173.不義理王女は配り、
「…それで、これがプライド様からの〝手土産〟と…?」
プライド様のパーティーから戻ってきたアランとエリックに手渡された包みに、私と副団長のクラークが同時に首を捻る。
近衛騎士の任をアーサーとカラムに引き継ぎ、そのままパーティーから戻ってきた二人は真っ直ぐに私の騎士団長室を訪ねてきた。
「はい。プライド様から「婚約を祝って下さったのに無碍にしてしまったお詫びです」と。騎士団長と副団長の分を預かりました。」
エリックから包みを受け取り、そのままテーブルに置く。横でアランが何やら目を輝かせてその包みを凝視していた。
腕を組む私の代わりにクラークが包みを開き、中身を確認する。二個ずつ、どれも見たことのない食べ物ばかりだ。
「パーティーで出されたデザートの菓子です。自分達は既に頂いてきたので、是非お二人でお召し上がり下さい。」
ですよね、アラン隊長⁈とエリックが私とクラークではなくアランに言い聞かせるようにして声を上げた。
つまりパーティーの余り物…?と私が思わず言葉を漏らすと「いえ、自分達に出された分は一欠片も残りませんでした!」と食い気味にアランが声を上げた。確かに、どれも珍しい菓子だが。
「…ちなみに、プライド様はこれをどこで用意されたんだ?」
どれも見たことの無い菓子だが…と続けるクラークに、アランとエリックが口を閉ざし突然周りを見回した。騎士団長室には私とクラークしかいない。それを確認したアランが声を潜め、そっと口を開いた。
「プライド様とティアラ様手製の創作菓子です…!」
「…は?」
「…なに?」
思わず私とクラークで同時に聞き返す。
創作…いや、むしろそれは良い。そんなことよりも、まさかプライド様とティアラ様…第一王女と第二王女が自ら作った菓子など。
やっとアランの視線と、辺りを見回し声を潜めた理由を理解する。
「これはまた…とんでもない品を頂いてしまったなロデリック。」
クラークが珍しく目を丸くして菓子を覗き込む。私も無言で頷けば、アランとエリックが姿勢を正し「どうか他の者には内密に、とのことです。」「あと、今日中に食べて欲しいそうです!」と告げ、退室した。
「………。」
「…まぁ、…折角だし頂こうか。」
勿体ない気持ちもするが、と続けながらクラークが謎の菓子を前に腕を組む私の背を叩く。
まずは一番見慣れた形をしたケーキから摘み、一口齧る。乾燥させた果物だろうか、くるみも入っており、懐かしいような味がした。甘さも強くなく食べやすい。
どうやら二切れずつ中に入っている具材が違うらしい。クラークが私と同じケーキの別の種類を一切れ摘み、口に運んだ。
「…ん、美味い。これは酒が入っているな。お前は何だった?」
「…果実とくるみだ。」
ならお前はこっちの方が好きそうだな、とクラークが私に同じ種類の一切れを勧めてくる。手に残った果実入りのをそのまま一口で食べきり、そのまま酒入りのケーキを齧る。…確かに、私の好みの味だ。酒の風味が口に広がり、これならいくらでも食べれそうな気がした。
「……プライド様は、…本当に成長されたな。」
初めてお目にかかった時はとても幼かった。それが今では十六歳となり、立派な女性へと成長された。〝学校制度〟なるものを提唱し、更には婚約をー……、…。
「…〝婚約解消〟については私も驚かされたよ。」
私の心を読んだかのようにクラークが言う。食べ比べるように数種のケーキを一口ずつ食べては味を確認していた。
「…そうだな。」
プライド様は三カ月前に誕生祭と同時に婚約をされた。
アネモネ王国のレオン第一王子。
私も噂でしか聞いたことはなかったが、プライド様と誕生祭で並んだ姿はとても絵になっていた。その奥底は一目では図りかねたが、聡明な青年にも見えた。
だが、だった十日でプライド様はその王子と婚約解消をした。我が騎士団のアラン、カラム、エリック、そしてアーサーを連れた極秘訪問から帰国されたその翌日には、国中にその事実が広められていた。
歴代でもこんな短期間で婚約解消をした王女など居るか居ないか程度だろう。しかも、今も変わらずアネモネ王国との関係は良好…むしろ以前よりも親密になったともいえる。当事者であるプライド様、特にレオン王子が互いの国の訪問を毎月行っているからだ。
守秘義務の為、極秘訪問から帰ってきた騎士四人からも詳細は聞いていない。私自身が知り得たのは、プライド様とレオン王子が円満に婚約解消したということだけだ。…今回は第一王女自ら剣を振るうような事態にならなかっただけ、マシとでもいうべきだろうが。
