184.非道王女は予感する。
セドリック・シルバ・ローウェル。
キミヒカ第一作目の攻略対象者であり、ティアラの婚約者。
お色気担当王子のレオンに対し、セドリックは俺様ナルシスト王子だ。
生まれた頃から鎖国された国の第二王子として育ち、国中の民にチヤホヤされ、御立派な異名まで持つ。生まれ持っての美形も相まって、俺様且つ自分の美しさにだけは絶対の自信と矜持を持つナルシストだ。
そんな彼は、一年前のある出来事までは決定的な弱点…いや、欠点があった。
彼は、恐ろしく無知だった。
とある理由から、彼は殆ど勉学というものをしてこなかった。その為、超がつくほどの世間知らずで無知。正直、現段階の知識や常識量だけで判断すれば馬鹿と言っても良いくらいだ。周囲がどれほど勉強を勧めても、彼は敢えて学ぼうとはしてこなかった。
ゲーム開始時には、辛い経験を経て俺様な性格にもふさわしい完璧王子だったけれど、それでもやはり時折知識が偏っていて博識のティアラにも色々世の中のことを教えて貰う場面があった。
俺様な彼自身が言うことを素直に聞く相手など、ゲームでも回想シーンを入れて悪徳女王のプライド、その補佐のステイル、主人公のティアラを入れても五人しかしなかった。
彼は女王プライドにより心に酷い傷を受け、更には成長したゲームスタート時の一年後も都合良く利用されて苦しめられることになる。
回想シーンでは、たった一年前なのに未だ俺様で子供っぽさも残るナルシスト王子様だったけれど、ゲームスタート時には俺様ナルシストとはいっても大分大人びてもおり、王族としての威厳や知識もそれなりにはある頼れる王子様だった。…ただし、同時に重度の人間不信にもなっていたけれど。ゲーム後半では本人の口から「一年前までの俺は、…何も知らないただの馬鹿なガキだったんだ」と語られていた。
一年前に心に酷い傷を負った彼はたった一人を除き、全ての人を信じられなくなってしまう。
そんな俺様な彼の強引さにティアラは振り回されながらも、優しい笑顔と心で接し続けた。気がつけばセドリックはティアラに心を奪われ、愛に触れ、人を信じられるようになっていく。更には後半から明らかになっていく彼が抱えるものの重さのギャップも相まって人気の高いキャラだった。博識なティアラに物事を教えてもらう時に垣間見せる子どもっぽい一面と、何度もティアラに放たれる甘い台詞や強引さが俺様好きユーザーにはたまらなかった…のだが。
…一体、これはどういうことなのだろう。
私は静かに、今の状況を整理する。
セドリック第二王子が客用の部屋に案内された後、一度私とティアラは謁見の間を退室した。
そのまま私は、ティアラと自室で寛いでいたのだけれど…。
「美しきプライド第一王女殿下。宜しければ少々お時間宜しいでしょうか?」
…突然、セドリック第二王子が私の部屋を訪ねて来たのだ。しかも、何故か私を名指しで。
てっきりティアラがいるから、私の部屋まで会いに来たのかと思ったのに。
これには私だけでなくティアラも、近衛騎士のアーサーとカラム隊長も、近衛兵のジャックも専属侍女のマリー、ロッテもポカンだった。
「え…ええ、私で宜しければ喜んで。」
何故ティアラじゃなくて私⁈と思ったけど、もしかしたら前世でいう将を射んと欲すればまず馬を射よ的なアレかもしれないと、取り敢えずは頷く。
