クローズアップ現代 メニューへ移動 メインコンテンツへ移動
2024年10月21日(月)

あなたも 咬(か)まれるかも!? 街なかに野犬出没 そのワケは…

あなたも 咬(か)まれるかも!? 街なかに野犬出没 そのワケは…

子どもが手をかまれた。散歩中に背後から襲われた。今、全国で野犬の被害が相次ぎ、大都市近郊にも出没するように。野犬対策を行う自治体の中には、捕獲や保護施設にかかる費用が増加したところも。また、野犬の保護団体は身銭を切って譲渡活動を行うところも少なくなく、社会にかかる負担は膨らんでいます。なぜ、野犬の出没が増えるのか。人にとって身近な動物である「犬」との共存のための社会のあり方を考えました。

出演者

  • 佐伯 潤さん (帝京科学大学 教授/獣医師)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

街なかに野犬出没

桑子 真帆キャスター:
こちらは、全国で保護された野犬とみられる犬の数です。オレンジ、赤と数が多くなっていきますが、特に九州や中国、四国地方で多く、関東地方でも年間1,000匹を超えるところがあります。
なぜ、今、野犬の出没が相次いでいるんでしょうか。

増加のワケは?

野犬の被害が深刻化している、山口県周南(しゅうなん)市です。

「ちょっと野犬いすぎやろ」

住宅街や町の中心部の公園に野犬が日常的に出没します。

「特にひどかったのが、これです」

この男性は、自宅の駐車場に停めていた車が野犬に傷つけられたといいます。

車が被害を受けた人
「『犬だね』って警察が言ってたんですけど、『犬!?犬!?』。被害に遭うことを想定もしていなかったので、びっくりしました」
「これですね」

中には、かまれた人も。

野犬にかまれた人
「突然、犬が3匹来てね。そりゃ痛かった。とにかく病気が怖いですよね、犬は」

周南市では、この5年間で、人がかまれる被害が10件発生しています。
そこで周南市は県と協力して、2019年から捕獲体制を強化。パトロールには、年間250万円ほどの予算をかけています。

パトロール員
「こういう所に犬が休んでいるパターンが多い」

アプリを使って、市民から野犬の目撃情報を集め、捕獲にいかそうとしています。

さらに、遠隔操作ができる捕獲おりも300万円以上かけて整備しました。
これにより、周南市では、2023年度、284匹の野犬を捕獲しました。

周南市 野犬対策担当
「檻(おり)に警戒する犬もいますし、他の犬が捕獲されたのを見ると、犬も学習してしまいますので、どうしても大きい檻でも入らない犬は一定数いる。野犬をゼロになるまで頑張りたいと思ってるんですが、現実的にゼロまでいくというのはなかなか長期的な取り組みになります」

なぜ、野犬が増えるのか。そこには、ある理由がありました。
野犬は、捕獲しても、それを上回るペースで繁殖が進む実態があります。

和歌山市の雑賀崎(さいかざき)地区では、行政による捕獲が続いています。

「上に1匹おる。あれ?ちっちゃい?」
「ちっちゃいの行こう」

この地区は、野犬が繁殖しやすい山や草むらが多いため、50匹以上の野犬が住みついているとみられています。

「いた?いた?」

捕獲できるのは、ほとんどが子犬。
繁殖を防ぐためには、子どもを産む成犬の捕獲がかかせません。しかし、成犬は警戒心が強く、すぐに山に逃げ込むため、捕獲が難しいのです。

野犬の繁殖に拍車をかける要因もあります。

「この辺にドッグフードが山積みにばらまかれていた」

エサをまく人々の存在です。

売店 店主
「もうね、マヒしてきているので、『ここにもされている』っていう感じ。エサをやる方が少なくなれば、今後、(野犬が)増えていくことも少なくなっていくんじゃないかなとすごく思います」

和歌山市も、こうした、むやみなエサやり行為が野犬の出没や繁殖を後押ししていると考え、控えるよう呼びかけています。

エサをまく人は、どんな気持ちなのか。

「まいた、エサまいています」

毎日のようにエサを与えているという人に話を聞くことができました。

取材班
「今、野犬にエサをあげていましたか」
野犬にエサを与える人
「俺だけやないで。朝早い時間にやっている人、結構おるで」
取材班
「野犬がいることで怖がったりというお話を聞くんですけれど」
野犬にエサを与える人
「怖がんのは自由よ。そんなもん別に関係ない。そのまま殺すわけにもいかんやん」

