180.非道王女は事前連絡を受ける。
「…ああ、構わないよ。その食材なら五日後にまた届く予定だから、届き次第すぐにでも送ろう。」
客間で寛ぎながら紅茶を嗜むレオンが、私の頼みに即答で応じてくれた。
ステイルは既にヴェスト叔父様の元へ戻ってしまい、今この場にはテーブルを挟んでレオン、私の隣にティアラがちょこんと座っているだけだ。後はお茶を出す侍女と近衛衛兵や近衛騎士以外は誰もいない。レオンが連れてきた宰相も最近では慣れたらしくレオンの隣ではなく、少し離れたテーブルで寛ぐようになった。
「本当?ありがとう、すごく助かるわ!」
あまりに嬉しくて笑顔でお礼を伝えると、レオンが滑らかに笑んで応えてくれた。…若干、急に妖艶さが滲み出てティアラと一緒にどっきりする。
なんでも、一年前に私があげたレシピをレオンが民に提供したところ、凄く人気がでて食材の需要が増えた為、それからはアネモネ王国でも定期的に輸入しているらしい。…同時に需要が多過ぎて市場に降ろしたらすぐ完売らしいけれど。
物珍しさも勿論あるし、何より大人気王子からのレシピなら人気が出るのも当然だろう。ただ、それが私の前世の庶民料理なことだけが申し訳ない。
「ちょうどその頃にヴァルが我が国に立ち寄ってくれるらしいから、その時に預けるよ。彼の配達が一番早いだろうしね。」
何から何まで本当に助かる‼︎流石輸入最大手国次期国王‼︎
レオンは今は現国王の元で勉強中だけど、もう王位継承も時間の問題らしい。
「本当にありがとう。突然ごめんなさい。」
レオンに再びお礼を言いながら、ほっとひと息つく。タイミング的にも突然また料理人達に厨房を借りるのも悪いし、五日後なら今からお願いしておけば丁度良いだろう。隣に座るティアラが嬉しそうに「楽しみですねっ!」と顔を綻ばせてくれた。
「これくらいはお安い御用さ。アーサーの昇進なら僕も祝いたいし、何より他でもないプライドの頼みだからね。」
ストレートな言葉で優雅に微笑みながら「また君の手料理が食べられるなんて羨ましいな」とお世辞まで言ってくれる。流石は完璧王子だ。
そのままレオンは「五日後といえば…」と、ふと思い出したようにその表情を変えた。
「そういえば…、…プライド。〝ハナズオ連合王国〟を覚えているかい?」
突然のワードに驚き、思わず肩が揺れる。ハナズオ、我が国が未だ交流を取れていない国だ。
一年前にレオンが代表者に我が国の意向を話はしてくれたらしいけれど一向に向こうからも、更にはこちらが出し続けている書状への返事もなかった。
ええ、覚えているわと言いながら必死に落ち着こうと、そっと気付かれないように息を整えた。
「六日前、交易でハナズオのサーシス王国に商品を下ろしに行ったのだけど…その時、そこの第二王子から突然話があってね。同盟打診について是非前向きに親睦を深めたいとのことだ。…特に、君と。」
最後の言葉だけは少し様子をみるような低い声だった。
レオンの言葉にティアラが「やりましたねお姉様っ!」と声を弾ませる。背後にいる近衛兵のジャックやカラム隊長、アラン隊長も驚いたように声を漏らした。「ええ、是非」と私からもレオンに返しながら、思う。
まぁ…そうよね。と。
何故ならもう、一年が経ってしまったのだから。
本当はもっと早く会って、親睦を深めて手を打ちたかった。でも、相手は完全鎖国中だしそんなところで私が下手なことを言っても悪い誤解を招くだけだ。
レオンの交易に紛れ込んで紹介してもらおうとも考えたけど、諦めた。サーシス王国に足を踏み入れるのを許されているのは隣国のチャイネンシス王国を除けば、後はアネモネ王国だけだ。そこで私が出しゃばったせいで、アネモネ王国とサーシス王国との関係に亀裂を生みたくなかった。
何度もハナズオ連合王国の両国には母上だけでなく、私からも頻繁に書状は送っていたけど返事は全く無かった。
毎回国内にも入れず門番に渡し、文字通り門前払いされるヴァルからも「どうしても返事が欲しいなら国内に忍び込んでやろうか?」と苛々とした声色で嫌味を言われた程だ。
一年前からは特に私が頻繁にハナズオ連合王国への書状をヴァルに頼んでいたから、苛つかれるのも当然だろう。でも、高速配達のヴァルだからまだ良いけど、普通の使者にはとても頻繁には頼めなかった。