金色の髪をなびかせて、不敵に笑むセドリック第二王子が、そのまま手を差し出してきた。手を取って歩いてくれるつもりなのかと、その手に重ねると優しく私の手を包み込んでくれる。私の手を引き、城内を案内して欲しいと望み、了承すると満足げに笑み…私の背後に、目を向けた。
「…彼らは。」
彼の目線の先には近衛騎士のアーサーとカラム隊長がいた。そうか、そういえば近衛騎士自体我が国で初の試みだし、騎士が始終王族の傍にいるというのが妙なのかもしれない。
「私の近衛騎士です。三番隊のカラム隊長と八番隊のアーサー副隊長、二人とも私の身を守ってくれる心強い味方です。」
手で二人を示しながら伝えてみせれば、セドリック第二王子が食い入るかのようにアーサーとカラム隊長の顔を至近距離で覗き込んだ。
「ほぉ…なかなか、だ。……だが、まぁ。」
フフンッと軽く笑いながら独り言のようにセドリック第二王子が呟いた。カラム隊長もアーサーも意味がわからない様子で反応に困ったまま瞬きをしている。…多分、顔のことを言っているのだろう。彼は自分の容姿にだけは確固たる矜持があるナルシスト王子なのだから。
そんな二人を気にしないように、セドリック第二王子が「では行きましょうか」と再び私の手を握ってきた。取り敢えず何処から案内して欲しいか尋ねようと口を開いた途端
「わっ…私も御一緒しますっ‼︎」
少し慌てたような声でティアラが駆け出してきた。振り返れば、にっこりと笑顔で私とセドリック第二王子の背後で立ち止まった。
「ハナズオ連合王国について、色々お話が聞きたいです!構いませんか?セドリック第二王子殿下。」
ティアラの笑顔に、セドリック第二王子が驚いたように目を丸くした。その後すぐフッと笑って「是非とも」と快く承諾してくれた。ティアラが嬉しそうにお礼をいって、私の隣を歩き出す。
…もしかしてティアラ、既にセドリック第二王子に心奪われてしまったのだろうか。恐るべし王道ルート。
背後にいたアーサーも、ティアラを置いていくのが心配だったのか、ほっと息を吐く姿がチラリと目に入った。まさかティアラがセドリックルートに行くかもしれない危機だとも知らずに。教えてあげられないのが、すごく申し訳ない。
「それにしても、プライド第一王女殿下もティアラ第二王女殿下もお美しい。お二人はいつも一緒で?」
「はいっ!いつも一緒です。お姉様はお優しいのでいつも一緒にいて下さいます。」
私より先にティアラが食い気味に答える。セドリック第二王子がそれに応えるように「奇遇ですね、私も兄とは一緒に育ちました」と笑顔で答えていた。金髪同士、すっっごく絵になる。
やっぱりセドリック第二王子に一目惚れしてしまったのだろうか。それなら私の手をしっかり握ってくれているティアラに、私のもう片方の手を握ってくれているセドリック第二王子の手を開け渡すべきでは…
ふわっ…
そんなことを考えていたら、突然私の髪が触れられた。驚いて肩を揺らすとセドリック第二王子が私の髪を手にとって微笑んでいた。
「真紅の美しい髪。…良い香りだ。」
驚きのあまり私が固まってしまったのを確認するように、身体を屈ませた状態で上目に見上げてきた。そして私の髪に
「えっ…⁈」
…髪に、口付けを。
まさかの行動に思わず身体の動きが止まる。その反応にセドリック第二王子がドヤ顔にも見える強い決め顔を私に向けてきた。小さく顔を俯かせた拍子に、彼の身の装飾品がジャラリと音を立てた。彼の服の胸元からクロスのペンダントが小さく姿を覗かせた。
髪…髪ッ⁈手の甲とかと違って別に感覚はない!でも、でもでもでも‼︎
ものすっごく恥ずかしい!
