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なびき
半夏生#1 - なびきの小説 - pixiv
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1,350文字
半夏生#1
夏の二人の短い話
34287
2022年11月1日 00:25

シン――と音が鳴る部屋で思わず咳き込んだ。
音は何も鳴らなかった。それは当たり前、口なんてないんだもの。
だって私は、スーツケースだから。
くたびれたスーツケースに降る埃には重さを感じない。あの重みはきっと、幸せの重さなんだと思う。
懐かしさと寂しさが同時にやってくる。
戻りたいと思うあの時間は、戻りたいと思うからこそ、なんだかよい時間だったのだとそう思った。

これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。



「もしも羽依里が私だったら、何をしようと思った?」

「は?」

「だから、鷹原羽依里が久島鴎だったら、何をしようと思ったって聞いてる」

「それはあれか、よくあるもしもの話ってやつか」

「そう。なんだか急に気になっちゃって」

「確かに急だな。三分前まではきのこの山かたけのこの里どっちがいいかって話だったのに」

「それはもういいじゃない。それで、羽依里は何をしてた? あ、言っとくけどエロいのはナシだよ?」

「誰がいうか!」

「だって羽依里、エロいじゃん」

「せっかく真剣に考えようと思ったのに、考える気なくした。また、きのこたけのこ戦争するか? まだまだ徹底的に言い伏せてやろうと思ってる」

「どうどう落ち着いて羽依里。ごめんあそばせ。ほらほら、謝ったから真剣に考えて」

「……はぁ、まあいいか。俺が鴎になったら、かあ。やっぱぼうけ……」

「あ、冒険もなし」

「なんで!?」

「一緒じゃつまらないじゃない」

「つまるとかつまらないとかそういう話なのか?」

「そう、そういう話。羽依里だったら何をしているかが知りたいの」

「ふーん。そうだなあ、俺だったら多分、なにもしてないよ。あーいや、正確にいうと、何もできないが正解かな」

「どうして?」

「弱いから」

「ほぉ、弱いとな」

「これもお前に気付かされたことだ。強いやつの隣にいると、どうしても自分の弱さを実感する。自分にないものは、他人が持ってるとやけに光って見えるんだよ」

「そっか、ちょっと分かるかも」

「ほんとかよ」

「ほんと、ほんと!」

「怪しいもんだ。じゃ、鴎がもし俺だったらどうしてた?」

「そうだねえ、どうしてたと思う?」

「それを聞いてるんだけど……」

「ふふ、そうだったね。私が羽依里だったらかあ、うん、やっぱり普通に過ごしてたかな」

「つまらない答えだな、鴎らしくない」

「ええ!? がっかりされたの私? でもやっぱり分かんないよ、想像つかないし」

「お前が言い始めたんだぞ……」

「ふふ、そうだったね。あーでもよかったよ、私は私で、羽依里は羽依里で」

「なんで?」

「出会ってなかったからねえ。きっと、世界のどこかの誰かが持ってる運命の力を使っても、出会ってなかったよ。だから……うん、良かった」

「そうか、良かったか……」

「うん、良かったよ」

「……」

「ん? どうしたの羽依里」

「あー、いやなんでも。ちょっと、太陽が眩しくてさ」

「今日も暑いもんね。いつもスーツケース押してくれてありがとう、羽依里っ」



これは、少女と少年の話。
あの二人を一番側で見ていた、私が語る少女と少年の話。

半夏生#1
夏の二人の短い話
34287
2022年11月1日 00:25
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