189.非道王女は項垂れる。
「………。…やっちゃった…。」
朝、目が覚めて最初に自己嫌悪に襲われた。
専属侍女のロッテとマリーに優しく起こして貰いながら、ベッドから出ることも憚れるほど項垂れる。
昨晩、アーサーとステイルへの料理とクッキーをセドリックに食べられてしまった。
あまりに会心の出来だった上に、すごい思い入れがあったので思わず良い歳してボロ泣きしてしまった。唖然としたままのティアラより先に、だ。
その上、怒りのままにでた言葉は「大嫌い」発言。一国の王子に向かって、更にはこれから同盟手前の相手に対して。小さな子どもなら許されるかもしれないけど、私の立場と年齢では完全アウトだ。
もう穴があったら一週間篭り続けたい。
その後、怒鳴って泣いた後は先に姉に泣かれてしまったティアラが私の背中に手を添えて「今日は延期にしましょう」と言ってくれた。
いつのまにか来ていたステイルもそれに同意してくれ、侍女達にその場の片付けを任せて私達は専属侍女や衛兵と一緒に部屋に戻った。泣き顔が恥ずかしくて両手で顔を覆ったままで、協力してくれた侍女達や衛兵にお詫びもできなかった。セドリック第二王子の声も聞こえた気がしたけど、それよりも「今晩はこれで失礼致します。この件は、また。」とはっきり絶対零度のステイルの声で掻き消されてしまった。折角のアーサーのお祝いを駄目にされたことをステイルも怒っていたことが声からはっきりわかった。
「もう今日は部屋から出たくないわ…。」
恥ずかしくて辛い。
ベッドから一向に出ようとしない私の背をロッテが優しく撫で、マリーが「それではステイル様、ティアラ様、それに近衛騎士の方々が心配しますよ」と正論を言ってくれる。
そうだ、昨晩予定を突然延期にしてしまったカラム隊長達にもお詫びしてないし、しかも昨日私に凄く謝ってくれた侍女達にも未だ何もフォローを言えてない。
彼女らは悪くない。私が料理作るの自体秘密でこっそりやっていたことだし、他国の王子に「これはプライド様とティアラ様が作ったものです」と言える訳もない。当然、第一王女と第二王女が弟や近衛騎士の為に作ったとも言えない。私だってそれをあの場で言うことはできなかった。更には強引に食べ始めた第二王子を力づくで止める権利も彼女達には無い。
セドリック第二王子…。
俺様キャラが実際にいると、こんなに厄介とは思わなかった。…いや、問題はそれ以前の世間知らずか。人の城で勝手に料理を食べるなんて普通あり得ない。王族…というか人としてあり得ない。だが、恐らく彼はそれが許される環境で育ったのだろう。そうでなければ私に喧嘩を売っている。
現段階の彼は無知で世間知らず、つまりは精神年齢もかなり低いということになる。勉強や剣どころか王族としてのマナーや教養の勉強からすら逃げ続けてきたのだから。素敵な異名もこれでは飾りだ。
彼の今の性格が矯正されるのは、とある一件の後。ある意味、プライドが付けた傷痕が彼を矯正したともいえる。
恐らく、昨晩の摘み食いも彼は悪気が無い。むしろナイスプレーとすら思っていたかも知れない。私とティアラが作っていたのを目撃し、きっと自分が食べて褒めれば喜ぶと信じて疑わなかったのだろう。城の中で女性達に持て囃されて育った彼ならば安易に想像はつく。
ゲームの彼と一緒だ。俺様ナルシストな彼は、自分がやることは喜ばれて当然という自信のもと、ティアラにぐいぐいアタックをしていた。壁ドン、顎クイは標準装備、頬の食べ残しを直接舐めたり、髪にも頬にも手の甲にもガンガン口付けし、抱き寄せるのも余裕で大分イベント数も糖度も多くて高かった。だからこそ、ティアラの初心な反応や、自然体の優しさや笑顔が一年後のあの状態の彼には染み込んでいったのだけど…。………今の彼をどうすれば。
いっそあの悲劇を黙認して彼の性格を矯正してやれと私の内なる女王プライドが囁いてくる。いや、絶対しないけど。そんなことで彼がまともになっても全然嬉しくない。
「侍女達と衛兵に謝って、ステイルとティアラにも謝って、あとカラム隊長とアラン隊長とエリック副隊長にも謝って…あと。」
ぶつぶつと呟きながら仕方がなく身支度を始める。謝り過ぎて終わる頃には頭を下げ過ぎて威厳がゼロの残念王女になってるんじゃないかと思ってしまう。
それに、彼らだけでない。私が謝るべきはもう一人。
「………セドリック第二王子にも、謝らなきゃ…。」