エサを与えるのは、目の前の命を救うためだといいます。

取材班
「エサがあるから(野犬が)増えるという意見についてはどう思いますか?」
野犬にエサを与える人
「たしかにエサあったら増えるよ。増えるから、この辺の犬みんな餓死せえって言うんか?餓死させる?それでええ?」

なぜ捕獲の必要が?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今夜は、獣医師で自治体の野犬対策に詳しい佐伯潤さんに伺っていきます。

確かに野犬がかわいそうだというのも分かるんですけれど、まず、押さえたいのが、野犬というのは捕獲しなければならない対象なんですよね。

スタジオゲスト
佐伯 潤さん(帝京科学大学 教授)
獣医師、自治体の野犬対策に詳しい

佐伯さん:
「狂犬病予防法」という法律で、行政に対して、捕獲しなければいけないという義務が課せられています。狂犬病という病気は、かつては日本全体で見られた怖い病気で、それが法律に基づいて、犬に対する予防注射の徹底や放浪犬を捕獲・保護していくということで、日本からは動物での狂犬病の発生がなくなったという背景があります。一方では、狂犬病という病気は人に感染する病気で、幅広く哺乳類全体に感染する病気です。一度感染して発症してしまいますと、亡くなる可能性は100%近いということが知られています。日本では動物の発生はなく、人の感染も海外で感染された方だけなんですけれども、日本の周辺の国では、韓国、中国、フィリピン、台湾と、発生国がぐるっと取り囲んでいるような状況です。また、犬という動物は野生動物とは異なりまして、オオカミなどといった動物を人が長い時間をかけて家畜化した動物です。

桑子:
家畜動物なんですね。

佐伯さん:
はい。ですので、人が管理し、守っていくということが必要な動物なんですね。自然の中で自立して生きられる動物ではありません。野犬のような状態では健康管理も十分できませんので、短命に終わってしまったり、犬にとっても不幸なことだというふうに思います。

桑子:
そうした中で野犬の繁殖が進んでいるわけですけど、その理由について、佐伯さんはどういうふうに考えていらっしゃいますか。

佐伯さん:
そうですね。今もご説明したように、狂犬病という病気が、犬での発生が日本からはなくなって、そういう危機意識が人々からなくなってしまったというのも大きな背景でしょうし、まず、エサをあげてしまわれる方がいるということで、犬がその地域に定着して増えてしまうというような問題が大きいと思います。自治体では条例を作ったりしておりますけれども、罰則が少ないということもあって、十分に機能していないというのもあると思います。

桑子:
あと管理意識。

佐伯さん:
日本人の意識としましては、動物を管理するという意識が弱いというところがあって、避妊・去勢はかわいそうだというような意識があったり、また、自由にしてあげたほうが幸せではないかということで放し飼いにしたりとか、何らかの理由で飼えなくなった場合、捨ててしまうということを起こしやすいという背景もあるかと思います。

桑子:
こうした中で、野犬にどう対応していくか。
日本では、昭和30年代から50年代、野犬は、お伝えしたように、狂犬病の発生源として恐れられていたことや、子どもが襲われる事件が相次いだことから、徹底的に捕獲されて、殺処分が行われてきました。

しかし、現在はといいますと、動物愛護の意識の高まりから、国は殺処分ゼロの方針を示して、その代わりに譲渡を推し進めようとしています。
ただ、この譲渡も、今、行き詰まりを見せているんです。

行き詰まる「譲渡」

殺処分を減らすために、譲渡に力を入れている香川県です。

高松市と協同で、およそ4億円かけて、譲渡に特化した施設を建設しました。この施設では、譲渡が決まるまでの間、野犬を収容しておくことができます。

さぬき動物愛護センター 所長 薦田博也さん
「成犬舎は常にいっぱい」

収容所の上限である60匹が常にいる状態が続いています。この施設では、週に2回、一般家庭向けの譲渡会を開催しています。

「かわいい」
「嫌なん?嫌、言われた」
施設スタッフ
「その子ね、すごい臆病さんなんです。こういう反応は絶対になくならない」
「かわいそうなぐらい、おびえている」

野犬の多くは飼われたことがないため、人に対して強い恐怖感や警戒心を持っています。人に慣れるには時間がかかり、譲渡は簡単ではありません。

参加者
「人なつっこそうな子がいればと思って来ました。すごい人間におびえているのかなと、あまり行ったら、かわいそうかなと思って」

この日、7組の引き取り希望者が参加しましたが、新しい飼い主が見つかった犬はいませんでした。
引き取り手が見つからない犬は、県内外の保護団体と協力し、譲渡を進めようとしています。

