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40歳を〆切に設定した「自著出版」と「つくる」の連続性でアイデンティティは揺れる

9月16日の40歳誕生日を〆切にした自著『おまえの俺をおしえてくれ』の執筆作業に追われている。

場所は浅草。4年前から「本を作りましょう!」と声かけてくれた柳下恭平さんと合流し、人生初の缶詰作業と洒落込んだ。まず壁の柄がおしゃれ。テラス付きで執筆の合間に、外の空気を吸うことができる良い部屋だ。

柳下さんはいつも前向きなオーラで気持ちを包み込んでくれる。編集者として作家のモチベーションをどう引き上げるのか。どんな環境が執筆に適しているのか。優しくも強い。動くミシュランマンのような肉感で軽やかにプレッシャーも与えてくれる存在だ。

「〆切は妖精だよ」

過去に何度か柳下さんが口にしたセリフだ。一度は潰えかけた自分自身の本の制作もこの言葉が下支えとなって、主体的な自己決定で「40歳の誕生日に絶対、自分の本を出す!」と決めたのはまだまだ長野に深く雪が積もる2月頃だっただろうか。

すぐに思いついたのは作家・土門蘭さんにカウンセリングの体をとりながら、出版に向き合う言語化とアイデンティティの揺れを引き出してもらうことだった。毎回、赤裸々に過去の自分を訥々と話す。そこで思い出したことを文章に落とし込んでいく。その過程自体をプロモーションにしてみる。これぐらいシンプルな思いつきだったことは否めない。

土門さんと柳下さんは作家×編集者の関係性で一緒に本を作っている。土門さんも柳下さんに見出された一人であり、そこに並んで徳谷柿次郎という人間も見出された……というのは偶然ではないはずだ。きっと柳下さんの動物的なセンサーに反応する臭いをまとっているのかもしれない。

共通するのは昭和の残り香。飢えた感覚。相手を飲み込んででも、生き残ってやるという気概。時代に翻弄されたアイデンティティの流れを汲んでいて、もがき苦しみながら書くことをやめなかった2人といえる。このあたりの言語化は、今書いている本のイベントでできたらおもしろそうだ。

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3人で初めて表舞台に経った「経営者の孤独」出版イベント


アイデンティティに向き合う執筆作業

今回、自著出版に踏み切った理由は2つある。

ひとつは自分の人生に句読点を打つため。40歳の節目はあまりにも大きい。「自分の本を書くこと」は編集者としての立ち位置を確認する作業でもある。そこには作家の振る舞いができるかどうか。その素養があるかどうか。一度、自分自身の言葉だけを詰め込んだ独立性の高い出版にチャレンジしたかったのだ。

過去何度か「ジモコロ」「オウンドメディア」の文脈で書籍化の打診をありがたいことにいただいたことはあったものの、「ローカル」と「オウンドメディア」の正解みたいなことを言い切ることへの抵抗があってお断りしていた。

出版社から出す以上は”世の中で求められているテーマへの接近”が不可欠になる。売れなければ意味がないし、興味を持ってもらえなければ出版する意義も薄れる。それでも新参者の意識と常に闘い続けなければいけない「ローカル」という領域は、正解の旗を振った瞬間に石をぶん投げられるのが目に見えていたのだと思う。

今年1月に立ち上げた『風旅出版(ふうりょしゅっぱん)』は、私が経営する株式会社Huuuuの出版レーベルだ。

第一弾『A GUIDE to KUROISO』は個性的な町を切り取る作品づくりの一環であり、長期的な投資の意味合いを持っている新たなガイド本として全国で自主流通に励んでいる。本を売るのは大変だけど、めちゃめちゃおもしろい。

第二弾は、シンカイで出合った大学生・タケバハルナちゃんが卒業制作でつくりきった長野市・権堂商店街を舞台にした写真集『おじちゃん』。あまりにも完成度が高く、自腹で刷った50冊はあっという間に売れて彼女の手元には在庫がない状態だった。

「今後の人生でこの本を広げる機会がなんて絶対にもったいない。印刷費と流通・販売諸々のサポートするから、一緒にクラファンを立ち上げて再販しよう!」と声をかけた。

表紙のアップデートを施した『おじちゃん』は近日、シンカイ含めて新たに販売できると思う。「やってこ!」の合言葉を掲げて4年間、長野市に人の流れを生んできた自負はあるけれど、好き勝手に飛び込んできて、自由気ままにクリエイティブの種を蒔いて芽が出ているタケバちゃんの存在はあまりにも大きい。編集者として一矢報いたい気持ちに駆り立てられたのである。

そして9月16日発売の『おまえの俺をおしえてくれ(通称:おまおれ)』。気づけば一年で三冊も出版することになっていた。ここまできたらもう出版レーベルを超えた普通の出版社を名乗っていいのかもしれない。自分たちで企画をして、制作をして、印刷をお願いして、流通・プロモーションまで全部やるスタイル。ただ「つくりたい」の一心を磨き上げていったら、来年も2〜3冊ぐらい出版する話が動いているのだから”思い立ったらすぐ行動”の連続性は恐ろしい。ちょっと、つくりすぎてるぐらいだ。

