■浄土真宗の仮面をかぶる富士門流執着軍団・日神(自称・拳骨和尚)の正体を暴く5
□こんな不審極まりない人物をインターネット上の所行だけで評価を下すことは不可能である
ここまで自称・大津蓮華寺「副住職」吉野日神(智応)の不審言動をまとめてみたい。
□1 「元創価学会員」を自称しながら「辻説法」で池田大作のことを「池田大作先生」とよび、大石寺67世日顕のことを「大石寺貫首上人」「御法主上人猊下」とよんでいた
□2 「辻説法」で「偽書」である「本尊七箇相承」や「御義口伝」「産湯相承事」を何と日蓮の真書と認定するお粗末な文を平気で書いていた
□3曼荼羅書写三千体達成を自称しているが、大石寺の「戒壇の大本尊」偽作問題については、「辻説法」には何一つ書いておらず、何の見解も表明していない
□4 「辻説法」の中でかつての日蓮正宗寺院僧侶や住職を絶賛していた
□5 「辻説法」で、大日蓮宗で出家得度する以前から、曼荼羅書写をしていたことを認めている
□6 「元創価学会員」を自称しながら、「辻説法」で、なぜ創価学会員をやめたのか、について、一言も言及していない
□7 「大日蓮宗僧侶」を自称しているが、どこで僧侶としての修行をしてきたのか。「辻説法」の中に、一言の言及もない
□8私が全国各地の仏教寺院を訪ね歩いているから、仏教寺院の信者になりたがっているなどと勘違いし、「mixi」日記でコメントのキャッチボールをつづけていることが、潰れる寸前宗派「大日蓮宗」に、私が心を寄せているかの如くに錯覚し、勘違いしている
□9 「大日蓮宗」僧侶を自称し、「草庵」を自称する「大日蓮宗・吹田教会所」主宰を名乗っていたのに、西山本門寺の「末寺」(?)富士山蓮華寺の「副住職」に任命されたと宣言した
□10仏教教学、富士門流、西山本門寺、北山本門寺の化儀について、きわめて初歩的な私の質問に、しどろもどろの大混乱、大パニックに陥って遁走した
□11西山本門寺一門(法華宗興門流)を称する富士山蓮華寺「副住職」を自称しながら、西山本門寺には一度も行ったことがない
□12西山本門寺の僧侶自体がやっとどうにか食っていけるような寺院・西山本門寺僧侶・大津蓮華寺住職・松本修明氏が「副住職」を雇ってメシを食わせていける経済力を持っているのか。
□13 「mixi」の「辻説法」にカルト法華講員がスパム書き込みに驚き、「アンチ日蓮正宗」コミュも「アンチ日蓮正宗vs日蓮正宗」コミュもあっという間に退会。「辻説法」でも、日蓮正宗批判、創価学会批判を一切書かなくなって遁走してしまった
こんな不審極まりない人物を、インターネット上の所行だけで評価を下すことは到底不可能なことである。実際にこの人物に会って確かめた上で評価すべきことは当然ではないか。
□2009年9月、大津蓮華寺訪問の件で大パニックになり断りの連絡を入れてきた吉野日神(智応)
そこで吉野日神(智応)が大津蓮華寺「副住職」を自称するようになって後、2009年9月、大津蓮華寺を訪問すべく、事前に吉野日神(智応)に連絡を入れたのです。
この時は、英昭彦の日程上の都合で、大津市に行ける日取りが10月しか取れず、「大津蓮華寺に行けるのは10月になってしまうのですが、10月は『御会式』があるので、忙しいのではありませんか」との主旨の連絡でした。
これに対する吉野日神(智応)の返事は、「ヒマだと思いますから、いつでもいいですよ。『大日蓮宗』では御会式は、旧暦の11月に行っていますから」というものだった。
『はあ?大日蓮宗』(?)。大津蓮華寺は西山本門寺一門の「法華宗興門流」じゃないのか。吉野日神(智応)は、西山本門寺一門(法華宗興門流)を称する滋賀県大津市の富士山蓮華寺「副住職」を自称しているのに、なぜ御会式は『大日蓮宗』になるのか。
もうここまで来たら、完全な支離滅裂である。この吉野日神(智応)という人物は、何がどうなってるの(?)という感じである。大津蓮華寺「副住職」を自称した後も、西山本門寺一門(法華宗興門流)なのか、『大日蓮宗』なのか、わけがわからないことを言う吉野日神(智応)。
全くもって理解不能の領域にいる男である。そうは言っても、こんなことをあれこれ電話で言ったところで、しょうがない。
これは訪問時に吉野日神(智応)に問い糾すこととして、訪問の日取りを決めようとしたのだったが、「ヒマだと思いますから、いつでもいいですよ」と言っていた吉野日神(智応)が、いざ訪問日時を決めようとすると、またもやしどろもどろの大混乱、大パニックに陥ってしまったのである。
「10月△日は空手のOB会がある」だの「10月×日は松本上人(松本修明氏)が東京から来る」だのと、二転三転を繰り返す。そして最後は、英昭彦の所に電話をかけてきて「まことに心苦しいのですが、今回のご来訪は、ご遠慮願いたい」と、こうなってしまった。
これまでさんざん「hideさん、富士山蓮華寺にもぜひ『寺跡調査』にいらして下さい」「ぜひお会いしたい」とコメントし、「ヒマだと思いますから、いつでもいいですよ」と言っていた吉野日神(智応)が、結局、最後はこういう形になってしまった。まさに「?」である。
さらに事件は、これだけにとどまらなかった。
2010年、それまで延々とつづけてきた「辻説法」を、吉野日神(智応)は突然、休止宣言してしまう。そして完全に音信不通になってしまったのである。「辻説法」は休止で音信不通ではどうしようもない。英昭彦としても、しばらくそのまま放置しておく以外にない。こうしてかなり長い間、吉野日神(智応)は「辻説法」を休止したままにしていたのだったが、2010年8月、突然、「辻説法」を復活。
今度は、今までの前言を翻して、あれほどうれしそうに(?)「副住職」を自称していた大津蓮華寺から離山し、大津蓮華寺の自称「副住職」を「辞職」したと宣言。
そして今まで「副住職」を自称していた大津蓮華寺を「偽りの寺」だと批判をはじめた。なぜ大津蓮華寺から離山したのか。その理由を「母の体調が悪くなったので離山」を決意したと言い出した。じゃあ、大津蓮華寺を「偽りの寺」だと批判をはじめたのは、どういうわけなのか。吉野日神(智応)は大津蓮華寺の自称「副住職」だったのに、大津蓮華寺を自ら「離山」したのち、「偽りの寺」だと批判したら、じゃあどうしてそんな「偽りの寺」の「副住職」を自称していたのか、との疑問が出てくる。
まあ、これもかなり後になって、「副住職」も自ら「離山」も全て吉野日神(智応)のウソっぱちであることが判明する。
(滋賀県大津市の富士山蓮華寺「副住職」任命を自称する吉野日神(智応))
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