12年前から、犬の譲渡活動をボランティアで行っている高井文子さんです。

保護団体 代表 高井文子さん
「病気だったり、怖がりだったり、嫌な言い方ですけど、色柄がよろしくない子を選ぶようにしています」

高井さんは野犬の殺処分を避けるために、これまで、500匹以上の犬を引き取ってきました。

高井文子さん
「この子は緑内障で目が見えなくなってしまって。救いたくてやっている部分があるし、命に対して向き合っているので。ここが“絶対にいい場所”ではないけど、他の人が(施設から)出さないなら出すしかないよねって」

しかし、預かることができるスペースは年々、限られていきます。寄付を募っているものの、エサ代や医療費がかさみ、今では、年間170万円ほど身銭を切って活動を続けています。

2023年度、保護団体が引き取った野犬は、全体の7割にあたる431匹。高井さんと同じように、経済的に苦しんでいる保護団体は少なくないと見られています。

高井文子さん
「葛藤というか、ジレンマというか。行政と違って、年間いくら予算くれますよというものではなく、今月やっていけるのだろうかという中でやっていくので、金銭的なものもそうだし、精神的に壊れちゃうんでしょうね」
国内最多
殺処分数 322匹(2022年度)

収容施設が常に満杯のため、譲渡が難しい犬から殺処分せざるを得ないという香川県。その数は全国最多となっています。

そこで、少しでも殺処分を減らそうと、新たな収容施設を高松市が計画。その予算は5億円です。

さぬき動物愛護センター 所長 薦田博也さん
「殺処分、無いに越したことはないですよね。それを無くしていくためには、どうしたらいいのかは、それは私どもが考えていかなくちゃいけないことだろうと」

「譲渡」国の方針は

桑子:
このように相当な努力をしても、譲渡の難しさが見えてきたわけですけれども、実際に全国の譲渡率を見てみますと、この増加のペースは、近年、鈍っていて、今後は頭打ちになると見られているんです。

こうした中で、保護団体に負担がかかったり、あと、自治体が収容施設に何億円もかけたりという現状。これ、どういうふうに考えたらいいでしょうか。

佐伯さん:
VTRでご紹介いただいたような状態というのは、他の地域の自治体や保護団体でも、やはり人手の問題とか経済的な負担というのが増えていってしまっている状況にあります。国のほうでは、殺処分ゼロというような方向性を打ち出してはいるんですけれども、その考え方も近年では少し緩めたといいますか、譲渡が可能な動物に対しては殺処分をしないというような方針に変わってきています。

国の方針
 2013年 殺処分ゼロの方針
→2020年 “譲渡可能な動物”の殺処分数を減らす

とはいえ、譲渡が可能な動物を、どう評価・判断するかという基準がしっかり決まっているわけではないので、大きな解決策にはなっていないという状況だと思います。今後は、このように殺処分率が大きく下がっている中で、これよりさらに殺処分の数を減らしていくためには、相当な負担が行政や保護団体にかかることが考えられます。そのために、誰がそういった負担を担っていくのかとか、あるいは、譲渡が可能な動物かどうかの判断というのを現場でどう考えていくかという、現場での実効性のある指針を作っていくなど、やらなければいけないことがたくさんあるかと思います。

桑子:
こうした野犬対策の負担を、誰がどう負担するのか。全国の自治体から注目されている取り組みがあるんです。

膨らむ“負担”どうする?

岡山市が行っているのは、一般市民を巻き込んだ野犬の譲渡活動です。

市民ボランティアや保護団体が担うのは、野犬の散歩など、人に慣れるための訓練。ケージの掃除や健康状態の確認まで行います。市が呼びかけて集まったボランティアの登録者は146人。野犬の訓練にかかる負担を行政と市民で分け合っています。

岡山市 保健所衛生課 丸山稔さん
「本当に感謝しています。すごく熱心にやってくれますし、ここにいる子たちの将来をすごく心配してくれてて」
「座れ」

この活動に参加することで、参加者の野犬に対する意識も少しずつ変わり始めています。

市民ボランティア
「(引き取りを)検討中です。できれば保護犬ちゃんがいいかなと」
「かわいいじゃないですか。お手、座れ、伏せとかを教えるのが楽しかったりします」

活動の様子はSNSでも発信。これまで、保護活動に関心がなかった市民にも知ってもらい、譲渡につなげようとしています。その結果、一般家庭への譲渡数は、活動前の4倍にあたる87匹にまで増加しました。

