あなたも 咬(か)まれるかも!? 街なかに野犬出没 そのワケは…
子どもが手をかまれた。散歩中に背後から襲われた。今、全国で野犬の被害が相次ぎ、大都市近郊にも出没するように。野犬対策を行う自治体の中には、捕獲や保護施設にかかる費用が増加したところも。また、野犬の保護団体は身銭を切って譲渡活動を行うところも少なくなく、社会にかかる負担は膨らんでいます。なぜ、野犬の出没が増えるのか。人にとって身近な動物である「犬」との共存のための社会のあり方を考えました。
出演者
- 佐伯 潤さん (帝京科学大学 教授/獣医師)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
街なかに野犬出没
桑子 真帆キャスター:
こちらは、全国で保護された野犬とみられる犬の数です。オレンジ、赤と数が多くなっていきますが、特に九州や中国、四国地方で多く、関東地方でも年間1,000匹を超えるところがあります。
なぜ、今、野犬の出没が相次いでいるんでしょうか。
増加のワケは?
野犬の被害が深刻化している、山口県周南(しゅうなん)市です。
住宅街や町の中心部の公園に野犬が日常的に出没します。
この男性は、自宅の駐車場に停めていた車が野犬に傷つけられたといいます。
「『犬だね』って警察が言ってたんですけど、『犬!?犬!?』。被害に遭うことを想定もしていなかったので、びっくりしました」
中には、かまれた人も。
「突然、犬が3匹来てね。そりゃ痛かった。とにかく病気が怖いですよね、犬は」
周南市では、この5年間で、人がかまれる被害が10件発生しています。
そこで周南市は県と協力して、2019年から捕獲体制を強化。パトロールには、年間250万円ほどの予算をかけています。
「こういう所に犬が休んでいるパターンが多い」
アプリを使って、市民から野犬の目撃情報を集め、捕獲にいかそうとしています。
さらに、遠隔操作ができる捕獲おりも300万円以上かけて整備しました。
これにより、周南市では、2023年度、284匹の野犬を捕獲しました。
「檻(おり)に警戒する犬もいますし、他の犬が捕獲されたのを見ると、犬も学習してしまいますので、どうしても大きい檻でも入らない犬は一定数いる。野犬をゼロになるまで頑張りたいと思ってるんですが、現実的にゼロまでいくというのはなかなか長期的な取り組みになります」
なぜ、野犬が増えるのか。そこには、ある理由がありました。
野犬は、捕獲しても、それを上回るペースで繁殖が進む実態があります。
和歌山市の雑賀崎(さいかざき)地区では、行政による捕獲が続いています。
この地区は、野犬が繁殖しやすい山や草むらが多いため、50匹以上の野犬が住みついているとみられています。
捕獲できるのは、ほとんどが子犬。
繁殖を防ぐためには、子どもを産む成犬の捕獲がかかせません。しかし、成犬は警戒心が強く、すぐに山に逃げ込むため、捕獲が難しいのです。
野犬の繁殖に拍車をかける要因もあります。
エサをまく人々の存在です。
「もうね、マヒしてきているので、『ここにもされている』っていう感じ。エサをやる方が少なくなれば、今後、(野犬が)増えていくことも少なくなっていくんじゃないかなとすごく思います」
和歌山市も、こうした、むやみなエサやり行為が野犬の出没や繁殖を後押ししていると考え、控えるよう呼びかけています。
エサをまく人は、どんな気持ちなのか。
毎日のようにエサを与えているという人に話を聞くことができました。
「今、野犬にエサをあげていましたか」
「俺だけやないで。朝早い時間にやっている人、結構おるで」
「野犬がいることで怖がったりというお話を聞くんですけれど」
「怖がんのは自由よ。そんなもん別に関係ない。そのまま殺すわけにもいかんやん」
エサを与えるのは、目の前の命を救うためだといいます。
「エサがあるから(野犬が)増えるという意見についてはどう思いますか?」