同時並行で「家づくり」「畑づくり」「コミュニティづくり」「スナックづくり」も進んでいて、いまつくりたいものをぜんぶつくっている。やりたくてやっているから、忙しさはあまり苦にならず、なにかを手放して新たに掴んでいる感覚の方が強いかもしれない。40代に向けた鍛錬ともいえる。

ふたつめの理由は、悩める10〜20代の人たちに自分の人生が良い材料になるんじゃないか?という淡い希望。

タイトルに込めた意味はアイデンティティの認識だといっていい。おまえとおれ。本名ではない「柿次郎」という名前を背負って、右肩に「柿」のタトゥーを彫った経験もまたアイデンティティの更新だと今は捉えられている。良いも悪いもこの行為にはない。ただ、その決断をしたことの答え合わせでしかないとも思っている。

極端な自己決定に至るまでのプロセスは、自分で理解し咀嚼するまでに時間がかかるものだ。親への許可も得ず上京し、浅瀬で溺れながら選び取った東京での10年は自己形成に強烈な影響を与えていて。常に他者の存在がいるからこそ、自己というあやふやな塊を認識することができている。おまえのなかのおれを考えること。おれのなかのおまえを考えること。主観と客観、具体と抽象、仮説と検証を繰り返しながら、恵まれた環境に囲まれた40歳の人生を受け入れることができている。

まずはいまの自分になにが「ない」のかを認識すること。そこから「ある」を引き寄せて、人生のカードデッキを拾い集めながら構築することが現代人にはたまたま許されているんじゃないだろうか? こんなことを考えながらここ数年は必死に生きてきた。なにもかも、あたりまえじゃない。利己のために利他を使いこなし、自己のアイデンティティを強烈に揺らしながら、世の中にスタンスを示し続けることは、長年ヒップホップを糧にして生きてきた私にとっては必然の行為だったように思える。

「主体性をもった自己決定」こそ、軽やかな風のような自由を掴み取って、社会が生んだ歪なシステムから距離を取ることができる武器になり得る。家族体に欠陥があっても、文化資本に恵まれず、夢と自身を失ったとしても、強烈な「ない」を自覚しきった人間こそ強く生き残れるはずだ。

生存バイアスだと罵られようとも構わない。一般的な感覚の物差しなんてドブ川に捨ててしまえ。主観が複雑に折り重なったものが、人々がすがりたくなる客観なのだとしたら…そんなつまらないことはない。たった一人の人間が信じ切った細い針金のような主観を強く柔らかい表現に変換し、数少ない身近な誰かの人生に影響を与えていったほうが気持ちいいはずだ。

おれとおまえは、直接言葉を交わすこと、もしくは剥き出しの感情をぶつけあうこと、皮膚と皮膚が擦れ合うこと、飯や酒を介した唾液を交換することでイズムを伝えあってきたはずだろう。

インターネットというおまえにも救われた。過剰に、強烈に、狂気を孕んだ「つくることの連続性」が、あらゆる感情の残り香をアーカイブしてきた。言葉の置き鏡だ。水面の映り込む月だ。走り抜けたときに頬を撫でる風そのものだ。一滴の雨露のように。すべてを受け止める土のように。春とともに芽吹く植物のように。すべてはめぐりめぐって、だれかとだれかの心をつなぐ。

その都度、心は揺れる。

アイデンティティはいともたやすく形を変える。

思い込みを捨てて、素直に振る舞うたび、おまえはおれを覗き込む。

深く深呼吸をした後に、おれも、おまえを優しく覗き返すと思える。

9月16日(金)CITAN@東日本橋で出版イベントをやります

徳谷柿次郎という人間に出会った人たち。これから出会いたいと思ってくれる人たち。たまたま予定が空いて暇だから行きたい人たち。どんな人でも大歓迎です。おもしろイベントまみれの時期ですが、よかったらこの日空けといてください。乾杯しましょう!

その場で買った本を悩める若者との一期一会の切り札として持っていてください。「ない」から「ある」に変えることは容易じゃないし、置かれた環境次第でいくらでも前向きに自分と向き合う余裕を奪うのが社会の歪な構造です。

それでも、少なくとも、私はこの本をきっかけとした出会いにできるかぎりを尽くします。しんどいときはしんどいと正直に言います。

そのためにあらゆる友だちや仲間たち、陰ながら見守ってくれている人たちに助けを求めながら、目の前に存在する現実に向き合いたいと思って40歳を迎える心構えがある。

都度都度、きっと尋ねると思います。

おまえの俺をおしえてくれ、って。


『おまえの俺をおしえてくれ』決意の関連note


1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!

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40歳を〆切に設定した「自著出版」と「つくる」の連続性でアイデンティティは揺れる|徳谷 柿次郎
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