185.非道王女はバレる。
「へぇ…また若い王子連れ込んでるってことか。流石じゃねぇか、主。」
「…連れ込んではいません。我が城の客人として招き入れられているだけです、ヴァル。」
日が沈み始めた頃、配達を終えて我が城へ訪れたヴァルから書状を受け取る。いつも通り砂の詰まった荷袋を壁に立てかけ、床に座り込みながら寛いでいる。
彼の姿も近衛騎士のアラン隊長とエリック副隊長には今や慣れた光景だ。私の背後でヴァルが各国から預かった届け物や粗品を運ぶ砂の絨毯を興味深そうに今日も眺めている。
来てすぐ、私に挨拶をしてくれたセフェクとケメトは「あのハナズオ連合王国の王子殿下が⁈」と驚いた様子で声を上げていた。ティアラが二人の揃った反応を微笑ましく眺めている。ヴァルとずっと一緒の二人は、何度もハナズオ連合王国に行っては門前払いを受けているから驚きなのだろう。
ヴァルが今度は別の紙の束を片手に私の前でゆらゆらと振り始めた。恐らくこちらはステイルとジルベール宰相への書類だろう。「ステイルは今、衛兵が呼びに行っています」と伝えると、面倒そうに書類を再び懐にしまった。
「大体、貴方こそアネモネ王国に頻繁に遊びに行っているでしょう。」
金貨の入った小袋を彼に手渡し、次の書状は準備中だから明日また取りにくるようにとヴァルへ命じる。先に書きたいものがあったせいで申し訳ないことに書状の方が間に合わなかった。
「主から許可は貰った筈だぜ?」
ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべてヴァルが歯をみせてきた。
確かに私が許可したのは事実だ。溜息でヴァルに返事を返すと彼は思い出したように「あぁ、そういやぁ…」と我が城への届け物の一つである、中くらいの木箱を手の甲で叩いてみせた。
「レオンから主への貢ぎモンだ。またいつでも、だってよ。」
そこは貢ぎ物ではなく届け物と言って欲しい、と言おうとしたけれど、先に嬉しさが勝って「ありがとう!」と先に声を上げていた。
レオンからの届け物ということはっ!アーサーが交代した後で本当に良かった!
私からの返答が意外だったのか、ヴァルが少し目を丸くさせた。その直後、気を取り直すように立ち上がってそのまま木箱を軽く足で蹴った。
「また秘密の御趣味だってぇ?俺にもたまにはおこぼれの一つや二つあっても良いんじゃねぇか?主。」
試すようにニヤリと笑いかける彼に、首を傾げる。料理のことはレオンに聞いたのだろうけれど、また何やら誤解を招く言い方をされている気がする。
「今回はアーサーの昇進祝いです。材料も余らせないように必要最低限しか頼んでいません。」
申し訳ないとは思いながら私が断ると、ヴァルからつまらなそうに強めの舌打ちが返ってきた。そんなに異世界料理が食べたかったのだろうか。コロッケのレシピならあげたし、私に言わなくても今は行きつけの酒場が作ってくれるだろうに。
「別に大量に余らせようが残飯処理する連中なら俺以外にもそこら中に転がってるだろうが。」
不機嫌に声を低めながら再びその場に座り込むヴァルが、顎で背後にいるアラン隊長とエリック副隊長、そしてティアラを指した。残飯処理、って…もの凄く失礼な物言いに三人が怒らないか心配で振り向く。が、…
「そしたら、次はたくさん作りましょう!」
「俺はいくらでも‼︎むしろ今日も味見とかっ…!」
「アラン隊長あまり大声で言っちゃ駄目ですって!…でも、自分もそれだと嬉しいです。」
ティアラが楽しそうに跳ねながら応えてくれ、それに乗るかのようにアラン隊長とエリック副隊長も同意してくれた。…本当に皆優しすぎる。それならいっそ、次からは皆の分もお言葉に甘えて作ってしまおうか。それにステイルもここ一年ずっと摂政の勉強を頑張っているし、その労いも込めて…
「姉君、お待たせ致しました。」
少し早口なステイルの声で振り返ると、丁度扉を叩いて中に入ってきてくれたところだった。
そのまま、不機嫌そうに頭を掻いていたヴァルの姿を一瞥した。そのまま「実は一つわかったことが…」と話出そうとしてくれたけど、その前にヴァルが懐から書類を出したせいで中断された。
彼に手を伸ばし、若干御機嫌斜めのヴァルが乱暴にステイルへ書類を突き出した。
「!例のレオン王子からの品が届いたのですね。」
察しが良く、ヴァルの隣にある木箱を見てステイルの口元が緩んだ。私が答えると、ヴァルから受け取った書類に素早く目を通しながら「では、今晩にでも取り掛かりますか?」と聞いてくれる。ステイルも摂政業務後にアーサーへのお祝いに参加してくる予定だ。
「ええ。今晩、アーサーは予定とか大丈夫かしら…?」
「ああ、多分大丈夫ですよ!何かあっても俺が捕まえておきますんで‼︎」
アラン隊長が自信満々に手を上げてくれる。アーサーにはサプライズの為、城の厨房をまた借りて作る予定だ。あとはアーサーにご馳走するだけなのだけれど…。
「そういえば、肝心な場所は何処にしましょうか…?」
首を捻るティアラに、私も「そうね…」と言葉を濁した。私の部屋で良いかとも思ったけど、あまり騒ぐと城の人間に気付かれてしまう。しかも今はセドリック第二王子という客人もいる。夜中とはいえ城の中でパーティーはまず難しいだろう。
