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167.不義理王女は主催する。


…とうとう、この日が来てしまった。


ごくり、と喉を鳴らして目の前の光景を正面から受け止める。


…でも、そろそろ立ち向かわなければいけない。今日という、この日の為に。


「準備は宜しいですか…?お姉様。」

隣ですでに自分の準備を終えたティアラが私を覗きこんでくれる。その表情はいつもより若干緊張の色が見て取れる。


「ええ、…ごめんなさいティアラ。貴方まで協力を求めてしまうなんて。」

本当はティアラにもこれは内緒にしたかった。…でも、こればかりは私だけじゃどうにもならないから。

「とんでもありません!むしろこうしてお姉様のお力になれて嬉しいです。」

にっこり笑ってくれるティアラに、やっと少し肩の力が抜ける。ありがとう、と伝えて今度こそ私は覚悟を決めた。


「いざ…‼︎」


……


「確か…この時間で間違いはなかったなアーサー。」

「はい。…日時に間違いはなかった、と思います。」


書状を片手にカラム隊長と一緒に顔を上げる。目の前には立派な屋敷が聳え立っていた。ここは何度見てもかなりデカいし広い。流石はジルベール宰相のお屋敷だと、改めて思わされる。

パッと辺りを見回しても他に招待客らしき人は誰も居なかった。それでも一応屋敷の門まで歩めば、衛兵が一人迎えてくれた。以前ジルベール宰相の屋敷のパーティーでも挨拶をした、確か…


「お久しぶりです、サルマン殿。この度は招待状を頂き、こちらに伺いました。」


流石カラム隊長だ。さらりと衛兵の名前が出てくる。サルマンさんも驚いたらしく、目を丸くしながら「覚えて頂き光栄です」と言って、俺達を門の中にいれてくれた。

外周を囲む柵の内側に入り、屋敷の前には芝で覆われた庭が広がっている。そのままサルマンさんに案内されて芝生の真ん中の道を突き抜け、屋敷へ向かう。


今日は、プライド様主催のパーティーだ。


三カ月ほど前の極秘訪問と…そして俺とステイル、ティアラにその時色々心配をかけたお詫びにとわざわざパーティーを企画してくれた。

ジルベール宰相の屋敷を借り、更には手書きの招待状まで用意してくれた。正直それだけでも十分過ぎるほど嬉しかったけど、…何故か城ではなく会場がジルベール宰相の屋敷な上、日時と会場以外は参加者もパーティーの詳細も不明なのだけが凄く気になった。


「あの、…我々以外の招待客は既に…?」

「ええ。既にいらっしゃっている方々も。」


カラム隊長の言葉にサルマンさんが頷く。そのまま建物の中に入る前に今度は侍女へ引き継いでくれた。アグネス、テレザとカラム隊長が呼び、この人達もジルベール宰相のパーティーでお会いした人達だと気づく。


「お待ちしておりました、カラム様、アーサー様。」


深々と頭を下げられ、侍女二人がゆっくりと扉を開く。キィィ…と重たい扉が開かれ、最初に飛び込んできたのは


「アーサー!カラム隊長っ!」


プライド様の眩しい笑顔が、俺達に向けられた。

カラム隊長と一緒に「この度は御招きありがとうございます」と頭を下げる。プライド様の背後には近衛騎士の任務中のアラン隊長とエリック副隊長がいた。そのまま「流石カラム、時間ぴったりだな」「アーサーもジルベール宰相のお屋敷は久々か?」と声を掛けてくれた。


近衛騎士にカラム隊長、アラン隊長、エリック副隊長が任命されてから、近衛騎士の業務は少し変わった。


以前は、近衛騎士はプライド様の有事の時だけ護衛する流れだったけど、人数が四人に増えてから二人ずつ常にプライド様の傍を護衛することになった。

一日を半分に分け、有事も関係なくプライド様の朝から就寝されるまでずっと、近衛騎士二人がプライド様の傍にいる。

近衛兵のジャックさんが城内では一日中プライド様の傍にいるけど、他の衛兵はプライド様の城内の護衛には付かなくなった。

一日中城内ではプライド様を護衛する近衛兵と、手分けしつつも近衛兵と連携を取ってプライド様を護衛する近衛騎士二人でプライド様の護衛が更に強固なものとなった。

結果、俺も近衛の任務中はプライド様のお部屋、庭園、食事など城内をプライド様やティアラと歩き回ることが増えた。

今まで殆ど入ったことのなかった城内には最初かなり緊張したし、…特にプライド様のお部屋はすっげぇ緊張した。一度うっかり入ったことはあるけど、正式に招かれて入るとまた違う。部屋中にプライド様の香りが充満していて、一歩踏み入っただけで最初は色々と死にそうになった。


