徳谷柿次郎が長野から見つめ直す、テレワークとワーケーション

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コロナの時代がやってきて、「新しい〇〇様式」といった概念の誕生がせわしない。ワーケーション、リモートワーク、Eラーニング。それらは時代に対応するものでもあるし、かなり便利ではあるけれど、そのいっぽうで何かが失われていくような感じも確実にある。

とはいえ、否応のない変化に対応していかなければならないのもまた人生である。では、いまの状況をどのように楽しめばいいのだろう? 東京の都心部にとどまるだけではない働き方はないものだろうか?

そこで話を聞いたのが、地元メディア『ジモコロ』を立ち上げ、現在は長野県で暮らす編集者の徳谷柿次郎だ。旅に狂い、全国を駆け回る仕事をしていた彼を、いわばワーケーションの先駆と呼べるかもしれない。

だが、この数年で彼のなかにも大きな変化が起きつつあるらしい。それを聞きたくて、PC越しにインタビューを試みた。

徳谷柿次郎(とくたに かきじろう)
編集者 / Huuuu inc.代表取締役、ジモコロ編集長として全国47都道府県行脚して編集しています。ヒップホップ、民俗学、郷土玩具に熱心で「やってこ!」の概念を提唱中。『Gyoppy! 』『Dooo』『やってこ!シンカイ』『ソトコト』連載も頑張ってる。

田舎で黙々と薪割りしてると、本当に自然と一体化したような気持ちになるんです。

―徳谷さんは『ジモコロ』の取材で全国津々浦々を旅して回り、そしていまは拠点を東京から長野に移して暮らし、働いています。まずその経緯をお聞かせいただければと。

徳谷:もともと旅行ってものをそんなに経験せずに育ってきたんです。そんなときに前職のバーグハンバーグで『ジモコロ』の企画が立ち上がって、取材しながら経費で旅行できるって最高だなと思ったんですよ。編集者やライターは、みんな「経費で旅したい!」って思うじゃないですか(笑)。

―たしかに。遠くに行きたいですね(笑)。

徳谷:そのほかにも野尻湖にある「LAMP」っていうゲストハウスの人と仲良くなったり、東京で働くうちにいろんな場所の人たちとつながりができてきて、その流れで長野に至った……という感じです。

長野県野尻湖の湖畔に佇むゲストハウス「LAMP」

―なるほど。

徳谷:実際、『ジモコロ』での経験はめちゃくちゃ大きかったです。最初は私利私欲の取材旅行だったけれど、地方で働いて暮らす価値観とか、自然のなかを車でドライブしてるだけで気持ちいいぞ、っていうローカルならではの感覚に30歳を過ぎてから出会いました。

それまでの東京の満員電車に揺られて移動してたり、渋谷や恵比寿のよくわからず参加していたパーティーに顔出したりしてる自分とのギャップがどんどん広がっていった。だから『ジモコロ』での経験と、地方への思いが同時並行でふくらんでいったわけです。

―旅してきたなかで忘れられないエピソードはありますか?

徳谷:『ジモコロ』を始める以前の話ですけど、薪割り体験ですね。『はじめの一歩』って漫画、わかります?

―ボクシングの漫画ですよね。

徳谷:そうそう。ある試合の前に、主人公の一歩が背筋を鍛えるために山の中で薪割りをするシーンが好きで、同じ方法で自分も筋肉ムキムキになれるんじゃないかと浅く思ったんです(笑)。

そんな軽いノリでFacebookに「どこかで薪割りできないかな?」と書き込みました。そうしたら長野県松本市で暮らしている女性から「お風呂は全部薪で炊いてます。うちなら薪割りできますよ」っていうコメントあったんですね。

それで会ったこともない人の家に本当に高速バスに乗り込んで行っちゃったんです。しかも一泊二日で、泊めてもらって。

―すごい行動力!

長野の大自然の中で薪を割る

徳谷:そのときの体験が強烈でした。気持ちのいい夏の田舎でただ黙々と薪割りしてると、抽象的な言い方になってしまうんだけど本当に自然と一体化したような気持ちになるんです。武道の心得みたいに、薪を綺麗に割った瞬間の一本筋の軌跡がたまらなかったんですよね。

薪割りの合間に、もぎたてのキュウリやトマト、あとガリガリ君なんかをご馳走してもらったりもして。それから景色の気持ち良さですね。僕、EVISBEATSってアーティストがめっちゃ好きなんですけど、彼の“いい時間”って曲と、目の前のアルプスの山の景色がバチっとハマって、そこで一気に自然に覚醒した、と。

―瞬間的に気持ちがアガるようなツーリズムの経験ではなくて、ごくあたりまえの生活の時間が徳谷さんには衝撃だったんですね。

徳谷:そうですね。「もっとこういう暮らしをしてみたい!」と素直に思いました。

自分で育てた芋を心臓に見立ててみる

コミュニティーの性質が失われて、いま東京で暮らすのは本当に難しくなっている。

―そういう経験もあってか、長野を拠点に選ばれたわけですが、移住してもう何年ですか?