「アラン隊長のお部屋はどうでしょう?聞いた話では、頻繁に騎士達を招いているらしいですし、隊長格の部屋ならば七人程度は余裕かと。」
書類をジルベール宰相のところに瞬間移動させたステイルが進言する。確かに、そこなら少しくらい騒いでも良いかもしれない。
「えっ⁈いや!それは‼︎」
すると、アラン隊長が珍しく慌てたように声を上げた。まだアラン隊長達には慣れていないセフェクとケメトが驚いて、ヴァルの背後に隠れた。
「いや!俺の部屋はすっげぇ散らかってるんで‼︎王族の人を招けるようなっ…!」
本当に!本当に‼︎と必死に拒むアラン隊長は慌て過ぎて若干顔が赤い。やはり、王族の人間を自分の部屋に招くというのは緊張するのだろうか。前世の私の部屋もテスト期間とか長期休み中は結構散らかっていたし気にしないのだけれど。
「それならっ…あー、カラム!カラムの部屋にしましょう⁈アイツの部屋なら絶対四六時中片付いてるんで‼︎」
「アラン隊長、流石に本人の居ない間に決めてしまうのはどうかと…。」
「じゃあエリック!お前の部屋はどうだ⁈副隊長格の部屋もこれくらいの人数なら入るだろ⁈」
「えっ、いえ、じ、自分は…。」
今度はエリック副隊長の顔が赤らんでいく。なんだか完全に押し付け合いをさせてしまっているようで申し訳ない。これならいっそ、私は食事だけ提供して近衛騎士四人でお祝い会してもらった方が良いだろうか。
「あっ!それならアーサーの部屋はどうでしょう⁈副隊長に昇進して部屋も丁度広い所に変わりましたし!」
「おっ良いな‼︎アーサーなら部屋も絶対片付いてるし‼︎」
アーサーにも当然ながら許可は取っていないのだけれど…良いのだろうか。でも、何となく話がまとまり出したのにほっとする。そういえばアーサーの部屋を見るのは初めてだ。
「アーサーのお部屋どんなのか楽しみですねっ!お姉様!」
ティアラが嬉しそうに私の腕を両手で掴んできた。そうね、と答えた瞬間、何やらバンバンと煩な音がして振り向いた。すると
ヴァルが木箱を何度も叩いて笑っていた。
ヒャハハハハハッ!と声に出しながらの大爆笑だった。「そりゃあ良い‼︎主が現れた時のあのガキのツラが目に浮かぶぜ‼︎」と何度も笑うからケメトとセフェクが不思議そうに首を傾げている。よくわからないけどアーサーを若干バカにしているような言い方に、私だけでなくステイルが怒っていないか心配になって振り返ると
ステイルもまた、爆笑していた。
ヴァルみたいに声を上げてはいないけれど、私達から顔を逸らしたまま肩を酷く震わせて笑っている。「最高のっ…サプライズだと思います…!」となんとか私に掛けてくれる声からも笑いが滲んでいた。
なんだろう…何故だかその凄くアーサーが不憫な気がしてきた。
「…ねぇ、ティアラ。そういえばハナズオの王子様ってどんな人だったの?」
ヴァルが爆笑で忙しくなって暇なのか、セフェクがケメトと一緒に笑いで震わすヴァルの背中にもたれかかりながら、ティアラに尋ねた。セフェクの言葉にケメトも興味深そうに目を向ける。
「セドリック第二王子はー…、…ええと。」
ティアラが珍しく言葉を詰まらせた。そのまま目配せで私に言って良いか尋ねてくれる。私もセフェク達になんと言えば良いかわからず苦笑いすると、ティアラが少し考えた後に「じょっ…情熱的な、方…ですね。」と絞り出してくれた。物凄くオブラートに包んでくれた!流石お気遣いのできる主人公!ただしその途端
ステイルとヴァルの笑いがピタリ、と止まった。
突然の無音にティアラだけでなく、その場にいる全員が一瞬言葉を躊躇した。
アラン隊長とエリック副隊長は交代の時にカラム隊長とアーサーに聞いているから知っているけれど、それを聞いた時と同じくすごく険しい表情をしたし、近衛兵のジャックもまるで観念するかのように目を閉じた。
「…ティアラ。それは具体的にはどういう意味だ?」
静かに、ゆっくりとした口調でステイルが最初に切り込んだ。ティアラがステイルの覇気を浴びて凄く苦笑いをしている。この声のトーンのステイルからは流石のティアラも言い逃れはできない。
「なんだぁ主。本当にまた一人王子を誑かしちまったのか?」
ヴァルが木箱に肩肘をついて私を目だけで下から覗き込む。〝また〟とは何だと言い返したいけれど、この場の空気がそれすら許してくれない。
「違います。私は何もしていません。」
「〝私は〟とは、つまりセドリック第二王子からは何かされたということでしょうか姉君。」
まさかのヴァルへの返答にステイルが食い気味に乗っかってきた。どうしよう、逃げ場が無い。さっきより若干ステイルから仄暗い気配までする。
「ええと…。」
…他の人には他言しないことを条件に観念した私に、エリック副隊長が説明を申し出てくれた。そのままカラム隊長から引き継いだ内容を彼が語ってくれた結果。
ヴァルは「なんだそれだけかよ」とつまらなさそうに息を吐き、ステイルは
足早に、去った。
「急用を思い出しました」と言って、止める間もなく速やかに。…どす黒いオーラを纏って。
…そういえば、来た時に言いかけていた「わかったこと」とは何のことだったのだろう。ステイルの黒いオーラに若干気圧されたまま、思考だけが気楽に回った。