非常識な行為だったとはいえ、理由も言わずに怒鳴ってしまった。私だってこっそり規則違反していたようなものなのに。大体、もし料理していたことなんかを言いふらされたら困るのは私とティアラだ。お詫びもしつつ、彼に口止めもお願いしないといけない。…正直、昨晩のことはまだ根に持っているけど。
溜息をつきながら、やっと身支度を終えてもらった私は扉を開けてもらう。
先ずは誰から謝ろう。
取り敢えず、今朝は近衛騎士がアラン隊長とエリック副隊長の予定だから二人にも謝らないと。そして、アーサーに聞かれない為にも午前の内に皆に謝りに回ろう。
アーサーの好物をセドリック第二王子に食べられちゃったなんて知ったら流石のアーサーも怒るかもしれない。
…いや、たかが食べ物如きで怒るわけもないか。
……
…すっっっげぇ腹が立つ。
朝起きた後も、変わらず腹の底がグツグツと煮え滾った。
昨晩何故かカラム隊長の部屋に呼ばれて行ってみれば、ステイルがいた。明らかにキレていたステイルに珍しくカラム隊長も戸惑っていて、何があったかと思えば
プライド様がセドリック第二王子に泣かされた、だ。
昼間に突然プライド様に口付けをしようとしたセドリック第二王子の姿を思い出す。あの時もプライド様はすげぇ困惑してたし、本当に手が間に合って良かった。プライド様にいきなり口付けしようとしたセドリック第二王子に怒りが湧いて、気がつけば何も言葉が出ず、ただひたすらサーシス王国の第二王子を睨みつけてた。
ステイルの話によると、プライド様が昨夜ティアラと一緒に一生懸命作った料理をセドリック第二王子が勝手に食べてプライド様が泣いてしまったらしい。
正直、もっと深刻なことをされたんじゃねぇかと心配だったからほっとした。でも、ステイルが「その料理は姉君が特別な理由で作っていた品だった」と話して、そんだけプライド様が気持ちを込めたモンを勝手に食ったのかとか、最初の頃に料理が出来なくて涙目だったプライド様の姿とか、一年前に上手にできたと笑ってくれたプライド様の姿とかも思い出して、……最後に折角作ったもんを食われて泣いたプライド様を想像したらすげぇ腹が立って、落ち着かなかった。
その後すぐにアラン隊長に正面から両肩掴まれて、てっきりそんなことで怒るなと言われるかと思ったら「アーサー!お前だけは怒れ‼︎」と目を怒りでギラギラさせながら言われた。逆に少し落ち着いたけど、何でそう言ってくれたのかは未だにわからねぇ。
でも、取り敢えずどんな理由があってもプライド様を泣かせたことだけは許
「アーサー・ベレスフォード。」
声がした瞬間、悪寒がしてその場に思いっきり伏せた。すると、伏せた俺の頭上をナイフか突き抜け、そのまま目の前の壁に刺さった。
やばい、と思って次は横に転がって同時に剣を抜く。…また俺がいた所に今度は剣が刺さった。かなり思い切り突き刺したのか、刀身の三分の一近くが埋もれてる。カチャ、と銃を抜く音がして撃たれる前にすぐ身体を起こし、ハリソン隊長の腹部に剣を突きつける。
「…お疲れ様です、ハリソン隊長。」
「騎士団長より八番隊へ任務を頂いた。急遽、本日から王居敷地内を四番隊と共に警備せよということだ。」
「王居を…?」
銃を再び懐にしまいながら言うハリソン隊長の言葉に思わず聞き返す。
「王座並びに先日来訪したサーシス王国第二王子の警護…と表向きはなっている。単なる警護にしては多過ぎるが。」
ハリソン隊長が、銃の次は地面に突き刺した剣を腰にしまう。俺もそれに促されるようにハリソン隊長に突きつけた剣を腰にしまった。
「だが、任務は任務だ。今から八番隊を招集する。お前も副隊長として私の横に控えろ。」
はい!声を上げ、歩き始めるハリソン隊長の背中を追う。一度も俺の方を振り返らず無言で進むハリソン隊長に付いて行きながら、ふと任務について考えた。まさかステイルがプライド様の為に騎士隊動かしたんじゃねぇよな?と、変なことまで考えちまう。まさかいくらアイツでもそこまではしねぇだろう。
…でも、警護するのは王居。更には個人判断で行動可能の八番隊と、後衛支援の四番隊。
四番隊はカラム隊長が指揮する三番隊と同じで、後衛支援や現場の作戦支持が担当だ。力関係で言えば三番隊の補佐的な役割だけど、それでも四番隊だって全員が冷静な判断や知性に優れた騎士ばかりだ。
頭を使う騎士隊と、臨機応変に動く騎士隊。…すげぇ不穏な空気が俺でもわかる。いっそ、予想通りキレたステイルの暴走だった方が良いかもしれない。
王居ってことは、プライド様やティアラが居るんだから。