「水俣病」に苦しむアマゾンの先住民 「境界から」㉕ブラジル 金採掘で弱者にひずみ
アマゾン川の支流タパジョス川がたゆたうブラジル北部の町イタイトゥバ。先住民族ムンドゥルクやヤノマミの子どもたちや妊婦が診療所で検査を受ける。医師が「髪を少し切ります」と話すと不安げに泣き出す子もいる。
生まれながら神経系などに障害がある子が多い。過去の調査で毛髪から高い濃度の水銀が検出された人もいる。日本の水俣病によく似た症状だ。ムンドゥルクのリーダーで活動家のアレッサンドラ・コラプ(40)は「障害を伴って生まれる子や車いすが必要な子がかなり前から増えた。起きてはならないことがこの一帯で起きている」と語る。
▽金塊の町
イタイトゥバは「シダージ・ペピータ(金塊の町)」と呼ばれる。周辺で植民地時代に金鉱が見つかり、後にゴールドラッシュが起きて各地からガリンペイロ(金採掘業者)が集まった。現在は先住民集落での採掘が禁じられているが違法採掘は絶えない。
問題となるのは水銀を使った安価な採掘法だ。岩石に含まれる金を水銀に吸着させた後、加熱して水銀を蒸発させ金を取り出す。その過程で大気や川に水銀が放出される。メチル水銀が微生物を介して魚の体内に取り込まれ濃度が高くなる。流域では水俣病に似た健康被害が多く確認されている。
コラプが立ち上がったのは2017年のことだ。ムンドゥルクの集落で数年間暮らしていた環境活動家の友人が、うまく歩いたり話したりできなくなった。調べると毛髪から高濃度の水銀が検出された。川の魚を毎日食べていたのが原因らしい。政府系研究機関のオズワルド・クルス財団に手紙を書いて調査を求めた。友人は2021年に36歳で亡くなった。
▽全員から水銀
2019年の調査結果は衝撃的だった。タパジョス川流域の3集落200人を調べると、全員の毛髪から水銀が検出された。6割は安全基準を上回る濃度だ。「私たちの母乳は水銀に汚染され、赤ん坊に毒を与えているのか」と女性たちは泣いた。調査に携わった医師パウロ・バスタ(55)は「水俣病が強く疑われる」と話す。
断定するには長期的な調査が必要だ。バスタらのチームは2023年10月から、妊婦と子どもの追跡調査を始めた。先住民10集落で妊娠中と産後、子どもが2歳になるまで水銀の値と健康状態を調べる。
イタイトゥバの診療所に集まったのは障害が顕著な約80人。流域には調査対象以外にも多くの人が暮らす。バスタは「これは氷山の一角だ」と警告する。
都市部への被害の広がりも懸念される。バスタらが2021~22年に行った調査では、アマゾン地域の6州17自治体の市場などで流通する魚の2割から、安全基準を超える濃度の水銀が検出された。
ムンドゥルクのルシデイア・ワル(49)は、3歳になっても歩くことも話すこともできない孫娘ラウアナの将来を案じる。父親は育児を放棄し、公的援助が必要だ。「私たちは毎日魚を食べていた。集落には他にも障害のある子らがいる」と嘆く。
▽経済優先
「金の違法採掘は2019~22年に悪化した」というのがコラプやバスタの見方だ。前大統領のボルソナロが環境への影響を軽視し、アマゾンの保護よりも開発を推し進めた。経済を優先した末の環境汚染の構図は、日本の高度成長期に新日本窒素肥料(現チッソ)が不知火海(しらぬいかい)(八代海)に工場排水を流し続けた水俣と重なる。
2023年に政権交代を果たしたルラ大統領は一転、アマゾン保護を強化し違法採掘を厳しく取り締まる。2013年に熊本市で採択され、水銀による環境汚染や健康被害の防止を目指す「水銀に関する水俣条約」の履行に向けて動くが、議会ではアマゾン開発派の声が大きい。
イタイトゥバの外れにある港には数隻の金採掘船が停泊し、ガリンペイロたちが船の修理中だった。その一人のジョルジ・アレシャンドレ(24)は「金採掘ができなければ生活できない。水銀被害で死んだ人など見たことがない」とこぼす。
イタイトゥバには水俣病研究の第一人者の故原田正純(はらだ・まさずみ)医師もかつて訪れた。地元の医師と調査し「水俣病の根本には差別がある」と繰り返し指摘した。
コラプも同じ思いを抱く。密林の奥地の先住民は「まるで存在しないかのように扱われている」。チッソ城下町と言われた水俣でも、貧しい漁村の被害者は差別の対象だった。弱者が社会のひずみの犠牲になり、人命や人権が軽視される状況が続く。
バスタらも原田のようにアマゾンで奮闘する。北部サンタレンに水銀の病理学に特化した医療施設をつくる計画を進める。「政府による実態の把握がまず必要だ」。健康を守るため先住民への啓発活動も行う。
「日本で起きた悲劇を繰り返したくない」とコラプ。「われわれは沈黙の中で死んでいくことはしない」と語気を強めた。
【取材メモ/自然のしっぺ返し】
「魚にも水にも、万物には母がいる。母の子どもたちを破壊すれば、母は怒って私たちを攻撃してくる」。バスタ医師が水銀被害について聞き取りをした、先住民族ムンドゥルクの祈禱(きとう)師の言葉だ。よく似た言葉を、かつて熊本の水俣で聞いたことを思い出した。水俣病患者で語り部の浜元二徳(はまもと・つぎのり)さんだ。「人間は自然に生かされていることを忘れちゃいかん。環境を破壊すればそのはね返りは必ず人間に来るけん」。図らずも地球の反対側で発せられた、同じメッセージは重い。
(敬称略、文と写真は共同通信前サンパウロ支局長・中川千歳、写真は共同通信前サンパウロ支局員・アリエル・モリコネ=年齢や肩書は2024年6月26日に新聞用に出稿した当時のものです)