【江尻良文の快説・怪説】
「サイン盗みはどんな厳罰を科されても仕方のない重罪だが、投手の癖を見抜く名人芸は全く別物。混同してはいけない」。球界OBたちの声で思い起こすのは、故星野仙一監督の名参謀だった故島野育夫氏の名人芸だ。
中日で2度リーグ優勝、阪神を18年ぶりにリーグ優勝させた星野監督に欠かせない名参謀だった島野氏。「オレは投手の専門家だが、野手のことは素人。攻撃面のことはすべて島野ヘッドコーチに任せている」と、星野監督は明言していた。
が、島野ヘッドコーチにはもう一つ、相手投手の癖を見抜く、誰もが脱帽する名人芸があった。それを直接目の当たりにして、仰天したことがある。甲子園での阪神対巨人戦だった。当時、評論家の島野氏とプレスルームでテレビ観戦。
記者席でなく、テレビ桟敷は評論家とベテラン記者の憩いの場であり、本音丸出しのトーク合戦、情報収集の場でもあった。
「ハイ、ストレート」「次はスライダー」「今度はフォークボール」etc投球動作に入ると、島野氏は次々に球種を見抜き、ズバリ的中させるのだ。ウワサの名人芸にひたすら驚くばかり。
「なんで球種がわかるんですか?」と、島野マジックの種明かしを求めると、丁寧に説明してくれた。「投手が投球動作に入った瞬間の手首の位置などを細かくチェックするんだ。それで投げる球種がわかる」などと具体的に解説。
目をこらして見るのだが、言われてみれば、そうかなと思うだけで、素人にはわからない。というよりも、島野氏しかわからない名人芸というしかないだろう。
そんな貴重な体験があったので、「投手の癖を見抜いて球種を当てるのは、サイン盗みとは全く別物のプロ一流の技術だ」という球界OBたちの声に素直にうなずける。
機械に頼ったサイン盗みなど愚の骨頂。プロフェッショナルな島野氏の職人芸が受け継がれていくことは球界の貴重な財産になるだろう。(江尻良文)