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181.騎士達は論じ合う。


「…それにしてもあのハナズオがまさか五日後にかぁ〜。今までずっと音沙汰なかったってのに。」


深夜、アランが自室の酒をグラスへ注ぎながら呟く。レオンを見送った後、その足で女王にハナズオ連合王国の訪問を伝えに行ったプライドの姿を思い出す。


「自分も驚きました。こんなに突然来訪なんて前代未聞ですよ。」

エリックが頷く。ジョッキの酒を少しずつ傾けながらもその目はしっかりとアランへと向けていた。


「プライド様は以前よりハナズオとの交流を図るために書状を送られていた。が、何故こんなにも突然…。しかも、同盟に前向きとは。」

レオンの言葉を思い出しながら、カラムが続く。そのまま、同意を求めるように向かいの席に座る騎士へと目を向けた。


「はい。…俺も、そう思います。それに確かハナズオって王族の馬車でも片道十日は掛かりますよね。」

アーサーも頷き、首を捻る。手の中にあるジョッキを一口分傾けながら「なぁ?」とその隣にいる青年に話を振った。


「ああ。つまり、レオン王子に伝言を預けたその翌日には既にフリージア王国に向かい、出国しているということになる。どう考えてもおかしい。」

青年がアーサーに続くように酒を一口含む。そして飲み込むと同時に一度ジョッキを置き、腕を組んで背もたれに身体を預けた。そのまま確認するようにアラン、カラムに向けて口を開いた。



「しかも、確か今日のレオン王子の話では特に姉君と親睦を深めたいと言っていたのですよね?」



ステイルの言葉に、アランとカラムは即答した。

一年前から、ステイルは摂政業務を終えて部屋に帰った後、時折アーサーと共に近衛騎士の三人ともアランの部屋で飲むようになっていた。

主にアーサーのもとへ瞬間移動した時のタイミングによるが、他の騎士と飲んでいる時はともかく近衛騎士の四人しかいない時は遠慮なく会話に加わっていた。

そこでプライドの最近の様子を彼らから聞くことが、ステイルの密かな楽しみにもなっていた。


「ええ、確かに。…正直、今はプライド様へのそういった申し入れは珍しくもありませんが…。」


カラムの表情が静かに苦悶する。目をそらすようにジョッキの中へ目を落とし、言葉を濁した。

カラムの言葉に全員がそれぞれ小さく唸る。今や、プライドが婚約解消をしてから国内の貴族は勿論、他国の王族からも次々と交流や婚約希望の申し入れが届いていた。

ただし、二度目の婚約であるため一層慎重に選ぶ必要があることと、書状に目を通したプライド自身からの「会いたい」といった希望がない為、未だプライドの婚約者の椅子が空いたままなのが実情だ。


「では、やはり第二王子もそういう理由でこの度フリージアとの会談を計ってくださったのだと…?」

エリックが隊長やステイルの顔色を窺うように尋ねる。

不思議なことではない。他国の王族王子達がそうであるように、サーシス王国の第二王子がプライドとの婚約目当てに重い腰を上げたとしても。


フリージア王国、そしてその第一王位継承者であるプライドにはそれだけの価値があるのだから。


「第二王子の齢は今年で十七。…姉君と同年だ。」

婚約者が年上という規定は無い。十七歳ならばフリージア王国でも婚約するのに申し分ない齢だ。むしろ、婚約者候補として名乗り出れる歳になったからこそ今のタイミングで交流を試みたいと考えれば納得もいく。


「摂政業務中とかにハナズオの噂とかは他に聞かねぇのか?」

ステイルの言葉にふと、思いついたようにアーサーがステイルへ尋ねる。世界情勢や外交が専門のヴェスト摂政付きならば、そういった情報や噂が耳に入ってきてもおかしくはない。


「…この百年近く、外部との関係を殆ど遮断していた国だからな。唯一交易が続いているのも貿易大手国のアネモネくらいだろう。金や鉱物が盛んで、国を閉鎖する前からそれで栄えてはいたが…現国王のランス元第一王子については、世界情勢にも目を向ける優れた国王であるということはヴェスト叔父様も仰っていた。だが、セドリック第二王子については殆ど情報がない。以前のレオン王子の話ではあまり優秀とは言い難いようにも聞こえたが…。」


ステイルの言葉に騎士達が小さく唸る。その表情には若干の第二王子への不信感も滲み出ていた。特にいまこの場にいる五人は、一年前に優秀な兄をもつ第二第三王子の醜態をその目に焼き付けている。


「………まぁ、優秀な第一王女の弟が優秀な次期摂政だってこともありますし。」


暫しの沈黙の後、全員の気持ちを察してアーサーが口を開き、何気なくステイルの肩を叩いた。

その言葉に先輩騎士達が「確かに」と深く頷き、アーサーと少し目を見開いたステイルに向かって静かに笑んだ。まさか自分に話が振られてくると思わなかったステイルは、一拍置いてから「わかっているじゃないか」と言わんばかりの不敵な笑みをアーサーに返した。


