179.非道王女は思案する。
「それにしても本当に良かったわね!アーサーが副隊長だなんて。」
「はいっ!流石はアーサーです!」
「まぁ、いつかは来るものだと思ってはいましたが。」
アーサーにお祝いを言った後、未だ興奮が冷めずに帰りの馬車の中で話す私に、ティアラとステイルも応えてくれる。やはり二人もアーサーの昇進が嬉しいらしい。
「兄様ったらそんなこと言って。最初はあんなに喜んでいたのに。」
「ティアラ。絶対にそのことは次会ってもアーサーに言わないように。」
そのまま私、そして近衛騎士のアラン隊長とカラム隊長にも念を押す。知ったらアーサーもきっと嬉しいと思うのだけど、やはりステイル的には恥ずかしいらしい。
でも、本音はすごく嬉しいのだろう。
摂政業務の為にアーサーとの手合わせが一気に減ったステイルはそのことを少し気にしていたらしい。自分が最初に誘ったことなのに、自分の都合で減らさざるを得なくなったと。
でもアーサーはステイルに会えない間も剣に励み続け、とうとう副隊長にまでなってくれた。アーサーの努力を何年も前から見てきたステイルにとって、それが実るなんて嬉しくて仕方がないだろう。
照れたように窓の向こうへ視線を逸らすステイルに、私とティアラで顔を見合わせ思わず笑ってしまう。
「何かアーサーにお祝いしたいわね。何が良いかしら?」
私の言葉に「良いですねっ!」とティアラが手を叩いた。
「姉君からのお祝いならば何でも喜ぶと思いますよ。」
気を取り直したようにステイルが再びこっちを振り向き、笑ってくれる。「ステイルやティアラからのだって絶対喜ぶわよ」と私が言うと、二人からも笑みが返ってきた。
「あっ!すみませんプライド様、それなら‼︎」
突然さっきまで話を黙して聞いてくれていたアラン隊長が前のめりに手を上げた。カラム隊長が「話に割って入るな」と窘めたけど、私がなんですかと聞くと嬉しそうに口を開いてくれた。
「プライド様の手作りとかどうでしょう⁈アーサー、プライド様の手料理また食べたいって酔う度によく零してましたし‼︎」
それはお前が食べたいだけだろう、とカラム隊長が返す中、ティアラとステイルもアラン隊長の言葉に頷いた。
「きっと、アーサーも喜びますねっ!」
「良いと思います。姉君の料理なら俺も是非味見できると嬉しいです。」
もう馬車内全体が決定ムードになる中、私一人が取り残される。えええどうしよう…多分私の、ということは以前の異世界料理のことなのだろうけれど。でもそんなお祝いに特化した派手でお洒落な料理はできるかどうかっ…マカロンは前世でも一回リアル液状化させちゃったし、華やかなケーキやクッキーならこの世界にもたくさんあるし、アイスは溶けるし…。
「あ…アーサーは、どんな料理が好きなのかしら…?」
せめてアーサーの好物に即した料理なら、ハズレなく作れるかもしれない。アーサーとは長い付き合いだけれど一緒に食事したことは殆ど無いし、パーティーでも好き嫌いせず食べてたからパッとは思いつかない。取り敢えず、アーサーと食生活も一緒であろうアラン隊長とカラム隊長へ視線を投げる。
「あ〜、アイツ好き嫌いありませんしね。甘いもんも普通に食うし、野菜も食うし、肉も魚も…」
「それでは全部だろう。…ですが、食事でしたら以前のパーティーでは豚肉料理やスープを特に好んで食べていたと思います。」
アラン隊長の言葉に呆れながらカラム隊長が補足をしてくれる。流石、面倒見の良さと騎士達の把握に定評のあるカラム隊長。確かに、パーティーで生姜焼きも味噌汁も、もの凄い山盛りで食べていた気がする。
「じゃあ…それでも良いかしら…?」
前世の地味な庶民料理をお祝いにしちゃうのが少し申し訳ないけれど。そう思いながら私が尋ねると馬車内が更に盛り上がった。「作るときは是非俺が近衛の時に!」とアラン隊長が声を上げ、誰のための料理だと思っているとカラム隊長に窘められていた。
「確か今日はレオン王子が訪問する日でしたね。また、食材の相談をされてみたらいかがでしょうか。」
アーサーが近衛の任で合流する前に。と付け加えてくれるステイルに、そうねと返す。確かにちょうど良いかもしれない。そのままティアラにまた手伝って欲しいとお願いすると満面の笑みで了承してくれた。ティアラの女子力チートの恩恵がないと私の料理は炭になってしまうもの。
「絶対絶対アーサー喜びますねっ!」
今から楽しみで仕方ないといった様子で、笑顔のティアラが可愛らしく身体を揺らし始めた。そう言ってくれると私も嬉しい。
