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187.非道王女は振るう。


「いつもありがとうね、ティアラ。手伝って貰ってごめんなさい。」


「とんでもないですお姉様っ!私、お姉様とお料理するのすっごく楽しみでした!」

食材を並べる私に、ティアラが笑顔で答えてくれた。

夜遅くなり、料理人達に厨房は借りたけれど今私達の傍にいるのは衛兵、近衛兵のジャック達や侍女、専属侍女のマリー、ロッテ達だけだ。本来なら寝静まるべき時間の為、近衛騎士も騎士団演習場に帰っている。


「今日作るのは以前の豚肉料理とスープですよね?」

「ええ、私が作るの自体は初めてだけど…。」


生姜焼きと味噌汁。定食に定番なその料理は、アーサーへの昇進祝いだ。以前、特にアーサーに好評だった料理をご馳走して喜んでもらう為、レオンから食材も調達したし、厨房も借りた。更には会場…となるアーサーの部屋もアラン隊長達が押さえてくれている筈だ。あとはささっと作って、ステイルが合流したら瞬間移動でアーサーの部屋まで連れて行ってもらうだけだ。残すは…。


「あと、…実はステイルにもクッキーを焼こうと思って。」


私の言葉にティアラの目がパッと輝いた。「素敵ですねっ!」と声を上げ、きっと兄様も喜んで下さりますっ!と大賛成してくれる。

ステイルもここ一年摂政の勉強を頑張っているし、労いにクッキーの一つや二つくらいなら焼いても大して時間はかからないだろう。

取り敢えず生姜焼きの下拵えをしてから、先にクッキーに取り掛かることにする。焼いているところをステイルに見られたらサプライズも台無しだ。

本当はティアラと私で分担できれば良いのだけれど、ティアラの主人公女子力チートがないと私一人では食材が殉職すらならず惨殺されてしまう。前回お菓子を作った時と同じように、ボールの中にまずは食材を放り込んでいく。今回ならば豚肉と調味料だけど。ここでの最大のポイントは


ティアラにちゃんとボールを押さえてもらうこと。


じゃないと、確実に私の逆チートの呪われた手で何かが起こる。絶対に起こる。取り敢えずそうして揉み込み、肉に味をつけている間に今度はクッキーの生地作りを始める。こちらもポイントはティアラにボールを持ってもらい、切るように力一杯混ぜ、今度はティアラの手で伸ばして貰う。


「兄様のクッキー、どんな形にしますか?」

小さな手で一生懸命均一に生地を伸ばしながら尋ねられ、私は首を捻る。

「うーん…そうね、折角のプレゼントだし、何か特別なのにしたいわよね…。」

考えながらもクッキーの型になる物を用意し、ティアラの横に並べる。

「お姉様が考えて下さった形がきっと兄様も喜ぶと思います!」

そう言ってくれると嬉しいけどハードルが上がる。男の子だし、可愛すぎるのも困るだろうか。いやでも可愛い妹のティアラが作ってくれたクッキーなら、逆に物凄く可愛い形の方が嬉しいかもしれない。花とか動物とかハートとか。あとはベタだけど…


「似顔絵…とか?」


前世で小さい頃に学校の先生へ友達と一緒に、先生に似せたクッキーを作ったら凄く喜ばれた。あまり似てなかったけど、それはそれで御愛嬌で喜んでくれた。ちょっと子どもっぽいけど、女子力チートのティアラもいるし案外そっくりに作れるかもしれない。

私の独り言に首を傾げるティアラに説明すると、すごくわくわくしたように目が輝いた。「やってみたいです!」と声を上げ、早く次の工程に移るべく、初めてとは思えない速さで生地を平坦に伸ばしきってくれた。


「余った生地はどうしますか?」

「取り敢えずステイルの分を焼いて、料理を作り終わって時間が空いたら全部ふつうの丸いクッキーにしようと思うわ。…余ったら食べてくれるって言ってくれたし。」


丸型のクッキーなら途中で焼いたのを見られても「暇つぶしに焼いてました」で通るからステイルに見られても問題ない。私の言葉にティアラが「近衛騎士や…ヴァルとセフェク、ケメトの分も作りますか⁈」と聞いてきたので、苦笑しながら頷いた。今回のアーサーのお祝いには来ないけど、明後日には私の書状を取りに来る予定だしその時に渡せば良いだろう。未だにティアラはヴァルとセットでセフェクとケメトとお部屋で遊んでいるらしく、三人とは仲が良い。…セドリック第二王子に誤解されなければ良いけど。

