172.不義理王女は考える。
「えっ⁈レシピ貰えるんですか⁈」
突然、別の方向から声が上がった。振り返ればアラン隊長だ。
アラン隊長は最初の時こそ任務が関わらないと王族の私相手には結構萎縮していたけれど、近衛騎士として関わるようになってから最近は大分私にも慣れてくれた。…といっても今は突然大声を上げてしまったことに少し焦ったように「あっ…いや、…その…」と言葉を濁しているけれど。カラム隊長が横で味噌汁を片手に溜息をついた。
「確かにとても美味しいので、もしレシピを頂けて騎士団の食堂で出すことができれば他の騎士達も皆喜ぶと思います。」
エリック副隊長が焦るアラン隊長を少し楽しそうに見ながらも同意している。エリック副隊長もアラン隊長も二人の皿には大量の唐揚げが山のように積まれていた。なんかまさに男子!という感じがしておかしくなり、「気に入りましたか?」と言って笑ってしまう。
カラム隊長もすでに食べてくれていたらしく、騎士三人が何度も私の問いに頷いてくれた。
「アラン隊長、こっちの豚肉のも美味いですよ。」
見れば、今度はアーサーがアラン隊長達と同じく皿に生姜焼きを山盛りにしていた。すると速攻でアラン隊長が、食う食う!とエリック副隊長に唐揚げの皿を任せて生姜焼きへ飛び付いていた。やはり男性に肉料理は需要高い。
アーサーの隣では、ステイルが味噌汁を飲んでいた。ふとアーサー達の方に視線を向けた途端に挟んで向こう側にいるカラム隊長と目が合い、二人で笑い合っていた。お互い味噌汁が気に入ったのか「気が合いますね」と言わんばかりの笑みだ。
「ステイル。お前、さっきからそのスープばっか飲んでいねぇか?」
「俺はお前と違って大食いじゃない。…今はこれが丁度良い。」
試しに一口飲んでみろ、とそのままアーサーに味噌汁を突きつけた。
どうやらステイルは最初のデザートで大分お腹が膨れたらしい。そういえば確かにいつもよりかなり食べてた。そんなに甘党ではなかった筈なのに。
ステイルから味噌汁を一口貰ったアーサーが、何やらほっとした表情をしてテーブルの味噌汁が入った器を見た。…アーサーはまだまだ食べれるようだ。
カラム隊長も、もしかして同じ理由で味噌汁を…?と思ったら味噌汁と一緒に混ぜご飯おにぎりをちゃっかり食べていた。ぱっと見、他の騎士よりは細身だけど流石は騎士だ。それにしてもなかなか日本人っぽい組み合わせで食べるなとこっそり感心する。今度、ぜひ漬物とかも食べさせてあげたい。
「プライド、どれもとても美味しいよ。」
レオンが早々とデザートのテーブルから皿に盛って戻ってきた。見ればデザートを全種類半分ずつ皿に盛っている。どうしても全部食べたかったからと侍女に頼んで半分ずつよそってもらったらしい。どうやらレオンは少食のようだ。それでも、おはぎやみたらし団子など一個一個美味しそうに顔を綻ばして食べてくれるからとても嬉しい。
「是非、僕にもレシピを教えてくれるかな。アネモネの民にも是非食べて貰いたい。」
代わりにまた欲しい食材があれば何でも取り寄せるよと言われ、私からも快諾する。
「騎士団にも、その鶏肉料理ならたぶん材料としても簡単に作れると思うから、良かったらレシピを渡すわ。」
生姜焼きは、生姜や調味料を取り寄せないといけないから難しいけど。でも唐揚げくらいなら調味料もいくらか代用もできるし大丈夫だろう。そう思って騎士達に笑いかけると全員が嬉しそうに目を輝かせてくれた。どうやら相当気に入ったらしい。
「お姉様っ!このお料理も是非このまま城の料理人に作って貰いましょう!私もまた食べたいです!」
ティアラが美味しそうにお好み焼きを頬張りながら言ってくれる。流石にマヨとお好みソースはなかったのでちょっと洋風の味にはなっているけど、意外なヒットだ。関西料理と第二王女ってなかなか無い組み合わせだ。
ティアラの言葉に、そうねと答えながら今度は城の料理人の仕事を増やしちゃうなとまた少し申し訳ない気分になる。
そのままティアラがステイルにも一口いかがですか、と一口分フォークで掬ってステイルの口にあーんしてあげていた。流石女子力。
味噌汁をグビ飲みしていたアーサーも、その後ティアラから一口貰っていた。
やはり癒し系ティアラ相手ならステイルもアーサーも私の時のようにそこまで萎縮しないらしい。…そんなに〝あ〜ん〟まで私は威圧的だったのだろうか。
何だかんだ料理の方も順調に食べて貰っていて安心する。テーブルを見れば丁度セフェクがケメトに肉じゃがをよそってあげている最中だった。背後にはエリック副隊長が行儀良く並んでいる。いつのまにかあの唐揚げの山を食べきってしまったらしい。彼もなかなかの大食漢だと思う。