岡山市 保健所衛生課 丸山稔さん
「訓練した子を1回飼ってくれた人は、次も同じように保護犬を飼ってくれる人たちが多いので、そういう人たちがいっぱいになれば、もっと譲渡は進むと思います」

さらに、岡山市ではユニークな方法で野犬の捕獲も進めています。

主役となるのは、以前は無断でエサを与えていた人々。今は市からの依頼で、野犬を捕獲するために餌付けをしています。
3年間、野犬にエサやりをしていた男性です。命を守りたいという一心で続けてきたといいます。

野犬対策ボランティア 山河登美雄さん
「ダニだらけで皮膚病にかかったり、かわいそうな格好しとるから、ついつい(エサを)やり始めたんよね」

そうした中、市民ボランティアたちの活動を見て、犬の顔つきや毛並みが、自分がエサを与えていた時よりもいいことに気づきました。幸せそうな犬を見て、次第に行政の捕獲活動に対する不信感も解けていったといいます。

山河登美雄さん
「最初は“捕獲=殺処分”という頭があったから、本当に大丈夫かなという半信半疑の感覚。今は捕獲の意味が分かってきた。捕獲して、きちっと手入れすれば、犬も幸せじゃねえかと思うな」

この日は、1か月間、餌付けをしてきた野犬を捕獲する日です。
エサやりをしてきた2人が誘導すると野犬が集まってきました。ものの10分でおりの中に入り始めます。閉じ込めたのは、2匹の成犬。

エサやりをする人と協力して以来、野犬の捕獲数は80匹以上に増えました。

「だいぶ黒くなって皮膚病ひどいな。大丈夫、すぐ治る」
岡山市 保健所衛生課 丸山稔さん
「『エサをあげると犬が増えるからやめてください』と言っていたんですけど(エサやりを)やめてくれないんですよ。それを考えたときに、その方々に協力していただくのが一番有効なんじゃないかなと。昔だったら考えられないです。こんな簡単に(野犬が)捕まるなんて。本当(エサやりをする)お二人のおかげです」

共生する社会の実現へ

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
市民を巻き込んで取り組むって、理想的に見えましたけれど、どう評価されますか。

佐伯さん:
すばらしい取り組みだと思いますし、関係者の方々が非常に努力された結果だと思いますので、本当に頭の下がる思いというのが率直な感想です。ただ、ああいった一般市民の方が触れる動物、触れる犬たちっていうのはやはり一部であって、トレーナーさんや専門家が関わっても人に慣れないという子は必ず存在しますので、すべての犬たちを救う方策になるかというと、そこは問題点だというふうには思います。

桑子:
なかなか自治体の対応にも限界がある中で、どういうことが問題解消に求められるでしょうか。

佐伯さん:
そうですね、やはり今、国の動きとしては、動物愛護管理行政に対していろいろと負担がかかる状態にあります。法律が強化されて規制が強まってる中で、地方の動物愛護管理行政には非常に大きな負担がかかってきています。その中で、このように野犬の対応をしなければいけなくなったりとか、また、その中で適正に譲渡しなければいけない。あるいは、どうしても難しい場合には殺処分も検討しなきゃいけない。そういった、さまざまな問題に取り組まなきゃいけないという問題があります。ですので、やはり国としても、そういった地方の動物愛護行政の負担を取るためにも、国としての譲渡に関する指針であったり、殺処分に対する指針というのをしっかり検討していくという方向性も考えなければいけないし、そうあるべきではないかというふうに思います。

桑子:
私たちは動物愛護という言葉を使いますけれども、この動物愛護というのをどういうふうに、今後、考えていったらいいというふうに考えていらっしゃいますか。

動物愛護管理法
人と動物の共生する社会の実現を図る

佐伯さん:
今回、問題になったような野犬たちというのは、自由はあるかもしれませんが、犬としては不幸な状態だと思います。やはり飼い主さんのもとで適正に飼われてこそ、犬の幸せだろうというふうには思います。動物愛護といいますのは、動物の愛護及び管理に関する法律で定められていることなんですけれども、人と動物の共生社会を目指すということです。人の幸せや生活も、動物の幸せや生活も守っていくということですので、どちらか一方ということではないんですね。ですので、お互いの生活や幸せを守りながら、考えながら、ワンヘルス、ワンウェルフェアといいますけども、1つの健康、1つの幸せということを実現していくというのが、本当の動物愛護の目指すべきところなんではないかと思います。