一応、伝えられている内容としては急遽王位を継ぐことになったレオン王子の為にプライド様が身を引いた、ということになっている。だが、…本当にそれだけなのだろうか。
私もクラークも、他に何か要因があったのではないかと思えてならない。
…まぁ、騎士団はそのような噂の真偽関係なく一時的に浮足立ったが。
三カ月前のことをふと思い出し、思わず溜息がでる。
クラークが「やはり甘いものばかりは厳しいか」と尋ねるが、そうではない。私が首を振り、黒色の柔らかな菓子を一口齧ると「甘過ぎたなら私にくれ」と言われる。…確かになかなか甘い。だが食感は面白い。それにあの小さかったプライド様とティアラ様が作ったと思うとそのまま口に放り込んでしまう。
「他の騎士達には言えないな。…三カ月前のあのお祭騒ぎを思い出してしまうと。」
…また、私の頭でも覗いたのか。
三カ月前、プライド様の婚約解消が国中に知らされた時。……恥ずかしいことに騎士団では歓声が上がった。
円満とはいえ、プライド様の経歴に若干の傷がついたものだというのにも拘らずの歓声だ。
プライド様の婚約者が決まる誕生祭では、かなりの数の騎士がプライド様の婚約に士気を落としていた。そこから鑑みても想定内の反応ではあったが、…騎士の殆どがあまりに喜び叫ぶものだから私も不謹慎だと怒鳴らざるを得なかった。
正式に発表された途端に、恐らく既に知っていたであろうアランは高々に「今夜は朝まで飲むぞぉぉおおおお‼︎」とテーブルの上から叫び出し、合意の声を上げた騎士達にまさかのエリック、カラム、アーサーまで混ざっていた時には頭を抱えた。
五年前の崖崩落から、プライド様の人気は留まることを知らない。噂が風化するどころか名声は更に高まり、一年前の殲滅戦では〝ジャンヌ〟という名を使い、更に騎士達の中で熱を上げさせた。むしろ、単なる箝口令ではなく〝ジャンヌ〟という名を与えられたことでそこから半年は〝ジャンヌ〟の英雄譚で騎士達間の話題が尽きなかった。
あの御方が、誰のものにもならなかったということにプライド様を慕う騎士達が夢を見るのは仕方がない。だが、だが私は…
「…幸せになって、頂きたかったのだが……。」
思わずそのまま長い溜息を吐いてしまう。クラークが喉で笑いながら私の肩を叩いた。
「婚約といっても政治的要因が強いものだ。レオン王子と婚姻したからといって幸せになるかどうかは別問題だろう。」
お前もそれくらいはわかっているだろう?と言いながらクラークがテーブルの菓子を更に一つ摘んだ。
「それに。…プライド様を幸せにしてくれる相手なら別にいるかもしれないだろう?」
うん、これも美味いな。と呟きながら言うクラークの方を振り返る。私が意図を汲み取れず眉間に皺を寄せるとそのまま「まぁ、正直私もプライド様の婚約解消に浮き足立った一人だが」と零した。
「お前の気持ちはわかるよ、ロデリック。私だってプライド様が幼い頃から見てきたのだから。…アーサーのこともな。」
何故、そこでアーサーの話になるのか。そう尋ねれば私の問いに答えずにクラークが私の分の菓子を右から甘さ順に並べていく。
「アーサーにまた機会が巡ってくるかもと思えば、まぁ今回の婚約解消も幸いと考えて良いかなと私は思うよ。」
「……クラーク。お前は何を言っている?」
「…アーサーの鈍さは、間違いなくお前譲りだという話だよ。」
取り敢えず甘さの弱いものから口に放る私に、クラークが喉で笑って答えた。
「プライド様ならそれくらいの常識外れも可能にしてくれそうな気がしてね。」
何を言っているのか全くわからないが、機嫌の良さそうなクラークにそのまま追求することは諦める。私に説明をしないということはそういうことなのだろう。
そろそろ甘いのは限界だろうと笑う友に、単に私の分もこの菓子を食べたいだけなのではないかと思いながら、私は菓子を半切れずつ譲った。
今回の婚約は残念な結果となったが、どうか今度こそプライド様には幸せになって頂きたいものだと心の片隅で願う。
…
一週間後。
アランがプライド発案の揚げ鶏肉料理のレシピを騎士達の食堂へ提供したことで、更にプライドの人気が頂知らずに上がることを、この時のロデリックとクラークはまだ知らない。
……
「おかえりなさい、ジル。今日もお疲れ様。」