「今日は来てくれてありがとう。大したお持て成しはできないけれど、楽しんでくれると嬉しいわ。」


プライド様が笑い、広間の向こうから今度はティアラが駆け出してきた。俺に手を振り、プライド様の隣まで来ると「ようこそいらっしゃいました」とにこやかに挨拶してくれる。

にこにこと笑うその笑みが、何かまだ楽しみが残っている時の笑みで、多分この後何かあるんだろうなと察する。


「アーサー!今日は楽しみにして下さいねっ!」

俺の視線に気がついたのか、ティアラが悪戯っぽい笑みで俺の手を握る。カラム隊長達の手前、「ありがとうございます」と返すと今度は敬語で返したことを笑われた。ティアラも何だかんだで少しずつステイルに似てきてる気がする。

ティアラの言葉を聞き、今度はプライド様が「本当に本当にそんな大したおもてなしじゃないんだけど…‼︎」と必死に苦笑いしながら俺とカラム隊長へ断る。見れば、プライド様の背後にいるアラン隊長とエリック副隊長は既にそれを知っているらしく互いに目配せをしながら抑えるように笑っていた。


「…おい、主。まだ始まらねぇのか?さっさと酒くらい飲ませろ。」


ふと不機嫌そうな声がして振り向くと、広間の壁に寄りかかって床に座り込むようにしてヴァルがこっちを睨んでいた。…コイツも招かれたのか、と思わず溜息が出る。

ヴァルを挟むようにセフェクとケメトがその場に立ったまま「ちょっと!パーティー会場で座らないの‼︎」「ヴァル、セフェク。こういうパーティーって何すれば良いんですか?」と互いにヴァルの服を引っ張っていた。無抵抗に子ども二人に左右へ揺らされながら、無視するようにヴァルがプライド様を睨む。プライド様のパーティーで完全にコイツは酒を飲みに来てやがる。

「もう少し待って下さい。まだあとステイルが」


「ッお待たせしました姉君!」


突然扉が開いたと思えば、ステイルが飛び込んできた。息を切らして侍女が開けた扉に単身で駆け込んでくる。何故か背後には侍女も衛兵の姿もない。まさか、と思えば先にプライド様が「ステイル!一人なの⁈」と声を上げていた。肩で息をしながらステイルが額の汗を拭う。


「はい…、ヴェスト叔父様の摂政業務が少し、長引いてしまい…移動の時間が惜しかったもので、…部屋から、瞬間移動で…。」


ティアラに扇がれながらステイルが言うには、摂政の業務後に急いで自室に閉じこもり、こっそり瞬間移動でジルベール宰相の屋敷傍まで来たらしい。


「第一王子が護衛無しで何してんだよ…。」

思わず挨拶より先に呆れちまう。第一王子が護衛も侍女も無しにここまで来るなんてバレたら大ごとだ。


「招待客に誰がいるかわからなかったから…屋敷の傍に瞬間移動して走ってきたんだがっ…。」

ハァ、と最後に大きく息を吐き切り、ステイルが周りを見回す。今この場にはプライド様とティアラ以外は数人の侍女と騎士、そしてヴァル達しかいない。それを確認してステイルが「これなら直接瞬間移動すべきだったな…」と呟いた。そのまま項垂れるように「姉君主催のパーティーに遅刻するなどっ…」と零すから取り敢えず肩を叩いてやる。