桑子:
そうなると、やはり犬っていうのは人が管理するものだという、この前提に立ち返らないといけないですね。

佐伯さん:
管理し、守るということですね。それが、本当に犬の幸福を考えてあげるということだと思います。

桑子:
何が犬にとって幸せなのか。人が管理するものであるならば、環境も含め、その命に責任を持つのが私たちだと改めて確認したいと思います。

見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
2024年10月16日(水)

“喜びだけで終わらせない”ノーベル平和賞被爆者の訴え

“喜びだけで終わらせない”ノーベル平和賞被爆者の訴え

およそ70年被爆の実相を伝え、核兵器廃絶を世界に訴える活動を続けてきた日本被団協。核兵器は二度と使用すべきでないという「核のタブー」を形づくる上で被爆者の証言が重要な役割を果たしているとされました。ロシアが核兵器を使用する可能性を示唆するなど、核抑止力への依存を強めようとする動きも出る中での受賞の意義とは?そして、被爆した人の平均年齢は86歳近く。次の世代へと引き継いでいくための各地の模索に迫りました。

出演者

  • 齋藤 紀さん (医師)
  • 中満 泉さん (国連事務次長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

“痛み”訴えた被爆者 ノーベル賞への道のり

日本被団協が設立して68年。
最初期から運動に参加してきた人がいます。被爆者の阿部静子さん、97歳です。

阿部静子さん
「何回も挫折しました。闇夜に、荒海へ向かって叫ぶような気持ちでした。何の実りもない、何の返答もない。そういう中で、この核兵器廃絶の運動を、原爆被害の証言を続けて参りました」

1945年8月、人類史上初めて、市民の頭上に投下された原子爆弾。
この年だけで、広島で14万、長崎で7万とも言われる命を無差別に奪いました。

生き残った人々も、強烈な熱線や爆風、そして、放射線によって体をむしばまれました。
しかし、国からの支援はなく、被爆者たちは差別や偏見に苦しみました。

18歳のとき、爆心地から1.5キロの場所で被爆した阿部さん。右半身を大やけどし、顔などに赤いケロイドが残りました。

阿部静子さん
「何度死にたいと思ったか、わかりません。外出したら、近所の不良少年が『赤鬼が通る、赤鬼が通る』とはやし立てるわけです。なるべく髪を伸ばして、帽子をかぶったり、こっちは人に見せないように、うつむいて暮らしておりました」

そんな被爆者たちが声をあげるきっかけとなったのが、1954年。
アメリカが行った水爆実験で、第五福竜丸の乗組員が被ばくしたことでした。
全国で原水爆に反対する機運が高まる中、阿部さんら被爆者たちは、救済を求めて国に直訴します。

阿部静子さん
「苦しさまぎれに、もう我慢ができないから、国会請願に行ったわけです。何とかしていただきたい。わらをもつかむ気持ちでした」

こうした声を束ねるため、1956年、被爆者の全国組織として日本被団協が結成されたのです。初代代表委員を務めた森瀧市郎さんです。結成の理念に掲げたのは、被爆者たちの体験を核兵器の廃絶につなげていく覚悟でした。

日本被団協 初代代表委員 森瀧市郎さん
「いかなる国の、いかなる核兵器、核実験もいけないんだというのが、我々の体験から出た言葉であります。その言葉は、広島、長崎30万の人柱、犠牲者の人柱の上に立って言っていることなんです」

娘の春子さん。父の原点にあったのは、被爆当時、ガラスが突き刺さり、片目の視力を失いながらに見た光景だったといいます。

娘 春子さん
「うめいている傷ついた人たち、今にもどんどん息絶えていく人を、片方の残った目をこじあけて見たって言うんですよね。もう声を発することができない犠牲者ですよね。その声を、自分たちが代弁して動いていかなくちゃ、背負っていかなくちゃいけないというのが、やっぱり強い動機」

しかし、東西冷戦のさなかで核兵器の開発競争は激化。被爆者の訴えとは逆行する現実が立ちはだかります。
世界に核兵器の廃絶を訴えるため、被爆者たちは、みずからの傷をさらけ出しました。