徳谷:4年目です。暮らしやすいですよ、「ちょうどいい」というか。長野市は街なかでも山が見えるのが好きで、コンビニに行く途中にも四季折々に移り変わる山を臨み、車で30分で大自然にも行ける。

長野市

徳谷:そういうバランス感のある場所なので、一人の時間がちゃんと確保できるのがいいですね。車で移動するからお酒を飲むのが億劫になって、結果自宅で自炊を始めるようになるし、家には庭があるので気が狂ったように野菜を育てたり花を植えたりDIYしたり。週に6日くらい、誰かとの飲み会を自分から入れてた東京時代を思い出すとびっくりしますね。

―地方は人付き合いが大変、みたいなイメージもありますけどそのあたりは?

徳谷:いま住んでる場所ではまったくないです。「地方移住=村」で「古民家で畑やって、虫が多くて大変」みたいなイメージがどうしても先行しますけど、当たり前にグラデーションがあるので、その土地の町中でまずは家賃5万円くらいのマンションに住むところから始めるのが僕のおすすめです。家賃5万円で40平米の賃貸マンションとかありますからね。

彩り豊かな自宅の家庭菜園

徳谷:もちろん最低限、周囲に気を配るところはありますけど、人口規模によって他者への配慮も変わってくるんじゃないかと思います。長野市は人口30万人くらいなので、いい感じにコミュニティーのなかに個人として隠れられるんです。

これが数万人とか数千人になると他者との距離も縮まるし、いわゆる噂話みたいなものも回り始めると思います。でも、そのあたりの見極めは事前にできるんじゃないかな。

―人口規模とコミュニティーの相関関係はおもしろいですね。

徳谷:最近フィールドワークをしながら考えているんです。住む場所の人口規模によってコミュニティーの性質は変わるんじゃないかと仮説を立てていて。

例えば北海道の旭川市の人口規模は33万人くらい(令和元年の統計より)で、コミュニティーが各所に分散しています。そうすると別のコミュニティーに移るのも容易で、その感覚は人口37万の長野市とかなり近いです。

ただ長野県は長野市以外にも上田市、松本市、飯田市と、そこそこの規模の町が点在しているので、それらを全体としてつなぐのはけっこう骨が折れる。県行政の人も難しく感じているであろう部分で、編集者としてそういうところをつなぐ作業に関われたらいいなと思ってます。

長野への移住のきっかけとなった旅の記録

―人口規模とコミュニティーの視点で東京を見返すとどうでしょう? 人口も圧倒的に多いし、地域のあり方もまったく違う環境です。

徳谷:東京は駅名1つで町の属性が変わりますよね。渋谷の会社で働き始めて、住むところもその周辺を選んだら渋谷の価値観にどんどんアップデートされていくでしょう。

松濤とか奥渋谷あたりのバーで飲んでたらかっこいいおじさんに発見されて仕事紹介してもらう、みたいなイメージです。何者でもない若者が強くなれるような性質がある。ひと昔前であれば、新宿ゴールデン街がその機能をより強く果たしていた印象があります。

僕は性格的に下町のほうが好きなので東京で暮らした最後の4年間は奥浅草とか三ノ輪のもうちょっとディープなところでしたけど、やっぱりそこで出会った人の価値観が自分にどんどん入り込んでく感覚がありました。人の数が多くて凝縮した密度があるのが、東京の人口規模とコミュニティーの性質だと思います。

徳谷:まあ、それもコロナ禍の影響を受けちゃいましたよね。外へ出て人と会いづらくなったことで、飲み会やイベントによって外部化されていた東京的なコミュニティーの機会が失われています。その視点でいえば、いま東京で暮らすのは本当に難しくなっている。

その点、長野はいいですよ。飲み屋みたいな場に漫然と行って出会いを待つんじゃなくて、自分から会いに行くんです。なぜならアウトドアや畑仕事のような能動的な遊びがたくさんあって、コミュニティが点在しているから。

例えば野菜の育て方に悩んだら、そのプロの人に聞きに行くと一気にコミュニケーションが発展するんです。「困りごと」を抱えやすいし、抱えたらネットで調べるんじゃなく、教わりに行く。そうすると、教わる / 教えるという循環が生まれて、新たなコミュニティーと接続する機会になる。それは地方に住む醍醐味の一つかもしれないですね。

拠点を移したくらいで、その土地の何かを変えようっていうこと自体がおこがましいですよ。

―移住となるとそれなりに覚悟とコストが必要ですが、例えば仕事と旅を重ねるワーケーションで得られる経験をどう考えてますか?