「ただいまマリア。ステラも元気そうでなによりだ。」
扉を開き、愛しいマリアと一歳になったステラに笑い掛ける。まだ覚束ない足取りではあるが、私に向かって満面の笑みで前進してきてくれている。彼女をそっと抱き上げればその小さな手を私の首へと回してくれた。
「プライド様は無事パーティーを終えられたかい?」
「ええ。折角お誘い頂けたのに参加できなかったのは申し訳なかったわ。」
でも、水入らずで楽しんで欲しかったから。と笑うマリアに、その額へ口付けする。
「私も君とステラには是非パーティーを楽しんで欲しかったが、…そういうところも君らしいと思うよ。」
また次のパーティーでは三人でお邪魔しよう、と言葉を掛けて片腕でステラを抱いたまま彼女の手を取る。毎日していることだというのに、幸福感が尽きることはない。
「!ああ、そうそう。…プライド様が私達の分もとお菓子を。」
マリアが突然思い出したように両手をパチンと叩く。
お菓子…?と首を捻る私にマリアが手を引いた。広間を抜け、居間へと向かう。茶会用のミニテーブルに布を掛けられた皿が並んでいた。そのままマリアが布を取り払うと、見たことのない料理がそこにあった。マリアからプライド様からの手料理菓子と聞き、驚く。
まさか王族が料理など。それだけでも前代未聞だというのに、しかもどれも見たことのない菓子ばかりだった。
侍女がちょうど茶を淹れてきてくれ、マリアと共に食すことにする。
マリアが串に三つの白丸の菓子を口に一粒頬張り、途端に目を輝かせた。
私も同じように白丸菓子を、上にかかったタレを衣服に零さないように気をつけながら口に含む。甘さと塩気、そして今までの菓子ではありえない柔らかさと弾力に気がつけばマリアと共に顔を見合わせた。
「美味しい…!」
目をきらきらさせたマリアが更にもう一口含む。弾力が強い為、そそっかしい彼女が喉を詰まらせないか心配になりながら私も彼女の言葉に頷いた。
マリアの快気祝いのパーティーの際に林檎ジャムを作ってきて下さったことはあったが、まさか創作料理にも長けていたとは。
あの御方には欠点など無いのだろうかと思ってしまう。…いや、こうして女王や王配、他の目を盗んで常識外れの行動をとることこそ、ある意味最大の欠点とも…魅力ともいえるだろう。
今回、城の大広間ではなく私の屋敷を貸して欲しいとプライド様からの依頼があった時は何故と疑問もあったが、これが理由かと納得する。
王族が料理など普通はあり得ない。しかも、プライド様は第一王女だ。
第一王女自ら料理を振る舞うなど、その事実を隠したかったからこそ料理を振る舞う場所を城の外へと変えたかったのだろう。
最低限以上の城の衛兵や侍女にすら知られないように。そう考えればその〝最低限〟の中に私とマリアが加えられたことに、小さく胸が灯った。…友であるアルバートとローザ様には些か気が咎めるが。娘の手製など、それこそ親としてこれ以上ない御馳走だろうに。
「このケーキも美味しい…!」
気がつけばマリアが更に別の菓子に手を伸ばしている。見かけはパンのようにも見えるが、彼女の言葉を受ければケーキ…なのだろうか。
「パーティーが終わった時には、出したデザートも料理も全部無くなってしまったんですって。」
プライド様が先にデザートだけでも取っておいて良かったと仰っていたわ、というマリアの言葉に私は深く頷く。
…まぁ、プライド様の手製では一欠片も残らないだろう。
マリアの話を聞けば料理はプライド様のレシピを料理人が、デザートはプライド様とティアラ様が自ら手を振るったという。
ならば、先にデザートが無くなったのではないかとマリアに尋ねれば「侍女からもそう聞いたわ」と頷いた。
私とマリアは屋敷の提供者として、今回の招待客をプライド様から伺っていたが…〝残す〟という選択肢自体、彼らにはあり得ないだろう。味や好みの問題ではない、プライド様の手製であれば例え生焼けであろうと彼らは完食するだろうということが見なくても簡単に予想はつく。しかも、この美味ならば尚更だ。
「あと、何人か分だけいくつかお菓子を包まれていたけれど…。」
誰の分かしら…?と更に別のパンを片手に小首を傾げるマリアに相槌をうつ。そればかりは私にも判断はできない。
ステラが羨ましそうに私達の菓子を見上げる中、深夜の茶会を楽しんだ。
いつかステラにもこの不思議な菓子を食べさせてやりたいものだと、マリアと語り合いながら。