アラン隊長も今は生姜焼きを山盛りにしてカラム隊長に一口勧めている。唐揚げが騎士団でも食べれるとわかった途端、他の料理を食べまくることにしたらしい。…ヴァルは再びコロッケをガツ食いし始めていたけれど。時々さっきのおにぎりやケメトやセフェクから他の料理も一口ずつ貰っているようだけど、やはりコロッケが一番良いらしい。
「プライドは料理まで上手なんだね。本当にすごいな。」
デザートを全種類食べ終えたレオンが、皿に蒸しパンとみたらし団子をもう半分おかわりして私に笑いかけてくれた。
メイン料理は食べなくて平気か尋ねたら「僕は甘いものが好きだから。…それに、折角ならプライドの手料理を沢山食べたい。」と優しく微笑んでくれた。言葉だけでなく味覚も甘いもの好きだとは。しかもプロの料理人より盟友である私とティアラの料理を優先してくれるという優しさ付きだ。
「そういえば、プライド。あれから…三カ月だけど。新しい婚約者はどうだい?」
ピクリ。と。
レオンの言葉に私だけでなく、広間全体の空気が緊張する。…というよりも全員が耳を澄ましているような感じだ。
ええと、そうね…と言葉を濁してから何とかレオンに答える。
「まだ暫くは…かしら。母上もまだ選考方法から吟味している最中らしいし、方々からお話は頂いているのだけど。」
私が婚約解消したという事実は発表して瞬く間の内に国中に広がった。するとこの三カ月の内に、社交界に出れば我が国の上流貴族に「是非我が息子と親交を」「宜しければ是非、我が家に」とお声を頂くことが増えた。
更には諸国からも手紙が大量に届き、以前にも増してその国の祭や王子の誕生祭に呼ばれることが増えた。何故か会ったことすらない王子や皇子からのラブレターまで届く始末だ。
ヴァルは配達人業務ついでに私宛のラブレターを預かることが増えたとうんざりしていたし、ステイルに至っては私宛のラブレター…もとい甘々な恋文を読んだ時には「俺が丁重にお断りしておきましょうか」と文字通り手紙を握り潰していた。
ステイルとしては私にはちゃんとした人と婚約して欲しいらしく、わりと恋文の時点での審査が厳しい。摂政業務の合間に私の部屋に来てくれた時はジルベール宰相と二人で私が読み終えた手紙をガンガン吟味して不採用判断しまくっていた。
てっきり、早期に婚約解消…前世でいえばバツイチレベルのレッテルが貼りついた筈の私は、どこの国にも傷物扱いで再婚約は難しいだろうなと思ったけれど、実際はそうはならなかった。
アネモネ王国との婚約解消後にもしっかりとした親交が明るみになっていることが大きいのだろうけれど、やはり特殊能力者がいる大国のフリージア王国と親交を深めたい国が最近は多いらしい。その為、婚約解消したなら急ぎ相手を探している筈だと考え、今なら滑り込みで婚約者候補になれるのではと動き始める国がすごく増えた。
私の言葉にレオンが「そうか…」と何やら複雑そうな表情をした。まだ自分のせいで婚約解消したという事を気に病んでくれているらしい。
「誰か気になる相手などはいないのかい?…僕で良かったら、協力は惜しまないから。」
「…気になる…相手…。」
ふと、脳裏に一人の姿が過った。レオンに出会った時に思い出した、このゲームの残り最後の攻略対象者。彼に出会うのは恐らく一年後。だけど…。
「…………………いるのかい⁇」
はっ、として顔を上げるとレオンが目を丸くしていた。しまった、思わず返事もせず考えこんでしまった。私はまだ彼に会ったことも無いというのに。「いいえ」と慌てて答えて笑ってみせる。でも既にステイルやティアラ、騎士やヴァル達まで皆が私を凝視していた。冷や汗も拭えず、なんとか言葉を整える。
「気になる…という訳ではないのだけれど。……ハナズオ連合王国。そのサーシス王国かチャイネンシス王国、どちらの国かだけでも交流を取れたらと思うわ。未だに全く関係を持てないと母上も残念がっていたから。」
私の言葉に何処と無く全体から息をつく音が聞こえた。広間中の緊張も解けて少し身体が楽になる。…もしかして、恋愛関係を聞かれたのに的外れな事を言って呆れられてしまったのだろうか。
「ああ、それならサーシスの方となら交易は少し行っているよ。良かったら僕の方からも国の代表に会い次第その意向を伝えておこう。」
おぉ!流石貿易大手国‼︎レオンの言葉に私は感謝を伝える。ハナズオ連合王国は今は二つの王国が合わさった連合国だけど、その二つでガッチリ固まって殆ど鎖国状態の為なかなか交流を取れない。近年は海路で少し交易を進め始めたらしいと聞いたけど、まさかその相手がアネモネ王国だったなんて!