徳谷:僕の暮らし自体がコロナ以前からリモートワーク然としてあって、ワーケーションっぽいんですけど、取材中や旅先でパソコン仕事はほとんどしません。できない。

というか、人と会うことや目の前の景色をどう大事にするかが仕事に直結するので、やりたくないんですよね。そのぶん、車で移動する時間をどう活用するかっていうのは無意識に最適化されていて、移動中はハンズフリーで東京にいる会社のメンバーと2時間くらいずっと喋る、みたいな感じになってます。

徳谷:あとはメンバーをこっちの自然の環境に連れていって合宿みたいなことをしてます。そこで話すのは目の前の作業を進めるためのものというより、もう少し先の会社の話とかかな。まあ、だいたい遊んでますけど。

―遊びって重要ですよね。

徳谷:そうですね。東京のメンバーは仕事の話がしたくて来るんですけど、僕が遊びを優先するので仕事の話ができない、っていうの何回も繰り返してます。

旅先で遊んじゃってもどっかで帳尻を合わすだろう、という無責任な信頼を求めてるところがあって、そのぶん僕は率先して「いいよ仕事は! 焚き火しよ!」と煽ったりする。そういう風に上司が振る舞ったほうが、結果みんな遊びやすくなると思うんですよね。メンバーは複雑そうですけど…(笑)。

―もうちょっと理念のレベルでは、そういう振る舞い方であったり、東京と地方を行ったり来たりするスタイルを会社の人たちに伝えることで、どんな変化を与えたいと考えてますか?

徳谷:会社のメンバーに限らず、もともと東京で仲のよかった友だちを月に1~2回長野に誘ってあちこち連れまわすっていうのを趣味でやってますね。東京とは違う景色や価値観に触れてもらって、彼らにリラックスしてもらうことで、会話の質をズラしたいというか。さらに自分主体で言うと、自分の好きな土俵にみんなを引きずり込むほうがコミュニケーションの距離がぐっと縮まる。

普段は東京でかなりピリピリしてる人も多いんですけど、草木や鳥の音が聞こえる環境で焚き火とかしていると、久しぶりあった友だちとの雑談も人生の根本に近い話になったりして深くなる気がするんですよね。自然が観客になってくれる、っていうのかな。

長野での仕事の撮影風景

徳谷:そこでぽろっと喋ったことは次の何かにつながるし、例えばメンバーの悩みや愚痴を聞く場合でも、僕自身にゆとりのある環境であれば、脊髄反射的に「こうしたらいいのに、なんでできないの?」みたいな言い方にはならず、「あ~そうね~」みたいに緩く受け止める構えになって、間がもつんですよね。

そういう場を意識的に作ることで、オンラインに依存しすぎた日々のコミュニケーションを、リアルなコミュニケーションに変えていく。そうやってチーム全体の意識や方向性を共有してるところがあります。

―本質的に変化しているように思えます。

徳谷:うーん、想像力が変わりましたね。たぶんいまの僕は、いまの東京のことをあまりわかってないと思います。普段接している景色や情報を脳が認知して、そこから現時点での考え方になると思っているので。

『ジモコロ』では東京から見た中山間地域、過疎化した村への想像力で動いていたけれど、いまは長野から見ています。長野から自然深いところに移動したほうが想像力が強く働く感じがありますね。編集者として企画のテイストもまったく変わりましたし。悪く言うと、東京のメディアをやってるのに、東京の価値観を提供しづらくなってるという(苦笑)。

―それは例えばどんなことですか?