我が国から王族の馬車ですら十日掛かる距離にあるハナズオ連合王国。
そこへ頑張って書状を届けに行ったところで鎖国中の国内で休ませても貰えず、門で手紙だけ託した後は追い払われてしまうのだから。
普通の使者からすれば、罰ゲームどころの話じゃない。殺意が沸くレベルだろう。
そんなことを思い、気づかれないように静かに息を全て吐き切ると、再びレオンから予想外の言葉が続けられた。
「それで、今日からだと…五日後かな。フリージア王国に伺うので宜しく、とのことだったよ。」
え。
今度は流石に私もはっきりと目を丸くする。隣にいるティアラも声に出して「えっ?」と声を漏らしていた。
他国の使者が事前連絡無しに訪れること自体はそこまで珍しくない。ただ、今までこちらから交流の打診を何度していても全く音沙汰無かったのに、突然直接訪れるなんて。
更に言えば使者なら未だしも、王族が事前連絡無しに来るなど滅多にない。同盟国などの親密国ならばあるけれど、今まで交流を断り続けていた国の王族が突然来るなど先ず無い。それに何より…
「レオン、まさかそれ…貴方が伝言を頼まれたの?」
「うん、僕も少し驚いたけれどね。…まぁ、近々フリージアに行くと話した後だったし、プライドも交流したいと話していた国だったから。」
私の疑問の意味を理解したレオンが、少し困ったように笑った
…うん、普通あり得ない。
使者とかなら未だしも、アネモネ王国の第一王子に伝言を頼むって…。行くついでとか、そんな気楽さで頼んで良いものじゃない。しかも、レオンの話を聞く限り、レオン自身とその第二王子が親しい間柄でもないようなのに。
「なんか…ごめんなさい。」
思わず私が謝ってしまう。レオンが、プライドの謝ることじゃないよと笑ってくれるけど、それでもなんか申し訳ない。
大体、サーシス王国からフリージア王国までは王族用の馬車で十日。そしてアネモネ王国からサーシス王国まで海路で順調でも五日掛かる。つまりレオンは帰国して翌日の今日、さっそく私の元まで報告しに来てくれたのだ。…第一王子殿下、自ら。
フォローするように「プライドの顔も早く見たかったから」と言ってくれたけど、優しさが沁みて逆に辛い。
ティアラが「そんなに急な用事でもあったのでしょうか…?」と首を捻り、レオンが「かもしれないね」と相槌を打つ中、私は思わず頷きそうになった首を必死に堪えて止めた。
そう、〝彼〟は急いでいる。
もう、この暴挙全てがいかにもゲームスタート一年前の彼らしい。
ゲームでは確か、事前連絡どころか本当に突然フリージア王国に飛び込んで来たんだっけ、とゲームの記憶を辿りながら思う。
それと比べれば人伝てでも事前連絡を寄越す分マシだろうか。…伝言を任せる相手がおかしいけれど。
私が思わず片手で頭を押さえるとレオンが「必要なら僕が当日仲介に入ろうか?」と顔を覗き込んでくれた。私が慌てて、大丈夫とお礼を言うとそれでも心配そうに眉を垂らした。
「…同盟交渉…なら、掛かって三日かな。……うん。…プライド。また八日後にフリージアに訪問しても良いかい?」
ふと、レオンが独り言を何やら呟いた後に私に尋ねてくれる。八日…わざわざ訪問日を重ならないように避けてくれたらしい。でも、何故そんなわざわざギリギリ直後を狙ってくれたのだろう。やはり、交易相手としてハナズオ連合王国の動向が気になるのだろうか。
私が快諾するとレオンは「何か困ったことがあったらいつでも使者をよこして欲しい。いつでも仲介に駆けつけるから。」と心配までしてくれた。
その後も帰国する直前まで「彼の言動で何か困ったらすぐに僕を呼んで欲しい」と念を押してくれた。
実際、何かあっても流石に同盟国の王子様を呼びつける訳にはいかないのだけれど。でもその気持ちはとても嬉しかったので、私から重ね重ねお礼を言って馬車までレオンを見送った。
その後、私はティアラと一緒に母上へ五日後にサーシス王国の第二王子が来訪することを伝えた。我が国からの同盟打診を前向きに受けるために、と。お陰でそこから五日間は若干慌ただしく城内がざわつき続けた。
閉ざされた国、ハナズオ連合王国サーシス王国の第二王子を迎える為に。
そうして、五日後。
私達は出会うことになる。
キミヒカ第1作目シリーズ。
最後の、攻略対象者に。