日本被団協 代表委員(当時) 山口仙二さん
「私の顔や手をよく見てください。よく見てください。核兵器による死と苦しみを、たとえ1人たりとも許してはならないのであります。命のある限り、私は訴え続けます。ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」

苦しい体験を証言する中で突きつけられたのが、核大国・アメリカとの埋めがたい溝。

「アメリカが原爆を落としたのは、戦争を終わらせ、日本人が自ら命を絶つのを防ぐためだ。それについては、どう思うか?」

原爆の使用を正当化する根強い考えでした。
立場の違いを乗り越え、対話の道を探ったのが、前代表委員の坪井直(すなお)さんです。

原爆を投下した爆撃機、エノラ・ゲイに初めて対じした坪井さん。
怒りに震えるそのとき、アメリカ人から、ある言葉をかけられました。


「戦争で傷ついたのはアメリカ人も同じ」

この言葉が、みずからの怒りと向き合うきっかけになったといいます。

日本被団協 前代表委員 坪井直さん
「自分がなんぼ腹立ってもダメだ。そういう意味で乗り越えんとね。それは、いつまでたっても『アメリカ憎し』になる。それは腹の底にないかといったらある。それを乗り越えないと、平和はない、幸せはない」

2017年、核兵器の開発や使用などを禁止した核兵器禁止条約が採択されます。条約には、「被爆者が受けた容認しがたい苦しみに留意する」と記されました。

被爆者たちが、長年、語り続けてきた体験。

日本被団協 代表委員 箕牧智之さん
「母が弟をおぶって、私の手を引いて、父を探して歩いたんです。広島の街の中を」

その訴えは、核兵器の使用を受け入れないという、核のタブーの形成に貢献したのです。

“喜びだけで終わらせない” ノーベル賞 被爆者の訴え

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
今夜は、広島で医師として30年以上、被爆者の診療に当たり、日本被団協とともに被爆者の補償に尽力してこられた、齋藤紀(おさむ)さんをお招きしています。よろしくお願いいたします。

被爆者の方々の努力とか、苦労という言葉では言い表せないぐらいのものの先に、今回の受賞があったんだなと強く感じましたけれど、齋藤さんはどういうふうに受け止めていらっしゃいますか。

スタジオゲスト
齋藤 紀さん(医師)
広島で30年以上被爆者を診療し補償に尽力

齋藤さん:
まずは、核廃絶に尽力されてきた被団協、あるいは多くの被爆者、世界の市民の皆さん、本当によかったねというふうに申し上げたいと思います。それと同時に、私が広島で医師として関わった被爆者のことを思い浮かべます。多くの被爆者は市井の1人として、特に原爆のことを語ることもなく、あるいは、ものも言わず、ものも言えず、亡くなっていった方たちなんですね。今、その人たちのことを思うんですけども、葛藤の中で、やはり亡くなっていかれた、この人たちにとっても、解決の1つとして、この受賞は本当によかったねというふうに言いたいと思うんですね。

桑子:
今回、ノーベル賞の選考委員会が「すべての被爆者をたたえたい」としているわけですけれども、これ、被爆地を離れて生きた方々がいるということも忘れてはいけないですね。

齋藤さん:
そうですね。被爆者は広島、長崎だけじゃなく、もちろん日本全国におられますし、世界に、特に韓国、ブラジルを含めて、いらっしゃるんですね。今回の受賞は、そういう人たちが、その国で、日本の被爆者と異なる苦しみを受けてきたという現実があるわけですけども、その人たちにも光が当たったのではないかと思っています。

桑子:
原爆で失われた多くの命を背負って訴え続けたことが後押しとなり、2017年に採択されたのが、核兵器禁止条約です。

73の国と地域が批准していますが、核保有国は不参加、日本も参加していません。日本の石破総理大臣はNHKの番組で、「日本の周りは核保有国だらけ」とした上で、「アメリカの核抑止力が効いている。それに頼りながら、禁止というのをどう両立させるか」だと述べました。
こうした中で、世界では、被爆者が築き上げてきた核のタブーが脅かされる事態も起きています。この危機の中での受賞の意義は何なのか。今回、国連・軍縮部門のトップでいらっしゃる、中満泉さんにお話を伺いました。中満さんは、2024年も広島や長崎の平和祈念式典に出席し、核兵器禁止条約の採択にも尽力されました。

危機の中のノーベル賞

桑子キャスター
「核使用のリスクが、なぜ、これほどまで高まっていると考えていますか」
国連 軍縮部門トップ 中満泉事務次長
「核軍縮、核兵器廃絶なんて無理だと、夢物語で実現できっこないという方が少しずつ増えていって、国際社会が瀬戸際に立っているような状況があります」

ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシア。プーチン大統領は、地域レベルの戦場で使われる戦術核を扱う部隊の軍事演習を実施。同盟国・ベラルーシにも戦術核の配備を進めています。

ロシア プーチン大統領
「これは抑止力であり、戦略的に我々を打ち負かそうと考える国々が、この事実を忘れないようにするためだ」

9月に開かれた安全保障会議では、大量のミサイルなどが国境を越えるという情報があれば、核兵器の使用を検討するとしました。

プーチン大統領
「空からの大量攻撃や、国境通過に関する信頼できる情報が得られしだい、すぐに(核兵器の)使用を検討する」
中満泉事務次長
「核兵器を使うかもしれないという威嚇ですね。そういったことが日常的に政府関係者であったり、政治家であったり、国のリーダーの中から、そういった言説が出始めている。これまでになかったこと。私たちが経験したことがなかった状況が生まれている。最大のところまでリスクは高まっている状況が具体的にある」
桑子キャスター
「そういう国際情勢の中での受賞ですけれども、中満さんにとって、被爆者の証言の力はどういうものか」
中満泉事務次長
「証言の力、パワーを感じたのは核兵器禁止条約の交渉、採択の過程で、被爆者の証言がいかに占める比重が大きかったか。外交官たち、交渉している人たちに理解されるようになったのは、まさに被爆者の証言があったからこそ。一生忘れることができない衝撃だったとおっしゃる方がずいぶんいらっしゃいます。軍縮・安全保障を議論する場でも、そういった(交渉の)機会が何度も設けられた」
桑子キャスター
「危うい世界の中で、日本は戦争被爆国という立場。日本がもつ役割をどう感じていますか」
中満泉事務次長
「国際社会の場でさまざまな役割を果たして欲しい。特に、核兵器保有国の間での対話というのは非常に重要。そういった対話、今のような地政学的な状況のなか、難しい対話を側面支援していく。いろいろな役割が日本という国にはあると思っています」

被爆者の“証言の力”

<スタジオトーク>

桑子:
その日本の役割を発揮してほしいところですけれど、今のお話にあったように、国際会議の場で多くの外交官たちに届いた、被爆者の方々の訴え、証言は、これから、より重要になってくるでしょうか。

齋藤さん:
もちろんそうだと思いますね。それで、証言の力、本体は何かということなんですね。それは言葉を変えれば、あの原爆投下後の惨状そのものなんですけど、核の非人道性ということに関わるものなんです。それは1つは、あの1945年を生き延びられても、数十年後まで、がんや白血病、あるいは、非がん疾患まで、その発症に大きく被爆の影響が残ってくるという出来事なんです。もう一つは、その出来事は医学が解明したわけですけれども、人間の心がどのように崩れていくのか、壊されていくのかということは、このようなサイエンスでは解明できないわけですね。それは、被爆者の証言を聞く、その中からしか、実は紡ぐことができない。証言の力はそこにあるんじゃないでしょうか。

桑子:
それが、まさに核のタブーにつながっているというふうに考えたほうがいいですね。

齋藤さん:
そのように思いますね。

桑子:
今回、その証言に加えて、ノーベル賞の選考委員会が評価したのが、「新しい世代への継承」です。受賞発表を受けて、被爆地の若者たちが動き出しています。

被爆者の言葉 新しい世代へ

広島では、被爆者に話を聞いてきた高校の新聞部が、平和公園で受賞の意義について取材を始めていました。

「被爆者団体のノーベル賞受賞を知っていますか?」

長崎でも。

「原爆の事とか関心がないような後輩に、それを伝えるには、どういう広告を作ればいいのか考えて欲しいなと思います」

開かれていたのは、原爆資料館に足を運んでもらうキャッチコピーを高校生に考えてもらう研修会です。

「僕のキャッチフレーズは『誰の罪』です」
研修の講師 Peace Education Lab 林田光弘さん
「被爆者だけに任せるのではなく、『問われているのは、あなたであり、私だ』というメッセージを、今回のノーベル賞をきっかけにもらえたのではないかな」

