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207/1877

170.貿易王子は白昼を越える。


「ッやめてくれ‼︎お願いだそれ以上はっ…死んでしまう…‼︎」


…ここ、は…?


「あらぁ?何で⁇当然の報いじゃない。…ねぇ⁈」


彼女が静止を聞かずに鞭を振るう、その度に血を吐くような絶叫が部屋中に響きわたった。

「アッハハハッ!おっかしい、人間ってこんな声が出るのね。初めて知ったわ。」

両手を頭の上に鎖で吊るされ、肉が削げ、血が滴される人間を前に、…彼女は嘲る。


…何故、…僕はこんなところに…?


「やめてくれっ…‼︎悪いのは僕だけだ!彼らは何もっ…!」


……嗚呼、そうだ。僕は、彼女にここまで呼び出されて…。


「〝何も〟…なぁに?」


ニタァ…と彼女が笑う。目の前の彼らの返り血でその頬を、ドレスを染めながら醜く僕を嘲笑う。

「貴方は婚約者の私との約束の日に遅れ、あろうことか朝まで自国の酒場で民と飲み明かしていた。…そうでしょう?」


…事実だ。

僕は、目が覚めたら酒場に居た。気がつけば酒場に突っ伏して、何故だか動けなくなるほど飲んだ後で、…再び目が覚めた時には衛兵に保護された後だった。

酷く落胆した父上のあの顔は…今でも忘れられない。僕は民の、父上の期待を最低な形で裏切り、…そして追放された。「フリージア王国の王配として必要な時以外、我が国の地を踏むことを禁じる」と、父上にそう最後に告げられた。

…そして、父上はもうこの世には居ない。病による、唐突な死だった。


「私ねぇ?知ってたのよ⁇貴方があの朝、酒場で飲み潰れている未来を。」


軽い素ぶりで、再び彼女は鞭を振るう。今度は女性にだ。甲高い悲鳴が僕の耳に突き刺さった。

「知っ…てた…⁈」

あまりの衝撃に、そのまま彼女に言葉を返す。

「ええ。貴方に出会った日からず〜〜っとね。」

また、鞭を振るう。今度はまた別の女性だ。鞭を振るわれる直前から必死に乞いたが彼女には全く届かなかった。


「だから、現アネモネ国王に言ってやったの。貴方が本当はあの日、酒場で呑んだくれていたこと。…っぷ、ハハハッ!簡単に認めるんだもの、馬鹿よねぇ?」

目の前の人間に鞭を振るい続けているせいか、彼女の機嫌が良い。冷静に淡々と語りながら…彼らを傷付ける度に恍惚とした表情を浮かべている。


「ほんっと。ジルベールもステイルも使えないんだから。選ばれし女王の私に、貴方みたいな欠陥品を用意するなんて。」

欠陥品…、…彼女の言葉が胸に刺さる。そう、僕は人としても、王子としても、王配としても…


「嗚呼っ…嫉妬しちゃうわぁ…。」


言葉に削ぐわない恍惚とした眼で、声で、彼女が唱えた。

ぞくりと、酷い寒気に襲われる。心から、楽しそうな快楽の声だった。彼女はその眼を僕に向け、そして語る。


「さて、問題よ?愛しい私のレオン。もし、貴方が彼らに無理矢理飲まされて酒場で潰されたのならば貴方は無実。愛しい貴方の一夜の過ちくらいは許してあげる。悪いのはこの薄汚い庶民達だもの。」

ニタァ…と彼女の口が醜く引き上がる。彼女が吊るされている彼らに背中を向けたと同時に、彼らが涙を潤ませた目で僕を見た。首を必死に横に振り、僕に無実を訴えている。


「でも、もし貴方が…そうね。自分の意思で、婚約者との朝よりも薄汚い自国の民と夜を過ごすことを望んだのならば。…これは、私への…延いてはフリージア王国への裏切りだわ。」