「…まぁ、あと五日もすれば否が応でもわかる筈だ。お前も絶対王子の最初の訪問時には姉君の近衛騎士につくように調整しておけ。」

照れ隠しのようにステイルは酒を二口飲み込むと、そのままアーサーだけでなくカラム達にもそうなるようにと目配せをした。騎士三人がそれを汲んで頷き、カラムが「調整しておきます」と一言添える。

その中でアーサーだけが、一人不安げに小さく眉間に皺を寄せた。以前、自分の目利きのせいでレオンに疑いの目やステイルに不要な心配をかけたことを本人は未だ気にしている。

だが、それを打ち消すようにステイルは自らアーサーのジョッキに酒を注ぐと、ドンッと音を立てて瓶をテーブルに置いた。驚いて肩を揺らすアーサーに向き直り、「そんなことよりも、だ」と言葉を切った。そのまま静かに自分の眼鏡の縁を指先で押さえる。


「アーサー。俺はまだ満足していないぞ。」


敢えて低い声で、ステイルはアーサーに告げた。二人の仲を知らない人間が見れば、ステイルがアーサーを叱咤しているかのようにも見える雰囲気だ。

ステイルの言葉に黙って目だけで応えるアーサーは、そのまま次の言葉を待った。


「八番隊の副隊長になったくらいで俺が満足できると思うな。」

酒のせいか、それともこれも敢えてか。目が座ったまま、ステイルはじっとアーサーをその両目に捉えた。

なった〝くらい〟という言葉にアーサーがゴクリと喉を鳴らした。その反応に満足したようにステイルは口元を引き上げる。


「まだ、まだ足りない。」


少し楽しそうに口ずさみながらテーブルに肘をつき、スラリと長い人差し指をアーサーに向けた。


「もっと俺を満足させてみろ、アーサー。」


やはり少し酔っているのか。いつもより機嫌が良さそうなステイルの声が小さく部屋に通った。

アーサーが昇進した時は多くの騎士達の前の為、満足に口では語り合えなかった。さっきまでも遅くまでアーサーの昇進祝いを複数の騎士達が祝っていた為、何も伝えられなかった。

日中も自分自身の摂政業務と相まってアーサーに直接会う機会を完全に逃していたステイルにとって、やっと相棒であるアーサーへ直接言いたい言葉を告げられた瞬間だった。


「…ハッ!…当たり前だろォが。」

手の甲で軽くステイルの指先を払うと、そのまま笑みで返す。

常に飲む量を自分で調整しているステイルが、人前でこんな酔ったような姿を見せるのも初めてだった。それだけアーサーの昇進が嬉しくて、一言言いたかったのだろうと三人の騎士が心の中で何度も頷いた。


「…あ。ちなみにステイル様はアーサーがどんだけ昇進したら満足ですか?」

ふと、思いついたようにアランが声を上げた。若干酔った様子のステイル相手だからこその問い掛けだ。アランの言葉にステイルは軽く顔ごと目を向け、「そうだな」と返してニヤリと悪い笑みをアーサーに向けた。


「まぁ、騎士団長くらいまで行けば満足してやっても良い。」


ブッ‼︎とアーサーが丁度口に含んだ酒を盛大に吹き出した。先輩騎士達は少し予想出来ていたらしく、ステイルの難題とアーサーの反応に苦笑して顔を見合わせた。


「ばっ…‼︎おまっ!隊長達の前で何言ってン…‼︎」

暗に目の前の騎士隊長、副隊長達すら超えろという発言にアーサーはステイルと先輩達を交互に見ては振り返り、声を上げた。


「なんだ、騎士団長に勝てる自信はないのか。」

「八番隊と騎士団は違ぇよ‼︎剣の実力だけで務まるほど騎士団長は甘くねぇに決まってンだろォが‼︎」


聞き方によっては剣だけなら騎士団長にすら勝てる自信もあると聞こえるアーサーの言葉に、とうとうアランが笑いを抑えきれなくなった。それに気づき、エリックとカラムも「アーサーらしい」と笑いを噛み殺しながら互いに顔を見合わせる。その間もステイルが容赦なく「わかってるならもっと総合力を上げろ。」とアーサーを追い詰めていった。


「…まぁ、騎士団長になるのが容易でないことは確かですね。」

アーサーに助け舟を出すべく、最初にエリックが声を掛けた。それに頷き、笑いながらカラムが続く。

「能力も当然求められますが、各隊の規定や現隊長の意志によって随時交代可能な隊長や副隊長格と違い、騎士団長と副団長の場合は本人が殉職か引退、解任されなければ変わることもありませんから。」

