少年Aへの歴史的判断を裏付ける文書「廃棄の理由不明」 尋常じゃない分量のはずが 神戸家裁
「少年A」の逮捕から今年で25年。少年法を改正する契機になった神戸連続児童殺傷事件の記録が、全て「廃棄」されていた。神戸家裁によると、事件に関する文書は「一切残されていない」という。あの重大事件の記録が、永久保存となる「特別保存」にされなかった理由は分からない。最高裁は廃棄を認めつつ、経緯が不明として見解を明らかにしない。なぜ、保存する内規が存在したのに膨大な記録を捨てたのか。最高裁も神戸家裁も、調査する意向を示していない。
【写真】「少年A」の全記録、裁判所が廃棄 家裁「運用、適切でなかった」
失われた事件記録は、ほかの文書に紛れてしまうような量ではなかった。取材に応じた神戸家裁の職員は「記録庫に行けばすぐ目についたんじゃないかと容易に想像できる」と語った。
神戸家裁で少年Aの審判を担当した井垣康弘元判事(今年2月に死去)が、退官後に著した「少年裁判官ノオト」によると、検察庁から送られてきた記録に限っても「書類だけで段ボール4箱、積み上げると高さ2メートル以上」あったという。少年Aの付添人(弁護人)の一人だった兵庫県弁護士会の工藤涼二弁護士(72)も「分量が尋常じゃない。5段程度の書庫がいっぱいだった」と話す。
そこには、一体どんな記録があったのか。
関係者によると、捜査関連書類だけでも、捜査復命書(報告書)▽供述調書▽実況見分調書▽押収物目録▽勾留状や逮捕状-などがあった。成人事件の場合は、検察官が選別して法廷で証拠申請するが、少年事件では取捨選択せず、全ての捜査記録を家裁に送るのが原則だ。
家裁で作成された資料も含め、保存されていれば文字通り、一連の捜査と少年Aに関する調査を詳細に検証できる記録だった。
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神戸家裁は「所在不明」ではなく「廃棄された」とする。そう断言できるのは、事件記録を管理する「事件簿」の存在がある。家裁によると、神戸連続児童殺傷事件が起きた1997年の事件簿は、保存期間の20年が満了し、2019年2月25日に廃棄された。事件簿に記された事件記録の全てが廃棄済みでなければ、事件簿そのものを廃棄できない。97年の事件簿が廃棄されたのなら、連続児童殺傷事件の全記録が廃棄されたと判断できるという。
ただ、その事件簿が存在しないため、事件記録自体の廃棄時期は不明だ。少年Aが26歳に達する2008年までは保存されていたはずと、家裁職員は言う。「そうでなければ規定(内規)違反になりますから」
事件当時は既に、最高裁通達によって、重要な記録を永久保存する「特別保存」が運用されていた。通達には、その例として「全国的に社会の耳目を集めた事件」や「世相を反映した事件で史料的価値の高いもの」などが挙がる。連続児童殺傷事件がこれに当たらないのか。神戸家裁の職員に尋ねると「厳しい質問だ」と言葉を濁した。
神戸地検で、同事件の主任検事を務めた男性(69)=現在は弁護士=は記録の廃棄について「内規が掲げる永久保存の対象を見る限り、該当すると思われ、内規に抵触している恐れがある」と述べた。
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改正少年法を考える連載「成人未満」の第3部は、少年事件の司法文書と保存のあり方を考えたい。
神戸連続児童殺傷事件の記録の廃棄が分かったのは、家裁に開示請求時の対応を尋ねたのがきっかけだった。公開が原則の裁判だが、少年審判は例外的に非公開だ。「ブラックボックス」の開示請求はどのように拒まれるかを確かめる趣旨だったが、「全記録廃棄」の事実は衝撃だった。
少年Aに対する歴史的判断を裏付ける文書の数々は、なぜ失われたのか。(霍見真一郎)