ビシィッと鞭を床に振るう。耳に痛い音が鳴り、思わず身体が強張る。


「もし、彼らが悪いのならばこの場で処刑するわ。当然よね、一国の女王である私の婚約者に手を出したのだから。」

カン、カンと石畳の床を彼女が鳴らす。ゆっくりと引攣らせた口元のまま、僕に近づいてくる。

「もし、貴方が悪いのならー…」


悪いのは、僕だ。


酔っていたせいで、彼らと何があったのか…何もなかったのかどうかさえもわからない。ただ、弟達にワインを勧められた時は確かに城下へ降りたいという気持ちはあった。だが、婚約前に不義を犯すことを恐れて確かに断った。…なのに、ワインで酔った途端、望むままに城下の酒場に僕はいた。きっと、酒のせいで僕の醜い欲求が溢れてしまったのだろう。

例え、彼らの中の女性の誰かと何か過ちがあったとしてもそれは僕の責任だ。僕が己が醜い欲に負けてしまった結果なのだから。裁かれるべきなのは彼らではなく、この僕が…




「フリージア王国は今すぐアネモネ王国に侵撃するわ。」




…言葉を、失う。

声が出ない。口を動かすことすら叶わず、衝撃で開けた口がそのまま固まる。全身から血の気が引くのを感じる。


フリージアが…アネモネに、侵撃…?


「当然よね?だって女王である私の顔に泥を塗ったんだもの。アネモネ王国には草木一本だって残しはしないわ。」


笑いながら、彼女が至近距離で僕の顔を覗き込む。それだけで怖気が走り、顔が痙攣する。


「ねぇ…どっち?悪いのは彼ら?それとも…貴方?」


問い掛ける顔では、ない。

きっと彼女はどちらでも良いと思っている。僕の不義などどうでも良いと。彼女が求めているのはこの場で彼らを嬲る理由か、アネモネ王国に侵攻する理由だ。そして


アネモネ王国は、フリージア王国には勝てない。


五年前、新兵合同演習の道行でアネモネとフリージアは互いに酷い損害を受けた。

フリージアは新兵と当時の騎士団長を。そしてアネモネも多くの騎士を。…数週間後、捜索の末にやっと岩場から発見された時には、我が国の騎士は誰一人生きてはいなかった。

犯人は瓦礫に埋もれ、責任がアネモネ王国かフリージア王国か、それとも全く関係ない賊の仕業か。…それすらも分からず、両国の間に亀裂が生じた。

互いに非を認めない膠着状態が続き、フリージア王国騎士団が攻め入ってきた時には、我が国の惨敗だった。

騎士団長を失った後だというのにその勢力は恐ろしく、多くのアネモネ王国の騎士が死に、白旗を上げざるを得なくなった。なんとか多くの条約と引き換えに再び和平が結ばれたが、未だにフリージア王国の恐ろしさは周辺諸国にまで知れ渡っている。今回の僕と彼女の婚約だって、今度こそ同盟関係を確かにする為のものなのに。…僕の、せいで。


「ねぇ、どっちが良い…?」


彼女の顔が鼻の先まで来る。裂けるようなその笑みに、目を反らせない。

悪いのは僕だ。罰せられるべきは僕だ。誰も、誰も悪くはないというのにっ…





「…っ、……僕、…では、ないっ…!」





身が裂けるような痛みが、内側から全身に走った。心臓が捻じ切れるように痛み、喉を必死に震わせ声に出したら残りは干上がった。

人形のように見開かれた彼女の瞳から逃れようと、強く目を瞑り、僕は震える唇で、痙攣する舌で、彼女に言葉を放つ。

捕らわれ吊るされた民達が声を上げる。そんな、違う、嫌だ無実だ、レオン様と口々に叫び、捥がくように足をバタつかせ泣き出し、悲鳴を上げた。

それを掻き消すようにアーハッハッハッ‼︎と淑女らしからぬ高笑いが牢に響き渡った。


「そうよねぇ⁈そう言うしかないわよねぇ⁈」

腹を抱え、鞭を落としそうになるほど肩を震わせ、彼女は笑う。そして一頻り笑い尽くした後、ゆっくりと顔を上げた。


「嗚呼っ…愛してるわレオン。」

ニタリと、再び愛を説く表情でない笑みを僕へ向け、手の鞭を床に放り投げた。そして


今度はその手に、剣を。


壁に掛けられていた剣を取り、床を傷付けるように引き摺りながらゆっくり一歩一歩吊るされた彼らへと歩み寄っていく。誰もが短く悲鳴を上げ、血を滴らせながら怯える中、一人笑みを絶やさない。