「たしかにエサあったら増えるよ。増えるから、この辺の犬みんな餓死せえって言うんか?餓死させる?それでええ?」
なぜ捕獲の必要が?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
今夜は、獣医師で自治体の野犬対策に詳しい佐伯潤さんに伺っていきます。
確かに野犬がかわいそうだというのも分かるんですけれど、まず、押さえたいのが、野犬というのは捕獲しなければならない対象なんですよね。
佐伯 潤さん(帝京科学大学 教授)
獣医師、自治体の野犬対策に詳しい
佐伯さん:
「狂犬病予防法」という法律で、行政に対して、捕獲しなければいけないという義務が課せられています。狂犬病という病気は、かつては日本全体で見られた怖い病気で、それが法律に基づいて、犬に対する予防注射の徹底や放浪犬を捕獲・保護していくということで、日本からは動物での狂犬病の発生がなくなったという背景があります。一方では、狂犬病という病気は人に感染する病気で、幅広く哺乳類全体に感染する病気です。一度感染して発症してしまいますと、亡くなる可能性は100%近いということが知られています。日本では動物の発生はなく、人の感染も海外で感染された方だけなんですけれども、日本の周辺の国では、韓国、中国、フィリピン、台湾と、発生国がぐるっと取り囲んでいるような状況です。また、犬という動物は野生動物とは異なりまして、オオカミなどといった動物を人が長い時間をかけて家畜化した動物です。
桑子:
家畜動物なんですね。
佐伯さん:
はい。ですので、人が管理し、守っていくということが必要な動物なんですね。自然の中で自立して生きられる動物ではありません。野犬のような状態では健康管理も十分できませんので、短命に終わってしまったり、犬にとっても不幸なことだというふうに思います。
桑子:
そうした中で野犬の繁殖が進んでいるわけですけど、その理由について、佐伯さんはどういうふうに考えていらっしゃいますか。
佐伯さん:
そうですね。今もご説明したように、狂犬病という病気が、犬での発生が日本からはなくなって、そういう危機意識が人々からなくなってしまったというのも大きな背景でしょうし、まず、エサをあげてしまわれる方がいるということで、犬がその地域に定着して増えてしまうというような問題が大きいと思います。自治体では条例を作ったりしておりますけれども、罰則が少ないということもあって、十分に機能していないというのもあると思います。
桑子:
あと管理意識。
佐伯さん:
日本人の意識としましては、動物を管理するという意識が弱いというところがあって、避妊・去勢はかわいそうだというような意識があったり、また、自由にしてあげたほうが幸せではないかということで放し飼いにしたりとか、何らかの理由で飼えなくなった場合、捨ててしまうということを起こしやすいという背景もあるかと思います。
桑子:
こうした中で、野犬にどう対応していくか。
日本では、昭和30年代から50年代、野犬は、お伝えしたように、狂犬病の発生源として恐れられていたことや、子どもが襲われる事件が相次いだことから、徹底的に捕獲されて、殺処分が行われてきました。
しかし、現在はといいますと、動物愛護の意識の高まりから、国は殺処分ゼロの方針を示して、その代わりに譲渡を推し進めようとしています。
ただ、この譲渡も、今、行き詰まりを見せているんです。
行き詰まる「譲渡」
殺処分を減らすために、譲渡に力を入れている香川県です。
高松市と協同で、およそ4億円かけて、譲渡に特化した施設を建設しました。この施設では、譲渡が決まるまでの間、野犬を収容しておくことができます。
「成犬舎は常にいっぱい」
収容所の上限である60匹が常にいる状態が続いています。この施設では、週に2回、一般家庭向けの譲渡会を開催しています。
「その子ね、すごい臆病さんなんです。こういう反応は絶対になくならない」