「大丈夫よステイル。それに、まだこれで全員という訳でもないし…。」

プライド様も笑いながらステイルの背中を摩った。


「でも、お姉様。あの方は少し遅れていらっしゃるのでは…?」

ティアラが首を傾げる。まだ誰か招待客がいるのか。そう思いながらプライド様を見ると「そうね」と返して屋敷の侍女に合図をした。


「なら、先に始めちゃいましょう。まずは皆様、どうぞ飲み物を。」


プライド様の掛け声と同時に大量のグラスが運ばれてくる。それぞれ侍女に運ばれてきたグラスから好きなのを選んで手に取った。ヴァルがセフェクとケメトに侍女からグラスを受け取り手渡した後、侍女が持っていた残りのグラスを全部纏めて掻っ攫っていった。全部一人で飲み切るつもりらしい。

ステイルも侍女からグラスを差し出されると、余程喉が渇いていたのかグラスを二つ受け取っていた。今すぐにでも飲みたそうなのを、プライド様の乾杯までと我慢してグラスを睨んでた。…後で俺からも差し出す為に、俺も侍女からグラスを二つ受け取る。


「取り敢えず、我が城から飲み物は様々な種類を用意したので遠慮なく楽しんで下さい。」

グラスを傾けながら、プライド様が笑う。そのまま乾杯の合図と共に全員がグラスを掲げた。


「乾杯っ!」


カラァンッ!とアラン隊長がエリック副隊長とジョッキを鳴らす音が響いた。任務中だけど飲む気満々だあの人達。カラム隊長がほどほどにしておけと声を掛けてる。


「…そういえば、今日はジルベール宰相はいねぇのか?」

「ジルベールなら今日は職務中だ。この屋敷と侍女達だけ借りている。マリアとステラも屋敷の奥の自室にいるらしい。」


そう聞くとなんだか家主置いて俺達だけが楽しんでいるみたいで悪い気がする。ティアラが「ステラもマリアも元気そうでしたよっ!」と俺に言ってくれた。プライド様とここでパーティーの準備に来た時に挨拶だけはしてくれたらしい。

そうか、と礼代わりにティアラの頭を撫でる。今度また機会を見つけてマリアンヌさんとステラにも挨拶に行かねぇと。


「…今度、改めて挨拶に行くか。ジルベールの居ない時にでも。」

俺と同じことを考えたらしい。ステイルが独り言のように俺へ呟いた。するとすかさずティアラに「ジルベール宰相がいる時に挨拶すれば良いでしょう⁈」と耳を引っ張られていた。


「ジルベールとはほぼ毎日顔を突き合わせているっ!」


耳を押さえながらステイルが言い返す。なんでも摂政業務に携わるようになってからは女王だけでなく王配やジルベール宰相とも顔を合わす機会が増えたらしい。

その時だった。


「お待たせしました!」


プライド様が侍女達と一緒に奥から出てきた。

同時に美味そうな香りが一気に扉傍にいた俺達のところまで届いた。プライド様の背後には布を被せた料理を侍女達がテーブルごと運んできていた。

複数のテーブルにそれぞれ料理らしきものが乗せられ、白い布を被せられている。ティアラが俺とステイルの手を取り、料理のテーブルが運ばれた広間の中央まで引っ張った。

騎士の先輩達、そしてヴァルとケメトもセフェクに引っ張られるようにしてプライド様の前まで集まった。

近くに行くと余計に良い匂いがして、自然と腹が減ってきた。俺以外にも何人か唾を飲み込む音が聞こえる。プライド様が緊張した様子で俺達の前で姿勢を正す。


「…ええと、今日の食事は趣向を少し変えてみました。私とティアラで作ったものと、そして城の料理人に私が指示して作って貰ったものです。」


え。


プライド様の言葉に思わず俺はステイルと顔を見合わせる。ステイルも驚いたように目を丸くしている。


…プライド様が、作った?


以前、ジルベール宰相のパーティーの為に初めてプライド様が料理した時のことを思い出す。

確か、プライド様は料理が苦手で、前回作ったのも焦げて、液状化して…それからステイルやティアラが何言っても作らなくなった筈じゃあ…。

プライド様のそれを知らない騎士の先輩とヴァル達も、プライド様とティアラの手作りという言葉に料理に被せられた布を捲る前から大分前のめりになっている。第一王女の手料理なんて普通は絶対に食えない。

プライド様が侍女達に合図をすると同時に全てのテーブルから料理を覆っていた布が取り払われた。そして次の瞬間





歓声が、上がった。


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