徳谷:いわゆる「ネットでウケる」タイプの共感性の高い企画って、人口密度の高いところに根付く文化のものだと思ってるんですよね。東京には1100万人くらいの人が集まったなかで生まれる面白いものがあるのであって、それがインターネットでシェアされる、という振る舞いがある。全体の割合の話で。

でも長野県とかは、みんながみんな積極的にインターネットをやってるわけじゃないですからね。シェアみたいなものには直結していない感覚があります。長野に引っ越してきたときは、うまく東京と地方の価値観を両取りしたいと思ってましたけど、そう簡単にはできないですね。

長野のなんでもない風景

徳谷:オウンドメディアブームに乗っかって『ジモコロ』がローカルメディアっぽくなった結果、自分が地方の価値観を背負う役割を持とうと躍起になっていたのが数年前なんです。最近は東京から離れて長野に拠点を移したくらいで、その土地の何かを変えようっていうこと自体がおこがましいなぁって考えるようになりました。とある人に、そもそも「変える」という言葉自体が、過去の価値観を否定する意味合いがあるから気をつけてって言われてから、その意味をじっくり咀嚼しています。

「メディアを通して社会貢献をしなきゃ!」って感情に飲み込まれると、結果自分と暮らしのバランスを崩してしまう。だからいまは、この3年間の暮らしで自分なりの価値観、自分らしさみたいなものを確立できていればいいな、くらいに思ってます。

ただ自然のある場所に行って、うまいもの食って、風呂入って、ってだけではもったいない。

―長野からの視点や考え方を身に着けられたという話をふまえて、ワーケーションの考え方や楽しみ方について徳谷さんなりの工夫をお聞きしたいです。

徳谷:めちゃくちゃ具体的ですけど、陽のあたる時間、天気のいい時間は外に出て遊んだほうがいいです。そのぶん朝は5時に起きて8時まで集中して仕事するとか。

地方で過ごして気づいたんですけど、土地のことを知れる時間って1日のなかで意外と限られてるんですよね。陽が落ちたら何もできない。

―店が閉まるのも早いですしね。

徳谷:そうそう。「何をして遊ぶか?」はその土地の人に聞いてもいいですし、自分で調べてもいい。

とにかく、そういう遊ぶための時間はちゃんと確保した方がいいと思います。ワーケーションの捉え方は人それぞれですけど、ただ自然のある場所に行って、うまいもの食って、風呂入って、ってだけではもったいないです。

―なるほど。

徳谷:仕事ができる人はどんなに誘惑の多い環境でも集中してパソコンに向かい合えるかもしれないですけど、自分はちょっと無理ですね(笑)。遊び上手になったほうが長期的に見たらワークライフバランスが取れますよ。単に東京の仕事を持って来て「こなす」だけだと、その場しのぎじゃないですか。

自分なりの方法で、例えば朝2時間だけスノボするとか釣りするとか、そういう自分の趣味みたいなものを持ち込んで、その土地のことを知る時間に費やしてほしいですね。

長野に来てからハマった釣り

徳谷:そうやって広がりみたいなものを意識すれば、自ずと「行きつけ」の場所ができるものです。まあ、バーに通うのと一緒ですね(笑)。

常連さんと話すようになったり、ちょっとはみ出た遊びのなかでこそ場所や店への愛着って湧きますからね。逆に地方でワーケーションを受け入れる側も、単に「Wi-Fiあります。さくさく働けます」ってだけじゃ東京の引き写しでしかないですし。本質はそこじゃないだろって思います。

―ワーケーションやリモートワークって言葉自体が一人歩き気味に流行ってる感じがしますが、枠に入れて考えすぎないことが大事ですね。自分なりに一番ぴったりくる方法を創造して、それを便宜上「ワーケーション」と呼ぶくらいの構えがいいと。

徳谷:そう思います。「ワーク」と「バケーション」って、独立した別のものをくっつけたのは造語としての面白さですけど、そもそも別々のものなので。

奥多摩でも島でもいいけど、実際にその土地に行ったら絶対に遊びの欲望に振り回されちゃうんだから(笑)。そう考えると、都市部の人を受け入れる側の人、宿の人とかに1日のスケジュールをがっちり作ってもらうのがいいかもしれないですね。「朝8時に起きて2時間だけ仕事しますよ!」みたいな「はい、次はランチだから外出て!」みたいな。

―(笑)

徳谷:決め込んだ合宿スタイルがいいですね。それくらい規律がないと日本人全員を動かして遊ばせるのは無理かもしれません。ワーケーション指導者がいたら僕があやかりたいぐらいです。

プロフィール
徳谷柿次郎 (とくたに かきじろう)

編集者 / Huuuu inc.代表取締役、ジモコロ編集長として全国47都道府県行脚して編集しています。ヒップホップ、民俗学、郷土玩具に熱心で「やってこ!」の概念を提唱中。Gyoppy!、Dooo、やってこ!シンカイ、ソトコト連載も頑張ってる。



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