「ねぇ?悪いのは彼らなんでしょう?」


金属の音がする。チャキ、と剣を握り直す音が。

「じゃあ、ちゃんとそこで見ていてね。彼らが裁かれるその瞬間を。」

まるでこれから城下に降りるような浮き立つ足取りで、吊るされた彼らの方へと歩んでいく。

そんな、レオン様、第一王子殿下、どうかご慈悲を、違います、とまた彼らが口々に唱える。わかっているッ…‼︎彼らに罪など


「ギッ…ァアアアアアァアアアアアアアッッ‼︎‼︎」


悲鳴が、再び鼓膜を突き刺さる。

彼女が握っていた剣が血を滴らせ、その先には片足を失った男が身体を痙攣させ、泡を吐いて目を剥いていた。


「アッハハハッ!なぁに今の悲鳴?男のくせに情けない。」

心の底から、楽しそうに彼女が笑う。剣先で男の傷口を突き、未だ死なないわねと笑う。

苦しむ男に留めも刺さず、そのまま隣に吊るされている女性へと歩む。


「ねぇレオン。この女も貴方と夜を過ごした人間の一人なのよ。」

女性が首を横に振る。震えて声も出ない唇で、必死に自分は無罪だと主張する。


「嗚呼っ…嫉妬しちゃう。」


また、恍惚とした声が響いた。

次の瞬間、女性の細い身体に剣が突き立てられる。甲高い悲鳴が響き、彼女が剣を引き抜けば大量の血が床に溢れ落ちた。激痛に悶えて叫ぶ女性をよそに、また隣に吊るされた別の女性の前に立つ。


「この女も、ね。アッハハッ…嫉妬しちゃう。」


グシャァッ‼︎と突き立て、掻き混ぜる音と女性の悲鳴が何度も響く。

順番に、一人一人に剣を突き立て、掻き混ぜ、斬り裂き、斬り落とし、突き、混ぜ、裂き、落とし、裂き、裂き、裂き‼︎

男も女も関係ない断末魔と、血と肉の音と、彼女の笑い声が混ざり響き、木霊する。

耳を両手で塞いでも音が鼓膜まで確かに伝わり、身体の震えが止まらない。音を搔き消したくて声を上げたくても恐怖で上手く声が出ない。


民が、僕の母国の民が、アネモネの民が、罪なき民が、目の前で傷付き、血を流す。

彼らは悪くない、罪人は僕なのに!

何故、彼らが傷つく⁈何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故‼︎




僕の、せいで。




アッハハハハハッ‼︎とまるで悪夢のような彼女の笑い声が響く。鉄の匂いと酷い異臭が部屋を満たし、息すらも辛くなる。


叫びたい。


僕に罪があると、僕を断罪してくれと。

喉の奥が痛む、手足が震え、目眩で立っていられず壁にぶつかる、歯がガチガチと気づけば酷く鳴り、塩味の水滴が目から口へと入り、目眩でぼやけた筈の視界で自分が涙を止めどなく溢し続けていたことにそこでやっと気づく。