しかもティアラやアーサー、カラム隊長の目の前で‼︎段々と恥ずかしさが更に増して顔が熱くなってくると、優雅に笑んだセドリック第二王子がそのままそっと私の髪をかきあげてきた。
「失礼。あまりに美しい髪でしたので、つい。」
つい、じゃないでしょう⁈…と、言いたいけれど悔しいことに言葉にならない。敢えて言うならば全く反省していない笑みに腹が立つ!そのまま「こちらの方が宜しかったでしょうか」と今度こそ手の甲に口付けされた。突然の連続アタックに顔が熱くなりながらも、ふと考える。
…何故だろう、すごくどこか覚えがある。
『失礼。あまりに美しい髪だったから、ついな。』
『こっちの方が良かったか?』
確か、ゲームのセドリックが婚約発表後の三日間の城滞在シーンでティアラに言っていた台詞だ。
…それが何故か、私に向けられている。
「失礼致します、セドリック第二王子殿下。流石に王子殿下とあっても、それ以上は。」
そっと王族相手に窺いながら、カラム隊長がセドリック第二王子に声を掛けてくれる。同時にアーサーが庇うようにして私の前に立ってくれた。更にティアラも私が後ろに下がるようにと背後からドレスの裾を引いてくれる。
…そう、レオンの時とは違う。
レオンにも一年前いろいろして貰っちゃったけど、あれは婚約者のレオンだから色々許されただけで、例え異国の王子であろうとも気軽にそういう行為は許されない。
「失礼。どうやらプライド様の魅力に囚われてしまったらしい。」
やはり反省はしていない。イケメンオーラ全開で微笑まれ、悔しいけどオーラが眩しい。流石王道攻略対象者。
「プライド第一王女殿下。この俺は貴方の美しさの虜になってしまった。…この三日間が、とても良いものになりそうだ。」
同盟はどうした同盟は。そして本来の目的は。
セドリック第二王子に再び手を取られながら、渋々と城の案内を再開する。
取り敢えず王居内を案内すれば良いだろう。まずは書館からと、彼を誘導しながら共に歩む。
だめだ、まだ頭がまとまらない。俺様ナルシストキャラは前世でも嫌いじゃなかったし、実際ゲームでもティアラとの恋愛にときめいたりもしたけれど、彼の本来の事情を知るとどうしてもそちらばかりに頭がいってしまう。なんというか「そんなことしてる場合か!」と言って叩いてやりたくて仕方がなくなる。まるでこれでは一年早くセドリックルートが始まってしまったようなものだ。…何故か相手が私だけど。
ゲームでも、ティアラに婚約者として紹介されたセドリックは最初の三日間、いきなり初対面のティアラに猛烈アタックをしている。
義兄のステイル以外の男性に全く免疫のないティアラがあたふたする姿と、それを強引にリードするセドリックの姿は王道恋愛ルートそのものだった。でも、それは無条件にセドリックがティアラへ一目惚れしたからとかではない。彼にはティアラに猛烈アタックしなければならない理由が…。
「あ。」
思わず言葉が漏れた。どうかなさいましたか?とセドリック第二王子に顔を覗かれ、思わず思考のままに彼を凝視してしまう。
…まさか、この人。ティアラの時と同じ理由で…いや、それはまず絶対あり得ない。でも、ティアラの時のように私に対してもこうするだけの〝目論見〟があったとしたら。
セドリック第二王子が自分を凝視する私に優雅な笑みを返してきた。…恐らく、自分に見惚れていると勘違いでもしているのだろう。
そのまま頭が高速回転し続けたまま硬直する私の頬を撫で、ゆっくりと彼の顔が私に近づい…
ん⁇
気がつけば彼の唇が確実に私の口元へと近づけられている。ちょっ、えっ⁈ッあった!こんなシーン確かに‼︎ティアラと見つめ合ったセドリックがティアラに口付けをしようとするシーンだ、ゲームの攻略分岐ルート前のイベントだし確かあの時は口付けする寸前に義兄のステイルが止めに入っ
「しッ…つれい致します…‼︎」
セドリック第二王子の唇があと二センチまでなった時、私とセドリック第二王子の顔の間に手が挟まれた。突然目前を手で塞がれ、セドリック第二王子が反射的に身体ごと顔を逸らす。私も驚き、そのまま振り返れば
…アーサーだった。
セドリック第二王子が私に口付けしようとした瞬間なんて、私も反応できなかったくらいの一瞬だったのに。それを見事な反射神経で反応して割って入ってくれたらしい。
そのまま手を私の顔の前から離さないようにキープして、ゆっくり私とセドリック第二王子の間に身体ごと入り、背中に隠してくれた。背中越しからでもわかるほど、アーサーからピリピリしたものを感じる。