野犬の多くは飼われたことがないため、人に対して強い恐怖感や警戒心を持っています。人に慣れるには時間がかかり、譲渡は簡単ではありません。
「人なつっこそうな子がいればと思って来ました。すごい人間におびえているのかなと、あまり行ったら、かわいそうかなと思って」
この日、7組の引き取り希望者が参加しましたが、新しい飼い主が見つかった犬はいませんでした。
引き取り手が見つからない犬は、県内外の保護団体と協力し、譲渡を進めようとしています。
12年前から、犬の譲渡活動をボランティアで行っている高井文子さんです。
「病気だったり、怖がりだったり、嫌な言い方ですけど、色柄がよろしくない子を選ぶようにしています」
高井さんは野犬の殺処分を避けるために、これまで、500匹以上の犬を引き取ってきました。
「この子は緑内障で目が見えなくなってしまって。救いたくてやっている部分があるし、命に対して向き合っているので。ここが“絶対にいい場所”ではないけど、他の人が(施設から)出さないなら出すしかないよねって」
しかし、預かることができるスペースは年々、限られていきます。寄付を募っているものの、エサ代や医療費がかさみ、今では、年間170万円ほど身銭を切って活動を続けています。
2023年度、保護団体が引き取った野犬は、全体の7割にあたる431匹。高井さんと同じように、経済的に苦しんでいる保護団体は少なくないと見られています。
「葛藤というか、ジレンマというか。行政と違って、年間いくら予算くれますよというものではなく、今月やっていけるのだろうかという中でやっていくので、金銭的なものもそうだし、精神的に壊れちゃうんでしょうね」
殺処分数 322匹(2022年度)
収容施設が常に満杯のため、譲渡が難しい犬から殺処分せざるを得ないという香川県。その数は全国最多となっています。
そこで、少しでも殺処分を減らそうと、新たな収容施設を高松市が計画。その予算は5億円です。
「殺処分、無いに越したことはないですよね。それを無くしていくためには、どうしたらいいのかは、それは私どもが考えていかなくちゃいけないことだろうと」
「譲渡」国の方針は
桑子:
このように相当な努力をしても、譲渡の難しさが見えてきたわけですけれども、実際に全国の譲渡率を見てみますと、この増加のペースは、近年、鈍っていて、今後は頭打ちになると見られているんです。
こうした中で、保護団体に負担がかかったり、あと、自治体が収容施設に何億円もかけたりという現状。これ、どういうふうに考えたらいいでしょうか。
佐伯さん:
VTRでご紹介いただいたような状態というのは、他の地域の自治体や保護団体でも、やはり人手の問題とか経済的な負担というのが増えていってしまっている状況にあります。国のほうでは、殺処分ゼロというような方向性を打ち出してはいるんですけれども、その考え方も近年では少し緩めたといいますか、譲渡が可能な動物に対しては殺処分をしないというような方針に変わってきています。
2013年 殺処分ゼロの方針
→2020年 “譲渡可能な動物”の殺処分数を減らす
とはいえ、譲渡が可能な動物を、どう評価・判断するかという基準がしっかり決まっているわけではないので、大きな解決策にはなっていないという状況だと思います。今後は、このように殺処分率が大きく下がっている中で、これよりさらに殺処分の数を減らしていくためには、相当な負担が行政や保護団体にかかることが考えられます。そのために、誰がそういった負担を担っていくのかとか、あるいは、譲渡が可能な動物かどうかの判断というのを現場でどう考えていくかという、現場での実効性のある指針を作っていくなど、やらなければいけないことがたくさんあるかと思います。
桑子:
こうした野犬対策の負担を、誰がどう負担するのか。全国の自治体から注目されている取り組みがあるんです。
膨らむ“負担”どうする?