でも、それならなるべく早く作らないと。一カ月後とかに渡して「今更⁇」感があったら嫌だし。
レオンがまだ生姜とか醤油とか味噌とか取り扱ってくれていたら良いのだけれど。
輸入からだと手間もかけちゃうし、何より時間もかかる。あとは食べるだけじゃなく何か形に残るものも記念に渡せれば…
ガタン、と。
揺るやかな振動で私は顔を上げる。馬車の動きが止まったのだ。どうやら王居に戻ってきたらしい。カラム隊長が最初に出て扉を開けてくれる。ステイルを始めに一人ずつ馬車を降り、最後のアラン隊長の前に私が馬車を降りた時だった。
「プライド!」
聞き慣れた声で振り向くと、さっき話題にしたばかりの人物が立っていた。
「レオン、早かったわね!ごめんなさい、もしかして待たせた?」
予定ではもう暫く後に到着する筈だったのに。蒼い髪の青年を見上げると、滑らかな笑みで「全然待っていないよ。ちょうど降りた時に馬車の音が聞こえたから。」と言ってくれた。
見れば、確かに私達の馬車の隣にレオンが乗ってきたであろう別の馬車が未だ奥に誘導されずその場に並んでいた。
それにしても早い。午後近くなる筈だったのに未だ昼前だ。何か急ぎの用事でもあったのだろうかと首を傾げるとそれを察してか、レオンが私の反応に少し可笑しそうにしながら答えてくれた。
「ちょうど昨日、ヴァルが我が国に来ていて。ついでといって途中まで送ってくれたんだ。」
ヴァルが。
少し驚きながら「そうだったの」と笑ってみせる。そのまま伸ばされたレオンの手を掴み、握手した。…確か今回はアネモネへの配達は頼んでなかった筈だけど。どうやらまた寄り道をしたらしい。
一年前からレオンとヴァルは時々交流をしているらしい。
最初はレオンがヴァルを見かける度にフリージアだろうがアネモネだろうが自分の城まで引きずっていたけど、最近はヴァルも自分からレオンの城を訪ねるようになった。なんでも「タダ酒の為」らしい。…あまりヴァルを甘やかさないで欲しいのだけれど。
〝学校制度〟が軌道に乗った為、以前よりも配達の緊急性自体が減り、ヴァルも配達中に寄り道することが増えた。…まぁ、私が許可したからなのだけれど。だってヴァルの配達速度が仕事に慣れれば慣れる程に速すぎてこっちが次の書状を準備し終わる前に戻ってくることが増えたんだもの。
それにしても、ヴァルがわざわざレオンを途中まで送ってあげるなんて。私の知らないところで、この二人もわりと仲良くなっているらしい。敢えてフリージアまでではなく途中までしか本当に送ってあげないのがヴァルらしい。
「セフェクが、どうしても早く次の配達に行きたかったらしくて。」
また私の顔色を読んでか、苦笑いで話してくれるレオンに私も苦笑で返す。ヴァルと仲良くなってもセフェク達との三角関係は続行中らしい。レオンもヤキモチを焼くセフェク達を見て楽しそうだけど。
「ステイル王子、久しぶりだね。摂政業務の方はどうだい。」
「お久しぶりです、レオン王子。まだまだ学ぶことが多いですね。」
「ティアラ、元気だったかい?」
ティアラへ視線を向けて滑らかに笑むレオンが、そのまま手を伸ばした。
「ええ、レオン王子。そちらもお元気そうで何よりです。」
ティアラがにっこりと微笑んでレオンを迎えた。本当にこの二人が並ぶと絵になって、まるで絵本の世界みたいだ。…いや、乙女ゲームの世界か。
「アラン、カラム。今日も近衛騎士の任、ご苦労様。」
「いえ、とんでもありません!」
「レオン第一王子殿下こそ、長い旅路の中お疲れ様でした。」
アラン隊長、カラム隊長が姿勢を正し、礼をする。そんな畏まらなくて良いよと返すレオンはまた滑らかに笑った。
…レオンは、たった一年で変わったなと思う。
なんというか、人馴れした感じというのだろうか。自然体が増えた。初めて会った時は誰に対しても魅了するような妖艶な笑みで、すごくドキドキさせられてしまったけれど、最近では同じように滑らかに笑まれても心臓に悪くないし、本人も心から笑えている気がする。…きっと、人に望まれる為の笑みじゃなく、自分が望んだ笑みだからだろう。
それに、さっきも私の顔色を窺って察してくれたり苦笑したり…表情も大分豊かになった。
以前に表情豊かになったことをレオンに言ったら、可笑しそうに笑いながら「民にも前より親しみやすくなったと言われたよ」と話していた。…以前はきっと愛しみ百パーセントの笑みだったんだろうなと思う。きっと表情豊かになったことで、更にレオンの民への愛情が伝わったのだろう。
レオンの変化に心から良かったと思いながら、私達は共に城内へと足を進めた。