投打の二刀流で活躍してきた大谷翔平選手の新境地だろう。指名打者に専念した今季は、打って走り、本塁打と盗塁の新たな地平を開いた。

 6日からのポストシーズンはその総決算となる。

 大リーグに移って7年目。走塁の成長には目を見張るばかりだ。キャンプからスタートの向上に取り組み、持ち前の長打と合わせて、これまで誰も届かなかった50本塁打50盗塁を達成。最後は54本塁打59盗塁まで積み上げた。盗塁は自己最多から倍増した。

 この二つがあわせて評価されるのは、両立が並大抵ではないからだ。長打力をつけようと筋肉量を増やせば体重は重くなり、走るバランスは崩れる。多くの選手は悩み、どちらか得意な方を選び、武器として磨く道を進む。大谷選手はそのジレンマに挑み、大胆に超えてみせた。

 「打走の二刀流」を目指せば準備も2倍必要になる。打者に加えて走者の視点でも相手投手をビデオで研究し、くせを見抜かねばならない。まして今季は右ひじに2度目の手術を受け、投手としてのリハビリもこなしていた。球団を超えて、多くの選手から敬意を集めるのも理解できる。

 興味深いのは、タイトルや数字に対する姿勢が淡々としていることだ。

 レギュラーシーズンの最終戦は本塁打と打点に加え、打率と合わせ三冠王の可能性もあったが、「あんまり考えていなかったですかね。どのくらい差があるのか、よくわかっていなかった」と言った。

 目先の結果には一喜一憂せず、自分が目指す最良のプレーやフォームを思い描き、進化の道順を探し続ける。それが自分を枠にはめず、壁を越えていく大谷流なのだろう。

 もちろん誰もが大谷選手のようになれるわけではなく、なる必要もないが、考えたいのは、若い人の可能性をどう引き出すかだ。

 大谷選手の高校時代の指導者は「先入観は可能を不可能にする」と説き、長期的な目標と達成するまでの手順を考えさせ、言語化させることを徹底した。卒業後に入団した日本ハムも、投打の二刀流を一度も否定せず、伸びしろを残すことに腐心した。

 目標は大事だが、数字にこだわれば重圧にもなる。何より限界をきめつけないことが大事だろう。指導者が改めて考え、学ぶことは多い。

 今季は巨額の契約で球団を移り、開幕直後は元通訳がギャンブルの不正送金で解雇された。重圧も動揺もあったろうが、球場では野球を心から楽しむ笑顔が印象的だった。それも進化の推進力だろう。

連載社説

この連載の一覧を見る
その他のオピニオン面掲載記事