2009年 10月 16日
夕方、書籍部に行って雑誌『BRUTUS』を買った。特集は「美しい言葉」。言葉とか本が特集のときは買ってしまうのだ。 で、目下食後。 版元 → ● ある高校の全校生が夜を徹して80km歩きとおすという「歩行祭」、それに臨む高校3年生のお話。だから会話は、基本的に全部この80kmを歩きながらのもの。 「『しまった?』 『うん。「しまった、タイミング外した」だよ。なんでこの本をもっと昔、小学校の時に読んでおかなかったんだろうって、ものすごく後悔した。せめて中学生でもいい。十代の入口で読んでおくべきだった。そうすればきっと、この本は絶対に大事な本になって、今の自分を作るための何かになってたはずだったんだ。そう考えたら悔しくてたまらなかった。〔……〕』 『へえー』 融は意外に思った。忍は過去のことにこだわらないタイプだと信じていたからだ。 『だからさ、タイミングなんだよ』 忍はボソボソと話し続けた。 『おまえが早いところ立派な大人になって、一日も早くお袋さんに楽させたい、一人立ちしたいっていうのはよーく分かるよ。あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほどよく分かるけどさ。もちろん、おまえのそういうところ、俺は尊敬してる。だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う』 〔……〕 『その雑音っていうのは、女か?女とつきあえってこと?』 『うーん。分からない。その一つかもしれないけど、全部じゃない』 『俺はどうすればいいんだ?』 『どうしろとは言わないけど、もっとぐちゃぐちゃしてほしいんだよな』 〔……〕 『世の中、タイミングなんだよな。順番といってもいいけど』 忍が溜息混じりに呟いて、融の顔を見た。 『順番が違ってれば何とかなったのにってこと、ないか?』 『あるような気がする』」(188-190頁)。 「だが、正しいのは彼らだった。脇目もふらず、誰よりも速く走って大人になるつもりだった自分が、一番のガキだったことを思い知らされたのだ。 そして、彼らは融よりもずっと寛大だった。一人で強がっていたのに、彼らは融のことを愛してくれていた。いつも離れずそばについていてくれたのだ。 融は自分が情けなく、恥かしくてたまらなくなった。 『——もっと、ちゃんと高校生やっとくんだったな』 融は思わず呟いていた。 『え?何?』 貴子が振り向く。 『損した。青春しとけばよかった』 『何、それ』 『愚痴』 貴子は、本気で後悔している表情の融の表情を見て、沈んでいた心のどこかが動くのを感じた。 忍の声が、唐突に脳裏に蘇る。 なんて言うんでしょう、青春の揺らぎというか、煌めきというか、若さの影、とでも言いましょうか。 忍の冗談めかした声と、つまらなそうな顔の融とが重なりあった。 ひょっとして。 貴子は融の顔をじっと見つめた。やけに無防備な、子供のような不満顔を。 今ごろになって感じてるわけ?そういうものを?今更、この男が? 貴子は、あきれて笑い出したくなった。 この男は、落ち着いていて偉そうに見えるが、実は、とんでもなく不器用で生真面目なのだ。 『ちゃんと青春してた高校生なんて、どのくらいいるのかなあ』」(428-429頁)。 わたしも、高校生の頃を振り返って、もっと青春しとばよかったなあと思う。勉強と部活で終わった気がする。もちろんそれも青春だとは思うし、たのしいこともたくさんあった。けれど、もっといろいろあってもよかったなあと思う。男子校だったから、恋、なんてこともなかったし、女子がいるからがんばれる、ということもなかった。そういう意味では、「なぜ高校に行くのか」はわかっていたけれど、「何のために高校に行くのか」はよくわかっていなかったのかもしれない。「何のために」は「大学進学のために」だと思っていたけれど、それは「なぜ」のほうだったのかもしれない。 ————— 「『言わないでよ』 『もちろん、誰にも言わない』 『あたしも、打ち明ける気なんてないし』 『どうして』 千秋は小さく首を振った 『いいの。そう思ってるだけで。告白したからってどうにかなるとは思ってないし、別にどうにかなりたいわけでもないし。これから受験で卒業するだけでしょ。今、そう思える相手がいるだけでいいんだよ』 千秋はゆっくりと低くそう呟いた。 今度は貴子が絶句する。 千秋の言いたいことはよく分かった。 好きという感情には、答がない。何が解決策なのか、誰も教えてくれないし、自分でもなかなか見つけられない。自分の中で後生大事に抱えてうろうろするしかないのだ。 好きという気持ちには、どうやって区切りをつければいいのだろう。どんな状態になれば成功したと言えるのか。どうすれば満足できるのか。告白したって、デートしたって、妊娠したって、どれも正解には思えない。だとすれば、下手に行動を起こして後悔するより、自分の中だけで大事に持っている方がよっぽどいい」(271-272頁)。 なるほどなあ。 @研究室
by no828
| 2009-10-16 18:53
| 人+本=体
|
アバウト
自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
カテゴリ
以前の記事
2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 お気に入りブログ
新しい世界へ
タグ
森博嗣
村上春樹
橋本治
伊坂幸太郎
京極夏彦
筒井康隆
奥泉光
川上未映子
奥田英朗
三島由紀夫
法月綸太郎
宮部みゆき
北村薫
カート・ヴォネガット・ジュニア
舞城王太郎
三浦綾子
佐藤優
養老孟司
大江健三郎
村上龍
検索
最新のトラックバック
ブログパーツ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
|
ファン申請 |
||