恐い、恐い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼︎何故彼らが‼︎彼らがっ…


「嗚呼…嫉妬しちゃう。」


アアアアアアッ‼︎と更に酷い悲鳴が響いた。

また別の女性が片腕を切り落とされた。

まるで呪いのように何度も、彼女が僕に聞こえるように〝それ〟を呟いた。

〝嫉妬〟…まるでその言葉を免罪符のようにして彼女がアネモネの民を嬲り続ける。


「やめてくれっ…ッやめてくれ…やめてくれッ…‼︎‼︎」


やっと零れ出た言葉も、彼女の笑い声と民の断末魔で塗り潰された。

何度も、何十度も民の断末魔を聞き、…そしてとうとう彼らの口から唱えられた「助けて」の言葉が「殺してくれ」に変わっていった。

十数名の民が皆、血を流し四肢が揃わぬ姿で

己が死を望む。地獄のようなその光景に思わず頭を抱えて目を瞑った。


どうか、これが夢であれば。

これが、ただの悪い夢であってくれれば。

あの酒場の…いや、ワインを飲んでしまったあの時からっ…全てが僕の悪い夢であればどんなに






「嫉妬しちゃうわァ…。」






は、と至近距離で低い女性の声に目を開ければ彼女が僕の目と鼻の先まで顔を近づけ、その大きな眼を見開いて覗き込んでいた。


「ッうああああああああああああ⁈」


思わず声を上げてその場に転び、腰が砕けて床に崩れる。キャハハハハッと彼女が怯える僕を楽しそうに指差し見て笑う。

身体中を民の血で濡らし、染め、滴らせながら。


「ねぇ、レオン。彼ら、もう死にたいみたい。」

剣先で吊るされ並ぶ血溜まりの塊となった民を指し、彼女は僕へ笑みを向ける。

「私はまだ遊び足りないのだけれど。…ねぇ、私のこと愛してる?」

ニタァ…と彼女が再び引攣らせた笑みを浮かべる。

震え、息が乱れて呼吸がうまくいかない。答えないと、早く、彼女をこれ以上刺激してしまうその前に‼︎


「あ…あああ愛してる、愛してる‼︎愛してる‼︎君を、愛、愛し、愛しているから‼︎本当だ‼︎もう二度と城下には降りない!君の望むように生きる‼︎君の望むことなら何でもする‼︎だか、だから、だから」


彼らを、解放してくれっ…‼︎


喉から出かけた言葉を必死に飲み込む。

爪で頬を痕が残る程に搔きむしり、息が出来ないほどに喉を詰まらせる。

僕ならどうなってもかまわない。例え晒されようと嬲り殺されようとかまわない。でも、どうか彼らだけは、僕の穢れた感情の被害者でしかない、彼らだけはどうか


「良いわよ。なら私も許してあげる。私を愛する婚約者の貴方のことを。」


カラァンッ…と血塗れの剣が僕の前に転がされた。突然のことに意味もわからず、言葉も出ない僕を置いて彼女は壁へと寄りかかった。


「私を愛しているのでしょう?」

僕を試すような彼女の言葉に僕は何度も頷き、答える。愛してる、君を心から愛すると。彼女の笑みが更に強まり、目が開かれ、そして



「じゃあその剣を取り、貴方の手で彼らを全員断罪なさい。」



思考が、止まる。

何を、彼女は、なに…を…?


「私を愛してるのでしょう?ならちゃんと証拠を見せてちょうだい。彼らは罪人。貴方は無実。そうしたいのなら、私にちゃんと示してちょうだい。」


当然とでも言うかのように、彼女が腕を組み、僕を見下ろす。

訳もわからず剣を握り、立ち上がる僕に彼女が笑みを浮かべ、民が声を振り絞る。

殺して、殺してください、はやく、はやく、信じてたのに、殺して、殺してと幾重にも声が重なり僕の首を絞め付け心臓の動きを早める。


「ほらほらぁ…皆苦しそうよ?早く楽にしてあげなさいよ。オ・ウ・ジ・サ・マ。」


なんて、楽しそうな表情をするのだろう。

頭が働かず、彼女に、彼らに望まれるままに剣を持ち、彼らの前に立つ。まだ生きていることが奇跡のような惨たらしい姿で、その口が「ハヤク」と再び唱えた。皆が今、僕に望んでいるのは。