「確か…サーシス王国には王子が二人居たね。第一王子は僕と年も比較近かったと思うけど…。」
ピクリ、と何故かまた広間に緊張が走った。なんだろう、何かまずいことでも言っただろうか。
レオンはこの三カ月の間だけでも、すごく積極的に交易に関わっていってるらしい。
城下に降りるだけでなく、自ら船に乗って他国に足を伸ばし直接交渉をしたり、取り扱う商品を自分の舌で、手で、目でなるべく全て確かめ、更に交易の具合自体もその目で確認しに行っていると話していた。「船旅中も色々学ぶ事があって楽しいよ」と話していたけれど…船で片道一週間以上とかもあるのに、こうして足繁くフリージア王国まで来てもらっているのがすごく申し訳ない。お陰でこうして色々な外の国の情報を聞かせて貰えるのは嬉しいけれど、どうか無理だけはしないで欲しい。
「ああ、でも今度正式に国王として戴冠するんだった。第二王子もいるけれど、彼ではフリージア王国の王配は荷が重いかな。」
…また緊張が解けた、何だろうさっきから。アネモネ王国第一王子のレオンのひと言一言に緊張する気持ちはわからなくもないけれど。
そのままレオンに第一王子、第二王子と会ったことは?と尋ねられて首を横に振る。私もステイルもティアラも、一度もその国の王族と会ったことは無い。
「でも、…取り敢えず私自身も婚約者はそんなに急いでいないから平気よ。今は学校制度の方が忙しくて。」
我ながら前世のキャリアウーマンみたいな言い訳に自分で苦笑いする。でも、正直本当に今は婚約者探し所ではない。それよりもやるべきことが多過ぎるもの。
「学校制度…ああ、僕も凄くその制度は興味深いよ。是非我が国でもゆくゆくは導入したいと思っているくらいに。」
「本当?嬉しいわ、是非前向きに検討してちょうだい。〝奴隷制度廃止〟の後にでも!」
私が言葉を弾ませるとレオンが滑らかに微笑んで頷いた。
レオンは次期国王として今は勉強中なのだけど、貿易関連だけでなく、既に国王とも国の方針について話し合ったり、政治にも携わっているらしい。
その中で、今まで黙認していた奴隷制度についても廃止の方向で最近は動き出しているとのことだった。「奴隷制度の無いフリージア王国を見て、アネモネ王国もそうでありたいと思ったんだ。奴隷制度に頼らなくても皆が胸を張って国を回して行けるようにしたいんだ」と先月話してくれたレオンは笑っていた。
流石に国全体の在り方を根本から変える変化の為、時間は掛ける必要があるらしいけれど、レオンならきっと可能だろう。更には学校制度まで作ってくれるならこんなに嬉しいことはない。
「僕も他国に負けてはいられないから。より良い国にする為に。…プライド、もちろん君にもね。」
そう言って笑ったレオンの笑みが少し強気に帯びて、本当に三カ月前とは別人だと思う。勿論よ、と私も答えて笑い返す。
私も、レオンと同じだ。
負けてはいられない。学校制度も、この国の政治や他国との関わりも。まだ不足している部分は多い。もっと体制をしっかり整えないと。
来年には戦争にだって私自身が関わることになるのだから。
…いや、〝関わることになる〟ではない。
関わらなければ、いけない。