「ロデリック騎士団長もクラーク副団長も、まだまだ現役だからなぁ〜!」


アランが頬杖をつきながら笑って同調する。騎士隊長の目から見ても、老いを殆ど感じさせないあの二人は少なくとも十年、長ければ二十年は現役であり続けるだろう。

アーサーは隊長達の言葉に、ほっとひと息ついてジョッキを傾けた。


「ならば、俺を満足させられるのはまだ先だな。」

ステイルが皮肉に笑いながらアーサーの肩に手を置いた。するとアーサーはチラッと軽く睨みながら酒で俄かに火照った顔をステイルに向けた。

「ぶわぁぁか、俺は俺ができっことやるから良いンだよ。…プライド様を守るのが、近衛騎士である俺の役目だろ。」


言葉とは裏腹にどこか不貞腐れたように言うアーサーに、その場にいる先輩騎士の誰もが小さく笑んだ。事実上いまの自分では難しいと言われてヘソを曲げるアーサーに、先輩騎士達は何となく、彼の本音と建前を汲んでいた。


「……………………剣なら負けねぇけど。」


ぼそり、とそっぽを向きながら呟いたアーサーの言葉に誰もが笑む。少し子どもっぽいアーサーの発言に、彼がまだ十代であることを思い出された。アランが未だ中身がはいっている酒瓶を手に席を立ち、不貞腐れるアーサーの背後に立った。そのまま一本に括られた銀髪の根元ごと上からわしゃわしゃと乱暴にかき回した。


「なぁ?そうだよなぁ〜⁈素手の格闘でも最近は俺にすら良い勝負してきたもんなぁ⁈」

どわっ⁈と突然のアランからの襲撃に振り向いたアーサーが慌てた様子で「や、やめてくださいって!」と声を上げた。


「そしたら、あとの課題は狙撃と作戦指揮能力ですかねぇ。次期騎士団長。」

アランに乗るように笑いながらアーサーをからかうエリックに、カラムが気付かず頷く。


「狙撃の成績もエリックほどではないが、アーサーも良い方だろう。その場での判断力も長けてはいる。残りは作戦指揮といったところか。…良ければ今度私が教えるが。」

「おっ!良いじゃん‼︎あと十年二十年以内にそこももっと伸ばさねぇと!じゃねぇとエリートのカラムに先を越されちまうぞ?次期騎士団長。」


ドバドバとアーサーのジョッキに溢れんばかりに酒を注ぐアランに、抵抗すらできずアーサーが俯く。口元を片手で覆った顔は酒のせいか、それとも照れたのかさっきより更に紅潮していた。


「勘弁してくださいって…。」

でも作戦指揮についてはぜひ御指導お願いします、とくぐもった声でアーサーが繋ぐとカラムが頷き、「アラン、そろそろアーサーに飲ますのは止めろ」と声を掛けた。


「騎士とは違うだろうが、策なら俺からも手解きしてやる。お前が俺の頭脳について来れたらの話だがな次期騎士団長。」

ッやめろって‼︎とステイルの言葉にアーサーがとうとう頭突きを繰り出した。ガツッと痛そうな音と共にアランにより乱され解けた長い銀髪が振り乱された。

「…まぁ、夜に暇あったら頼む。」

未だ少し火照りが覚めないままにアーサーが言葉を返す。髪を括った紐を一度完全に解き、もう一度結き直しながら目を逸らした。

「……任せとけ。馬鹿にでもわかるように厳しく教えてやる。」

眼鏡が割れていないことを確認したステイルが、今度は打ち付けられた額を押さえつけながらアーサーを睨んだ。そのまま元の一本に括られたアーサーの銀髪を掴み、仕返しにぐいっと引っ張った。

「ッぐあ⁈なっ、なにしやがるステイル‼︎」

引っ張られて頭ごと背が反るアーサーに「眼鏡が割れたらどうするっ⁈」とステイルが声を荒げた。元はと言えばテメェがっ!とアーサーが椅子からこぼれ落ちないように必死に抗いながら言い返す。


「…ほんっと、第一王子にあんだけのことできるのって王族以外じゃアーサーぐらいだよな。」


二人の喧嘩で、そ〜っとアーサーの傍からカラムとエリックの背後に避難してきたアランが二人に声を掛ける。

最近は自分達の前ではアーサーもステイルへ自然体で話すようになってきていた。


「本当ですねぇ。しかも昔からあんな感じらしいですし。」

「逆を言えば、アーサーがあんな言葉遣いをする相手も私達が知る限りはステイル様ぐらいだが。」

「まぁ、…アーサーもステイル様も未だ十代ですから。」


エリックの言葉にアランとカラムが深く重く頷く。

十代。もう自分達には縁のない年齢だと思いながら、目の前の青年二人の若々しさが先輩騎士三人にはひたすら眩しく映った。

そのまま互いにジョッキへ酒を注ぎ合うと、合図もなくジョッキを当てあい、同時に飲み干した。



あまりにも若々しい次期摂政と次期騎士団長候補の姿を、酒の肴にしながら。


これが、嵐の前の静けさだったことを








彼らは、まだ知らない。


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