しかし、被爆者の声を届ける難しさに直面している若者もいます。平和活動を行う団体の代表、大澤新之介さん(21)です。

Nagasaki“80”PJT インスタグラムより
「急にちょっと離れた所で『ピカッ』と光ったんです」

大澤さんたちは、被爆者の証言をSNSで発信する活動などをしています。

「もう戦争は大嫌い」
MICHISHIRUBE代表 大澤新之介さん
「(被爆証言を)後世に残し、次の世代がこれを見たときに、行動を起こすきっかけになる」

大澤さんの活動の原点は、被爆者の曽祖母、シズエさんから一度だけ聞くことができた被爆体験です。

大澤新之介さん
「爆心地も通ってますから、その時、言ってたのが、『もう地獄だった』『人の焼けたにおいが忘れられない』。その言葉はすごく僕も残っていて、『人が焼けたにおいって何だ』」

高校生から活動を始めた大澤さん。
被爆者の声を同世代に伝えることは容易ではありません。共に活動するメンバーからでさえ、生々しい証言や映像が受け止めきれないという声があがったのです。

大澤新之介さん
「被爆者の話を聞いて少し具合悪くなる子もいれば、リタイアしてしまうような子とかも。すごく難しい所ではあります」

さらに、仲間の大半が、就職や進学などを機に活動をやめていくといいます。平和活動に意味があるのか。大澤さん自身も自問自答してきました。

大澤新之介さん
「核兵器の廃絶を含め、日頃、ニュースとか見ていても、一向にその兆しすら見えない。『何ができるのかな』『続けていて意味があるのかな』」
選考委員長
「日本被団協」
「えっ、日本被団協?」

そのさなかに届いた受賞決定の知らせ。

大澤新之介さん
「あんな表情する被爆者の方は、正直、初めて見た。『続けることに意味があるんだ』と再認識した」

10月15日、大澤さんは、2019年に亡くなったシズエさんのお墓に向かいました。

大澤新之介さん
「受け継いだものを、しっかり次に受け継いでいく。そこはしっかりやれればなと思います」

ノーベル賞 未来への模索

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
齋藤さんは、この新しい世代に期待することってどういうことですか。

齋藤さん:
被爆者の証言を受け止めてほしいというふうに思うんですけれども、同時に、その困難さというのも分かるんですね。それは、若者自身がいろいろな生きづらさの中に置かれていると。そういうことが被爆者の記憶の共有ということを、ある意味では困難にさせているんではないかなと思うんです。しかし、被爆者自身もさまざまな生きづらさの中で、長い間、証言できないという沈黙の時間を超えて、語ることができるようになったと。そういう葛藤の体験があるわけですね。とするならば、今の若者が、被爆者自身の語りの中から、自分の琴線に触れるものを必ずつかみ出すことができるのではないかなというふうに僕は信じています。

桑子:
2025年は、戦後80年を迎えます。被爆者の方々の高齢化は進んでいます。

日本被団協も、各地の11の団体が解散、休止しています。こうした中で、被爆者の方々の思いを受け継ぐために、私たちに何が求められているでしょうか。

齋藤さん:
80年という時に、どうしても、被爆者の持っている時間というものをいやが応にも意識せざるをえないんです。そういう中で、被爆者の証言というものを必死になってつかみ取っていくという努力を、この受賞は、励ますきっかけになってくれればいいなというふうに思っております。

桑子:
今回の受賞は、そういう意味でも、かなり大きな意義があると。

齋藤さん:
とても大きな意義があるというふうに思っています。

桑子:
それを、どう私たちが形にしていくかが問われているということですね。ありがとうございます。齋藤紀さんに伺いました。
70年近く、日本被団協が伝えてきた被爆者の方々の苦しみ、痛み、そして、願い。身を削って残してくださったものを、私たちがどういうふうに受け止めて、どうつないでいくのか。今を生きる私たちに、まさに問われています。

“核なき世界を” 未来へのメッセージ

日本被団協 初代代表委員の娘 森瀧春子さん
「せっかくの機会をただ喜ぶ、そういうものではいけない。決意を新たにする、新しいスタート」
被爆者 広島原爆資料館 元館長 原田浩さん
「世界情勢として、今の厳しい中から考えると、何をすべきなのか、どう行動を起こすべきなのか、一つの大きなきっかけにできれば」
日本被団協 事務局長 木戸季市さん
「核兵器は、もっといえば戦争は、人類と共存できない。武力ではない、対話なんだと」
被爆者 阿部静子さん
「もう少し、原爆被害のことを世界の人に知ってもらえたら。どうぞ私のような不幸な者を再びつくることがありませんように」
見逃し配信はこちらから ※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。