169.不義理王女は皿に盛り、
「なぁ…俺ら、今…プライド様の手作り食ってんだよな…?」
アーサーがケーキを一口齧りながら、信じられないように呟いた。手作り独特の柔らかい生地の食感と、ふんわりと紅茶の香りがして思わず余韻に浸ってしまう。
「ああ、…しかもこんなに。…この少人数の為に姉君が手を振るわれたと思うと贅沢の極みだな。」
皿を片手に、ふと周囲を見回す。目の前の様々な種類や量を全てプライドとティアラで作ったことを考えれば作業量もかなりのものだっただろう。そして、それを受けられたのはプライドを入れてもここにいる十人だけだ。
「やっぱすげぇなプライド様…。たった三年でこんなお上手に…。」
「それに、どれも初めて味わうものばかりだ。」
どのパーティーでも食べたことがない、と呟くステイルがみたらし団子を片手にまた一つ頬張る。もぐもぐと何度も口の中で噛み切りながら、弾力ととろける甘さを何度も味わった。
「お前、…特に見たことねぇのばっか取ったな…。」
見れば、皿にはみたらし団子と隣にはおはぎも並んでいた。完全に和の取り合わせになったことをステイルは気づいてはいない。
「折角ならば目新しいものを食べたいだろう。…お前もお前で取りすぎだと思うが。」
「どう味が違うか気になんだろォが。」
そう話しながらアーサーが自分の皿からパウンドケーキを一個また一個と頬張る。数種類あったパウンドケーキを纏めて二個ずつ皿に盛ったせいで最初は小さな山が出来上がっていた。
「お前も食って見ろよ。」
全種類食べ終えたアーサーに皿を突き出される。一番上のパウンドケーキをフォークで刺しながら、無言で自分もアーサーに和菓子の乗った皿を突き出した。普段の社交界ではマナー違反の為絶対やらないが、今のこの来賓なら別に良いだろうと肩の力が自然と抜ける。
みたらし団子を一本アーサーが受け取ると同時にステイルもパウンドケーキを口に運んだ。
「…すっげぇ美味い。…けどなんか、もぎゅっとすんな…。」
予想以上の弾力に目を丸くしながら、アーサーが串に刺さった二個目を更にかぶりついた。
「…美味いな。いろいろ生地に混ざっているのか…。これは…果物か。」
他のも一口ずつ摘んで良いか、と尋ねるステイルにアーサーも勧める。代わりにおはぎをステイルから一つ貰った。
「アーサー、ステイル。口に合ったかしら…?」
少しいつもより控えめな話し方のその声に二人は同時に振り返る。見れば満面の笑みのティアラと並んでプライドが照れたように笑いながら歩み寄ってきていた。
とても美味しいです、すげぇ美味いです、とステイルとアーサーの言葉がすぐに飛び出し重なった。
「ふふっ…良かったわ。まだ主食もあるけど、食べられそう?胃もたれしていない?」
安心したように笑いながら、首を捻るプライドに二人とも何度も頷き「食べます!」と声を上げた。
「兄様、アーサー。それならこちらも食べて下さいっ!お姉様からのお勧めなんですっ!」
ティアラがプライドの皿を二人へ差し示しながら、楽しそうに二人の反応を窺った。〝プライドからの〟という言葉にすごい勢いで反応し、二人でプライドの皿を凝視する。
「ええ、…ティアラと二人には是非食べて欲しくて。」
…なんだか照れ臭い。
思わず笑いながら、私は二人を見返した。
皿に複数盛ったのは前世でも割と作るのが好きだったメロンパンだ。皆が食べやすいように前世で主流だった大サイズではなくプチサイズにしているけど、私はこれはこれで食べやすくて好きだった。しかも、前世でも「メロンパンが作れる」と言うと結構驚いて貰えたから地味に生きていた私にとって数少ない自慢でもあった。…まぁ、ネットにあったレシピの簡易メロンパンではあるけれど。
「以前、ジルベール宰相のパーティーの為に作った時は失敗しちゃったから。」
自分で言って思わず苦笑いしてしまう。
あの時は液状化と炭化で完全にメロンパンのメの字も無かった。二人を見れば、あの時の…!とその目が妙実に語っていた。
「だから食べて欲しくて。今度こそ、ちゃんと上手にできたから。」
我ながら前回とは別物レベルでちゃんと出来たと思う。あの時にご馳走してあげられなかったものを今こうして三人にリベンジできたのが嬉しくて、思わず食べて貰う前から笑ってしまう。
「今回のパーティーは、色々お世話になった皆の為にだけど。これはステイル、アーサー、ティアラに食べて欲しくて作ったから、一番特別。…今回、三人とも沢山心配してくれて、力になってくれたから。」
言ってて途中から自分で少し恥ずかしくなり、笑いながらも思わず熱くなった顔を逸らしてしまう。視界から外しているはずなのに、ステイルとアーサーの視線が凄く突き刺さる。どうしよう、ここまで言って「いや、以前炭化したパンはちょっと…」とか言われたら立ち直れない。
すると、すっとティアラが私の皿に手を伸ばしてくれた。細い指でメロンパンを摘んで小さな口を大きく開けて、パクリと二回に分けて半分かぶりついた。ティアラも皆で食べるまでの楽しみにしたいと言って、デザートの味見は私一人に任せてくれていた。
ん〜っ…!と口を動かしながら頬を緩めた。そのままコクっと飲み込むと私に目を輝かせてくれる。
「すっっっごく!美味しいですお姉様っ‼︎」
飛び跳ねるような声で褒められて、それだけで心が浮き立ってしまう。お世辞ではなく本当に美味しそうに食べてくれたティアラは、そのままもう残りの半分も三口に分けて頬張った。ん〜!と再び頬を綻ばせるティアラに凄く嬉しくなる。
そんなティアラに釣られるように、何故か少し顔を赤くしたアーサーとステイルが私の皿に手を伸ばし
…た途端にティアラが間に割って入って止めた。
二人がそろ〜っと伸ばした手と私の皿の間にひょっこりと割って入り、さっきの悪戯っぽい笑みを再び浮かべて私の皿をそっと回収した。ティアラが自分の分と私の皿で両手に二皿。私は両手空っぽの手持ち無沙汰状態だ。
「お姉様。折角ですし、兄様とアーサーに食べさせてあげてはいかがですか?」
なっ⁈と、ステイルとアーサーが同時に声を上げた。心なしかさっきより顔が赤い。一瞬団子でも喉に詰まらせたのかと心配になった。
「だって、お姉様が一生懸命作ってくれたお菓子ですもの。きっとその方がずっと素敵で特別だと思います!」
二人の視線を完全に無視してティアラが私に笑いかける。
確かに、私にとっては色々特別な思い入れがあるメロンパンだけど、言っても二人からすれば他の人達にとってと変わらない素人の創作菓子の一つだ。ちゃんと感謝の意味も込めて特別と訴えたいなら、それくらいしても良いかもしれない。
軽く頷き、そうねとティアラに返す。そのまま皿に乗っていた内の一つを摘み上げ、先ずはと目の前にいるアーサーへとそっと突き出す。
「はい、アーサー。」