ついさっきカラム隊長が注意してすぐにまた手を出そうとしたことを怒っているのだろう。何も言わないからこそ、そこに全てが詰まっているような恐々しい覇気だった。
アーサーの視線が突き刺さっているのであろうセドリック第二王子が一歩引き、その顔色が変わった。
…もしかして、彼は自分が今なにをやらかそうとしたのか気づいていないのだろうか。
第一王女の唇を奪おうとするなんて、無礼どころの話ではない。国同士の問題にもなりかねない重罪になる国だってある。
「セドリック第二王子、どうやら長旅でお疲れのようだとお見受け致します。今日はお部屋に戻り、お休みになられた方がよろしいのではないでしょうか。」
カラム隊長が沈黙を破るように、セドリック第二王子に進言する。私は背中越しで見えないけれど、蛇に睨まれた蛙のようにアーサーから目を離せない様子のセドリック第二王子が無言で小さく頷いた。そのままニ歩ほど下がった後、私に挨拶をするとそのまま先に衛兵達と共に部屋へ戻っていってしまった。
「…ッ大丈夫っすか⁈プライド様!」
セドリック第二王子の姿が見えなくなってから、アーサーがぐるりっ!と勢い良く私の方を振り返ってくれる。大丈夫も何もアーサー本人が庇ってくれたお陰で何もなかったのだけれど。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、アーサー。」
あまりにもさっきの静けさが嘘のように慌ただしく心配してくれるアーサーがおかしくて、苦笑気味に返してしまう。
「申し訳ありませんでした、プライド様。まさか指摘したそばからあのようなっ…!」
カラム隊長も急ぎ私に頭を下げてくれる。いえ、対応して下さりありがとうございました、と伝えて私からも笑みで返す。
本当にアーサーとカラム隊長がいてくれて助かった。それに、色々考え込んでしまったせいで隙だらけになった私にも責任がある。
すぐに女王陛下と王配殿下にも御報告を!と近衛兵のジャックが言ってくれたのを私が止める。流石に今のことがバレたら大変なことになる。最悪、折角の同盟話すら波紋が生じるかもしれない。
ですがっ…!とカラム隊長も言ってくれたけど、どうにかその場にいた皆には心の中だけで留めて貰うようにと頼む。こんなしょうもないことで同盟決裂になったら本当に笑えない。
「…せめて、交代の際にアランとエリックには共有させて頂いてもよろしいでしょうか。万が一の為にも。」
渋々了承してくれたカラム隊長に私も頷く。確かにそれは必要かもしれない。
それに今回は私だったけれど、もしかしたら次はティアラが同じアタックを受けるかもしれないし。未来の婚約者とはいえ、その前に第二王女へ今のみたいなのは駄目だ。
「お姉様、次は何かあったら絶対声を上げて下さいねっ!」
ティアラが私の手を握り、真剣な眼差しを向けてくれる。…気持ちは嬉しいけど、どうしよう完全に未来の婚約者が変質者扱い受けてる気がする。ありがとう、と笑みで答え、ふと視線を投げるとアーサーが私の隣でなんとも難しい表情をしていた。きっと私やティアラを心配してくれているのだろう。アーサー、と名を呼ぶとすぐに顔を上げて一言答えてくれた。
「ありがとう。アーサー達が居れば何があっても安心ね。」
絶対的な信頼をきちんと言葉にして彼に伝える。そのまま笑ってみせると、アーサーが目を見開き、段々と顔が紅潮していった。口元を手の甲で隠しながら「いえ…そんなっ…」ともごもご言ってくれた。〝アーサー達〟と憧れの騎士の先輩達と一緒に褒められたのが嬉しいのだろう。照れた様子のアーサーに思わず微笑みながら、ふとさっきのセドリック第二王子のことを考える。
彼が私に異常なまでに好意的にする理由。
もし、ゲームの時と同じように理由があるとしたら。
彼の、狙いは…。
「………。」
いやいや、そんな馬鹿な。
流石に俺様ナルシストな彼でもそんな馬鹿で安易な考えには至らないだろう。交渉下手を通り越して子どもレベルの愚策にも程がある。大体切羽詰まっている筈の状況で、そんな悠長なお遊びみたいな作戦なんて。…いやでも〝あの一件〟がまだ無いセドリック第二王子ならもしくはー…いやいやいやいやいや‼︎
私は思わず首を一人で横に振る。それに気づいたティアラが私の手を握って「どうしましたか?」と聞いてきた。「なんでもないわ」と言って笑みで返すとティアラが心配そうに私を握る手に小さく力を込めた。
…この時、私は気づいていなかった。
今まで私が変えてきたゲーム設定の些細な歪みが、既に彼らに伸びていたということに。