岡山市が行っているのは、一般市民を巻き込んだ野犬の譲渡活動です。
市民ボランティアや保護団体が担うのは、野犬の散歩など、人に慣れるための訓練。ケージの掃除や健康状態の確認まで行います。市が呼びかけて集まったボランティアの登録者は146人。野犬の訓練にかかる負担を行政と市民で分け合っています。
「本当に感謝しています。すごく熱心にやってくれますし、ここにいる子たちの将来をすごく心配してくれてて」
この活動に参加することで、参加者の野犬に対する意識も少しずつ変わり始めています。
「(引き取りを)検討中です。できれば保護犬ちゃんがいいかなと」
活動の様子はSNSでも発信。これまで、保護活動に関心がなかった市民にも知ってもらい、譲渡につなげようとしています。その結果、一般家庭への譲渡数は、活動前の4倍にあたる87匹にまで増加しました。
「訓練した子を1回飼ってくれた人は、次も同じように保護犬を飼ってくれる人たちが多いので、そういう人たちがいっぱいになれば、もっと譲渡は進むと思います」
さらに、岡山市ではユニークな方法で野犬の捕獲も進めています。
主役となるのは、以前は無断でエサを与えていた人々。今は市からの依頼で、野犬を捕獲するために餌付けをしています。
3年間、野犬にエサやりをしていた男性です。命を守りたいという一心で続けてきたといいます。
「ダニだらけで皮膚病にかかったり、かわいそうな格好しとるから、ついつい(エサを)やり始めたんよね」
そうした中、市民ボランティアたちの活動を見て、犬の顔つきや毛並みが、自分がエサを与えていた時よりもいいことに気づきました。幸せそうな犬を見て、次第に行政の捕獲活動に対する不信感も解けていったといいます。
「最初は“捕獲=殺処分”という頭があったから、本当に大丈夫かなという半信半疑の感覚。今は捕獲の意味が分かってきた。捕獲して、きちっと手入れすれば、犬も幸せじゃねえかと思うな」
この日は、1か月間、餌付けをしてきた野犬を捕獲する日です。
エサやりをしてきた2人が誘導すると野犬が集まってきました。ものの10分でおりの中に入り始めます。閉じ込めたのは、2匹の成犬。
エサやりをする人と協力して以来、野犬の捕獲数は80匹以上に増えました。
「『エサをあげると犬が増えるからやめてください』と言っていたんですけど(エサやりを)やめてくれないんですよ。それを考えたときに、その方々に協力していただくのが一番有効なんじゃないかなと。昔だったら考えられないです。こんな簡単に(野犬が)捕まるなんて。本当(エサやりをする)お二人のおかげです」
共生する社会の実現へ
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
市民を巻き込んで取り組むって、理想的に見えましたけれど、どう評価されますか。
佐伯さん:
すばらしい取り組みだと思いますし、関係者の方々が非常に努力された結果だと思いますので、本当に頭の下がる思いというのが率直な感想です。ただ、ああいった一般市民の方が触れる動物、触れる犬たちっていうのはやはり一部であって、トレーナーさんや専門家が関わっても人に慣れないという子は必ず存在しますので、すべての犬たちを救う方策になるかというと、そこは問題点だというふうには思います。
桑子:
なかなか自治体の対応にも限界がある中で、どういうことが問題解消に求められるでしょうか。
佐伯さん:
そうですね、やはり今、国の動きとしては、動物愛護管理行政に対していろいろと負担がかかる状態にあります。法律が強化されて規制が強まってる中で、地方の動物愛護管理行政には非常に大きな負担がかかってきています。その中で、このように野犬の対応をしなければいけなくなったりとか、また、その中で適正に譲渡しなければいけない。あるいは、どうしても難しい場合には殺処分も検討しなきゃいけない。そういった、さまざまな問題に取り組まなきゃいけないという問題があります。ですので、やはり国としても、そういった地方の動物愛護行政の負担を取るためにも、国としての譲渡に関する指針であったり、殺処分に対する指針というのをしっかり検討していくという方向性も考えなければいけないし、そうあるべきではないかというふうに思います。
桑子:
私たちは動物愛護という言葉を使いますけれども、この動物愛護というのをどういうふうに、今後、考えていったらいいというふうに考えていらっしゃいますか。
人と動物の共生する社会の実現を図る
佐伯さん:
今回、問題になったような野犬たちというのは、自由はあるかもしれませんが、犬としては不幸な状態だと思います。やはり飼い主さんのもとで適正に飼われてこそ、犬の幸せだろうというふうには思います。動物愛護といいますのは、動物の愛護及び管理に関する法律で定められていることなんですけれども、人と動物の共生社会を目指すということです。人の幸せや生活も、動物の幸せや生活も守っていくということですので、どちらか一方ということではないんですね。ですので、お互いの生活や幸せを守りながら、考えながら、ワンヘルス、ワンウェルフェアといいますけども、1つの健康、1つの幸せということを実現していくというのが、本当の動物愛護の目指すべきところなんではないかと思います。
桑子:
そうなると、やはり犬っていうのは人が管理するものだという、この前提に立ち返らないといけないですね。
佐伯さん:
管理し、守るということですね。それが、本当に犬の幸福を考えてあげるということだと思います。
桑子:
何が犬にとって幸せなのか。人が管理するものであるならば、環境も含め、その命に責任を持つのが私たちだと改めて確認したいと思います。