。


「アーサー!」


私に背中を向け、一つに括られた長い銀髪が揺蕩った。地面に突き立てた剣が半分近くめり込み、それをアーサーは軽々と抜くとそのまま剣先を迷う事なくセドリック第二王子へと向けた。

表情は見えないけれど、アーサーの背中から凄まじい敵意が溢れ出てきて、思わず私まで身を怖ばらせた。

突然剣を向けられたセドリック第二王子がアーサーから一歩引き、動揺を隠すように声を荒げた。

「ッ無礼者!貴様、この俺を誰だと」


「大変申し訳ありません、セドリック第二王子殿下。」

「ですが、我々〝近衛騎士〟はプライド様の御身を守る事が第一なので。」


ジャキッ、と更に二枚の刃を鳴らす音が聞こえた。振り向けば、今度はセドリック第二王子の背後にエリック副隊長とアラン隊長が立っていた。さらに近衛兵のジャックも後衛として控えている。

皆、さっきの騒ぎで駆けつけてくれたらしい。

最初に一言掛けてくれたアラン隊長が、背後から腕を回してセドリック第二王子の首元に剣を。エリック副隊長が、背後からそのまま剣先をその背に突き立てていた。


「この御方は、この国の大事な御方です。」


私に背を向けたアーサーが、はっきりとした口調で言い放つ。

そのまま、私を庇うように後ろ足で傍まで歩み寄ってきてくれる。私からも彼の背中に駆け寄り、すぐ背後についたことがわかるようにその背にぴったりとくっついた。

セドリック第二王子が屈辱と動揺で顔を歪め、アラン隊長とエリック副隊長によって前にも背後にも動けぬまま歯を食いしばった。


「このままでは先日のプライド様への無礼も含め、女王にお伝えせざるを得なくなります。どうぞ、お部屋にお戻りくださいセドリック第二王子殿下。」

「これ以上の無礼は例え第二王子であろうとも、我が国の法に則り拘束させて頂く必要も出てきます。…今、我が国の第一王女に何をされていたのかにもよりますが。」


エリック副隊長に続いてアラン隊長まで、いつもと違う整った強い口調とその言葉でセドリック第二王子を縛った。二人ともセドリック第二王子の背中越しから覗かせる瞳が、容赦ない程の敵意に満ち溢れていた。

〝拘束〟というアラン隊長の言葉にセドリック第二王子が息を飲み、一筋の汗が伝った。

一気に頭が冷えたのか、全身からの緊張が解けて代わりに顔色が青ざめていく。

二人の言葉にアーサーが肩だけで小さく私の方を振り返った。私からの答えを待っているのだと気づき、こちらからも口を開く。


「…少し、口論になっていただけです。どうぞ、セドリック第二王子殿下はお部屋にお戻り下さい。それと…。」

一度言葉を切り、アーサーの背中から顔を出して彼を睨みつける。私が暴行されたことを言わなかったことに驚いたのか、彼が見開いたままの目で私の方を見返した。




「昨晩貴方は何も見ていない。…それもゆめゆめお忘れ無く。」


ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねをするにはログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

↑ページトップへ