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186.義弟は釘を、宰相は添え、


ふざけるな。


部屋から出た俺は、抑え切れない怨嗟を胸に足早に歩む。本来ならば瞬間移動で一瞬だが、城内ではそうもいかない。なるべくは護衛や侍女と共に己が足で移動しなければ。


プライドの髪に?初対面の人間が。

その上、唇まで奪おうとした?婚約者でもない男が。

ふざけるな。


…アーサーは、よくやった。

カラム隊長すら反応に追いつかなかったということは、止められたのもアイツの瞬発力あってこそのものだろう。

至近距離から、突然プライドの唇を奪おうとするなどあり得ない。あの男は本当にサーシス王国の第二王子なのか?あのような礼儀も恥も知らぬような男を同盟交渉に寄越すなどハナズオ連合王国は何を考えている?それとも元々同盟のつもりもなく我が国に喧嘩を売りたいだけか?


プライドは、…ここ一年で更に女性らしくなった。

摂政業務で時折しか会えないせいか、それとも目に見えて明らかなその身体の変化のせいか。義弟の俺でさえ、会う度に胸が高鳴る時がある。

美しさもさる事ながら、その色香も増していっている。

社交界でも、第一王女という肩書き関係なく彼女の姿に心奪われる男達は後を絶たない。むしろ増え続けるばかりだ。

中には早々にプライドへ色目を向ける男も少なくはない。


だが、容易にプライドを明け渡すつもりなど微塵も無い。


第一王女という立場が功を評し、安易にプライドに手を伸ばそうとする男はいなかった。

高嶺の花である彼女に、余計に憧れの感情を抱く男も当然いたが…


渡すものか。


レオン王子の時とは違う。

婚約者でもないその辺の男に、プライドを任せるつもりなど無い。

今の俺にもアーサーにも、プライドを有象無象の輩から守る権利がある。

例え、同盟国となる得る第二王子であろうとも



彼女を、汚させない。



九年前からの俺自身への誓いだ。

今日を入れて三日。

初日からそんな愚行を行う王子なら、三日目にはどのような行為をしようとするかわかったものではない。

その前に俺も出来る限り手を打っておかなければ。

己が地位と権威で、易々とプライドを得ることができるなどとは思わせないように。


気がつけば目的の部屋前まで辿り着く。この場で扉を叩き開いてやりたい気持ちを抑え、衛兵に命じる。


手早く済まさなければならない。ヴェスト叔父様には配達人とのやりとりの為に一時的に離れる許可を頂いたに過ぎないのだから。


扉が開かれ、中から出てくる人物に微笑みかける。この場で拳を腹に叩き込んでやりたい気持ちを理性で抑え切る。


「突然失礼致します、セドリック第二王子。先程はどうも。」


俺は、今はプライドの傍に四六時中いることも、目を光らせることもできない。

だが、だからこそ早いうちに対処しなければならない。


少し驚いた表情のセドリック第二王子が、挨拶を返しながら俺の顔をまじまじと見た。何か値踏みするような目に若干の不快感を感じながら、それでも笑みを崩さず彼と言葉を交わす。


時間はない。


部屋の中を勧められるがその時間も惜しく、断って部屋前でそのまま会話を推し進める。


姉君は同盟の為にと口止めを命じたが、この三日間のうちにまたセドリック第二王子が愚行を犯さないとは限らない。プライドは国の為ならば大抵の事は耐え切る人だ。それはわかっている。

だから、この俺が


「…少し、お話をよろしいでしょうか。」


ふらふら無闇不用意に浮き立つ足場ごと、第二王子のその身に







クギを、刺す。



……



…さて、と。


どうするべきか、とジルベールは静かに考える。

恐らく、あのセドリック第二王子は交渉に向いた人間ではない。にも関わらず、何故彼一人が同盟交渉に赴いてきたのか。

何故、全てを明かさずに含み続けたのか。

何故、突然我が国との同盟に手を伸ばし始めたのか。



何故、非公式に第二王子と我が国の第一王子が語らっているのか。



物陰で息を潜めながら、背中を壁に当て耳を澄ませる。

ちょうど、セドリック第二王子へ今後の同盟を結ぶにあたりの条件や今後の予定を確認しにいくところだった。

だが、先客にステイル様だ。ちょうど、セドリック第二王子の部屋の扉を衛兵に開けさせたところのようだった。

既に身体中から溢れる覇気が尋常でなく黒ずんでいたステイル様は、部屋の中へ招き入れようとするセドリック第二王子の誘いを断り、その場で語らい始めた。

始めは他愛もない社交辞令だ。先ほどは挨拶をきちんとできなかったので、同盟は是非前向きに、何かあればいつでも相談をと。そして、何気ない会話からステイル様の黒い覇気が突然勢いを増した。


「…そう言って頂けると幸いです。我が国フリージア王国は他国と文化の異なる部分も多くありますので。」

「そうですか。それは興味深い、例えばどのような?」

「セドリック第二王子も御存知の通りの特殊能力者の存在が大きいですが、合わせて他にも騎士団の編成や女王制度、それに基づく養子制度や婚約者の選定や公表…他にも数えればきりがありませんね。」


僕もまだまだ勉強中ですが、と笑みを作り謙遜して見せるステイル様から引き続き殺気のような鈍く黒い気配が続く。セドリック第二王子がその気配にも気づかぬまま相槌を打つと、次のステイル様の言葉はとうとう声のトーンすら微かに変わり始めた。


「まぁ、他国の王族に無礼を働くなど最低限の禁忌事項は万国共通なのでご安心下さい。暴力を振るわない、非公式の場であろうと節度を重んじる、むやみに触れない、誓いなら未だしも親しくもない間柄で手の甲以外の()()()()()()()。唇を奪おうとしたり、それ以外でも無体を働けば即刻重罪、悪くて死罪など。……どこの国でも当然の、言うまでもない暗黙のマナーですから。」


にっこりと笑んだ彼から夥しい程の殺意が溢れてくる。ここからの角度ではセドリック第二王子の姿は見えないが、恐らくは私の予想通りの表情をしているだろう。


…なるほど。そういうことか。


恐らく、いまあの御方が並べ立てた禁忌のどれかをセドリック第二王子がプライド様に行ったか、もしくは未遂に終わったのだろう。…大体、予想はつくが。

ステイル様の言葉にセドリック第二王子は何も言えなくなったかのように終始無言だった。ステイル様の釘刺しを理解したのか、それとも己の行動に思い当たるものがあると気づいたのか。その間もステイル様は怒りが冷めないように言葉を続ける。


「もちろん、そのような当然のこと。ハナズオ連合王国サーシスの第二王子殿下が御存知ない訳がありませんが。僕も幼い頃に当然のように学んだ内容ですし…」

どうやら頭を冷ます間もなくセドリック第二王子の部屋まで直行したらしい。彼がどこまでセドリック第二王子を追い立てられるか見てみたくはなったが、それよりも今は双方の立場を守らなくては。


…それにしても、セドリック第二王子がプライド様にそのようなことを。




あの、御方に。




「…………。…大概、私も大人気ないですね。」

ふぅ、と溜息を一度だけつき、私は壁から身を起こした。


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