191.非道王女は眠る。
「…ハァ。」
午後になり、やっと私は一息ついた。
「大丈夫ですか?お姉様。」
ぐったりした様子の私を心優しいティアラが気遣ってくれる。ありがとう、大丈夫よと返しながらせめて姿勢くらい正さないとと曲がった背中を反るほどに伸ばす。
朝部屋を出てからはずっと謝り通しだった。
まず部屋から出た私を迎えてくれたティアラとティアラの専属侍女、そして近衛兵のジャックに昨晩のことを謝る。特にティアラは協力してくれたのに台無しになり、更には姉である私が泣いてティアラにフォローして貰う始末。情け無いことこの上ない。
でもティアラはとんでもないです!と言ってくれた上で「悪いのはセドリック第二王子ですっ!」とジャックや専属侍女と一緒に力一杯私を弁護してくれた。将来の婚約者になるかもしれない相手にここまで悪印象を植え付けてしまったことも本当は凄く申し訳ないのだけれど。…いや、もう一年早くフラグが折れているかもしれない。キミヒカのゲームには無いシステムだったけど、他の乙女ゲームだったら確実に〝親密度ダウン〟とか〝恋愛失敗!〟とかのバナーが出ている感がすごい。ティアラは全く悪くないけど、セドリック王子へのティアラの好感度が私の巻き添えでだだ下がりしている。それに、この後のことを考えると…。………うん、望み薄だ。それだけはごめんなさい、セドリック王子。
そして、次に近衛騎士の任で朝から来てくれたエリック副隊長とアラン隊長にもお詫びした。昨日折角協力してくれたのに、結局何もできず更にはステイルに任せてお詫びも言えなかった。
二人も許してくれた上でステイルから事情は聞いたということで「残念でしたね」「次は俺が料理見張りますよ!」と気遣ってくれた。正直、優しくそう言われた瞬間にちょっと泣きそうになった。
そして昨晩協力してくれた侍女達と衛兵達。
皆、その日ごとに働く範囲が変わったりもするからわざわざ探しに行くのが大変だった。専属侍女のマリーが「プライド様の御命令ならばすぐに御部屋に集められますが」と言ってくれたけど、謝る側なのに呼び付ける訳にもいかなかった。衛兵達は全員許してくれて、お力になれず申し訳ありませんでしたとまで言ってくれた。
そして、侍女達。…皆、見つける度に私が謝る前にもの凄い勢いで謝ってきた。「プライド様にお任せ頂いたのに…」「私共のせいで折角のお料理が…!」と平謝りされて、まずは私が彼女達に怒っていないことを伝えるのが大変だった。私からも怖がらせたことや協力してもらったのにと謝ったら「いえ!悪いのは私共でっ…‼︎」と更に謝られてしまった。…なんだか前世の記憶を思い出す前の黒歴史を思い出す。もう殆ど記憶は薄いけど、確か毎回侍女を泣かせるか怯えさせていた気がする。我ながらプライド姫、年上の侍女達を脅すなんてとんでもない。
そして、最後はセドリック第二王子だ。
…なのに、昨晩以降全くセドリック第二王子に遭遇しない。
いや、正確には遭遇はする。ただチラッと姿が見えると私に声をかけられる前に何処かに消えてしまうのだ。昨日の急接近が嘘のように、遠巻きにされてしまった。昨日怒鳴られたことで俺様の自負に傷がついたのか、それとも頭にきてしまったのか一度も挨拶どころか目すら合わせてくれない。…これはこれでへこむ。
ティアラは謝る必要なんてありません!とわりと強めに私の手を引いてくれた。…どうやら、ティアラも折角作ったアーサーへの料理とステイルクッキーを食べられたのをかなり根に持っているらしい。
「そんなことよりも今日はお勉強の他はずっとお城中歩き通してお疲れですし、お庭でひと息入れましょうっ!」
私の手を引いて眩しい笑顔で庭園まで連れ出してくれる。本当に優しい、綺麗な庭園の草花が背景となってまるで天使だ。…まぁ、セドリック第二王子のことを〝そんなこと〟で片付けちゃう所に若干の棘を感じるけれど。きっとそれだけティアラもアーサーやステイルへの贈物楽しみにしてくれていたんだなと思う。
庭園の木々を眺めながら深呼吸するとそれだけで心が洗われる。あっちの木陰が涼しそう…いえあっちの茂みなら誰にも見られません!とティアラが私の為に一番良い休憩場所をと一生懸命吟味してくれた。
休憩場所が決まると専属侍女のロッテ、マリーや近衛兵のジャックはいつものように、更にアラン隊長とエリック副隊長も少し距離の置いた場所まで下がってくれた。「気兼ねなく休んで頂きたいので」と私達に気を遣ってくれ、本当に皆の優しさが身に染みる。緑いっぱいの木々と可愛らしい黄色い花に囲まれ、それだけでもすごく癒される。
「お姉様っ!私の膝お貸ししますよ‼︎」
ティアラがきらきらした瞳で芝生に座った自分の膝を叩いてみせる。以前、思わずティアラに甘えて膝枕して貰った時からティアラの中では私を慰めるイコール庭園で膝枕になってしまったらしい。嬉しいけどちょっと年甲斐もなく恥ずかしい。
それでもやっぱり断れず、御言葉に甘えてティアラの膝を貸してもらう。ごろん、と転がり再び深呼吸をするように息を吐くと一気に気が抜けて眠気に襲われた。しかも、ティアラは流石主人公乙女というか傍にいると花のような良い香りがするから余計に眠くなる。
こくん、こくんと瞼が重くなり、気がつくとそのまま、眠りの深みへ沈んでいった。
深く、深く…
……
…
目覚めて、ひと騒動起こるなんて知りもせず。