殺すこと。


民を、彼らを、我が、アネモネ、国の民を、殺、殺すことだ。


「ぁ…あ、…アア…ア…アゥァ…ァ…。」


言葉にならない。思考が働かない。ボタボタと汚らしく涙を零し、震える手で剣を掴み、僕が守るべき存在だった民へ、剣を振り上げ、そして


「ああぁぁあアアァァアァァァァァァィァァアぁぁぁぁぁアぁぁぁぁぁアアアアッ‼︎‼︎‼︎」






僕の視界が、更に赤く染まった。






何度も

何度も肉を裂く感触が手に伝わり

何度も

何度も赤い血が僕の顔や身体を濡らし

何度も

何度もつん裂く断末魔が鼓膜を刺し

何度も

何度もこの手で僕は



彼らの命を奪っていった。



「嗚呼っ…愛してるわぁレオン。素敵。」

己の髪と同じように赤く染まった僕を見て、彼女は笑う。

最後の一人の命を奪い、立ち尽くす僕を見て、彼女は笑う。

「でも、穢らわしい女の血がこんなにべったり。フフッ…アハハッ…‼︎」

反応のない僕の服を指先で摘み、そして爪先立ちをするかと思えば僕の耳へと口を近づけ、そして囁いた。






「嫉妬しちゃうわぁ…。」






「っっう…あッ、ああああああああああああッ⁈」

身体が凍る。心臓が脈打ち、足がガクガクと震えて立てなくなる。両膝をつき、石畳みに崩れ落ちる僕を彼女が声を上げて笑った。


何故、僕はこんなことを。

アネモネ王国を危険に晒し、

フリージア王国を裏切り、

守るべき存在だった民の命を奪った。

民の手を握ってきた僕の手が、民の血に染まった。

あんなに暖かだった手を持つ民が、冷たい肉の塊に変わってしまった。

民を守る為に下した判断が、…目の前の民を死に追いやった。

大事な、民を、守るべき、民を、民を、民を、民を‼︎


僕が、殺した。


「じゃあね、レオン。また浮気しても良いのよ?何度でも許してあげる。」

彼女が笑う、引攣らせ、真っ赤な姿で目を光らせて。僕に背中を向ける直前、最後に彼女は口を開いた。





〝今日ミタイニ〟





「…あっ…ああ…、…………ァ…ああ…あ゛あァアあァ…ああああああああああああああああああああああああああああっ…‼︎」



……



「ゔ…あ゛あ゛……ぅ…。」


「…オン様、…レオン様、…レオン第一王子殿下!」

「…?…、…っ、…っっ…ここは…?」

…目を開け、ぼやけた視界に光が差した。

反射的に目を擦ったら指が濡れた。顔が濡れているのに反して、酷く内側が渇いた。発作のように喉が痙攣して、…嗚咽だと、暫く経ってから気がついた。


「馬車の中です。もう、フリージア王国内に入りました。…どう、されましたか…?」

宰相が酷く困惑した表情で僕を見る。どうやら僕のせいで心配をかけてしまったらしい。


…何故、泣いていたのだろう。


何か、酷く魘された気がする。…けど、全く思い出せない。

目が覚めた後も、胸騒ぎがして気持ちが悪い。顔色まで悪いせいか、宰相に馬車を止めましょうかと更に気遣われた。


「…っ、…大丈夫、…っ、です…っ。」

なんとか声にしたけど、まだ嗚咽が止まらなかった。宰相にハンカチを差し出され、礼を言う。


…夢で、泣くなんて初めてだ。

夢でこんなに胸を締め付けられ、…身体が冷たくなるなんて。


「そろそろジルベール宰相の屋敷へ到着致しますが、…もう少し休まれてからになさいますか。必要ならば私からプライド第一王女殿下に先にご挨拶を。」

「いや、…行くよ。」


プライド。その名前を聞いた途端に胸が高鳴った。芯まで冷えた筈の身体にゆっくりと熱が灯った。ハンカチで強めに目元を拭い、深く深呼吸をする。

むしろ、こんなに心が…胸が締め付けられた後だからこそ彼女に会いたい。



産まれて初めて、一人の女性として愛した彼女に。


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