ティアラの器用さに助けられて、ステイル顔のクッキーが順調に形成されていく。私一人で捏ねると液状化するかもしれないから、なるべくティアラの手を借りてパーツを作り、私が生地の上にそっと載せるようにする。流石ティアラ、すごくステイルの特徴を掴んだパーツばかりだった。

…ただ、「兄様ってばジルベール宰相とヴァルの前ではこの表情ばかりだもの!」と口をへの字に曲げたパーツを作ったので、すごく似ていたけどそこは贈物だしと、逆さにしてV字にさせてもらった。折角のクッキーなら笑顔にしたいし、私やティアラやアーサーの前ではこっちの方が多いと思う。

器用なティアラのお陰で予想以上に早く出来上がったけど、すごく可愛くて完成度の高いのができた。本当ならココアパウダーとかあったら黒髪とかもちゃんと表現できたのだけど…‼︎残念ながら無いので、形だけで表現させて貰った。変に混ぜ物して変な味になるのが怖い。ティアラが生姜焼き用の醤油を手に「これとか同じ色ですよ!」とか言った時はすごく慌てた。料理の腕はチートだけど、本人はまだ料理が人生で三回目だから気を抜けない。

でも、本当によくできたと思う。侍女達に調節しておいてもらった竃に入れて、形が崩れないように置いてそっと閉める。焦げないように願いながらこれもティアラも一緒の共同作業だ。

そして、ステイルクッキーが一区切りついてから今度は生姜焼きと味噌汁に取り掛かる。これも分担した方が早いのだけれど、例によってティアラに手取り足取り教えるように見せかけ、一緒に作ってもらう。

肉は正直言えば後は焼くだけなので、先に鍋に水とティアラが刻んでくれた野菜や具材を放り込む。出汁粉がないので、煮立ったら火から下ろして家庭科の授業のように出汁を取るところから始めて味噌をティアラと一緒に溶いて入れる。湯気と一緒にすごく懐かしい香りがして、なんだか無性に白米が食べたくなった。

生姜焼きの方はステイルが来てから焼こうかとも思ったけど、摂政業務中のステイルが合流するのも結構夜中だし、すぐに持っていけるようにしないと最悪の場合アーサーが先に寝てしまう。用事がない時は健康的に早寝早起きしているらしいし、前回同様に冷めた状態の提供にはなるけど直ぐに食べれる方を優先しよう。

私がフライパンを持ち、ティアラに一枚ずつ乗せて焼いてもらう。ジューッと激しい音がして油が弾けた。一気に香ばしい香りが広がって思わずティアラと一緒に生唾を飲んだ。…いや、摘み食いはダメだ。大食いのアーサー用に多めに用意したとはいえ、それでもアーサーの分きっちりしかないのだから!一枚でも多くちゃんと食べてもらわないと。…やはり、レオンに多めに食材を頼めば良かったかもしれない。

途中、ステイルクッキーをティアラと一緒に窯から出し、完璧な焼き加減で回収する。ラッピングする前に冷ますようにそっと火の傍から離して置く。

そして、再び生姜焼きをしっかり火が通してから皿に盛り、また新しいのを焼く。アーサーの分は一回のフライパンでは焼ききれないので数回に分けて焼くしかない。ティアラが油が跳ねる度に楽しそうに悲鳴をあげるから私まで楽しくなってきた。

そうして最後の一枚を皿に盛った時には、前世の漫画の大盛り丼ぐらいの山盛りになった。いかにも男子メシ‼︎って感じがして我ながら大分満足だ。ティアラも香りだけで幸せそうに生姜焼きの山盛りを眺めてる。


「それじゃあ未だ時間もあるし、皆の分のクッキーも作りましょうか。」

段取りの良いティアラのお陰で割と早く出来上がった。これなら今からクッキーを焼いても余裕で間に合う。クッキーの材料は沢山あるし、いっそもっと生地を作って多めに焼こうかとティアラに相談する。


