そして騎士は口を開け、義弟は味わった。
「はい、アーサー。」
プライド様が、笑顔で俺の口元へとパンを運んでくれる。
え、え⁈と自分でも戸惑いを隠せずに信じられねぇほど顔が熱くなっていく。
俺達の為に作ってくれた、というだけでも死ぬほど嬉しいのに。更にはプライド様がその手で自分に食べさせてくれようとしているという状況が、未だに飲み込みきれない。
あまりに戸惑ってステイルやティアラに視線を泳がせると、ティアラに「アーサーが食べないなら私が食べちゃいますよ」と笑われた。
それは困る‼︎と、反射的に思って恐る恐る口を開くけど、緊張のせいで上手く口が開けない。
プライド様が差し出してくれた菓子が、プライド様のその指で、俺の口に差し出される。
がぶ、と軽く一口噛む。硬い表面の甘さが口いっぱいに広がった。
飲み込み、それでもまだ甘さが口に残ってる。
「……すげぇ、…美味いです。」
上手く感想が言えず、緩みそうな口元を必死に引き締める。てっきりその一口で終わったと思えば、プライド様が「よかった」と笑いながら残りの数口分を摘んだまま、また俺の口へと運んでくれた。
…これ、全部食い切るまでやって貰えんのか…?
恥ずかしさから早く終われという気持ちと、何か変な欲がでて、無くなった筈の口の中を飲み込みながらまた顔が熱くなる。それを誤魔化すように、今度はもっと大口で一気にパンを頬張った瞬間
パンと一緒に口にプライド様の指の感触がした。
はむっ、と滑らかな感触が唇に伝わり、目を見開くとプライド様も少し驚いた表情をしていた。勢い余ってパンごと俺がプライド様の指を食、…〜〜〜っ‼︎
「〜っ‼︎す、すみませんっ‼︎」
一気に飲みこみ、思わず下がる。口の中に甘さが広がったけどそれが味なのか感触なのかわからなくなる。
プライド様が少し恥ずかしそうに微笑みながら何事もなかったように「噛んでないから平気よ」と返してくれる。ッ違う‼︎そう、そういう問題じゃなくてっ…‼︎
プライド様が謝り倒す俺に少し考えた表情をすると、不意に俺に食われた手をそのままゆっくりと俺の方へと伸ばしてきた。
「えい。」
気の抜けた声と同時に、プライド様の指が俺の頬をぶに、と軽く摘んだ。細くて白い指が俺の頬を捉え、一瞬息が止まる。
「これで、おあいこね。」
そう言って、至近距離で悪戯っぽく笑ってくれるプライド様に心臓が撃ち抜かれる。今まで見た事のないその笑みが、あまりにも可愛くて。
「アーサー、沢山心配してくれてありがとう。…すごく、心強かったわ。」
顔から火が出そうになる俺に、プライド様が追い打ちをかける。駄目だ、もう頭が回らねぇ。
絶対赤くなっているだろう顔を覆うことも忘れて、言葉も出ずにとにかく頷いた。心臓の音が煩くて、本気で今このまま死ぬんじゃねぇのかと思った。
「はい、ステイル。」
プライド様が、今度はステイルにパンを差し出した。
……
「はい、ステイル。」
アーサーの惨状を目の当たりにしたステイルが、既に若干顔を赤くさせたままそっと一口目に口を開いた。
姉であるプライドに食べさせてもらうと、それだけでもまるで自分がまた子どもに戻ってしまったような気がして恥ずかしくなる。
甘い皮生地のパンが口の中に押し当てられて、それをゆっくりと噛み切った。ガリッと硬い生地が口の中をくすぐる。口の中で更に咀嚼し、飲み込んだ。柔らかい生地が喉を撫で、表面の甘さが舌に残った。
「…こんなに美味なパンは、初めて食べました…。」
なんとか気の利いた言葉を言おうとしたが、プライドの笑みでその一言しか出てこなかった。
せめてと笑みで返すとプライドから嬉しそうな倍の笑みで返されてしまい、隠すようにして自分から更にパンに噛り付いた。
アーサーのようなことにならないように一口ひとくち小さく齧って味わう。食べ進めるごとにプライドの指が近づき、さっきのことを思い出して急激に心臓が高鳴った。思わず最後はガブ、ガブ、と連続で齧り、最後の一口まで無事に食べ切った。口の中でしっかり味わい、飲み込み、プライドに改めて礼を言おうとした時
「!ステイル、…ここ。」
プライドの指が再び俺の口元へと伸ばされた。
一瞬、さっきのアーサーの姿を思い出す。思わず身を強張らせればプライドのしなやかな指が伸び、…俺の唇を優しく撫でた。
唇から流れるように彼女の滑らかな指がそのまま頬に触れる。そして「カケラがついてたから」と言って、そのまま花のようにプライドが笑った。
「〜〜っっ…も、…申し訳あり、ませっ…!」
数秒遅れて、一気に羞恥心が押し寄せてくる。顔が急激に熱くなり、目すら合わせられなくなる。プライドと食事することは何度もあったが、こんな、食べ残しをその手で取って貰うなど‼︎プライドの、プライドの指が、唇に、触っ…‼︎‼︎
熱を帯びる顔を隠す事もできず目をそらし続けると、プライドの可憐な笑い声が聞こえた。
「ステイル、たくさん話を聞いてくれてありがとう。…すごく嬉しかったわ。」
プライドの追撃に息が止まる。
今自分に向けられている笑みをこの目で見たい気持ちと、直撃したら今度こそ心臓が破けそうな危険性に身動ぎ一つすらできなくなる。なんとか頷いて答えたが、言葉は何も出てこなかった。
「ティアラ、貴方もよ。…あの時、ちゃんと怒ってくれてありがとう。」
プライドの視線が外れたことに気づき、ちらりと目を向ければティアラの頭を撫でるプライドと、嬉しそうに顔を綻ばせるティアラの姿があった。
そのままティアラがプライドの手を引き、「今度はお姉様が食べたい物を取りに行きましょう」と空になった皿を片手に二枚重ねて侍女に手渡した。
そのまま再びデザートのテーブルへと去っていく。
「…なぁ、ステイル。」
赤面する顔色を必死に抑える為に腕ごと使って口元を隠す俺に、アーサーが唐突に声を掛ける。
振り向けば、アーサーがいつのまにか顔を両手で押さえたまましゃがみこんでいた。指の隙間や耳からまだ顔の火照りが引いていないことがよくわかる。
なんだ、と返すと長い溜息の後に、その両手の隙間から言葉が漏れてきた。
「…いま、すっっっっげぇ幸せ過ぎて泣きてぇんだけど。」
「やめろ。俺まで泣きたくなる。」
アーサーの言葉に間髪入れずステイルが返す。
俯くアーサーに気づかれないようにステイルが眼鏡の縁を強く押さえ、口の中を噛み締めた。同時にアーサーから「だよな…」という呟きと再び長い溜息が漏れた。
ほんの数日前まで、プライドが婚約してからはずっと、プライドとのこんな日々はもう無いのだと。もう、終わったのだと。そう、覚悟していた二人にとって
それは、甘過ぎるほどに幸福な時間だった。