「良いですね!それでしたら材料を取りに行きましょう!」

料理は侍女達に見て置いてもらい、二人で鍵を借りてくれた専属侍女や衛兵達と一緒に食料庫に向かう。

卵、砂糖、小麦粉、バター、牛乳。それぞれの保存場所を歩き回り、そのまま両手に食材を抱えてくれた衛兵のジャック達と一緒に足早に厨房へと戻


「あのっ…ですから!それは…‼︎」

「おやめくださいっ!その料理は大事な御方がっ…」

「プライド第一王女が作った料理なのだろう?…うむ、変わってはいるがどれも良い味だ。」


……すごく、すごく嫌な予感がする。


侍女の騒ぎ声と聞き覚えのある声に、思わずティアラと顔を見合わせる。ティアラも同じ予想をしているらしく、次の瞬間二人で調理場へ駆け出した。私達の後ろを衛兵達が食材を抱えながら必死に追いかけてきてくれる。そして


予想通り、料理が器から消えていた。


何故か私達がさっきまでいた皿の前にセドリック第二王子が立ち、侍女達の制止も聞かずに皿の肉を半分以上平らげ、器の味噌汁を飲み切り、ステイルクッキーは置いていた場所から姿を消していた。

言うまでもなく、犯人は彼だ。

口を開けたまま放心する私とティアラを確認し、何故かセドリック第二王子が何の悪びれもなく私達に笑い掛ける。

「!…プライド第一王女殿下、先程は失礼致しました。淑女にむやみに触れるなど」


「何故、それを貴方が食べているのですか…?」


セドリック第二王子の言葉を最後まで聞かずに問い掛ける。私の言葉にセドリック第二王子がきょとん、とした表情になり、そして優雅に笑んだ。

「プライド様にお詫びしようと部屋を出たところ、香しい香りがしまして。思わず足を運べばプライド様のお姿が見えましたので。第一王女が料理など驚きましたがこれもフリージア王国の風習」


「ですから、何故貴方が食べているのですか?」


思わず気づけば低い声が出ていた。周りの侍女達が真っ青な顔で申し訳ありませんと私に謝っている。

「プライド様が腕によりをかけて作って下さった料理ですから。クッキーも美味でしたが、この肉料理もとても」




ブチッ、と。




「それは貴方に作った料理ではありませんっ‼︎‼︎」



数年ぶりに私の中で何かが弾け、次の瞬間には力一杯声を荒げていた。

私の叫び声にティアラの目が丸くなり、セドリック第二王子の表情が驚愕のまま固まった。侍女達がどうすべきか慌て始め、衛兵達が手の中の食材をそのままに背後で動きを止めた。

一気に声を荒げたせいで、肩でだらしなく息をする。取り繕うのもやめて、息を乱しながらセドリック第二王子を睨みつける。


ゲームでも、城下に逃げてプライドの追っ手から隠れながら身を寄せている時にティアラが作った料理を先に摘み食いするイベントがあった。「うん、良い味だ」と初めて作った料理を美味しそうに食べてくれるセドリックと、嬉しそうに照れながら笑うティアラのシーンは微笑ましかったけれど…


今は全く微笑ましくない。


だって、今回の料理はセドリック第二王子の為に作った料理じゃないもの!

あれは、昇進したアーサーと摂政業務を頑張っているステイルの為に作ったのに‼︎

しかも、ティアラが協力してくれてっ…二人で、アーサーと、ステイルの為に、レオンも食材調達してくれて、ヴァルが届けてくれて、皆のお陰で最高の出来になったのに…。せっかく、二人が喜んでくれると思ったのに…贈るのを楽しみにしてたのにっ…

なのに、なのに、なのにっ‼︎


気づくと、固まっていたセドリック第二王子の表情が変わり、更にその目が見開かれていった。何故表情が変わったのかと思ったら、視線の先である私自身が歯を食いしばったまま涙をボロボロ零していることに一拍置いて気がついた。

ダメだ、摘み食いされたぐらいで良い年した女が泣くなんて!でも、…でも、あれは本当に特別でっ…もう、アーサーの方は調味料とか食材も無いし、ステイルのクッキーなんて世界に一個しかなかったのに‼︎


「…っ………い。」


涙を拭うのも悔しくて、ドレスの裾を握りしめてセドリック第二王子をそのまま睨み続ける。私の声が小さく、何を言ったのか聞き取れなかったセドリック第二王子が聞き返すべきか悩んだように表情を惑わせた。

「姉君、お待たせ致しました。予定より早く…、…?」

ふと、傍でステイルの声が聞こえた気がした。でも、返事をするよりも先に私は再び思いっきり怒りを込めてセドリック第二王子へ怒鳴りかけていた。












「大ッッッッ嫌い‼︎‼︎‼︎」










子どものような私の叫びが、彼を真正面から突き刺した。


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